繋がる世界




 焼け付くような痛み。

 あまりにも痛すぎて、声を上げることさえできない。

 がくりと体から力が抜け、俺はその場に膝から崩れ落ちる。

「茂樹さんっ!!」

「シゲキ様っ!!」

「茂樹っ!!」

「茂樹さんっ!!」

──シゲキっ!!

 俺を呼ぶ声がする。声はいくつも聞こえて来たが、痛みが激しすぎてどれが誰の声かまでは分からない。

 どくどくという心臓の音が、頭の中に異様に響く。同時に、俺の体から何かが抜け出ていくのを感じる。

「カスミっ、は、早くエリクサーをシゲキ様にっ!!」

「も、もうエリクサーは残っていないのよっ!!」

 再び誰かの声が聞こえるが、誰が何を言っているのか分からない。

 あれ? これ、本気でヤバい? 何か、寒くなってきたんだけど……。

──シゲキっ!! シゲキっ!! あと少しで……あと少しでから…………それまで耐えてっ!!

 頭の中に誰かの声が響く。えっと、これ、誰の声だっけ?

「じゃあな、セカイノキテン。おまえは強敵だったよ。そんなおまえに敬意を表し、苦しませることなくとどめを刺してやろう」

 誰かの楽しそうな声。そして、何かが空気を斬り裂く音。その二つの音を聞きながら、俺の意識は闇の奥へと沈んでいき……。


──繋がったっ!!


 最後の最後で、そんな声を聞いたような気がした。



 ゆったりとした浮遊感。まるで深いプールの底からゆっくりと浮上するかのようだ。

 同時に、閉じた瞼の向こうが徐々に明るくなっていく。

 明るさが一定になったところで、俺は瞼を開けた。

 感じるのは光の奔流。まるで俺の両目を焼き尽くさんとするような激しい光。だが、同時にその光は優しくもあって。

 眩しさに思わず再び瞼を閉じそうになる俺。だけど、射し込む光の向こうに見えたものが、それを思い留まらせた。

「お目覚めですか、シゲキ?」

 と、にっこりと微笑むのはとても美しい女性。

 エメラルドのような透き通った双眸と、それに負けない整った容貌。

 どこまでも白く、それでいてうっすらと緑がかっている肌は神秘的でさえある。

 そして、長く伸びる緑の髪は、先に行くに従ってゆっくりとグラデーションを描いていた。

 何よりも特徴的なのは、先の尖った長い耳。俺はこの女性をよく知っている。

「…………フィーンさん?」

「ええ。シゲキが窮地に陥っていると聞き、あなたの力となるべく同胞と共にやって来たわよ」

 えっと? 同胞? ってことは森林世界のエルフたちってことだよね?

 そう聞いた俺は周囲を確認しようと上体を起こした。この時になってようやく気づいたけど、俺、フィーンさんに膝枕されてました! 当然、フィーンさんはいつものように全裸です! ありがとうございます!

 一体、これはどういう状況? なぜに俺はフィーンさんに膝枕などされて……?

 きょろきょろと周囲を見回しながら、俺は考える。

 確か……俺と香住ちゃんとミレーニアさんは、瑞樹たちのいる小世界を訪れて……あ!

 お、思い出した! 俺、カーリオンの内面世界で黒い「俺」からの攻撃を受けたんだ!

 慌てて自分の体を確認すれば、〈銀の弾丸〉特製ジャケットとツナギが胸から腰にかけて斬り裂かれていた。だが、衣服は血に汚れているものの、俺の体には怪我一つない。

 もう一度フィーンさんを見れば、彼女はにっこりと微笑んだ。

「間に合って良かったわ。本当に危ないところだったのよ?」

 どうやら、フィーンさんが自身の体から出したエリクサーで俺を助けてくれたようだ。見れば、彼女の左手には俺のナイフが握られており、逆側の右腕にはナイフでつけたと思しき傷がある。フィーンさんは俺の腰にあったナイフを使ってエリクサーを出し、それで俺を助けてくれたのだろう。

 って、ちょっと待って? どうしてフィーンさんがここに……カーリオンの内面世界にいるんだ?

「全てはカーリオンという方から聞いているわ」

 カーリオン? フィーンさんを呼んだのはカーリオンなのか?

