守護神
草原に響き渡る無数の銃声。
〈銀の弾丸〉の団員たちが操るのは、7.62ミリ口径の軽機関銃──ライトマシンガン──だ。
それなりに重量のある銃器だが、元々個人での運用を考えて作られた兵器である。それを団員たちはサイバー技術で強化した筋力で用いるので、まるで普通のライフルと同じような感覚で軽々と操っている。
今、戦場に立っている〈銀の弾丸〉の団員は全部で30人ほど。元々規模の大きくない傭兵団だし、急な招集だったため、非番などの理由でこの世界へ来られなかったメンバーもいる。
その約30人が奏でるマシンガンの合奏は、重厚な音色を草原に響き渡らせた。
彼らは通常のマガジンではなくドラムマガジンを用いているため、装弾数が相当多い。中には足元に大きな弾薬箱を置き、そこからベルト給弾をしている人もいて、合奏が途切れることはほとんどない。
もちろん、時には給弾不良──いわゆるジャムを起こすこともあるが、そこは熟練の傭兵たちであり、手慣れた様子でトラブルに対処していく。
更には、トレーラーに設置された12.7ミリ口径のヘビィマシンガンからも、ライトマシンガン以上の火力を誇る弾丸が次々に吐き出されている。
撃ち出された弾丸は「蛇」が展開する見えない障壁で防御される。だが、次々と撃ち出される弾丸は、やがて障壁を貫き「蛇」どもを片っ端から塵へと返し始める。
〈銀の弾丸〉の団員たちが使用する銃火器にもカーリオンの力が作用しているようで、「害虫」どもに対して有効になっているようだ。
それにしても、「害虫」が展開する見えない障壁、かなり強固なはずなんだけどなー。俺というかカーリオンでも、最初は貫くことできなかったんだよなー。それをああも簡単に打ち破るとは……銃火器恐るべし。いやいや、それとも単に黒い「俺」の障壁よりも「蛇」の障壁は脆いだけなのかもしれないぞ。
その一方、俺は心の中で何度もカーリオンに呼びかけているが、相変わらず返事はありません。大丈夫だよね? 実はいつの間にか力尽きて……なんてことはないよね?
「まさか、銃器類でオレたちにダメージを与えるとはね。さすがはセカイノタマゴと言ったところか」
次々と塵へと返る「蛇」を眺めながら、「俺」が感心したように言う。
「だが、所詮は銃火器。弾が尽きればそこで終わりだ。それに、飛び道具があるのはそっちだけじゃないぜ?」
空に浮かぶ黒い穴から、更に「蛇」が姿を現す。一体、あの穴の向こうにはどれだけの「害虫」が潜んでいるんだ?
そして、穴から出た「蛇」たちがその十字の顎を開くと、大きな衝撃がトレーラーを襲った。
そう。連中が得意とする見えない爆撃である。
〈銀の弾丸〉が使用するトレーラーは戦場での運用を考えられており、車体全体に装甲が施してある。
そのトレーラーの側面に施してある装甲が、見えない爆撃で大きく凹んだ。「害虫」の見えない爆撃を受けてその程度で済んだのだから、さすがと言ってもいいと思う。
だけど。
だけど、無数にいる「蛇」から一斉に爆撃を受ければ、戦闘仕様のトレーラーでもいつまで保っていられるか分からない。このままでは遠からずトレーラーはスクラップと化すだろう。
それに、ブレビスさんは今、俺が頼み込んだことを実行するためにトレーラーの中だ。このままだと、ブレビスさんに危険が及んでしまう。
何とかして連中の攻撃を阻止しないと。そして、当然と言えば当然ながら、セレナさんから指示が飛ぶ。
「攻撃態勢に入っている敵を優先して狙いなさい!」
『Yes ma’am !』
セレナさんの命令に、団員たちが一斉に応える。こういうところ、実に軍隊っぽいね。
「い、一体、私は何を見ているのだ……?」
呆然とした表情でそう呟いたのは、ビアンテだった。
ファンタジー世界の住人である彼からすれば、銃器を用いて「害虫」を次々に倒していく近未来世界の傭兵たちは、簡単に理解できる存在ではないだろう。
一方、同じファンタジー世界出身のミレーニアさんはそれほど驚いてはいない。彼女は実際に近未来世界へ行ったこともあるし、そこで銃器のレクチャーも受けているからね。それに、日本で生活していると、いろいろな知識を得る機会も多いことだし。
「し、師匠、あの方々は一体……?」
「あー、うん、説明が難しいけど……俺の仲間だと思ってくれればいいよ」
「師匠のお仲間……ということは、あれが神話に登場する神々の軍勢ですかっ!? た、確かに師匠や奥方様と同じ衣装を着ている……おお、何と言うことだっ!! 私は今、伝説に名高き神々の軍勢と肩を並べて戦っているのかっ!!」
と、嬉しそうに体を震わせるビアンテ。一体、アルファロ王国の神話ってどんな話なんだろうな? 今度、ミレーニアさんに聞いてみよう。うん。
それはともかく、ビアンテには〈銀の弾丸〉は神々の軍勢ということにしておこう。その方が手っ取り早いから。
「とりあえず、敵の本隊は彼らに任せよう。ビアンテは今の内にイモムシどもを退治してくれ。あいつら、『蛇』に比べると地味だけど、放っておくわけにもいかないしね」
「は! 心得ました!」
「香住ちゃんとミレーニアさんも、ビアンテと一緒にイモムシを頼む。今は無抵抗なイモムシだけど、侮っていい相手ではないから注意は最大でね」
「はい!」
「任せてください、シゲキ様!」
俺たちと偽物たちの戦いなどそっちのけで、この世界を食べることに専念しているイモムシ。だけど、こいつらを放っておくとカーリオンの力がどんどん減ってしまう。なので、放置しておくわけにはいかないのだ。
幸いというか何というか、黒い穴が生じてからひびの方は現れなくなった。おそらく、あのひびや穴を発生させるにもそれなりのエネルギーが必要で、黒い穴が開いている内はひびを作る余裕がないのではないかな。
なら、今の内にブレビスさんにお願いしたことを実行して……あれ? ブレビスさん、準備はまだかな? もしかして、「あれ」の起動に時間がかかっているのだろうか?
