援軍到着




 え? 誰、君?

 戦闘中なのは分かっているけど、俺は動くのを止めてまでその少年を見つめてしまった。

 輝くような長く波打つ金髪に、すらりとした体形。その身長は高く、180センチ以上あるのは間違いないだろう。

 その顔には爽やかな笑みが浮かび、まるで少女漫画に登場するキャラクターのようなイケメンの少年だ。そしてそのイケメンフェイスに、俺はどこかで見覚えがあった。それもごく身近で。誰だっけ?

「私の名前はオスカル。別に怪しい者じゃないさ。そうだろう、森下くん?」

 はい? オスカル? これまた昔の少女漫画の主人公みたいな名前だな。い、いや、それよりも森下くんって……?

 思わず、俺は瑞樹と一緒にいるかすみちゃんを見た。

「は、はい、そ、その……オスカルくんは、私のクラスにフランスから転入してきた人で……」

 あ、ああ! 思い出した! この草原に転移する前、かすみちゃんが話していたフランスからの転入生か! 道理で彼の顔に見覚えがあるはずだ。

 オスカルと名乗った少年の顔、ミレーニアさんのお兄さんであるクゥトスさんにそっくりなんだ。 そう言えば、かすみちゃんも転入生がミレーニアさんそっくりだって言っていたよな。髪型とか全体の雰囲気がクゥトスさんとは全然違うから、すぐに思い至らなかった。

 でも、その転入生がどうしてここに? ここ、普通なら入ることができない場所だぞ。

 彼は自分が怪しい者ではないと言うが、どう考えても怪しいでしょ。一体、彼は何者なんだ?

「私のことを気にするより、他にすべきことがあるのではないかな?」

 微笑みを崩すことなく、彼──オスカルくんは俺の背後を指差した。

 それに釣られて振り返れば、すぐ間近まで「蛇」が迫っていた。

 反射的に聖剣を構えるも、それが今の俺には精一杯。とてもではないが、「蛇」を撃退することはできないだろう。

 だけど、せめて瑞樹とかすみちゃんを護らねば! ぎりっと奥歯を噛みしめて決意する。

 しかし、そんな決死の覚悟は必要なかった。

 小さな金属音。それもとても涼やかな心地よい音色。

 そんな音が響くと同時に、俺に迫っていた「蛇」が無数の輪切りになって黒い塵へと返っていく。

「………………はい?」

 今、何が起きたの?

 思わず目を瞬かせつつ、俺はオスカルくんを見た。

 相変わらず爽やかなイケメン・スマイルを浮かべて立っているだけの彼。だけど今、「蛇」を倒したのは……もしかして彼?

「さあ、森下くんとそちらの女性は私が護ろう。君は君のするべきことをしたまえ」

「どうして、彼女たちを護ってくれる……というか、俺たちの手伝いをしてくれるんだい?」

「詳しいことは諸事情から説明できないが、君には私の身内が世話になっているから、とだけ言っておこうか」

 へ? オスカルくんの身内? 誰、それ?

 俺の知り合いにフランス人なんていないぞ? 日英のクォーターなら一人いるけど、あの人──店長とはさすがに関係ないよね?

 あ、でも、もしかしたら店長の魔術師としての知り合いか? オスカルくんも魔術師であるなら、この世界に突然現れたことも説明できなくもない。

 ともかく、オスカルくんは敵ではなさそうだ。戦闘力がまるでない瑞樹とかすみちゃんを彼に任せても大丈夫だろう。きっと。

 でも、万が一のことがあるかもしれないから、彼にも最低限の注意だけは向けておこうかな。



 改めて周囲を見回してみる。

 香住ちゃんは数人のエルフ忍者と一緒に、彼女の偽物である「カスミ」と対戦中。

 同様に、ミレーニアさんもエルフたちと共に「みれーにあ」と刃を交えている。

 どちらも戦況は互角に見えるが、俺の目なんてどこまであてになるのやら。だから、いつでも二人の救援に入れるようにしておこう。

 ボンさんは単身黒い「俺」と戦っている。いや、ほんと、ボンさん無茶苦茶強いな。体が小さいから一撃一撃は軽いみたいだが、その分スピードが凄い。まさに小さな竜巻のごとく、「俺」の周囲を飛び回りながら「俺」を圧倒していた。

