全力全開
聖剣の刃と黒い穴が激しく激突する。
途端、ばちっと何かが弾けた。おそらくだけど、聖剣と黒い穴とでは、存在そのものが違い過ぎるのだろう。その違い過ぎるもの同士が触れ合ったことで、何らかのスパークが生じたのだと思う。
同時に、聖剣を通して俺の腕に伝わる、硬質な手応え。
か、硬い……っ!!
実体はないと思われる黒い穴だが、何とも言えない抵抗感が伝わってくる。
いや、これ、実際に硬いわけじゃないぞ。硬いというより、密度が高いというべきだろうか。
例えるなら、綿を山のように積み上げて、そこに上から剣を振り下ろした感じ、と言えばこの手応えが想像できるかもしれない。
綿そのものは硬くはないが、それでも山のように積み上げればその抵抗は相当なものになる。実際、黒い穴には弾力に似たような抵抗感があり、俺が振り下ろした聖剣を撥ね返そうとしている。
──シゲキ!
「おう、やっちまえっ!!」
ずるるるるっと俺の中から力が抜けていく。いや、この感触、何回やっても慣れないな。
俺から力を吸い上げた聖剣の刀身が、白く眩しく輝く。
すると、それまで聖剣の刃を撥ね返そうとしていた黒い穴に、少しずつ刃が食い込み始めた。
バターに押し当てたナイフの温度が上がり、徐々にナイフがバターに食い込んでいくかのように。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
思わず気勢を吐く。それにカーリオンが応えてくれたのか、聖剣が黒い穴へと徐々に徐々に食い込み──そして、遂に俺たちは黒い穴を斬り裂いた!
おおおおおおおおおおおおおおおおん、とおどろおどろしい声が響き渡る。
それは外部からのエネルギーの流入を断たれた邪竜王の怨嗟の声か。
それとも、黒い穴の向こうに存在する「ナニカ」の、怒りの声か。
それらを一旦放っておいて、着地した俺は空を振り仰いだ。黒い穴がどうなったのか、確認するために。
ほぼ真っ二つに分断された黒い穴。それは次第にぐにゃぐにゃと変形し始める。
おいおい、まさか分断された穴がまた一つになったりしないよな? まあ、そうなったらそうなったで、またぶった斬ってやるだけだがな! カーリオンが!
もちろん、黒い穴にだけ注意を向けているわけにはいかない。敵の本命は邪竜王なのだから。
その邪竜王はと言えば、苦しそうに身を捩ってどったんばったんと転がりまくっている。
仲間たちはその光景を、遠巻きにして眺めているようだ。
さすがに今の邪竜王に近づくのは危険だし、距離を取って射撃するのもちょっとためらわれる。
おそらくは、セレナさんの指示で攻撃を見合わせているのだろう。当たり所が悪くて、予想外の方向へ跳弾することを警戒しているのかもしれない。
そうこうしているうちに、宙に浮かぶ黒い穴だったものに、変化が生じ始めた。
二つに断たれた黒い穴が、互いに後を追うようにぐるぐると回転をし始めたのだ。回転方向は逆時計回り。ぐるぐると回転していた二つの黒い穴……いや、黒い半円は、徐々に小さくなっていき、遂には落雷のような音を立てて消滅した。
お?
おお?
おおおおおおおおおおおおおおおお!
つ、遂に黒い穴が消えたぞ!
これで邪竜王の再生力も激減したはずだ! このまま一気に邪竜王を倒してしまおう!