 そりゃここはカーリオンの世界だし、「害虫」どものような文字通り「お邪魔虫」以外は彼が呼ばなければここには来られまい。

 そういや、カーリオンが繋がるとかどうとか言っていたけど……それってこのこと?

 俺はフィーンさんに手を引かれて立ち上がる。そして、ナイフを返してもらってから改めて周囲の様子を確認した。

「何なんだ……何なんだよ、おまえたちはっ!?」

「我らが恩人……いや、友の危機と聞き、急ぎ馳せ参じた次第! そして、我が友を傷つけたこと、断じて許すまじっ!! 報いの刃を受けてみるがいい!」

 黒い「俺」と剣を合わせているのは、マンドラゴラのボンさんだった。

 ボンさんは小さな竜巻のようにくるくると回転しつつ、俺があげたナイフを振るう。ぱっと見た感じ、ボンさんと「俺」は互角にやり合っているようだ。

 その動きはまさしく忍者のごとし。うわ、ボンさんってば前に見た時よりも更に強くなっているよ。

 そして、戦っているのはボンさんだけじゃない。香住ちゃんとミレーニアさんを援護しながら、数人のエルフたちが枝を振るっている。相変わらず、エルフたちは枝を剣のように使うんだな。

「ちょ、ちょっと何なの、この露出狂さんたちはっ!!」

「人前で裸になるなど、信じられませんわ!」

 香住ちゃんとミレーニアさんは、エルフたちと巧みに連携しながら偽物たちと戦っている。

 しかし黒い「みれーにあ」の台詞、間違っちゃいないけどなんかアレだね。なんせ、本物のミレーニアさんは人前で極小水着を平然と着ちゃうような人だしな。白黒の違いはあれど、同じ顔でそんなことを言われても………………ねぇ?

 まあ、それはともかく。

 エルフたちの参戦で、流れはこちらに傾いたようだ。

 そのことに偽物たちも気づいたらしい。黒い「俺」がボンさんの攻撃を捌きながら憎々し気な表情を浮かべた。

「想定外すぎるだろ、これは。まあ、こうなったら全部押し潰せばいいだけの話だけどな!」

 「俺」の言葉を切っ掛けに、それまで動きを見せなかった「蛇」どもが遂に動き出した。

 「蛇」はその巨体を蠢かせながら、俺たちへと迫る。そんな蛇の一体が、俺を標的に定めたらしくこちらに向かってきた。

「フィーンさん、俺の後ろに!」

「待って、シゲキ! あなたはまだ傷が完全に治ったわけじゃ……」

 フィーンさんを背中に庇いながら聖剣を構えた俺だが、足に力が入らない。

 そりゃさきほど致命傷を受けたばかりだ。いくらエリクサーでも、まだ完全とはいかないのも当然だろう。

 だけど、香住ちゃんやミレーニアさんだけではなく、他の小世界からエルフたちが援軍に来てくれたんだ。俺だけのほほんと寝ているわけにもいかないよな。

 膝を殴りつけて震えを強引に止め、俺は迫る「蛇」へと聖剣の切っ先を向ける。

 だけど、カーリオンに操られている時のように動けるわけがなく、俺が動こうとした時には、既に「蛇」はもう目の前にいた。

 その巨体を活かし、「蛇」はハンマーのような頭部を俺に向けて降り下ろす。

 俺は必死に防御しようとするが、自前の腕力だけであの巨体を受け止められるはずがない。かといって回避すれば、背後のフィーンさんに危機が及んでしまう。ならば、せめてフィーンさんだけでも助けようと、足を広げて踏ん張り、両手に力を込めた。

 「蛇」の黒くて巨大な頭が間近に迫る!

 だが、「蛇」の頭は降ってこない。

 そう思った瞬間、「蛇」の巨大な頭は見事に両断されて宙を舞い、俺から少し離れた所に落下した。同時に、体の方も轟音と共に地面に沈み、頭も体もすぐに塵となって崩れ去る。

 あれ? 一体何がどうなった? と思った時、聞き覚えのある声が俺の横から聞こえた。

「遅くなり、申しわけございません」

 声に反応してそちらへと目を向ければ、そこにいたのは。

「…………び、ビアンテ?」

「はい。師匠の一番弟子にして、アルファロ王国騎士ビアンテ・レパード、師匠の危機と聞いて共に剣を振るうべく駆けつけました!」

 片膝をつき、下げていた頭を上げてそう言ったのは、紛れもなく俺の一番弟子を自称するアルファロ王国の騎士、ビアンテその人だった。



「カーリオンと名乗る少年が突然私の前に現われ、師匠の危機を告げました。師匠は連戦に次ぐ連戦で力を相当消耗し、更には大怪我まで負われたとか。それを聞き、大急ぎでやって参った次第です」

