吸収
ビアンテとボンさんに襲いかかる見えない斬撃。
それをボンさんは見事に回避し、ビアンテは剣で弾き飛ばす。
二人とも、今の攻撃をまるで見えているかのように防いだけど、本当に見えていたりする?
「今のは……」
「うむ、目には見えぬ攻撃でござるな。ビアンテ殿、気をつけられよ」
「ボン殿も」
二人は更に警戒心を強めながら、それでも今まで以上に攻撃の圧を高める。
「……ったく、あれを防ぐなんて、おまえらどうなってんだよ? 目に見えない攻撃をどうして防げるんだっての!」
「たとえ目には見えなくとも、僅かに聞こえる音や肌に伝わる震動など、いくらでも攻撃を察知する手段はあるというものだ!」
「いかにも! ビアンテ殿の言う通りでござる!」
「シゲキ師匠に鍛えられたのは伊達ではないからな!」
「某もカスミ先生の教えに従っただけでござる!」
いや、俺も香住ちゃんも、見えない攻撃の防ぎ方なんて教えてないよっ!? 俺と香住ちゃんが、二人の中でどんどん神格化していて逆に怖いんだけどっ!? ってか、二人が予想以上に強くなっているんですけどっ!?
何となく、これ以上二人の様子を見ているのがつらくなって、俺は視線を逸らした。
その、逸らした視線の先では、黒い「巨人」へと猛攻を浴びせる勇人くんとフロウちゃんの姿があった。
勇人くんの手元から朱金の輝きが迸り、「巨人」の体を大きく斬り裂く。
そして、フロウちゃんが手にした杖を掲げると、天より幾条もの雷が落ちて「巨人」を打ち据える。
朱金の鎖に斬り刻まれ、紫紺の雷に焼かれる黒い「巨人」。
だけど。
だけど、二人が与えたダメージは見る間に回復していく。あの「巨人」、回復力がハンパなく高いようだ。
もちろんというか何というか、「巨人」もただ黙ってやられるばかりではない。
その黒い体表がざわざわと波打つと、そこから針のようなものを形成して撃ち出してくる。
まるで某妖怪ヒーローの髪の毛のように撃ち出される無数の針。その針を、勇人くんとフロウちゃんは瞬間転移を用いて回避する。
「あんな見え見えの攻撃、誰が食らうかっての!」
「でも、あれを連射されるとちょっときついよ? 私たちの魔力だって無限じゃないし」
「確かに、俺たちは爺ちゃんみたいに外素を吸収とかできないもんな」
ふむふむ。要するに、あの二人にも魔力の限界がある、ということか。そりゃあの二人がいくら強くても、魔力が無尽蔵ってわけでもないからね。
攻撃や防御に魔力を使う以上、いつかはその魔力も尽きてしまう。そうなる前に「巨人」を倒さないといけないわけだ。
「斬撃がイマイチなら、内側からの破壊でどうだ?」
勇人くんの手元から朱金の鎖が伸びる。伸びた鎖はこれまでのように「巨人」を斬り刻むことはなく、その巨体に深々と突き刺さった。
「爺ちゃん直伝! 魔力撃による内部破壊!」
次の瞬間、「巨人」の体の一部がぶくりと膨れ上がったかと思うと、そのまま更に膨れて破裂した。破裂した場所は先ほど鎖が突き刺さった場所。
おそらくだけど、勇人くんはあの鎖を導火線代わりにして、「巨人」の体を内部から爆破したのだろう。具体的な手段はよく分からないけど。
だが、それでも「巨人」は回復してしまう。回復した「巨人」は、再び体から針を射出して勇人くんたちを襲う。
そして、その攻撃を転移で回避する勇人くんたち。あー、これ、やばくね? このままだと、いつか勇人くんたちがジリ貧になるパータンだ。あの「巨人」を倒すには、一撃で全てを消し飛ばさないとダメなやつじゃね?
