仮初の復活
とんでもない勢いと威力を乗せて振るわれるは、邪竜王の尻尾。
装甲に覆われたCTさえ破壊する威力を持つ一撃がビアンテを襲う。
「うおおおおおおおおおっ!!」
気炎を上げながら、ビアンテが手にした剣で尻尾を受け流す。さすがに真正面から受け止めることはできないので、受け流すしかないのだ。
だが、ビアンテの体が後方へと大きく吹っ飛ばされた。
アルファロ王国でもトップクラスである彼の技量をもってしても、完全に受け流すことはできなかったのだ。それでも何とか致命傷を避け得たのはビアンテの高い技量のおかげか。
結果的には吹き飛ばされたものの、尻尾の威力の大半を受け流すことに成功していたのだ。
もしも俺があの尻尾の一撃を受けたのなら、間違いなく受け流すこともできずに昇天していただろう。
「び、ビアンテ殿っ!! 大丈夫でござるかっ!?」
ボンさんがビアンテの許へと駆け寄ろうとする。だが、そのボンさん目がけて邪竜王が火炎を吐いた。
「な、なんとおおっ!!」
ボンさんはその小さな体を地中へと潜ることで、火炎を回避する。マンドラゴラのボンさんならではの回避方法だ。
「ビアンテさん!」
「ビアンテ! しっかりしなさい!」
ボンさんに代わり、香住ちゃんとミレーニアさんがビアンテに駆け寄り、意識を失ったらしい彼の体を二人がかりで引きずるようにして移動させる。
──シゲキ、準備はいい?
頭の中にカーリオンの声が響く。ああ、こっちはいつでもいいともさ!
──じゃあ、行くよ? もっとも、既にシゲキの力を少し使わせてもらっているけどね。
はい? もう俺の力を使っている? いつの間に? 何のために?
──うん、もしかすると……
どこか、笑っているような様子のカーリオン。どうやら、我が相棒は何かを企んでいるようだ。
具体的なことを教えてくれないのは、彼なりの考えがあるのだろう。きっと、敵を騙す時はまず味方から、みたいな感じで。あれ? ちょっと違うかも?
それはともかく、今、仲間たちは大ピンチだ。
ビアンテは負傷して意識を失っている。ボンさんは地中に隠れたまま出てこないが、もしかすると先ほどの火炎で深刻な火傷を負ったのかもしれない。
ブレビスさんを始めとした〈銀の弾丸〉たちは、七割以上が怪我を負っている。エルフたちと瑞樹とかすみちゃんが大急ぎで手当てをしているが、そろそろエルフたちのエリクサーも厳しくなっているだろう。
そんな負傷者たちを、ジョバルガンが体を盾にして護っている。とはいえ、いくら頑強なジョバルガンでも、邪竜王の攻撃を何度も防ぐことはできない。既に、彼の甲殻はあちこちがひび割れ、血液らしき液体が流れ落ちている。
勇人くんとフロウちゃんは健在だが、彼らの攻撃は邪竜王には通じない。正確には、通じているが意味はない、が正しいか。なんせ、攻撃を受ける端から回復してしまうのだから。
「ふむ……これは思ったよりも手強いね。しかも、実に強靭な実体を手に入れている。連中がここまで強くなるとは予想外だったかな」
と、こちらは相変わらずクールなオスカルくん。クールというより、どこかおもしろそうな様子で邪竜王を観察している。
香住ちゃんとミレーニアさんは大きな怪我は負っていないようだが、それでも小さな怪我は無数に負っているだろう。それに、先ほどから戦い続けているので、そろそろ体力的に限界のはず。
ってことは、もう残るは俺しかいないわけだ。
──さあ、行くよ、シゲキ……いや、相棒!
おう、行こうぜ、相棒!
俺の力……俺の魔力を全て相棒に預ける! だから、遠慮なく使ってくれ!
白銀の光が奔る。
極限まで強化された身体能力で、聖剣を構えた俺が地を蹴ったのだ。
日光──なのかよく分かんないけど──を受けた聖剣の刀身が、彗星のように尾を引く。
邪竜王は今、その巨大な
だけど、そうはさせない。俺とカーリオンがその狙いを阻止してみせる。
ざん、という鋭い音と共に、邪竜王の喉が裂ける。吐き出す直前であり、そこに蓄えられていた業火が爆ぜて邪竜王の頭を大きく仰け反らせた。
「茂樹さんっ!!」
「シゲキ様っ!!」
香住ちゃんとミレーニアさん、二人の嬉しそうな声が聞こえた。
その声に、どこか覚悟を決めていたっぽい仲間たちの顔に、再び生気が戻る。
「お、俺はおまえを信じていたぜ、シデキっ!!」
「し……シゲキだ……っ!!」
「おおっ!! さすがはニンジャ・マスターだっ!!」
「ニンジャ・マスターが遂に動いたっ!!」
マークたち、〈銀の弾丸〉の仲間たちからの声が聞こえる。
「おお、さすがはシゲキ殿でござるな!」
地中からひょっこり顔を出したボンさん。どうやら、大きな怪我はないようだ。
フィーンさんを始めとしたエルフたちも、その表情を期待に輝かせている。
【シゲキ、かつて無数のグッタングと共に戦った時を思い出すな】
あの時は、ジョバルガンたちと無数の巨大ムカデと戦ったよな。あの時も大変だったっけ。
あ、邪竜王の喉があっという間に修復された。相変わらず回復力が半端ない。当然、邪竜王の周囲が更に黒く染まる。あんにゃろ、またカーリオンから力を奪いやがったな。
再び邪竜王の喉元がぼこりと膨らみ、口から業火が吐き出される。
標的は当然ながら俺。だが、俺はその場で足を開いて踏ん張る態勢を取り、迫る真紅の炎を迎え撃つ。
炎が俺に触れる直前。しゅん、という鋭い空気を斬り裂く音と共に、迫る炎が二つに割れた。上段から振り下ろされた聖剣が炎を斬り裂いたのだ。
「邪竜王が吐き出す火炎を斬り裂いた……さ、さすがは師匠! まさに神業としか言いようがありません!」
あれ、ビアンテのやつ、意識を取り戻したのか。あの様子なら、怪我の方は大丈夫だろう。
そういや、初めて邪竜王と戦った時も、同じように炎を斬り裂いたっけな。
じゃあ、今度はこちらから攻撃してやろうぜ、相棒!
俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、ばちり、という音と共に聖剣の刀身が帯電する。
刀身に纏いつく雷はどんどん大きくなり、そして、雷は放たれた。
轟音が響くとほぼ同時に、雷撃を受けた邪竜王の右前脚が弾け飛ぶ。
「相変わらずの雷様っぷりね、茂樹は」
「瑞樹さん、そこはせめて『雷神』って呼びましょうよ」
どこか呆れたような声が聞こえたが、今は無視する。
「凄い……私の雷よりも遥かに強力な……」
「まあ、茂樹さんは魔力だけはチート級だからねー」
勇人君とフロウちゃんの声もする。いや、確かに俺の魔力は相当らしいけど、自分で自由に使えないから、あまり意味はないんだよね。
いや、意味がないなんてことはない。なぜなら、今まさに俺の魔力は役立っているのだから。
そう。
カーリオンが復活した理由。それは彼が力を取り戻したわけじゃなく、俺が持つ魔力をがんがん消費しているからだ。
カーリオン自身の力は今も邪竜王に奪われ続けている。だけど、カーリオンには俺がいる。勇人くんが言うように、魔力
とはいえ、俺の魔力だって決して無尽蔵ではない。それに、あの邪竜王を滅ぼすためには、例の黒いひびを破壊する時のように俺の魔力を永久消費する必要がある、とカーリオンは言う。
それぐらい、あの邪竜王は強敵ってことだ。
でも、今はそんなこと気にしている時じゃない。仮に俺の魔力が全てなくなってしまっても、別に困ることなんてないしね。
あ、俺の魔力がなくなったら、店長が困るかも。あれ? 店長といえば、彼女はここに来ていないな。どうしてだろう? 勇人くんたちだって来ているのだから、店長だって来てくれてもいいと思うのだけど。
まあ、何か理由があるのだろう。実は俺、店長から嫌われているなんてことは……うん、ないよね? ないはずだよね?
湧き上がった不安を押し殺し、邪竜王に肉薄する。いや、俺の体を操っているのは、いつものようにカーリオンなんだけどさ。
彼我の距離を詰める間に、邪竜王の前脚が修復された。ホント、とんでもない回復力だ。
そして、前脚を回復させた邪竜王は、背中の翼を大きく開いて空へと舞い上がる。
どうやら、上空から俺を一方的に攻撃するつもりのようだ。
ところで、地上から離れた邪竜王は、カーリオンの力を奪うことができなくなった……なんて都合のいいことはないだろう。
もしもそうであれば、空に舞い上がるわけがない。確かに上空からの攻撃は有利かもしれないが、回復能力を失う方がデメリットとして大きいはずだ。
そもそも、ここはカーリオンの内面世界。ある意味、どこにいてもカーリオンと接触しているようなものだ。
とすると邪竜王の目的は、当初の予測通り上空からの一方的な攻撃だろう。
だけど、そうはさせない。空を飛べるのはおまえだけじゃないんだぜ? そうだろ、相棒?
その意思に応えてくれたのか、俺の体がぐんぐん上空へと駆け上がっていく。いつものように、カーリオンが作り出す見えない足場を駆け上がっているのだ。
みるみるうちに縮まっていく、互いの距離。
邪竜王の口が大きく開き、真紅の火炎が放たれる。
その火炎に向かって、俺は聖剣を構えて真正面から突っ込んだ。
「し、茂樹さぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
香住ちゃんの悲鳴が聞こえる。
確かに彼女たちから見たら、俺が炎に飲み込まれたように見えただろうからびっくりするのも無理はない。
だけど大丈夫だよ、香住ちゃん。俺は無事だから。
邪竜王の炎に突っ込む直前、俺とカーリオンは転移したのだ。
そう、転移だ。俺自身もすっかり忘れていたけど、カーリオンは転移もできるんだよね。
その転移で俺たちが移動したのは、邪竜王の頭の上。人間で言えば眉間に該当する部分が、俺の足の下に存在している。
そこに、俺は力一杯聖剣を突き刺した。
黒竜の頭部に聖剣の刀身の半分ほどがずっぽりと刺さる。
「やれ! カーリオン! 俺に遠慮しなくていいからな!」
──うん、任せて、シゲキ!
邪竜王に刺さった聖剣の刀身。そこから、眩しいほどの白光が迸った。
白光は邪竜王の体内へと流れ込んで荒れ狂い、暴れ回り、その巨体を内側から破壊していく。
同時に、俺の体からも「何か」がごっそりと抜けていく感覚。同時に、どんどん高まる疲労感。
カーリオン……本当に遠慮なく俺の力を使ったね? いやまあ、俺自身が遠慮するなとは言ったけどさ。
やがて。
やがて、邪竜王の体のあちこちから、白い煙がゆらゆらと立ち昇り始め、それまで力強く羽ばたいていた翼が、だらりとその力を失ったのだった。
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