 にっこりと笑うビアンテ。そこに初めて会った時の傲慢さはまるでなく、清々しいまでの笑顔だ。

「いつぞやお約束いたしました通りこのビアンテ、師匠と共に剣を振り、師匠の敵は全て葬り去ってご覧にいれましょう! まずは……」

 次なる獲物を探して、立ち上がりながら周囲を見回したビアンテ。その彼の目が大きく見開かれた。その視線の先には、聖剣を振るって「蛇」と戦う某プリンセスの姿。

「ひ、姫様っ!? 姫様が剣をっ!? しかも相当な腕前っ!?」

 あー、うん。そうだね。今は最低限とはいえ、ミレーニアさんもカーリオンのを受けているからね。最低限でも、下手な兵士や騎士よりも強くなっているのは間違いないから、ビアンテが驚くのも無理はないよね。

 だが、そのビアンテはすぐに納得したようだ。

「なるほど、姫様も師匠の手ほどきを受けられたのか。ならば、あれだけ剣が上達したのも納得だ」

 と、うんうんと何度も頷くビアンテ。

 詳しく説明するのもあれだし、ここは誤解させたままにしておこう。それに、正直言ってビアンテが加勢してくれるのはありがたい。

「俺は大丈夫だから、あの大きな『蛇』を倒してくれ。できるよな?」

「無論ですとも!」

 ビアンテは自信満々に頷き、そして駆けていった。目指すは『蛇』。その巨体に臆することなく素早く踏み込み、そのまま剣を抜き打つ。

 ざしゅん、という音と共に『蛇』の巨体が一刀両断された。

 おそらく、この内面世界に呼ばれたことで、ビアンテにもカーリオンの支援は届いているのだろう。俺たちがこの世界へ招かれた時、カーリオンの力を受けてイモムシを倒せたように。

 そうだとしても、カーリオンの結構強めの強化を受けた俺がようやく倒せたあの『蛇』を、ああも易々と両断するとは……ビアンテのやつ、本当に強くなったなぁ。

 その後もビアンテは手当たり次第に『蛇』を屠っていく。だが、『蛇』が尽きることはない。空中に浮かんだ黒い穴から、次から次へと湧いてくるからだ。

 やはり以前のように、まずはあの穴を何とかしないといけないな。

 「蛇」や偽物たちは香住ちゃんたちやビアンテに任せて、俺はあの穴を破壊するべきだろう。

 そう判断し、黒い穴へと向かおうとした俺の耳に、突然女性の悲鳴が響いた。

 慌てて悲鳴が聞こえてきた方へと振り向けば、瑞樹とかすみちゃんに数体の「蛇」が迫っていた。

 しまったっ!! どうやら、後ろに下がってもらっていた瑞樹たちに、「蛇」どもが気づいたようだ。

 瑞樹とかすみちゃんも、カーリオンの支援は受けている。だけど、それは俺たちと同じで最低限。しかも、これまで「害虫」との交戦経験がないあの二人では、「蛇」を相手にできるわけがない。

 いまだ完全に回復しない体に鞭を打ち、必死に瑞樹たちに迫る「蛇」を追う。

 しかし、聖剣に操られていない俺が走る速度など、一般的な成人男性のそれでしかない。当然「蛇」に追いつけるわけもなく、「蛇」は瑞樹とかすみちゃんに迫り──

「は?」

「え?」

「あ?」

 呆然としつつ声を零す瑞樹、かすみちゃん、そして俺。

 なぜか、二人に到達する直前に細切れに斬り裂かれ、黒い塵となって散っていった。

 え? 今、何が起きたの? 当然だけど、俺が何かしたわけじゃないよ?

「この二人のことは私が責任を持って護ろう。だから、君は君がするべきことを成したまえ」

 突然聞こえてきた見知らぬ声。

 見れば、瑞樹とかすみちゃんの背後に一人の全然知らない少年が立っていた。

 え? 誰、君?



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