響き渡る、金属同士がぶつかり合う音。
その甲高い音色を奏でているのは、香住ちゃんとミレーニアさん、そして彼女たちをサポートするエルフたち。
対するは、彼女ちゃんたちの偽物である「カスミ」と「みれーにあ」。二体の偽物たちは、数体の「蛇」と共に香住ちゃんたちの押し潰すかのような猛攻を何とか受け流している。
エルフたちは、本当に忍者のようだ。速度で偽物と「蛇」を攪乱し、そこで生じた隙を香住ちゃんとミレーニアさんが突くという作戦のようだ。
「この……露出狂の変態たちっ!! さっさと消えてくれないかなっ!?」
「激しく同感ですわっ!!」
迫るエルフの猛攻を、「カスミ」は「蛇」の陰に隠れるようにして躱す。だが、エルフたちの攻撃を身体中に受けた「蛇」の一体が、たまらず塵へと返った。
一方の「みれーにあ」は、エルフたちの連撃を手にした剣で見事に捌いていく。とはいえ、さすがの「みれーにあ」もエルフたちの猛攻全てを捌くことはできず、遂にその身にエルフたちが振る枝を受けてしまった。
「ぎゃふ……ぐぅっ!!」
変な悲鳴が「みれーにあ」の口から零れると共に、その左腕が肘の辺りでぼとりと斬り落とされた。
相変わらず、エルフたちが振る枝は切れ味がいい。どうしてあんなただの枝ですっぱりと斬れるのか、俺にはよく分からんけど。
「オのれ、よクも……っ!!」
憤怒の色でその顔を染める「みれーにあ」。ダメージのせいか、呂律もおかしい。あそこまで表情が変わると、もうミレーニアさんに似ているとは言えないぐらいだ。
どうやら、少しずつメッキが剥がれつつあるみたいだな。あいつらも余裕がなくなってきたのかもしれないぞ。
しかし、香住ちゃんもミレーニアさんも凄いな。カーリオンの支援を受けているとはいえ、以前は苦戦した偽物と互角以上に戦っている。
もちろん、エルフたちが援護しているってこともあるだろう。だけど、今の二人はいつもより強い気がするよ。
…………もしかして、我が相棒は俺よりも二人を重点的に支援しているとか? そりゃ、今の俺は「基点」としての役目があるから下手に動いてはいけないし、その分二人の支援を強めているってことかもしれないけど……俺、カーリオンに見限られてたりしてないよね? 大丈夫だよね? ちょっとだけ心配。
と、俺がそんなことを考えているうちに、香住ちゃんとエルフたちが「カスミ」を追い込んでいた。
周囲にいた「蛇」は全て倒され、完全に孤立した「カスミ」。その「カスミ」に対して、全方位から攻撃を加えていくエルフたち。
確かに、「カスミ」は強い。黒い「俺」と同格なぐらい強い。それでも、包囲された状態での攻撃を防ぎ切ることはできなかった。
最初こそ、エルフたちの猛攻を捌いていた「カスミ」だが、徐々に手が回らなくなり、遂にはその身にエルフたちの枝を受けることになる。
情け容赦なく「カスミ」の体に食い込むエルフたちの枝。「カスミ」の両腕が切断され、次いで両足までもが斬り飛ばされた。
四肢を失い、地面に転がる「カスミ」。次の瞬間には失った四肢を再生させるも、既に遅い。
四肢を再生させ、立ち上がった「カスミ」。その眼前に、香住ちゃんが迫っていたのだ。
俺にははっきりと見えた。「カスミ」の表情が強張ったのが。
「はああああああああああああああああああああああっ!!」
気合一閃。上段から流星のごとく振り下ろされた香住ちゃんの剣が、立ち上がった「カスミ」を真っ向両断にした。
脳天から股間までを斬り裂かれ、「ひらき」にされる「カスミ」。
うん、あいつって、以前も「ひらき」にされたよね。他ならぬ俺の手で。正確にはカーリオンに、だけど。
あの時、「カスミ」は「ひらき」にされても死ななかった。ってことは、今回も同様に死んではいないだろう。実際、「カスミ」の体は「蛇」のように塵に返ることもなく、二つになったまま地面に転がっているのだから。
「あーあ、何やってんだよ、おまえらは?」
と、ビアンテとボンさんの攻撃を二刀で捌きながら、黒い「俺」が呆れたように零した。
「向こうも向こうで苦戦しているようだし、そろそろ『合流』する頃合いかね?」
と、「俺」が少し離れた所で戦っている黒い「巨人」を見た。勇人くんとフロウちゃんが空中から猛攻を浴びせているが、「巨人」は受けたダメージを相変わらず片っ端から回復させているようだ。
って、合流? もしかして、黒い「巨人」と連携しようって腹か?
確かに、あの「巨人」を前面に押し立てられると、こちらの攻撃は全く無効化されるだろう。そして、その背後から偽物たちが俺たちに攻撃する作戦か?
