黒い巨人
地底より現れ出でたるは、我らが守護神と言っても過言ではないほど頼もしい、グルググのジョバルガン。どうやらカーリオンは、彼もこの世界へ招き入れたようだ。
そのダンゴムシそっくりの強靭な甲殻は、〈銀の弾丸〉のトレーラーの装甲さえ凹ませた「蛇」の見えない爆撃を受けても多少傷が入っただけ。
近未来世界の防弾装甲板よりも頑丈な甲殻ってどれだけなんだよ? と心の中でツッコミつつ、俺はジョバルガンへと駆け寄った。
「来てくれたのか、ジョバルガン!」
【当然だとも、我が友よ。友の危機と聞いた以上は、熟考するまでもなく行動しようというものだ】
ぴこぴこと触角の先を光らせながら、ジョバルガンが「言う」。
【思慮したところ、どうやらここにいるシゲキの
おお、そうしてもらえると本当に助かる! そして、近づいたことで気づいたけど、ジョバルガンの体、以前に会った時よりもかなりデカくなってね? 具体的に言えば、〈銀の弾丸〉のトレーラーに長さでは及ばないが、高さではいい勝負ができるぐらいに。
【以前、ギルギタンガに捕らえられた不手際を猛省すべく熟考した結果、体を鍛え直すべしという答えを導き出したからな。もう、以前の貧弱な私ではないのだ】
え、えっと……以前からジョバルガンは貧弱ではなかったと思うけど……ま、まあ、本人が考えた結果ならそれでいいよね。うん。
一方、突然地中から現れた巨大なダンゴムシに、〈銀の弾丸〉の団員たちは呆然としている。そりゃそうだ。彼らからしてみれば、ジョバルガンは
「大丈夫だよ。彼は俺の知り合いで、決して変異体でもなければ『害虫』どもの仲間でもないから」
「そ、そうなのか? シデキがそう言うのなら、そうなんだろうな……」
あれ? マークのやつ、ここにいたのか。ってことは、どこか負傷したってこと? 見たところ元気そうなので、きっと既にエリクサーで治療済みなんだろうな。そういや彼、両腕はサイバー化されていたんだっけ? じゃあ、両腕以外を怪我したのかな?
ん? マークのやつ、妙に視線が泳いでいるな? 彼はちらちらと全裸エルフたちを見ていて……ああ、そういうことか。うん、分かるぞ、同じ男だからな。でも、あえて何も言わないのが男の優しさってやつだよね。
「こ、この虫……じゃない、この人が、茂樹の言っていたジョバルガンさん?」
「お、思っていたよりも大きいですね……」
俺がマークのことを考えていると、瑞樹とかすみちゃんがジョバルガンを見つめていた。瑞樹とかすみちゃんもジョバルガンとは初対面だっけな。
「そう、彼がジョバルガン。彼もまた、俺たちのために来てくれたんだ」
おそらく、これこそが店長の言っていたことなのだろう。
異世界で築き上げた絆。その絆こそが「害虫」に対抗する手段となる。以前、店長はそう言った。
ボンさんやエルフたち、ビアンテ、〈銀の弾丸〉のみんな、そしてジョバルガン。異世界の友人や仲間たちが、俺の……いや、俺たちの危機を聞きつけて、深く考えることさえなくこうして駆けつけてくれた。
まあ、瑞樹とかすみちゃんは巻き込んでしまった気がしなくもないが、きっと彼女たちだって、俺たちのために力になってくれるだろう。
だったらさ。みんなが俺たちのために駆けつけてくれたのなら、俺たち自身が更にがんばらないでどうするってものじゃないか。そうだろう、相棒?
俺は手にした聖剣に視線を落としつつ、心の中でカーリオンに呼びかける。相変わらず、我が相棒からの返事はない。どうやら、我が相棒は既にがんばっているみたいだ。
負傷者たちは瑞樹とかすみちゃん、エリクサー担当のエルフたち、そして守護神ジョバルガンに任せて、俺は俺の仕事をしよう。
そう改めて決心し、俺は戦場へと視線を向ける。
セレナさんの指揮のもと〈銀の弾丸〉の団員たちが「蛇」と交戦し、ボンさんとエルフたちが偽物たちと刃を交えている。気づけば、そこに香住ちゃんとミレーニアさん、そしてビアンテも加わっていた。周囲にあれほどいたイモムシの姿がなくなっているので、香住ちゃんたちが片付けてくれたのだろう。
よし、俺もみんなに負けていられないぞ!
