ユニークな仲間たち



 宙に浮かぶ黒い穴が一気に巨大化し、そこから漆黒の巨人が現れた。

 いや、巨人というよりも「巨大な人影」と言った方が正しいかもしれない。なぜなら、「ソレ」には人間のような明確な顔かたちや髪の毛といったディティールが一切存在しないからだ。

 大まかに人の形をした、黒くて巨大なモノ。それが穴から出て来た存在である。

「ハハはハはは……っ!! よ……よウやく……こコまで至っタゾ……っ!! これデもウおまエたちに勝チ目はなイ……っ!!」

 黒い「俺」が巨人を見上げ、両手を天に向かってあげながら哄笑する。

「ふむ……どうやら、連中ののんびりした攻め方は、あの巨人に『至る』のを待っていたためのようだね」

 そのシャープな顎に右手をやりながら、オスカルくんがどこか感心したように言う。

 そ、そうか……もしも彼の言うことが本当なら、「害虫」どもが一気に攻めてこなかった理由も納得できる。

 あいつらはこれまで、「霧」、「イモムシ」、「ヒトガタ」、「蛇」と様々に姿を変化──いや、進化と言うべきか?──させてきたけど、あの「巨人」こそが最終形態なのだとしたら。

 最終形態に至る時間を稼ぐことこそが、連中の最初からの目的だったとしたら。

 俺たちは連中の策にまんまとはまったというわけだ。

 そういや、以前も似たような感じで時間稼ぎをされたことがあったな。うん、もう少し学習しようよ、俺。

 とはいえ、最初から「害虫」どもに全力で攻められていたら、間違いなく俺たちは全滅していただろうし、そこはこちらにも利のあることだったわけだけど。

「なに、あの巨人を倒してしまえばいいだけの話さ。そうじゃないかな?」

 いや、あのね、オスカルくん? きみ、簡単そうに言うけど、あの巨人を倒すのは結構ホネだと思うよ?

 更には、俺たちの偽物も三人とも残っているし、「蛇」だってかなりの数が残っている。しかも、黒い穴は健在なのだから、あそこからまだまだ連中の援軍はやってくるかも知れないし。

「大丈夫さ。援軍はあちらだけではないからね」

「え?」

「ほら、あそこを見たまえ」

 オスカルくんが指差すのは、空の一点。見れば、そこに何かが確かに浮いている。それも二つ。

「あ、あれって……」

「そう。さ」



 現れた「巨人」の露払いを務めるかのように、残っていた「蛇」たちが一斉に動き出した。

 その数、少なく見ても20体ほど。いくら〈銀の弾丸〉の近未来火器があるとはいえ、あれだけの数に押し寄せられたらさすがに厳しい。

「おい、シゲキ、どうする?」

 俺の傍に来たのは、CTに搭乗したままのブレビスさん。全長3メートルほどのパワードスーツがすぐ隣に立っているなんて、ちょっと感動モノだ。

「そのCTはまだ飛べますか?」

「悪ぃが、もうブースターの燃料はカラッケツだ」

 聞けば、CTに使うロケットブースターの燃料は相当お高いらしい。そのため、必要最低限しか燃料は確保されていないのだとか。

 つまり、ブレビスさんのパワードスーツはもう飛べないってことだ。

「飛べないCTなんぞ、単なるマトだからな。あまり今の俺に期待するんじゃねぇぞ?」

 足による移動しかできないCTは、機動性が著しく低下する。そのため、地上に降りたCTはデカくてノロいだけの的でしかない。

 CTは作戦によって背後の装備を装換して運用する。時にブースター、時にホバー、時にダッシュローラーなどといった具合に。だけど、それらの移動用装備の稼働時間はそれほど長くはない。ロケットブースターで30秒ほど、ホバーユニットやダッシュローラーなら30分ほどが稼働限界らしい。

 その主な理由は、CTが兵器としては極めて小型だからだ。全長3メートルほどしかないボディには、移動用装備に使用する燃料タンクやバッテリーを積み込むスペースがどうしても少なくなってしまう。