それって結構ヤバくね? 現状、確かに俺たちが優勢ではあるが、それも結構ぎりぎりで優勢を保っているってところだ。何かの拍子で、戦いのバランスが逆側へと傾いても不思議じゃない。
なあ、相棒? そろそろ、俺の出番じゃない? 真打は最後に登場するものだけど、今がその時だと俺は考えるんだが?
今までに縁を繋いできた、様々な小世界の仲間たちはほぼ全て集まっている。中にはいない者──どこかの同性愛者の傭兵とか──もいるけど、仲間たちをこの内面世界へ招くのはもう終わっているんじゃないか?
なら、カーリオンは今、何をしているのだろう? 確かに香住ちゃんとミレーニアさんを支援しているのだろうけど、それに全力を回しているとは思えない。
俺が知るカーリオンの力は、こんなものじゃないはずだから。
ちらりと手の中の聖剣に目を向ける。
ん? あれ?
聖剣の刀身が、僅かに輝いている? 今まで気づかなかったけど、確かに聖剣の刀身がぼんやりと光を放っている。
しかも、少しずつではあるけれど、その輝きが強くなっているし。
おおおっ!? こ、これはもしかして、カーリオン復活の兆しか?
現在、イモムシの姿はない。ってことは、「害虫」はカーリオンから力を奪っていないってことだ。
こ、これは期待してもいいってことじゃないですか?
いよいよ……いよいよ俺の相棒が復活するのか!
俺がカーリオン復活の兆しに喜んでいると、「害虫」どもの動きに変化が生じていた。
まず最初に行動したのは黒い「俺」。絶妙な連携を見せるビアンテとボンさんの一瞬の隙を突き、見えない爆撃を発生させる。それも、自分を中心にして全方位に向けて放ったのだ。
見えない斬撃と違い、こちらは剣で弾いたりすることはできない。しかも、全方位に向けたいわゆる「エリアアタック」なので、回避することもできない。
結果、ビアンテとボンさんは爆撃を受けて吹き飛ばされてしまった。それでも、ダメージを最小限に抑えることはできたようで、すぐに態勢を立て直す。
しかし、「俺」の狙いはビアンテとボンさんを倒すことではなかったようだ。やつは二人を吹き飛ばして距離を取ると、二人を無視して移動した。
その行先は「ひらき」にされた「カスミ」の
悲鳴を上げながら、地面を転がる香住ちゃん。思わず彼女の方へと駆け出しそうになるが、香住ちゃんは俺に向かって大丈夫とばかりに微笑む。
現在、仲間たちは俺がほとんど動けないことを理解しているようだ。おそらく、カーリオンがみんなに告げたのだと思う。
だからこそ、香住ちゃんは俺に向かって微笑み、自分は大丈夫だと無言で示したのだろう。
まあ、彼女の周囲にはエルフたちもいるしね。多少の傷であれば、エルフたちからその場でエリクサーをもらうことだってできる。
そのエルフたちも彼女同様に吹き飛ばされているが、彼ら独特な体の構造上、多少なことでは致命傷には至らない。実際、エルフたちは素早く立ち上がり、香住ちゃんを中心としたフォーメーションを組み直した。
で、だ。
倒れた「カスミ」の傍に立った「俺」は、ちょっとだけ憐れむような表情を浮かべて足元を見ていた。
「情けねぇな。何、遊んでいるんだよ?」
「ご、ごメ……なサ……」
「まあ、いい。おまえと……あいつもそうだけど、そろそろ元に戻ろうな?」
はい? 元に戻る? それってどういう意味だ?
思わず首を傾げる俺。だが、その意味はすぐに分かった。
なぜなら──。
「俺」は倒れている「カスミ」の体を、その両手で片方ずつ持ち上げた。そして、「俺」の体が裂けるように二つに割れると、そこに「カスミ」を取り込んだのだった。
□ □ □ □ □
「な、なぜだっ!? なぜ、俺様の体は宙に浮いたままなのだっ!? はっ!? こ、これはもしや、俺様は遂に空を飛ぶことさえ可能にしたということかっ!? うむ、さすがは俺様だな! とうとう空を飛ぶことさえ可能にしてしまうとは……我ながら自分の才能が恐ろしい! とはえい、飛べるようになった割には、ここから全く移動できんが……まあ、俺様ならいずれ自由に飛行できるようになるだろう! わはははははは!」
激戦が繰り広げられる地上から遠く離れた空の上で。
白黒の体をした小柄な騎士が何やら勝手に納得していたのだが、当然ながら地上の俺たちにはその言葉が聞こえることはなかった。
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