第9話

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 グッドジョブ社CEOの福神は、部下を叱った。

「教育などしているヒマはねえんだ。岸辺さんからじきじきに、明日にでも派遣するよう厳命されてんだよ」

「しかし危険な作業ですから、教育訓練もなしでは……」

 難色を示す部下の言葉を、福神は突然さえぎった。何かアイデアを思い付いたようだった。

「そうだ。非国民のなかに犯罪者がいたよな」

「ええ。地下の監獄に入れてありますが」

「そいつらに、地雷原の上を歩かせろよ。要らない人間の処理も地雷撤去も同時にできて、コスト・パフォーマンス抜群じゃん」

「社長、本気でおっしゃってるんですか?」

「本気も本気。さあ、行って早く準備しろよ」

「……。わかりました」

 極力無表情を装ってそう答えた部下を、福神は不機嫌そうに手を振って下がらせた。これ以上逆らったら、あの部下に地雷原の上を歩かせてやろうと考えていた。


 イオたちが収容されている房の外に、あわただしい靴音が聞こえた。靴音は鉄の格子の外で止まり、鍵を開ける音が聞こえた。

「お迎えかの?」

 嘉数が訝しんでいると鉄の扉が開けられ、自動小銃を持った警備員がなかに入ってきた。

「1957号。出ろ」

「誰じゃ、それは?」

 嘉数の問いにイオが答えた。

「オレのことです」

 警備員に向きなおった嘉数の表情は険しかった。

「彼を、どうするつもりなのかの?」

 だが男たちはそれには答えず、無言でイオを追い立てた。吾妻が立ち上がり、警備員の一人の腕をつかんで詰め寄った。

「おい、君たち。君たちは何だ。警察か? 自衛隊か?」

「うるさい」

 警備員は自動小銃の台尻で吾妻の顔面を強打した。その場に倒れた吾妻は手で顔を覆った。指の間から、見る間に血があふれ出した。

「吾妻さん!」

「来るんだ」

 房から引きだされたイオは、ここへ入れられた時と同様、警備員に両脇を抱えられて強引に連行されていった。吾妻を介抱する嘉数と岡田は、そのうしろ姿をただ黙って見送ることしかできなかった。


 グッドジョブ社がチャーターした輸送機から降ろされると、そこはジャングルを応急的に切り拓いた飛行場だった。

 ブルドーザーで荒々しく整地した滑走路の向こうには、熱帯らしい濃い緑をたたえた密林が遠くまで広がっていた。空気は重く、あまりの蒸し暑さに、イオは息苦しささえ感じた。空は厚い雲に覆われ、いまにも雨が降りだしそうだった。

 イオを含めた14、5人のグループは、そうした高い湿度に慣れる暇もなく、追い立てられてトラックに乗せられた。全員、うしろ手に手錠をかけられ、腰をロープで数珠つなぎにされていた。彼らはみな非国民で、重大な規則違反を犯し地下の私設監獄に収容されていた者たちだった。

 トラックは数時間走り、ジャングルが途切れた場所にたどり着いた。イオたちは、そこに建てられた掘っ立て小屋のような場所に入れられた。

 立って待っていると、彼らの前に迷彩服のつなぎを着た男があらわれた。

「俺はここのスーパーバイザー。いまからお前たちはジャングルに向かって歩く。逃げるヤツは処分」

 そう言うとスーパーバイザーは、これ見よがしに手に持ったタブレットを高く挙げてみせた。イオたちの首には、タブレットの操作で作動する首輪型の小型爆弾が取り付けられていた。

「歩くだけの、簡単な仕事」

 しかしイオたちには、歩く場所が地雷原だとは知らされていなかった。


 A国と戦端を開いたなかに、熱帯に近い場所に位置するB国があった。B国は戦闘の初期にA国に侵入を許したが、これを何とか追い返すことに成功した。だがA国の部隊は、撤退時に多くの地雷を設置していった。もともと戦力も物資も乏しいB国は、地雷の撤去を日本に依頼した。

