最終形態
自らの体を縦に割り、そこに「カスミ」を飲み込んだ黒い「俺」。
いや、飲み込むというよりは取り込んだ、と言った方が正解だろうか。
裂けた体が元に戻ると、黒い「俺」は次に「みれーにあ」へと目を向けた。
「よし、じゃあ、次はあいつだな」
そう零した次の瞬間、「俺」の姿は「みれーにあ」のすぐ傍にあった。
は、速っ!? 黒い「俺」のその移動速度は、これまで以上に速かった。それこそ、勇人くんたちのように瞬間移動したのかってぐらいに。
「みれーにあ」と戦っていたミレーニアさんとエルフたちは、不意打ちを食らって吹き飛ばされる。黒い「俺」が剣を一振りしただけで、ミレーニアさんたちが吹っ飛んだのだ。
幸い、大きな怪我を負うほどではなかったようだが……うん、確実に「俺」は強くなっているな。
その原因は、間違いなく「カスミ」を取り込んだからだろう。ってことは……?
「よう、オレと一つになろうぜ」
「ええ、構いませんわよ」
先ほど同様、体を縦に割った「俺」が、「みれーにあ」を取り込む。
あ、あれ? ミレーニアさんってば、何を羨ましそうに俺と「俺」を交互に見ているのかな? もしかして、「俺」が口にした「一つになろうぜ」って言葉に反応しちゃった?
い、いや、そんな陶然とした目で俺を見られても……今、それどころじゃないからね? 今の状況、分かっているよね?
「さて、と。これで一応準備完了ってところだな」
「みれーにあ」を取り込んだ「俺」が、にやりと笑う。
「カスミ」と「みれーにあ」を取り込んで、「俺」は相当パワーアップしたようだ。
「じゃあ、次は……」
再び、黒い「巨人」を見上げる「俺」。そして、次の瞬間、黒い「俺」が跳んだ。
まるで軽い跳躍をするかのような感じ。だけど、その跳躍の高さと速度は相当なもので、あっという間に空中で「巨人」を攻撃している勇人くんに肉薄して剣を振るう。
突然の横合いからの攻撃に、さすがの勇人くんも反応が一瞬遅れた。それでも何とか瞬間転移を発動させ、「俺」の剣閃から間一髪で逃れる。
そして、一時とはいえ勇人くんを退けた「俺」は、そのまま黒い「巨人」の喉元へとずぼっと突っ込んだ。
そう。
「俺」は「巨人」の体へと自ら突っ込んだんだ。
この時になって、俺はようやく理解した。黒い「俺」が先ほど口にした、「合流」という言葉の意味を。
それは「巨人」と連携して戦うという意味ではなかった。「カスミ」と「みれーにあ」を吸収した「俺」が、今度は「巨人」に取り込まれたのだから。
まさに文字通り、「害虫」どもは合流したのだ。生き残っていた残り僅かな「蛇」も「、巨人」の足元からどんどん取り込まれていく。
まさに、全ての「害虫」が「巨人」の巨躯に吸収されるという形で合流したのだった。
「ほう、いよいよ連中も最終形態かな」
落ち着いた……というより、どこかおもしろそうな様子で、オスカルくんが呟いた。
「オスカルくん、君は『害虫』について何か知っているのか?」
「確かに多少の知識はあるが、私が知っていることはあなたとさほど差はないと思うよ、聖剣の担い手殿」
相変わらずクールに微笑むオスカルくん。彼、増々謎が深まっていくなぁ。
しかし、彼の言葉を信じるのなら、あの「巨人」の姿は最終形態ではないってこと? てっきり、あの「巨人」こそが連中の最終形態だと思い込んでいたぞ、俺。
でも、考えてみれば確かにあの「巨人」が最終形態ってのはちょっと無理があるかも。
のっぺりとした大雑把な人影といった外観は、あまりラスボスって感じがしないし。精々、中ボスって感じだよね、あれ。
俺、今までいろいろな小世界でいろいろな敵と戦ってきたけど、ラスボス感に溢れていた敵は二体だったと思う。
一体は巨大なキノコの化け物だった魔獣王。見た目こそユーモラスだったけど、逆にそこが恐怖を感じさせた。更には、あの周囲を腐食する能力も強力だったし。
そして、もう一体は俺が最初に出会った敵である邪竜王。巨大な黒いドラゴンという外観は、そりゃあもうラスボス感ありまくりだ。それに、最初に出会った敵ということもあって、俺の中ではかなり印象が強いんだよね。
まあ、どっちもカーリオンがあっさりとずんばらりんしちゃったんだけど。ほら、俺の聖剣、最強だし。
