カーリオン



 その見た目は、大体小学校の中学年……いや、まだ小学生になったばかりぐらいの年齢だろうか。

 Tシャツにジーンズというありふれた服装。そして、顔立ちは俺の弟である春樹によく似ている。

 それが、初めて人の姿で対面した聖剣の姿だった。

「春樹くんというより、茂樹さんが小さくなったって感じじゃないですか?」

「わたくしはシゲキ様の弟君おとうとぎみとは会ったことがありませんが、カスミの言う通りではないかと思いますわ」

 人の姿を取った聖剣を見て、香住ちゃんとミレーニアさんが何か言っている。その一方で、瑞樹とかすみちゃんはただ無言で聖剣を見つめるばかり。

 俺や瑞樹からすると、目の前の少年の姿は弟である春樹の幼い頃によく似ていると思える。だけど、香住ちゃんやミレーニアさんからすると、少年の姿は俺に似ているそうだ。

 俺、自分が幼い頃の姿なんて覚えていないしな。精々、昔の写真を見たことがある程度だ。

「ごめんね、シゲキ。あいつらに力を直接奪われていたせいで、キミへ力を回すことができなかったんだ」

 と、ちょっと項垂れて申し訳なさそうに告げる聖剣。そういや、さっきまで聖剣の本体と思しき若木にイモムシどもがたかっていたからね。あれのせいで俺への支援ができなかったのか。どうりで、いつものように体が勝手に動かなかったわけだ。

 そのイモムシどもを先ほど俺が排除したから、聖剣はこうして姿を見せてくれたのかな?

 って、それよりもこうして初めて顔を合わせたわけだし、聞きたいことを聞いてみようか。

 まずは……やっぱりこれだよな。

「それで聖剣……ここは一体どこなんだ?」

「ここは僕の中……まだまだ成長途中の〈『世界』となる前の『世界』〉の内側だよ。本当はもっと混沌とした場所なんだけど、シゲキたちに理解しやすいように視覚化してみたんだ。今、シゲキたちが見ているこの姿も含めてね」

 ふむふむ……要するに、本来ここは俺たち人間の脳では処理できないような混沌とした場所なのだけど、それを聖剣が俺たちの脳への負担を軽減し、理解しやすくするためにこんな風景にしてくれているってことなのかな? 聖剣が人の姿をしているのも、その方が話しやすいからだろう。

 「害虫」にたかられて力を失っているのに、俺たちのことを考えて最低限の環境を整えてくれたってことか。さすがは俺の聖剣、気が利いているね! そして、ここが聖剣の内面世界であるという俺の推測もほぼ当たっていたね。うん。

「でも……僕はかなりの力を奴らに奪われてしまった。このままでは……」

 悲し気な表情を浮かべて、聖剣が周囲を見回す。

 見える範囲だけでもそこかしこに黒いひびが生じ、今も大量のイモムシが湧いてきている。そして、現れたイモムシどもは手当たり次第に草原を食い荒らしていた。

 確かにこのまま放っておけば、遠からず聖剣は全ての力をやつらに奪われてしまうのだろう。

 聖剣を救うには、あのイモムシどもをどうにかするしかないのだろうが……いかんせん、数が多すぎる。びゃっこうじんで一気に薙ぎ払うにしても、全てのイモムシを倒すのにどれだけの時間が必要だろうか。

 それに、イモムシをどれだけ倒しても次から次へとひびの向こうから湧いて出てくるから、まずはあのひびを何とかしないと。

 でも、どうしたらいいんだ? 今までは聖剣が何とかしてくれたけど、今はそうはいかないっぽいし。

 あれ? もしかしてこれってもう、詰んでない?



 どのような手段を用いたのかは不明だが、「害虫」はこの場所……聖剣の本体が存在する場所を突き止めたらしい。そして、この世界を手に入れるために総攻撃をかけてきた。

 総攻撃と言っても、それは極めて静かに、ひっそりと、聖剣にさえ気づかれることなく、水面下で行われた。そのため、聖剣が「害虫」の侵攻に気づいた時には既に遅く、一気に大量のイモムシがここに入り込んできたそうだ。

 もちろん聖剣も一方的にやられてはいなかったが、多勢に無勢で防戦するのがやっと。それでもどんどんと侵略されて力を奪われ、何とかぎりぎりで俺たちをこの場に呼び寄せることに成功したらしい。

 「害虫」にここまで入り込まれたら、最早手詰りでは? なんて俺は思ったのだが、まだ何とかなると聖剣は言う。

「まずは、やつらの数を減らして欲しいんだ。そうすれば、シゲキたちへの支援に力が回せるから」

 イモムシたちは、現在進行形で聖剣から力を奪っている。その奪われる力が減れば、その分を俺たちへの支援へと回せるってわけだね。

「でも、どうやってやつらの数を減らせばいい? あいつら、どんどんひびから湧き出てくるぞ」

「だからまずはあのひび……『害虫』が僕の内部へと繋げた『門』を破壊しよう。シゲキ、頼むね?」

 へ? お、俺?

 いやいやいや、そもそもどうやってあのひびを破壊するのさ?