 移動用装備が稼働している間は強力だが、その稼働時間がオーバーすると著しく戦力が低下する。そんなピーキーな兵器がCTなのである。

 だけど、兵器としては安価な部類であり数を揃えることができるため、CTを採用している正規軍や傭兵団は多い。また、作戦によって装備を容易に変更できる点も、コストパフォーマンスに優れ採用される理由の一つ。

 そして何より、「人型兵器」に憧れる兵士や傭兵はやはり多く、ブレビスさんたちの世界において、CTはどこの戦場でも見かけられるポピュラーな兵器なのだとか。

 ブレビスさんも熱烈なCTファンらしく、〈銀の弾丸〉でもCTの数を揃えて運用してみたいと以前言っていたっけ。

 もっとも、その計画は財務担当のセレナさんから駄目出しを受けて、実現できていないそうだけど。

「でもまあ、CTにはそれなりに装甲はあるし、皆の盾にはなれるか」

 徐々に迫る「巨人」へと目──CT搭載のカメラ──を向けながら、決意を秘めた声でそう言うブレビスさん。

 だけど、大丈夫だと思うよ? だって、彼と彼女が来てくれたしね。

「それよりも、皆を下がらせてください。でないと、巻き込まれますよ?」

「あん? そりゃどういう意味だ? って、他ならぬおまえさんが言うんだ、ここは素直に聞き入れるべきだろうな。おい、セレナ! 後退命令を出せ! 大至急だ!」

 ブレビスさんから、前線の指揮を執るセレナさんへと指示が飛ぶ。

 指揮用トレーラーの中から団員に指示を出していたセレナさんは即刻後退命令を出し、団員たちは迅速にそれに応じる。この即応を見るだけでも、〈銀の弾丸〉の練度の高さが窺える。

 そして、団員のみんなが後退した直後。

 天空より、幾条もの落雷が巨人へと降り注いだ。



 天より雨のごとく降り注ぐは、紫紺の雷。

 もちろん、これが自然現象のわけがない。そもそも、ここはカーリオンの内面世界であり、天候の変化があるのかさえ怪しい場所だ。

 そんな空間に生じる落雷。当然ながらそれは人為的なものであって。

 ビアンテ、ブレビスさん、セレナさん、〈銀の弾丸〉のみんな、瑞樹とかすみちゃん、ボンさんとエルフたち、そしてジョバルガンまでもが、唖然とした様子で上空を仰ぎ見る。

 そこには。

 蒼穹を背にした二つの人影。その大きさは上空であってさえ明らかに小さく、それが子供であることが知れる。

「んじゃまー、もう一丁行くからねー」

 上空から聞こえるは、聞き覚えのある少年の声。その声に応じて、再び雷雨が降り注ぐ。

 雷は「巨人」だけではなく「蛇」と俺たちの偽物をも飲み込み、絨毯爆撃さながらに「害虫」を打ち据えた。

「茂樹さん、あれって……」

「やはり、彼らなのですか?」

 俺の傍に来た香住ちゃんとミレーニアさんが、嬉しそうに訊ねてくる。うんうん、二人が考えている通りだと思うよ。

 そもそも、俺の知り合いにこんなことができるのは彼と彼女……いや、正確には彼女しかいないしね。

 そう。

 上空に浮かぶ二つの小さな人影。それは無敵小学生こと勇人くんと、その想い人にして従姉弟であるフロウちゃんに間違いないだろう。



「遅くなってごめん、茂樹さん」

「準備に手間取りまして、遅れてしまいました」

 気づけば、勇人くんとフロウちゃんの二人は俺のすぐ近くにいた。おそらく、転移の魔法で上空からここへ移動したのだろう。

 上空から地上に一気に移動して、気圧変化とか大丈夫なのかなと一瞬考えたけど、ここはそんなこと気にする必要もない世界だと思い至る。

 ん?

 あれ?

 勇人くん、どうしたの? オスカルくんのことを何やらじっと見つめているけど?