と思った俺の体から、がくんと力が抜けた。あ、これ、前にも体験したやつだ。
カーリオンが俺の力を使ったことで、体力の方も一気に消費されたのだ。黒い穴を消滅させるためには、これまで以上の力が必要だったみたいだし。
「茂樹さんっ!!」
「シゲキ様っ!!」
突然倒れそうになった俺を心配して、香住ちゃんとミレーニアさんが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、茂樹さんっ!?」
「もしや、どこかお怪我をされたのではっ!?」
二人は心配そうに俺の顔を覗き込む。
「大丈夫だよ、二人とも。別に怪我とかしたわけじゃないから」
何とか笑みを浮かべ、二人を安心させる。
香住ちゃんとミレーニアさんは、俺の様子を確認してほっと安堵の息を零した。
「どうぞ、茂樹さん。エルフさんたちからもらったエリクサーです」
香住ちゃんが差し出してくれたペットボトルを受け取り、中身を一気に飲み干す。そうすると、幾分体が楽になる。
「ただ、エルフの皆様もそろそろ限界らしく、これ以上エリクサーを出すのは厳しいと……」
とても言いにくそうな様子でミレーニアさんが告げる。そりゃそうだよね。エリクサーは、いわばエルフたちの血液だ。まあ、血液というよりは樹液と言った方が正しいかもしれないけど、そこは感覚的にね。
人間だって血液を失い過ぎれば命に関わる。当然、エルフだってそれは同じであり、エリクサーを出し過ぎると枯れてしまう恐れがある。
今回の戦い、エルフたちにも相当いろいろと無理をしてもらった。これ以上無理はさせられない。
──ここで一気に「害虫」を倒すよ! あと少しだけがんばって!
おう、任せろ、相棒。ここまで来たんだ、最後までやり遂げてみせるさ!
震える膝に無理を言わせ、俺は何とか立ち上がった。
さあ、これで終わりにしようぜ!
おおおおおおおん、という咆哮が響き渡った。
咆哮を放ったのは、もちろん邪竜王。どうやら、あちらさんもこれで最後にするつもりのようだ。
よし、行こうぜ、カーリオン。これが正真正銘最後の戦いだ!
だん、と俺の足が力強く地面を踏みしめる。
もう俺の体にはほとんど力は残されていないけど、カーリオンが強制的に動かしてくれている。
邪竜王の正面の空間が揺らぐ。これは見えない斬撃を飛ばす前兆だ。いや、もう見えない斬撃ではないな。ほんの僅かではあるが、今の俺にはやつが飛ばす斬撃が見えるのだから。
ゆらゆらとした揺らぎが、高速で俺に向かって撃ち出される。当然、俺に見えているものがカーリオンに見えないわけがない。カーリオンは迫る揺らぎを聖剣でずんばらりんと斬り裂いた。
邪竜王の周囲に、いつくもの揺らぎが生じる。同時に、揺らぎの中にいくつか様子が違うものを感じ取る。
どこがどう様子が違うのか口では説明できないけど、確かに揺らぎの中に異質なものがあるのを俺は感じたのだ。
異質に感じる揺らぎは、おそらく見えない爆撃なのだろう。
──やつの懐に一気に飛び込むよ!
お、また転移か? おっけー、やってやろうぜ!
予想通り、俺たちは転移した。転移する直前に俺は聖剣を上段に構え、転移直後にその聖剣を振り下ろす。
目の前には、邪竜王の胸部。そこをやや斜めに聖剣が駆け抜ける。
鱗や皮膚などの、邪竜王の防御力に関わる抵抗感は一切ない。ふふふ、今宵の聖剣は一段とよく斬れるぜ。
なんて冗談を心の中で呟くと、またもやがくっと力が抜ける感触。うん、まあ、あれだね。こうやって冗談でも言っていないと、疲労感から心が折れそうなんだよね。
邪竜王の胸に走る裂傷から、黒い霧のようなものが滲み出る。うん、ここまでは以前も見た。だけど、今回はちょっと違う。
以前は瞬く間に傷口が塞がったが、今回はそうじゃなかったんだ。確かにじわじわと傷口が塞がっていくようだが、その速度はこれまでに比べると雲泥の差だ。
行ける! これなら行ける!
