継承

「あーだからそこはそうじゃねぇっての。分かんねぇ奴だな」

「すいませン」

「いいか、ここはそこまできっちり仕上げちまうと、モノとしての表情が固くなっちまうんだわ。だからこう…なんつったらいいんだ、女の腰からケツにかけてのラインみたいな色気を……っとこんな感じにな」

小さな工房の片隅で、今日も怒号が飛ぶ。

「まあお前さんにそんな女の色気とか言ってもわかんねぇかもしれねぇが……」

手元のろくろを回して見せつつ元気にしわがれ声を張り上げているのは、作務衣姿の初老の男。

頭には手ぬぐいを巻き、真っ白になった長い顎髭が目立つその顔には、どことなく気難しくとっつきづらそうな表情が刻まれている。

いかにも職人な姿のこの男、古くから伝わる技法を継承した陶器作りの職人で、人間国宝級の名人である。

「お前さんはちょいと器用すぎるんだよな…。もう少しだけ不器用になれ」

「そんな無茶ナ」

怒号を浴びているのは、どこかミステリアスな雰囲気の……青年、だろうか。

どこかたどたどしい喋り、そして普通とはちょっと違う体格と骨格からして外国人なのかもしれない。

感情が表に出ないタイプらしく、あまり表情は動かないので、なんとも心情が読みづらい。その一方でその手は止むことなくひっきりなしに動いていて、その熱心さと真面目さは伺える。

「こうですカ?」

「んー、さっきよりはよくなったな。でもまだちょっと色気が足りねぇ」

「むずかしいですネ…」

そう言いつつ、青年は休む間もなくひたすら熱心に試行錯誤を続ける。


「しかしなんだな、お前さんみたいなのを弟子にとる日がくるとはなぁ……」

着実に進歩を続けているその手つきに感心しながら、職人はふと漏らした。

「もう弟子志願なんて来るわけねぇと思ってたんだが。来たと思ったらこれだもんよ」

職人は、この弟子がやってきた日を思い出していた。

あの時は本当に驚いたものだったが。

「まあでもお前さんはほんと素直で助かるぜ。前に弟子になりたいって来た奴なんてよ、言うことなす事いちいち反論してきやがって」

何か嫌なことを思い出したのか、急に苦虫を噛み潰したような表情になる職人。

「基本だけは言われた通りに丁寧にやらねぇと変なクセがついちまって苦労するってのに、自分のやり方がどうのこだわりやがってなぁ」

思い出したら腹が立ってきたようで、職人は乱暴に煙草に火をつけて深く吸い込むと、不味そうに煙をふぅーっと吐き出した。

「さすがにこいつぁモノにならねぇって辞めさせたらよ、酷い職場だとかネットで喚き散らしやがって、おかげさんでそれから弟子もつかなくなっちまってよ……」

「そうだったんですネ」

「ああ、それに比べりゃお前さんはほんとに素直でいい弟子だ」

「ありがとうございまス」

「……これでもうちょい愛想がありゃ文句なしだったんだがなぁ」

「すみませン」

あまり申し訳なくはなさそうに謝る弟子。まったく可愛くない。

可愛くはないが、しかしこの弟子がいなければ、こうして「可愛くない」と思うことも、愚痴をこぼすこともなかったわけだから、いるだけありがたいというものではある。

「……っていうかよ、お前さんこういうのもいちいち記録してるわけ?」

「ええ、もちろン」

「ったく熱心だなぁ」

皮肉で言ったのだが、素直に褒め言葉だと受け取ったらしい。エッヘンと言わんばかりの誇らしげな表情の弟子。

弟子入りしてからというもの、『貴重な記録なのデ』とか言って、部屋に置いたカメラの映像なんかと一緒に、職人の言うことなす事すべてを記録している。

まったくやりにくい。やりにくいが、もしかしたらこういう記録というのも、ありがたいものなのかもしれないと職人は最近思うようになってきていた。


正直なところ、こいつが弟子になりたいと言ってきた当初は、あまりいい気もしなかった。

表情は読みにくいわ、やたら記録もするし記憶力もいいから余計なことまで覚えるわ、生真面目すぎて息が詰まりそうになるわで苦労もした。

本当にこれでいいのかと自問自答もした。

でも、これまでに教えたどんな相手よりも素直で真面目で熱心で、飲み込みは早い。驚くほどの速度で成長してくれている。

(これならどうにか間に合いそうだ……)

長年の深酒のせいで老い先さほど長くないと言われた身。

残り少ない限られた時間の中で、自分の持つもの――師匠たちから受け継いできた大事な技と美意識――を継承できるかもしれないというのは、なんとも嬉しく、ありがたい。

正直、もうずっと諦めていたのだ。自分の持つ技を世に残すことは。

こんな時代に、こんな古臭い技法なんて残す必要もない。そうも思っていた。

でも、やはり未練はあった。自分が不甲斐ないせいで自分の技が世の中から失われるのはいい。だが、自分の持つこの技は師匠、そしてその師匠、そのまた師匠というたくさんの人の手によって育まれてきたものだ。その厚く積み重なったものを、自分のせいで失わせてしまうのは、どうしたって辛い。

そのことに、こうして実際に弟子というものを取って、実際にモノになりそうなのを目の前にして、ようやく気づけた。

(一度も言ったことはねぇし、これから言うつもりもねぇけど、お前さんには感謝してるんだぜ)

今も熱心に土をこねくり回し続けている弟子を見ながら、職人はふぅーっと今度は美味しそうに煙草の煙を吐き出した。



それから十数ヶ月の時が流れ――


「よし、もうこれで教えることは何もねぇな」

ずらりと並んだ弟子の作品を見ながら、嬉しそうに男は髭を撫でた。

「まさか本当に3年で終わっちまうとはなぁ……天才の俺でも師匠のOKもらうのに15年はかかったってのに」

わずかな期間で身につけたとは思えないほど、弟子の作品は見事なものだった。

これなら世に出しても恥ずかしくない。

自分の作るものと比べると色気には少し欠けるが、それを補って余りある仕事の精度の高さはさすがだ。

「これで俺も気持ちよくくたばれる」

伝えられることはすべて伝えた。師匠から受け継いだものはすべて継承できた。これでもう思い残すことはない。

弟子の作品である猪口で一杯やりながら、職人はほっとしたような、嬉しいような、誇らしいような、そんな気持ちに満たされた。


「しかしまあ、なんだ。ここまで教えといてなんだけどよ」

職人は、弟子に向かってぼやく。

「お前さんだから間に合ったんだし、いずれ死んじまう人間に伝えるよりは、このほうが技術は廃れずに長い間ちゃんと残るんだろうが……やっぱりなんつーか、お前さんみたいな機械に技を伝えるってなぁ、変な気分だな」

「マーそうカタいこと言ウンジャネェヨ」

「ははっ、免許皆伝になると俺の口調まで移るのか。ったくおもしれぇなお前さんは」

失われゆく伝統工芸の技術を継承し残すために作られたロボットであるその愛弟子を面白そうに見ながら、男は満足げにまた髭を撫でた。

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