ハイジャック

時は2XXX年。

技術の進歩によって、人々はより安全に、快適に暮らせるようになっていた。

例えば空の旅。今や空を飛び交う飛行機の全てはコンピュータによる自動操縦によって安全にコントロールされている。

コンピュータによる自動操縦なんていうと、大丈夫かと不安になる人が多いかもしれない。だが、それはむしろ逆なのだ。人間がコントロールするほうが数倍危険なのである。管制の指示ミス、操縦ミス、整備のミス。機体の設計上のミス。そんな人間の手によるミスによって、これまでの多くの事故は起こってきたのだ。

全てをコンピューターに任せるというやり方は、むしろ理にかなった方法なのである。


もちろん航空会社だってあらゆる面で万全を期している。

コンピューターの基本システムには世界でも最も信頼性のおけるG社のシステムを採用。ハードウェアは雷に打たれようが火に焼かれようが、どんな状況でも絶対に壊れないというD社製。

さらに離陸前にはコンピュータによる厳重なチェック体制のもと整備が行われるため、整備ミスも起こらない。

気流や天候の変化によるトラブルや、機体の故障の際の対応法も、全てコンピューターが記憶している。いざという時の対処も万全だ。

それに加えて、一旦離陸したら着陸するまで一切の針路変更ができないシステムであるため、例えばハイジャック犯にコントロールを奪われるといった心配もない。

まさしく理想的な自動航行システムと言えた。


ところがある日のこと、F国の首相のもとに、一本の連絡が入った。

『やあどうも。私はミタラマ原則主義の指導者のアギタラというものだがね、おたくの国のA社の飛行機、3機ほどハイジャックさせていただきましたんで』

「バカな。今や航空機は全て自動操縦でコントロールされている。ハイジャックなどできるものか」

『いやぁ、自動操縦、というところがミソでしてね。あれ、要はコンピューターなんですよ? コンピューターなら、乗っ取ることくらい簡単なものでしてねぇ』

「そんな、バカな…」

『おや、信じないんですか? それじゃあ、まあ証拠のひとつでもお見せしましょうかね。いいですか、A社のA3856便の様子をご覧下さい。…おい、やれ』

少しして、首相の横でA3865便の情報を追っていた補佐官が言った。

「そんな…まさか」

「どうした」

「A3856便の航路が、変更されているようです…」

「そんな…」

『おわかりいただけましたかな?』

「要求は何だ」

『おや、ご理解が早いですな。いえ、解放をしていただきたいんですよ。わが同胞たちをね…』

「それは…」

『できないとおっしゃるなら、乗客の命はどうなってもよい、ということになりますがね』

「…少し時間をくれ」

『仕方ないですな。10分ほど待ちましょう』


電話を置いて、アギタラはにやりと笑みをこぼした。

「いい時代になったもんだ、わざわざ危険を冒して飛行機の上で拳銃構えなくても、コンピューターさえ乗っ取ればハイジャックできるっていうんだからな」

あとは10分後にもう一度電話をするだけ。そうすれば我が同胞が解放される。そうなればもっと強い力でF国を陥れられる。F国はもはや思いのままだ。笑いが止まらないとはこのことだ。

アギタラは部下とともに一足早い祝杯をあげた。


その時だった。アギタラの背後で、バーンという音とともに激しく扉が開かれた。そして、ドタドタという複数の足音。

「手を上げろ! 警察だ!」

慌てて振り向いたその先には、銃を構えた警官がずらりと並んでいた。

アギタラの顔からサァっと血の気が引く。

「そんな…まさか…」

アギタラとその部下たちは、やむなく手を上げた。

「どうして、ここが…」

未だに目の前で起こっていることが信じられないといった表情のアギタラに、警官の一人が近づき、その腕に手錠をかけた。

手錠をかけながら、警官が呟く。

「いい時代になったもんだ、飛行機のコンピューターにトラップをしかけておくだけで、乗客を怖い目にあわせることなくハイジャック犯がつかまえられるんだからな」

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