そんな魔獣王やら邪竜王やらと比べると、あの黒い「巨人」はイマイチ迫力に欠けるんだ。
確かにあの「巨人」は強敵だ。勇人くんやフロウちゃんの攻撃を食らってもすぐに再生しちゃう回復能力だけではなく、攻撃力だって相当だろう。「巨人」の相手をしているのが勇人くんたちなので、「巨人」の攻撃力が目立っていないだけなんだよね。
勇人くんたち、どんな攻撃でも転移であっさりと回避しちゃうから。
「おい、シゲキ、どうするんだ? 敵が一つになってくれたのは、ある意味で戦いやすくなったが……」
俺の傍に、ブレビスさんが搭乗するCTが来て尋ねた。
「確かに標的は一つになりましたが、あの『巨人』が強敵なのは間違いありません。更に、一つになったことでパワーアップしている可能性もあります。油断できる相手じゃありませんよ」
「なるほど、おまえさんの言う通りだな。ってことは……よし、
何やら一人で納得したブレビスさん操るCTは、足音を響かせてトレーラーの中に戻った。何やら別の武器を使うっぽい。
あまり費用が高い武器を勝手に使って、後でセレナさんに怒られないといいけど。
まあ、今回の〈銀の弾丸〉の経費に関しては、後で俺から補填するつもりだけどね。もちろん、邪竜王の財宝から補填しますとも。
現在、戦況はこちらに有利。だけど、「巨人」がどれだけパワーアップしたかによって、そんなものは簡単に覆るだろう。
「香住ちゃん、ミレーニアさん、ビアンテ、瑞樹とかすみちゃん、ボンさんとエルフたち、勇人くんにフロウちゃん、ジョバルガン、そして〈銀の弾丸〉のみんな。おそらくこれが最後の戦いだ! でも、決して油断しないでくれ! 生き残るのは……いや、勝つのは俺たちだ!」
いつの間にか俺の周囲に集まっていた仲間たちが、俺の言葉に「応」と答えた。
なぜか、今のところ「巨人」に動きはない。仲間である「害虫」どもを完全に吸収するために、一時的に動きを止めているのだろうか。
理由はともかく、今がチャンス。俺の仲間たちは指示されるまでもなく、それぞれが動き出す。
「アルファロ王国が騎士にして、シゲキ師匠が一番弟子! このビアンテ・レパードが先陣を切らせていただこう!」
動かない「巨人」に、ビアンテが一番槍とばかりに
まるで丸太のような「巨人」の足。その足に向かってビアンテの剣が薙ぐように迸り、見事に足を切断する。
片足を突然失ったことで、「巨人」の巨躯が大きく傾ぐ。放っておけば再生するなりくっつくなりするのだろうけど、そんな暇は与えない。
「二番手はカスミ先生に教えを授けられた某でござる!」
ボンさんが傾く「巨人」の体を軽々と駆け登っていく。そして、「巨人」の肩に到達したところで、手にしたナイフをその首に突き刺した。
ナイフの刃は人間で言えば頸動脈がある辺りに深々と突き刺さる。だけど、「巨人」の大きな体に対してナイフの刃は小さすぎる。どこまで効果があるか見通せないな。
【では、私も守るばかりが能ではないところをお見せしよう】
次に動いたのはジョバルガン。巨体ながらも無数の足を巧みに動かし、ジョバルガンは滑るようにして素早く「巨人」へと迫る。
そして、二本の触手を「巨人」へと向けると、そこから酸の弾丸を連射した。
「巨人」の体のあちこちに酸が命中し、じゅわりという音と共に異臭が漂う。よし、これは明らかに効いているっぽいぞ。
「私たちは負傷者の治療に専念するわ。ミズキたちはまた私たちを手伝ってね」
「はい、分かりました」
「任せてください!」
フィーンさんを始めとしたエルフたちには、負傷者の治療を任せよう。ただ、エルフたちのエリクサーも無尽蔵というわけではない。言ってみれば、あれはエルフたちの血液のようなものだ。使いすぎるとエルフたちの命に関わるので、残量を考える必要があるだろう。
その辺の管理はフィーンさんにお任せだ。瑞樹とかすみちゃんは、引き続き治療の手伝い。先ほどまでの戦いで怪我を負い、まだ治療が済んでいない人もいるからね。
「じゃあ、おれとフロウはまた空から……と言いたいところだけど、そろそろ魔力が厳しいんだよね」
「確かに、先ほどまでのような魔法の乱発はできませんね。そもそも、味方が敵と接敵しているので、広範囲の攻撃魔法は撃てません」