気合を入れ直し、俺は宙に浮かぶ黒い穴を見上げる。あれをなんとかすることが俺の役目……なんだけど。
あれ? 何となく誰かを忘れているような気がするぞ。誰だっけな?
頭の中で異世界にて出会った人たちのことを思い返していると、突然近くのトレーラーの後部ハッチが開いた。
「済まねぇな、シゲキ! ようやく『コイツ』の準備が整ったぜ!」
トレーラーの中から響くのはブレビスさんの声。そして、大量の空気を吸い込むような吸気音。トレーラー内に設置されたライトの光の中、『それ』が遂に起動したのだ。
トレーラーの中から姿を見せたのは、全長3メートルほどの金属製の
CTは人型兵器と言っても、アニメに登場するようなスタイリッシュなロボットではなく、もっと泥臭いイメージのパワードスーツだ。
全体的にずんぐりとしたマッシュルームのようなシルエットのボディに、太短い印象を受ける手足。もちろん、太短いと言っても人間の手足よりはずっと大きい。
首や頭部はなく、カメラなどのセンサーが搭載されたユニットがボディから少し飛び出るように設置されていて、そこが頭部と言えば頭部だろうか。
俺が初めて近未来世界へ行った時に、このCTは倒した食用変異体の運搬に活躍していた。だが、本来の使用目的は紛れもなく戦闘用であり、今日はその本来の使い方をしてもらうわけだ。
CTはその両手に人間では取り廻せないような大きなライフルを一丁ずつ構え、肩や腕には小型のマシンガン・ポッドを合計4基も装着している。この肩や腕に装着されたマシンガン・ポッドは、専用のコネクタを使ってボディに固定され、自由に脱着できるらしい。
今はマシンガン・ポッドを装備しているが、作戦目的によって装備を様々に換装できるって仕様だね。
更に、両腰にはミサイルポッドを装備し、背中には巨大なブースター。もちろん、ブースターの目的は空を飛ぶためだ。
とはいえ、ロボットアニメのように空を自在に飛び回れるわけではなく、ロケットのように勢いよく真っすぐに飛ぶことしかできないそうだ。とはいえ、そこはブースターの噴射角度を調整したり、パイロットがその技量を用いてバランスを巧みに変化させたりして、進行方向をある程度コントロールできる。
「いやぁ、ロケットブースターなんて久々に装備したからよ? いろいろと準備に手間取っちまったぜ。なんせ、ブースター用の燃料がバカ高くて普段じゃまず使わせてくれねぇんだ」
〈銀の弾丸〉は傭兵集団。当然そこには営利目的があるわけで。赤字になってまで高価なロケットブースターを使うことはできないのだろうな。きっと、セレナさんが会計を厳しく管理しているのだろう。
何となく、ブレビスさんが操るCTの背中がどこか寂しそうで、思わず涙を誘ってしまったのは俺だけだろうか?