 そして、ビアンテは押し寄せる「蛇」どもを相手に無双中。無数の「蛇」を相手に一歩も引くことなく、まさに鎧袖一触とばかりに敵をなぎ倒していく。

 ビアンテも本当に強くなったよね。初めて出会った頃に比べると、その剣閃がまるっきり別物だ。素人の俺でもはっきりと分かるほどだから、相当努力した結果、ここまで強くなったんだな。

「我が師匠とその奥方様、そして姫様の姿を模すなど不敬極まりなし! 我が剣の露と消えるがいい!」

 何となく、ビアンテは機嫌が悪いようだ。おそらくだけど、害虫どもが俺や香住ちゃん、ミレーニアさんの偽物として現れたことを怒っているのだろう。

 なら、瑞樹とかすみちゃんのことはどう思っているのかな? 瑞樹と俺は根本が同一なだけによく似ているし、香住ちゃんとかすみちゃんも同一存在だけに同じ顔をしているし……そっちにまで「不敬!」とか言い出さないよね? 大丈夫だよね?

 後でビアンテには瑞樹は俺の身内、そして香住ちゃんとかすみちゃんは双子とでも説明しておいた方がいいかもしれない。

 あと……彼が全裸エルフたちをどう思っているのかも気になるな。意識してビアンテを見れば、ちょっと顔が赤いような……ああ、やっぱり意識はしているのか。でも、ここは触れないでおいてあげるのが優しさというものだよね。

 とまあ、全体的に戦況は俺たちが有利に思える。だけど、空に浮かぶ黒い穴が健在である以上、油断はできない。早くあの穴を破壊しないと。

 そう思っている間も、穴から数体の「蛇」が現れた。一体、どれだけいるんだ、「害虫」どもは?

「茂樹さん! 大丈夫なんですか?」

「シゲキ様! お怪我はもう治ったのですか?」

 エルフたちを引き連れて、香住ちゃんとミレーニアさんが合流した。

「おお、シゲキ殿! 何とか救援が間に合ったようでござるな!」

 ボンさんもまた、俺のいる所に戻ってきた。

 とはいえ、偽者たちを倒せたってわけじゃない。向こうも向こうで仲間との合流を優先したみたいだ。

 黒い「俺」と「カスミ」、そして「みれーにあ」。その背後には十体以上の「蛇」。

「師匠、これからどう致しますか?」

 同じく戻ってきたビアンテが、眼光鋭く偽物たちを睨めつけながら問う。

 それは言外に、「命令してくれれば、あいつらシメますよ」と言っているように思えた。いや、ビアンテが強くなったのは認めるけど、さすがにあれだけの「害虫」を相手にするのは無理だろう。

 空の黒い穴からは、続々と「蛇」が這い出している。やはり、まずはあの穴をどうにかしないと。

 でも、現状のカーリオンで、あの穴を破壊することができるだろうか?

 心の中でカーリオンに話しかけてみるが、返事はない。もしかして、まだ何かやっていることがあるのかな?

「ここから仕切り直しだ、セカイノキテン。こちらの戦力はまだまだ増えるぜ?」

 にやりと嗤う黒い「俺」。その両横で、「カスミ」と「ミレーニア」も口角を吊り上げている。

 彼らの背後で蠢くは、もはや数えるのも馬鹿らしいほどにまで増えた「蛇」。

 相変わらず、あいつら「数は力」を実践してくれるよね。できれば、こちらも戦力を増やしたいところだけど──。

 俺がそう思った時。

 草原中に、騒々しいクラクションの音が鳴り響いた。



ぱぱぱぱーん! という激しいクラクション。思わずそちらに目を向ければ、草原の向こうから爆走してくる物体が見えた。

「な、何だ、あれはっ!? あれも敵なのですか、師匠っ!?」

 見慣れぬ「モノ」を見て、ビアンテが焦ったような声を出す。だけど、俺は逆に笑みを浮かべた。だって、「アレ」は俺にとっては見慣れぬものではないのだから。

「あ、あれは……」

「もしかして……」

 同じように「アレ」を知っている香住ちゃんとミレーニアさんも、俺と同じように破顔する。

「と、トレーラー? どうしてそんなものがここに……?」

「し、しかも三台もこっちに来ますよっ!?」

 「アレ」が巨大なトレーラーだとは分かる瑞樹とかすみちゃんが戸惑っている。そう。草原を爆走してくるのはトレーラーだ。俺や香住ちゃん、そしてミレーニアさんは、そのトレーラーが何なのか……いや、どこに所属しているのかをよく知っている。

