第5話

 黒いリムジンの後部座席に山本は乗り込み、秋谷は運転席に腰掛けアクセルをゆっくりと踏み込む。行き先などはなく、ただ二人以外誰の視線もない場所で話がしたかっただけだった。

「昨日の帝都ホテルの一件が、フリーカメラマンに撮られました」

 秋谷の運転する車は皇居を横目に内堀通りを進む。春となれば桜が美しいこの通りも、冬になると様変わりしたように静かに泣いているような雰囲気を醸し出した。視線を皇居の周りに並ぶ枯れた木々に向けたまま微動だにしない後部座席の山本の姿がルームミラーに写る。

「それは私か?」

「確認しますか?」

 そう訊いた秋谷だったが、山本が確認なんてしないことはわかっていた。それよりも、冷静を装いながらも、「それは私か?」と聞き返し、まだ一縷の望みを繋ごうとするその根性に秋谷は軽蔑をした。

「送り主は交渉に応じると言っています」

 赤信号で停車する。秋谷は後部座席にいる山本に、名刺と手紙を渡す。

「名刺のコピーは取ったか?」山本は訊いた。目の前の横断歩道を多数の人間が通過していた。

「まだです」

「コピーを取ったら、私にこの名刺を持ってくるように。手紙を見るとなかなか良心的な人のようだから、記念に手元に置いておきたい」

「交渉は?」

「任せる」

「わかりました」

 通行人は下ばかり見ながら横断歩道を渡っていく。

「今日は人が多いな」山本が呟いた。「何かあったのか?」

「偶然かと」

「そうか。偶然か」

 それ以降、山本は一言も発しなかった。

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