 しかし、日本にも地雷処理班をB国に派遣する余裕はなかった。そこで岸辺に頼み込まれた福神が考えたのは、非国民を生きた地雷探知機にすることだった。これによって岸辺に恩を売ることができるし、たちの悪い非国民を処理することができ、福神にとっては一石二鳥の妙案だった。


 あたりがかなり暗くなってきていた。厚い雲が垂れ込めているために正確にはわからないが、日没まであまり時間が残っていないようだ。

 草原の向こうに見えるジャングルまでは、300メートルほどの距離があった。イオたちはそこへ向かって3メートルほどの間隔で横一列に並ばされた。腰に打たれたロープは外されたが、手錠はそのままだった。

 イオたちの後方では、タブレットを手にしたスーパーバイザーと、陸上自衛隊の正規部隊数人がその様子を見守っていた。

 やがて部隊員の一人がからだを寄せ、隊長にそっとささやいた。

「隊長。いいんですか、こんなことをやらせて」

 険しい表情を浮かべた隊長は腕を組み、黙って前を見つめたままだった。上層部からは、グッドジョブ社の仕事の邪魔をしてはならない、と厳命されていた。

「隊長。やっぱり、やめさせ……」

 部隊員が再度促す途中で合図が鳴り、イオたちは一斉に歩きはじめた。自衛隊員たちはその様子を、言葉を発することもなく見つめた。

 二分ほど経った時のことだった。列の右手のほうで大きな破裂音とともに、黒煙が上がった。不運な非国民の一人が地雷を踏み、バラバラになった五体を大地にばらまいた。

「ひいいっ」

 それを見た近くの非国民はパニックになった。それぞれでたらめな方向に走り始め、あちこちで地雷を爆発させた。なかにはスーパーバイザーのほうへ向かってくる者もいた。

 あわてたスーパーバイザーがタブレットを操作すると、その非国民の首輪が爆発した。首がなくなった非国民は、こちらへ向かって二、三歩走るとそのまま倒れ込んだ。

 悪いことに、倒れた場所にも地雷があった。爆発によって吹き飛ばされた遺体の一部が自衛隊員の頭上に降りそそいだ。

「わあっ」

 逃げる自衛隊員のなかで、先ほどの一人が再度、隊長に行動を促した。

「黒沢隊長!」

 部隊を率いていたのは、岸辺に諫言し統合幕僚長を解任された黒沢だった。降格された黒沢は志願して前線に出ていたが、その最中に受けた命令が、今回の地雷処理を見届けるという任務だった。

 黒沢は腰のホルスターから拳銃を抜き、スーパーバイザーに突きつけた。

「こんなバカげたことは、すぐにやめるんだ」

 スーパーバイザーはそれを無視した。でたらめに走り回る非国民たちの姿を監視しながら、いくつかの爆破ボタンを押した。

「やめんか!」

 黒沢は拳銃の撃鉄を起こした。

「やめられるわけがないだろ。この仕事をちゃんとやれば国民になれるんだ」

 その間にも、目の前の草原では何発もの地雷が爆発していた。生きて走っているのは、もはや一人だけだった。

 黒沢は引き金を引いた。スーパーバイザーは、自分が撃たれる理由がわからない、という表情をしながら倒れた。黒沢はさらに数発をタブレットに打ち込み、破壊した。

「この男は、流れ弾に当たって殉職した」

 黒沢の言葉を、部下が復唱した。

「この男は、流れ弾に当たって殉職であります」

 草原では、最後に残った一人がジャングルに到達しようとしていた。そのうしろ姿に、黒沢は大声で呼びかけた。

「逃げろ、生きろ!」

 隊員たちも、口々に声援を送った。

「がんばれ!」

「もう少しだ!」

 幸運な非国民は地雷を踏むことなく草原を走り切り、ジャングルにたどり着いた。彼は一度だけうしろを振り返ると、ためらうことなくジャングルの奥に消えていった。これ以後、槇島イオは消息不明となり、日本国民の前から長期間にわたって姿を消すことになった。

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