整形
「……これは、どういうこと?」
思わず声色が荒くなる。
目の前には震えながら俯く一人の女性。
そして、一人の女性の写真が表示された、1枚のタブレット。
「これ、君なんだよね」
「……うん」
タブレットを指差しながら問うと、目の前の女性は身を小さくしながら首肯する。
目の前にいる女性は、僕の妻。
そして、タブレットに表示された、まるで別人の女性も、僕の妻――ただし過去の――。
「整形してたなんて、一度も言わなかったよね」
「ごめんなさい……」
結婚して6年。そろそろ子供が欲しい、そんな事を話す年齢になった。
そんな中、そういえば彼女の子供の頃の写真をあまり見た事がないなと探して、見つけたのがこの写真だ。
写真を見た時、僕は自分の目を疑った。
あまりに今の彼女に似ていない――というか、どう見ても別人にしか見えないその写真にしばらく理解が追いつかず、整形という事を思いつくよりも先に、何かの詐欺にでも嵌められたのかと思った。
「あなたが面食いなの……知ってたから……」
彼女が怯えるような、泣きそうな声で言う。
彼女が付き合うずっと前から僕の事を好いていてくれた事、そして、僕の好みをしっかり調べていた事はよく知っている。
でも、僕が面食いだからって整形までしていたなんて。
僕のためにそこまでした彼女の気持ちは嬉しい。でも――
「君と子供を作ったら、こんな顔の子供が生まれてくるっていうこと?」
「うん……ごめんなさい」
そう、そこなのだ。
これから子供を作ろうというこのタイミング。
彼女が整形をしているということは、遺伝子としてはこの別人のような姿に似た子供が産まれることになる。
それは、マズい。
この写真に似た子が生まれてきたとしたら……どうしてもその子供を愛せる自信がない。
人としてロクでもない、ひどい事を言っているのはわかっている。
わかっているけど、面食いというのはもう僕にとって信念だとか宗教のようなものだからどうしようもない。
彼女の事は嫌いじゃない。というか気立てもよく頑張り屋で。整形後だとしても今の外見も含めて、本当に愛している。この人以外に自分のパートナーはあり得ない、と思う。
今回のことだって、豊胸手術だったとか、整形したのが顔以外のどこかだったら何も問題はなかったのだ。
でも、顔だけはだめだ。だめなのだ。
ふうっとひとつため息をついて、気を少し落ち着ける。
「まあ……子作りの前に気づけてよかったよ……」
「ごめんなさい」
絞り出すように謝る彼女。
さっきからずっと何かに怯えるように震えている彼女の様子に、ちょっと胸が痛い。
「遺伝子適合、試してみるしかないかなぁ……」
「えっ……」
驚いて顔を上げる彼女。
きっと、別れ話を切り出される覚悟でもしていたのだろう。
でも、別に僕自身は、整形が嫌なわけじゃない。彼女の美しさが整形で作られたものだとしても、それが別れる理由にはならない。
それを隠していたことはちょっとだけ嬉しくはないけど、それを隠しておきたかった気持ちだって理解はできる。
問題は、あくまで、子供のことだけだ。
さすがに、生まれたばかりの子供を整形でどうにかするわけにはいかない。
子供を作ることを諦めるか、それとも……と考えて、少し前に医学系のマガジンで見た遺伝子適合の事を思い出したのだ。
遺伝子適合というのは、整形などで外見が変わった人が子を作る時、変わった後の外見に合うように遺伝子を調整してから受精させる技術だ。事故による移植などで大きく外見を変えざるをえなかった人が子を作る時、子が親に似ていない事で悩んだりしないようにするために適用される例が多い。
「将来、遺伝子検査をすると、君は母親じゃないって認定される可能性は高いし、体外受精だからリスクも負担も大きい」
「うん」
「それでもいい?」
遺伝子適合について一通り説明をして、考えられるリスクも説明して、尋ねる。
「うん、そうしたい」
泣きながら、でもどこかほっとしたような笑顔で答える彼女。
それを見て、気づく。
聡明な彼女のことだ。子供を作ったらどうなるかなんて、分かっていたに決まっている。
整形を隠していたこと。そして整形前の自分に似た顔で生まれてくる子。それを知った僕がどう思うか。どう行動するか。
彼女は僕の知らないところでずっと苦しんでいたのだろう。
「ごめん、ありがとう」
「ううん、私こそ」
雨降って地固まる、ってやつかな……そんなことを思いながら、僕らは心を決めた。
しかしいざ実際に遺伝子適合を使って子を作ろうとしてみると、とんでもなくハードルは高かった。
まず、僕らのような理由で遺伝子適合手術をするのは、法的に認められていない。デザイナーベイビーとか、そういった事への懸念があるからだろう。
手術を行える医者の数もかなり少なく、その中でも実績のある腕のいい医師となると数えるほどしかいない。
当然、手術の費用も安くはないし、検査だなんだと時間も取られる。
兎にも角にも負担が大きく、幾度となく心が折れそうになる。
それでもなんとか通える範囲に一人腕のいい医者を見つけ、法的な意味で渋る医者をなだめすかし、袖の下を渡して、卵子の遺伝子適合の手術を行えるところまで辿り着く事ができた。
それから2年間に渡るチャレンジを経て、ついに彼女のお腹に新たな命が宿った。
僕らは泣いて喜び、新しい命が産まれる日のことを今か今かと待ちわびた。
十月十日の時が経ち、いよいよ待望の出産の日。
ひどい難産で、最終的には帝王切開になったが、なんとか無事に赤ん坊が生まれた。
2800gの元気な女の子。
名前はどうしよう、とかそんなことをあれこれ考えながら、幸せいっぱいの気持ちで保育器で眠る赤ちゃんを見ていると、横にいた看護師さんが一言言った。
「あらかわいい。お父さんにそっくりですね」
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