ブレビスさんがいるはずのトレーラーに目を向けていると、オスカルくんと一緒に瑞樹とかすみちゃんが近づいてきた。
「ねえ、私たちにも何かできることはないの?」
「私たちだって、何かお手伝いできることはあるはずです!」
正直言って、瑞樹とかすみちゃんは戦力にはならない。だけど、ただ守られているだけってのも彼女たちには耐え難いものがあるのだろう。
ちらりとオスカルくんを見れば、相変わらず爽やかなイケメン笑顔で頷いている。
「彼女たちのことは私に任せてくれたまえ」
オスカルくんがそこまで言うのであれば…………よし、二人にはあれを手伝ってもらうことにしよう。
「蛇」の見えない爆撃が、〈銀の弾丸〉の団員たちを吹き飛ばす。いくら銃火器で攻撃しているとはいえ、反撃を一切食らわないってわけにはいかない。
だが、団員たちは体をサイバー技術で強化し、中には部分的に機械の体に入れ替えている人たちだっている。
そのため、吹き飛ばされたぐらいで死ぬことはない。しかし、それでも怪我をすることは確かで。
「負傷者を後方に下がらせろ!」
「サイバー化されているパーツは、トレーラーの中で応急修理だ!」
「生身の部分は
団員の一部が、負傷者を戦線から下がらせる。
現在、三台のトレーラーを防波堤のように並べ、簡易的な防壁にしている。その陰で負傷者の手当てを行っており、瑞樹とかすみちゃんはその「もう一つの戦場」へと駆け込んでいく。
「怪我人にはこれを使ってください」
「機械の部分には効果ありませんけど、生身の怪我にはこれが効くはずです」
「怪我した部分に直接振りかけてもいいし、飲んでも効果がありますよ」
二人が負傷者に提供しているのは、もちろんエルフ印のエリクサーだ。
なんせ、この場にはフィーンさんと十数人のエルフたちがいる。ボンさんとフィーンさん、そしてエルフの過半数には現在俺たちの偽者を相手にしてもらっているが、残るエルフたちにはエリクサーを提供してもらっているのだ。
そして、最初こそ半信半疑でエリクサーを受け取っていた団員たちも、その驚異的な効果を実際に体験すると目を丸くした。
「な、何だ、これはっ!? 瞬く間に怪我が治っていくぞっ!?」
「こいつぁ、まさに魔法のポーションだな!」
「なんてこったいっ!! 俺の体、七割近くがサイバー化されているんだぞ! そんな魔法のポーションがあるのなら、サイバー化するんじゃなかったぜっ!!」
初めて体験するエリクサーに、彼らもちょっと興奮ぎみだ。いくら近未来世界でも、エリクサーほど劇的に怪我を治せる薬は存在しないそうだから、興奮するのも無理はないだろう。
戦場の一角に、どこかほのぼのとした空気が流れる。だが、「害虫」どもがそんなことを許してくれるはずもなく。いや、ただ単に満足に動けない敵に止めを刺そうとしただけかもしれないが。
「害虫」の思惑など知る術もないが、数体の「蛇」がトレーラーを回り込み、瑞樹とかすみちゃんのいる負傷者を集めた「治療スペース」に攻撃をしかけた。
十字に開く顎を目一杯まで広げ、そこから見えない爆撃を負傷者たちに放つ。
「オスカルくんっ!!」
瑞樹たちのすぐ傍にいる彼ならば、あの爆撃を防ぐことだってできるに違いない。だから俺は彼の名を呼んだ。いくらエリクサーで治療しているとはいえ、まだ治療中ですぐには動けない負傷者たちを守って欲しくて。
だけど。
だけど、彼は動かなかった。俺の声は聞こえているはずだ。だって、俺が彼の名前を呼んだ時、彼は相変わらず微笑んだまま俺の方を振り向いたのだから。
おい! 瑞樹とかすみちゃんは絶対に守るとか言ったのは誰だよっ!?
そんな俺の心の声が聞こえたのか、彼は俺に向けてウインクを飛ばす。それは「私が動くまでもない」と言わんばかりに。
それと同時に。
突然、瑞樹たちがいる「治療スペース」の地面の一部が突然隆起した。まるで、地面の中から大きなモグラでも現れるかのように。
「あ、あれはまさか──っ!?」
地面を割るようにして現れた
【遅くなって済まない。助勢に来たぞ、我が友よ】
頑丈な甲殻に覆われた巨大な体。そこから伸びた二本の触手の先が、ぴこぴこと揺れながら何度も明滅する。
そう。
巨大なダンゴムシにして、地底に暮らす思慮深き民。
グルググのジョバルガン──まさに守護神の如く頼もしき友人が来てくれたのだ。
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