釣人と宗教家

N国のとある田舎町。

一人の男が海辺でのんびりと釣りを楽しんでいた。

その様子をふと見かけた通りがかりの宗教家が、

「釣れますか」

と声をかけた。釣人は

「まあボチボチだなぁ」

とのほほんとした様子で答えると、横のクーラーボックスを開けてみせた。なるほどボチボチな感じの釣果だ。

宗教家はそれを見て何か思うところがあったらしく、怪訝そうな顔で尋ねた。

「これはあなたのお仕事なのですか?」

「いんやこれは趣味だ」

「ではお仕事は?」

「仕事なんてしてねぇよ」

釣人が相変わらずののほほんとした様子で答える。

すると宗教家の表情はどこか深刻な様子に変わった。

「それはいけない。労働は神がお与えになった私達の大切な役目です。人はよく働き、そして週に1日の休息日にはゆっくりと休む。それが神の御心に沿う行いというものです」

「いけねぇと言われてもなぁ……だってお前えさんよ、今時食べるもんも住むところもほら、エーアイさんだとかロボットさんが作ってくれるしよ、働く必要もねぇ世の中だべ? 何しろっていうんだ?」

釣人がポリポリと頭を掻きながら尋ねると、宗教家ははぁ、と大きなため息をついた。

「与えられるものばかりに頼るのは家畜と同じです。神の御心に沿う生き方ではない」

「はーそういうものかね」

「だいたいですよ、仕事でもないのにこんな無益な殺生をしてはいけない」

宗教家は眉を吊り上げて、クーラーボックスを指差して言った。

「いやー無益な殺生ってお前さんよ、エーアイさんがちゃんと魚の数とか管理してくれてっから、こうしてたまに魚釣ったりするのは構わねぇってお墨付きもらってるべ? それに釣った魚はカーチャンがうまく料理してくれっから、無駄にするわけでもねぇし、もし余ったらうちのロボットさんとかがうまいこと使ってくれっし」

頭をポリポリと掻きながら答える釣人に、宗教家ははぁ、と一つ大きなため息をつく。

「……釣り以外の時はどんなことをしているのですか?」

「そだなぁ……家でカミさんとのんびり過ごして、美味いもん食べたり、旅行に行ったり。あとはブイアールっていうんだったか? あの別世界見れるやつで色んなものを見たり、友達と酒飲んだり……まあ気苦労のない自由気ままな暮らしってやつだなぁ」

「なんという堕落した生活だ!」

宗教家は顔を真っ赤にして言った。

「あなたの行いは罪に満ち満ちています。労働もせず、祈りを捧げることもせず、人として身に余るほどの贅沢な暮らしをしている。そんなことを続けていたら、あなたは必ず地獄に堕ちます!」

「そういうものかね」

「ええ、間違いありません。いいですか、この聖なる書をお渡しします。これをよく読みよく学び、日々修練に務めてください。そうすればあなたは救われる」

「ほうほう、修練ってのはなんだ?」

「まず、労働をするのです。そして人の身として許されない贅沢を避け、無益な殺生をせず、汚い言葉を使わず、清く正しく生きるのです」

「はーしんどそうだなや」

「ええ、とても大変なことです。大変なことだからこそ、行う意味があるのです」

「……で、そんだけ頑張るとどうなるんだ?」

「死んだあと、天国に行けます」

「天国ってのはどんなところなんだ?」

「それはもう素晴らしい世界です。何かに思い煩う事もなく、働く必要もなく、苦しむこともなく、とても豊かに、とても自由に暮らすことができます」

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