「よう、《サムライ・マスター》! 戦力が必要な時はいつでも声をかけろって言っただろ? 何遠慮していやがるんだよ?」

 先頭を走るトレーラーに設置されている外部スピーカーから、よく知っている声が響く。

「だから、団長! シキは《サムライ・マスター》じゃなくて、《ニンジャ・マスター》だって何度も言っているでしょ! 間違えないでくださいよ!」

 後続のトレーラーからも、やはり知った声が聞こえてくる。

 そう。

 あれは近未来世界の傭兵集団、〈銀の弾丸〉。彼らが来てくれたのだ。

 森林世界のエルフたちや、アルファロ王国のビアンテが現れたのだから、近未来世界の〈銀の弾丸〉がここに来るのも不思議じゃない。

 おそらく、先ほどからカーリオンが無言だったのは、〈銀の弾丸〉をここに招き入れることに専念していたからだろう。

 猛スピードで爆走する三台のトレーラーが、俺たちと「害虫」の間に割り込むようにして停車した。

「久しぶりだな、シゲキ」

「カスミとミレーニアも元気そうね」

 先頭のトレーラーの運転席から、〈銀の弾丸〉の団長であるブレビスさんと、その娘であるセレナさんが姿を見せる。

「カーリオンとかいう坊主から話は聞いたぜ。実に嘘くせぇ話だが、何故か信じちまったんだよな、これが」

 ブレビスさんが、にっかりと男臭い笑みを浮かべながらそう言った。

「まあ、ある意味でおまえさんの存在そのものが信じられねえんだ、もう何があっても不思議じゃねえよな」

「ふふふ、父さんってば、そんなこと言っているけど、『シゲキたちの危機に黙っていられるか!』って大急ぎで準備してこちらに来たのよ?」

「なっ!? お、おいこら、セレナっ!?」

 くすくすと笑うセレナさんと、顔を真っ赤にして俺たちとセレナさんを何度も見比べるブレビスさん。

 な、何だろう、この可愛い中年は。

「さすがに、戦場となる場所にセルシオは連れて来られなかったけどね。あの子も一緒に来たいって最後まで言っていたわ」

 天才少年生物学者のセルシオくんにとって、異世界は憧れの場所だろうしね。未知の生物に溢れている異世界は、生物学者にとっては天国だろう。

 とはいえ、まだ少年の彼を連れて来るわけにはいかないのも理解できる。

「まあ、何だ? セルシオを連れて来なかったのは正解だったな、いろいろと」

 と、ブレビスさんが俺の背後の全裸エルフたちに目を向けながらそう言った。

「そっちのソード・マスターやヌーディストたちがナニモンなのかは聞かねぇよ。どうせ、別の世界のやつらで、おまえさんの仲間なんだろ? だったら俺たちの味方、それで十分だ」

「さあ、お喋りはここまで! 総員、戦闘配置!」

 セレナさんの号令と同時に、トレーラーの後部ハッチが開き、そこから〈銀の弾丸〉のメンバーが飛び出し、それぞれ銃器を構えて戦闘の準備を整える。

 その際、マークのやつがちらりとこちらを見て、親指を立てた。いや、あいつ、俺を見ていないぞ。あいつが見ているのはミレーニアさんだ。

 まだミレーニアさんを狙っていたのか、マークのやつ。

「いいか、野郎ども! 今日の戦いは絶対に負けられない戦いだ! なんせ、仲間ファミリーのための戦いだからな!」

「今日に限って、弾丸の在庫を考えなくてもいいわ! ありったけの鉛弾なまりだまを、連中に食らわせなさい!」

 戦闘配備を終えた傭兵たちに、ブレビスさんとセレナさんの檄が飛ぶ。

 その様子を、偽者たちと「蛇」はにやにやしながら見つめている。

「お、もう準備ができたのか? だったら戦闘再開といこうか!」

 なぜか、あいつらは俺たちの準備が整うのを待っていてくれたようだ。相変わらず、何を考えているのか分からないやつらだな。でも、こっちにとっては好都合ってやつだ。

「撃てっ!!」

 セレナさんの号令と無数の銃声が、戦闘再開の合図となった。

 そして、その銃声を聞きながら、俺はブレビスさんに近づく。

「ブレビスさん、お願いがあるんです」



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