心の中で快哉を叫ぶ。その間も、もちろん俺の体は動き続けている。
左側から邪竜王の前脚が襲い掛かってくる。それを上空へと駆け上がって回避すると、今度はやつの首筋を深々と斬りつけた。
本来、空中ではふんばりが利かないため、あまり威力のある斬撃は繰り出せない。だが、俺たちには見えない足場がある。そのため、空中でも下半身の力を十分に乗せた攻撃が可能なのである。
首筋を深々と斬り裂いた俺は、後方へトンボを切るように回転しながら着地する。
途端、先ほどまで俺たちがいた空間が爆発した。
邪竜王の見えない爆撃だ。だが、既に爆撃の軌道も見えているので、躱すのはそれほど難しくはない。特にカーリオンにとってはね!
だが、俺たちの行動を邪竜王も予測していたようだ。俺たちが着地した瞬間、横合いから尻尾が襲い掛かってくる。
しかし甘いってものだ。カーリオンなら、転移でぱぱっと回避しちゃうってものだからな。
って、あれ? 俺の体、全然動いていないんですけど?
か、カーリオン? カーリオンさんっ!? ど、どうして回避行動を取らないんですかっ!?
俺の体は、その場で足を広げて深々と腰を落とす。そして、迫る尻尾と正面から対峙する。
か、かかかかカーリオンさんっ!? い、一体何をするつもりなんスかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
目前まで迫った黒い壁のごとき邪竜王の尻尾。
その尻尾に向けて、聖剣が真上から振り下ろされる!
ざん、という切断音は、目の前の視界が広がった後に聞こえた。
そう。
俺は……いや、カーリオンは、見事に邪竜王の尻尾を切断したのだ。
おお、尻尾切り! 某ゲームではよく見かける光景だ!
──これでやつはまた一つ武器を失った。あと少しだよ!
おお、それが狙いだったのか、カーリオン!
確かにやつの尻尾は強力な武器だったからな。だが、これでもう尻尾は使えない。
尻尾を切断され、苦悶の咆哮を上げる邪竜王。あいつに痛覚があるのかどうか疑わしいが、尻尾を失ったことは相当大きなダメージに違いない。
邪竜王の真紅の目が俺を見下ろす。そこに宿るは燃えるような憎悪か。
だけど、今更そんな目で見られたところで、怖くも何ともないってものだ。
俺は不敵に笑ってやつを見上げる。だが実際は、立っているのもやっとなんだけど、それを悟られるわけにはいかないからね。
やせ我慢だろうが見栄だろうが単なるハッタリだろうが、今はそれが重要なんだ。
確かにもう少しで邪竜王を倒せるだろう。だけど、実際はこっちだってへろへろなんだよね。
ハッタリでも虚勢でもいい。今は笑え。胸を張れ。こっちはまだまだ余裕だと相手に思い込ませろ。
戦場において、
そんなことを聞いたことがあるが、おそらく今がその時なのだろう。
不敵──に見えているはず──な俺を前にして、邪竜王が一歩後退する。
胸の傷はいまだ癒えず、切断された尻尾も再生する様子はない。そして今、邪竜王は初めて後退した。たったの一歩だが、間違いなくやつは後退したのだ。
あいつ、相当追い詰められているな。
これはカーリオンが言う通り、あと一歩で邪竜王を倒せる!
そう思うと、不思議と力が湧いてくる気がする。俺の魔力があとどれだけ残っているのかはよく分からないが、体力の方はもう限界だ。
ここで決めないと、今度はこっちが追い詰められる。
さあ、ここで決めようぜ、カーリオン!
残された俺の力、ありったけ持っていけ!
ざん、と俺は邪竜王に向けて大きく踏み込む。そして、腰をどっしりと落として聖剣を腰の高さで後ろへと引く。
この構えは、剣道で言うところの脇構えに近いだろうか。
そして、聖剣の刀身が激しく発光する。今までに何度も聖剣が輝くのを見てきたが、この輝きはこれまでで一番激しくて眩しくて、そして力強いものだった。
当然というか何というか、俺の体からなけなしの様々な力が聖剣へと流れ込むのを確かに感じた。
──いくよ、シゲキ!
「おう! これが正真正銘、全力全開の渾身の一撃だ!」
そして次の瞬間。
俺とカーリオンは、光の尾を引く彗星となって邪竜王へと突進した。
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