第3話
顔を擽れるような感覚を過ぎると、
――――星空が地面にあった。
羽が生えている訳でも無いのに、思わず小さな悲鳴と共に飛び上がって手を伸ばす。しかし、予想と正反対の方向に重力の法則で引っ張られ、情けなく顔面着陸する羽目になった。
――――いや、地面には薄く水が張っていたため、顔面着水だった。
「ハッハッ! ビックリしたかい?」
「痛ったい! どういう事ですか!?」
少年は改めて立ち上がり、周りを見渡す。文句を言おうと翔さんの姿を探すが、直後、そんな言葉は音速で吹き飛ばされた。
無数の
この場所は相当に空気が澄んでいるらしく、赤や緑の星雲も空を彩っていた。
翔さんが少年の傍に立って、同じように空を見上げた。
「その様子だと、ドッキリにした甲斐はあったようだね。どう、ご感想は?」
「何て言うか………この世のものとは思えないぐらい美しいです………本当に………」
喉元に
姿は見えないが闇の向こうで翔さんも同じ事を思っているのだろう。心なしかいつもの声に震えが混じっている気がした。
「ここはウユニ塩湖。様々な奇跡が織り成して創られた地球でも有数の美しい場所だよ」
「地球? そんなわけないです。昔ならいざ知らず、今の地球はこんな綺麗な空をしてません」
少年がまだ幼少期の頃の記憶でさえ、ここまで綺麗な夜空を見た記憶はない。
「実はこの世界線は、天文学的確率で地球と同じ環境が生成されているんだ。〝八分違いのパラレルワールド〟なんて呼ばれてて、ゆわば、戦争の起こらなかった地球ってとこかな」
無限に続いている様にさえ思える
「ほんと不思議なもんだね。異世界を創り出すと言われた私の腕でさえ、この景色の全てを描くことは絶対に出来ない。それは、自分の眼で見た時の感動は、ちっぽけな紙越しに見た時とは比べ物にならないからだよ」
翔さんは少年の後ろにまわって、肩に手を添える。
「世界は君が見た事のないもので一杯だ。焦る事なんて無い。ゆっくり歩いて行っても、いつかは君の心に響くモノが見つかるさ」
少年は頷くこともできないままで空を見上げる。気付けば頬が濡れていて、景色がぼやけていた。
それでも動くことは出来なかった。
「さて、こっちの世界じゃ夜になっちゃってるけど朝食にしようか。私が折角作ったスープが冷めてしまう」
あまりの感動に惚けていた少年はその言葉で我に返る。
「翔さんが作ったって、ええっ! そう言えば、なんで今日早起きしていたのか答えてもらえませんでしたけど――――」
「まぁ、いつもお世話になってる君へのサプライズってやつだよ」
ウィンクを交えて言った翔さんは、テントを張る場所を探して歩き出す。少年はボーっとその姿を見ていたが、やがてくすくすと笑いだした。
少年は一頻り笑い終えると、いつの間にか落としていたリュックサックを拾い上げて、ポケットに入っていた写真立てを入れた。
少しだけ重くなった気のするリュックサックを背負いなおし、翔さんの後を追って走り出す。
少年が一歩進むたびに、チャックに付けられた擦り切れた名札が揺れた。
夢旅 斑鳩彩/:p @pied_piper
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