「ハヤト?」

「あ、ああ、ごめん、フロウ。何でもないよ」

 フロウちゃんに声をかけられ、にっこりと微笑む勇人くん。相変わらず、フロウちゃんには弱いんだな。

 で、その勇人くんだけど、今日は完全武装といった装いだ。

 革製の鎧に、腰には剣。右手にはいつか見た『アマリリス』とかいうお爺さんの愛用武器。腰に佩いた剣は、小学生の体格にはちょっと大き過ぎないかな?

「あ、この剣が気になる?」

 そう言いつつ、勇人くんが剣を鞘から抜いて見せてくれた。

 柄や鍔は黒一色。装飾の類は一切なく、この剣が実用一点張りであることを無言で表している。その一方で、刀身は綺麗に透き通っていて、普通の金属製じゃないことが一目で分かる。

 そもそもこの剣、むっちゃ軽いし。

「これ、爺ちゃん愛用の剣で、『飛竜剣』って呼ばれているよ。爺ちゃんがまだ若い頃、飛竜を倒してその素材で作ったんだってさ」

 飛竜の素材で作った剣! な、何かカッコイイな!

「今回はちゃんと爺ちゃんに断ってから持って来たからね! 最初は『アマリリス』だけを借りるつもりだったけど、爺ちゃんが飛竜剣も持って行けってさ」

 それで時間かかっちゃったんだけどね、と勇人くんは続けた。

「わたしも今回はお婆様から装備を借りてきました!」

 というフロウちゃん。彼女は装飾が一切ない、いっそ地味と言っていい灰色のローブを着ていた。そして、手には妙にねじくれた杖。この杖、前に会った時にも持っていた杖だな。

 このローブと杖、実はかなり高レベルで貴重なマジックアイテムなのだとか。

 ローブも杖も大人が使うことを想定されているのか、どちらもフロウちゃんにはちょっと大き目。だけど、そのぶかぶか具合が却って彼女を可愛く見せている。うん、ウチの妹にもあのローブを着せてみたい。きっと似合うだろうな。

「さて、俺たちが来たからにはもう勝ったも同然だね!」

「もう、ハヤトはすぐ調子に乗るんだから。油断は禁物だからね?」

 そんな軽口を言い合いながら、二人は再び空へと舞いあがる。そして、上空から「巨人」や「蛇」へと攻撃を加えていく。

 どかんどかんと盛大に雷が落ち、しゃらららんと涼し気な金属音が周囲に響き渡る。

 それらの音がする度、「蛇」が一体、また一体と塵へと返っていく。

 さすがに「巨人」がそれでやられることはなかったが、それでもノーダメージということはなさそうで、「巨人」はどこか苦し気な様子を見せている。

「あ、あー、なんだ? シゲキの知り合いには個性的ユニークなのが多いのな? ヌーディストにソード・マスター、巨大なRoly-polyダンゴムシと来て今度は空飛ぶ子供か……おじさんにはちょいとついていけそうもねぇな……」

 どこか呆れるような声が、CTの中から聞こえてきた。

 うん、まあね。ちょっとね。俺もそう思うよ。でも、みんないいやつばかりだから! 俺の自慢の仲間たちだから! もちろん、ブレビスさんを始めとした〈銀の弾丸〉のみんなもね!

 と心の中で自慢する俺。

 だから、飛び立つ際に勇人くんが小さく呟いた声を聞き逃していた。


「…………どうしてまでここにいるんだよ……」


 という、どこか嫌悪感の含まれた声を。

 同時に。

「ぬお? こ、ここはどこだ? どうして俺様はここにいるのだ? 確か、いつものように我が領土を愛騎のペガサスと共に視察していたら、突然ニンゲンの雛が目の前に現れて何やら訳のわからぬことを言い出ぬひょおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 という、どこかで聞いたような声がしたことにも。

 その声が、上空から降り注ぐ雷の爆撃に煽られて、白黒の小さな体が舞い上がるように空へと消えて行ったことにも、俺は全く気づいていなかったんだ。




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