現在、ビアンテとボンさん、そしてジョバルガンが「巨人」に肉薄している。そこにフロウちゃんが雷の雨を降らせたら、間違いなくビアンテたちを巻き込んでしまう。
「魔力をセーブしつつ、単体用の攻撃魔法で狙い撃ちしてみましょう」
「魔法による単体攻撃は、モルガーの爺ちゃんが得意なんだよなぁ。モルガーの爺ちゃんも呼んでくるべきだったかな?」
「モルガーナイク様もお忙しい方だから、無理を言ってはだめよ」
と、相変わらず仲のいいところを見せつけてくる勇人くんとフロウちゃん。大丈夫、羨ましくはないし。俺には香住ちゃんがいるし。
勇人くんが『アマリリス』を操り、「巨人」の腕を切断する。フロウちゃんは手にした杖の先から雷撃を放ち、「巨人」にダメージを与えていく。
「総員、弾薬の補給を急げ! サイバーパーツにダメージを受けた者は、トレーラー内で対処するように!」
指揮用トレーラーからセレナさんの指示が飛び、〈銀の弾丸〉の面々が素早く動く。
団員たちはトレーラーに駆け込み、消費した弾薬などの補給を行う。同時に、エリクサーでは治療できないサイバー化された体の修理も行うようだ。
「見ていろよ、シデキ! これから俺、更に活躍してみせるからな!」
補給を終えたマークが、にやりと笑いながら俺の背中をどんと叩いた。
だけど俺は知っている。彼の目が、時々フィーンさんたちの方に向けられていることを。
もちろん、俺は何も言わない。言えるわけがない。
俺だってこの場に香住ちゃんがいなければ、きっとマークと同じことをするだろうから。
だから俺は、心の中で彼に向って親指をおっ立ててエールを送った。
「茂樹さん……何か変じゃないですか?」
突然香住ちゃんにそう言われ、俺は跳び上がらんばかりに驚いた。
いや、実際に飛び上がったりはしないけど。
まさか、先ほどまでの俺の心を読まれていたっ!? いつの間にか、マイハニーはテレパスの使い手になっていたのかっ!?
どきどきと激しく鼓動する心臓を悟られないようにしつつ、俺は彼女へと振り向いた。
「な、何が変なのかな?」
「あの黒い『巨人』、変じゃないですか? 先ほどまでのように再生していませんけど……」
え?
変って俺のことじゃないの? って、それどころじゃないぞ。
俺は改めて「巨人」を見る。現在、「巨人」はビアンテたちによって四肢を断たれ、胴体だけで地面に転がっていた。
うん、香住ちゃんの言う通り確かに変だ。勇人くんたちの攻撃を受けていた時は、瞬く間に再生していたのに、今はまったくその様子がない。
あれ? 黒い「俺」やら「蛇」やらを吸収したことで、パワーアップしたんじゃなかったのか?
地に横たわった「巨人」は、四肢を失ったことで巨大な繭のように見えなくもない。
ん? 繭?
な、何か今、すっげぇ嫌な予感がしたんだけど。
──逃げて、シゲキ! みんなにも早く伝えて!
俺の予感に賛同するように、突然脳裏に響くカーリオンの声。その意味を理解するよりも、俺は反射的に動いていた。
「みんな逃げろっ!! 急いで『巨人』から離れるんだっ!!」
声の限りに叫ぶ。
俺の指示に従い、仲間たちは一斉に倒れた「巨人」から離れる。
そして、みんなが一定の距離まで離れた時。
四肢を失って横たわっている「巨人」の胴体が、膨張し始めた。
まるで風船のように、どんどん大きくなる「巨人」。斬り飛ばされて周囲に落ちていた手足をも飲み込み、見る間に膨れ上がっていく。
そして。
限界まで膨らんだ風船が弾けるように。
膨張した「巨人」が破裂し、その中から「やつ」は現れた。
「あ、あれは……」
「ま、まさか……」
恐怖を孕んだミレーニアさんとビアンテの声がした。
そう。あの二人は「やつ」を知っている。特にミレーニアさんは、「やつ」に捕らわれていたこともある。
当然ながら、俺もその姿に見覚えがある。いや、忘れたくても忘れられない。
「じゃ……邪竜……王……」
それは、俺が初めて異世界へ行った時に遭遇した、巨大な黒竜にそっくりだったのだ。
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