いやいや、それよりも赤字覚悟で俺たちのために動いてくれることに感謝しなくては。
今後、俺はアメリカのある方角に足を向けて寝ないようにしよう。うん。
と、俺がそんなことを考えていると、CTの背中から勢いよく炎を噴き出した。
「んじゃま……シゲキに頼まれた仕事をしてくるかね」
ブレビスさんはそんな言葉を残し、轟音と共に空へと舞い上がった。もちろん彼が目指すのは、宙に浮き、今も徐々に成長を続ける黒い穴。
黒い穴はかなり高い場所にあり、俺たちでは手が届かない。普段であればカーリオンが俺の力を引き出して見えない足場を作ってくれるのだが、今の彼にそんな余裕はない。
そこで、ブレビスさんに黒い穴を攻撃してもらうわけだ。
果たして、カーリオンの支援があるとはいえ、普通の銃火器で黒い穴にダメージを与えることができるのか、そこは俺にも分からない。だから、ブレビスさんに頼んで可能な限り高威力な武器をCTに積んでもらった。
勢いよく空を飛ぶCTは、真っすぐに黒い穴へと向かう。
「おら、特製の30ミリ徹甲弾と、12.7ミリマシンガンの一斉掃射だ!」
ブレビスさんが操るCTは、黒い穴の手前を一瞬で通過する。もちろんただ通過するのではなく、通過するその一瞬で全ての火器──両手に持った大型ライフル2丁、両肩と両腕に装備したマシンガン・ポッド4基──を黒い穴に向かって一斉掃射した。
もちろん、こんなことが誰にでもできるわけじゃない。標的を通過するその一瞬で全ての火器を叩き込むには、相当な技量が必要なのだ。
ブレビスさんが放った銃弾は、全て黒い穴に吸い込まれるように消えていった。
「こいつはオマケだ! お釣りはいらねぇからな!」
黒い穴を通過し、更に上空へと到達したCTは、そこで更なる攻撃を放つ。
腰に装備したロケットランチャーから都合6発もの小型ミサイルを発射、その全てが黒い穴の中へと消えていった。
「ちょ、ちょっと父さんっ!? ウチで一番コストのかかる対戦車ミサイルを6発も撃たないでよっ!!」
と、どこかで誰かの声がした。うん、申し訳ないけど、聞こえなかったことにしよう。そうしよう。
空中に浮かぶ黒い穴。そこへ無数の弾丸やミサイルを撃ち込んだわけだが……黒い穴に変化は見受けられない。
もしかして、ブレビスさんの攻撃は効果がなかったのか?
そんな不安に囚われかけた時。
空中の黒い穴に、僅かな変化が生じた。
少しずつ大きくなっていた黒い穴が、その成長を止めたのだ。
「ぐ……おぉぉ……」
「ぎぃ……いぃぃ……」
「がぁ………りぃぃぃ……」
ボンさんやエルフたち、そして香住ちゃんとミレーニアさん、ビアンテが相手をしていた、俺たちの偽者が突然苦しみ出した。
いや、偽者だけじゃない。全ての「蛇」までもが、苦し気にのたうち回っている。
「ブレビスさんの攻撃が通用したんだ!」
俺が叫ぶのと同時に、〈銀の弾丸〉の団員たちが歓声を上げる。
どうやら、「害虫」とあの黒い穴には繋がりのようなものがあるようだ。黒い穴がダメージを受ければ「害虫」どもにも影響がある、みたいな。
「お、おノれ……セカいノタまゴめ……」
おお、効いている、効いている。今の攻撃は思ったより効いたっぽいぞ。
「ダが、我わレヲ……倒スにハ至らヌ……ゾ!」
いやいや、口調が怪しくなっているから。今の攻撃、本当は相当効いているんだろ?
「確カに、今の攻撃ハ効イた……だガ、我ラを倒せルほどでモなイな……!」
「俺」がそう言い終わると同時に、ぶぉん、という何かが細かく震動するかのような音が草原に響いた。
「な、何だ……?」
音の発信源は、はっきりと分かる。そう、空中に浮かぶ黒い穴だ。
先ほど成長を止めた黒い穴が、震えるかのように細かく震動している。今聞こえるこの震動音はそれだ。
「ほう、遂に出てくるか」
ぽつりとそう言ったのは、ジョバルガンと共に負傷者や瑞樹たちを護っているオスカルくん。
「オスカルくん、君、あの穴について何か知っているの?」
「まあ、多少なりとも知っていることは知っているが、聖剣の担い手の知識と大差ないと思うね」
と、かすみちゃんの質問に答えたオスカルくんが、俺に向かってばちこんとウインクを飛ばした。うわ、イケメンがそんなことすると、すげーサマになるな。俺が同じことをしてもきっと笑われて終わりだろうに。ってか、本当に彼は何者なんだ?
「気をつけたまえ。そろそろ出てくるぞ」
オスカルくんが黒い穴を見上げる。
小さく振動を続けていた黒い穴が、その振動を一気に激しくさせた。
そして。
そして、見る見る穴が大きくなっていく。
「な、何だあれは…………」
そう呟いたのは、誰だっただろうか。
一気に数倍以上の大きさになった黒い穴から、ぬっとばかりに現われたもの。それは。
「巨人……? 黒い……巨人……?」
全長が軽く5メートルは超えるであろう、巨大な人影……黒い巨人だったのだ。
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