夜のあしおと

 病に伏せる姫君の楽しみは、日光浴と、廊下を通る人々の足音を聞き分けること。


 せっかちな侍女長。子猫のような若い侍女たち。大股で落ち着いた宰相。

 時折混じる車輪の音は、お茶とお菓子を運ぶワゴンだ。ワゴンは姫君の部屋を素通りする。



 ある夜、姫君は聞き慣れない足音で目を覚ました。扉を細く開けて様子を窺う。誰? 掠れた声に大仰なマントが翻り、白皙と黒髪が月の光で銀色に浮かんだ。心臓が跳ねる。


「死神って、足音をたてるのね」

「どうにも忍び足が苦手で」


 白い歯を覗かせ、死神は姫君の唇に指を寄せた。


「大丈夫、痛くはしませんよ」


 薄い唇と長い指に誘われて、姫君は熱い吐息を零す。

 一度きりの、夜の悦楽に耽った。



(300字 お題「足音」)

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