 確かにちょっと前、海洋世界で同じような黒い穴を破壊したけど、あの時は聖剣の助力あってこそだったよね? しかも、相当消耗したし、魔力の最大値も下がったし。

 そんな俺の動揺に気づいてか、聖剣は続けて説明してくれた。

「シゲキやカスミたちをここへ呼び込んだことで、今の君たちには僕の力の一部が宿っている。だから、シゲキの攻撃があいつらに通用したんだよ」

 ああ、そういうことか。聖剣に操られていない俺の攻撃がイモムシに通用したのには、やっぱりそんな理由があったんだね。

 ってことは、このまま聖剣であのひびを斬りつければ、あのひびも消えてなくなるのか?

 ちなみに、俺の腰には今も聖剣がある。香住ちゃんとミレーニアさんが所持している剣もまた、いつものように聖剣の姿だ。

 これは俺たちが持つ剣が、聖剣本体ではなく端末だからだろう。だから、目の前で少年の姿をした聖剣と、俺の腰にある聖剣は同時に存在できるんだろうな。

 しかし、少年の姿でいる聖剣を、「聖剣」と呼ぶのもなんかアレだね。うん、ここはひとつ。

「カーリオン……そう呼ぶべきかな?」

 聖剣の銘であるカーリオン。人の姿をしている以上、そっちで呼ぶべきだろう。

 そして、俺がその名を呼ぶと、聖剣……いや、カーリオンはすごく嬉しそうな顔をした。

「うん。僕もそう呼んで欲しい。ようやく……ようやく僕を名前で呼んでくれたね」

 言われてみれば、これまで俺は聖剣をずっと「聖剣」って呼んでいたっけ。これって、人で言えば相手のことを「人間」と呼んでいたのと同じだ。

 うわ、もしかして俺、今まですっごく失礼なことしていたんじゃね?

 反省して、これからはちゃんとカーリオンと呼ぼう。



 さて、それはともかく。

 俺たちはカーリオンの本体ともいうべきこの世界を護るために動き出した。

「行くわよ、ミレーニア!」

「任せなさい、カスミ!」

 互いに声を掛け合い、香住ちゃんとミレーニアさんが飛び出す。二人が狙うのは、そこかしこで世界そのものを貪っているイモムシども。

 今のイモムシどもは、この世界を食うことに専念している。いや、「害虫」の中でも下位の存在であるイモムシは、「食う」ことに専念しないとこの内面世界を「奪う」ことはできないのだとカーリオンが説明してくれた。だから、こちらから攻撃しても反撃してこなかったのか。

 香住ちゃんとミレーニアさんが、手にした聖剣でイモムシを斬り払う。

 さすがは剣道少女の香住ちゃん。剣を振る姿は堂に入ったもので、易々とイモムシを斬り裂いていく。

 そして、ミレーニアさんも手慣れた感じだ。カーリオンに操られ始めた当初こそ相当へっぴり腰だったけど、今では慣れた様子で剣を振るっている。

 この辺り、さすがはファンタジー世界の王女様ってことかな。俺たちよりも、剣というものが身近な存在だったからかもしれない。いや、もしかすると、彼女自身の才能かも。

 二人は危なげない様子でイモムシどもを倒していく。

「ああ、もう! こうなったら自棄よ!」

「一緒にがんばりましょう、瑞樹さん!」

 そう。

 瑞樹とかすみちゃんもまた、イモムシを倒すために力を貸してくれていた。

 かすみちゃんも剣道有段者であり、ある意味で肝が据わっているのか危なげない太刀筋を見せてイモムシを倒していく。

 それに対し、瑞樹はかなりおっかなびっくりといった感じだ。たとえ普段から刃物を身に着ける習慣があっても、それを振るう機会なんてなかっただろうしね。

 なお、二人が手にしているのもまた、俺と同じ聖剣。それはカーリオンが作り出してくれた言わば「幻影の剣」で、一時的にしか存在できないものだがイモムシを倒すことはできるのでそれで十分だろう。

 女性陣がそうやってイモムシを少しずつ倒している間に、俺はひびの破壊に専念する。

「大丈夫だよ、シゲキ。僕が力を貸すから」

 俺の傍にはカーリオンがいる。香住ちゃんたちがイモムシの数を減らすことで、多少は余裕ができたらしい。

「さあ、行くよ、シゲキ!」

「おう!」

 俺とカーリオンは、手近なひびを目指して走り出す。その途中、足を止めたカーリオンが両手を前に突き出して何かに集中するような素振りを見せる。

 同時に。

 俺の体が浮き上がる。今の俺は自分の意思で動いているが、足元にはいつものように見えない足場が存在した。

 もちろん、カーリオンが俺の力を引き出して作ってくれたのだ。

 そして、宙に浮かぶひびに近づいた俺は、手にした聖剣を真一文字に振り抜く。

 以前のような急激な脱力感。それに歯を食いしばって耐える。

 イモムシ程度なら特に何ということはないが、ひびを破壊する時はそうもいかない。

 おそらく、今の一撃で俺の最大魔力値がまた少し下がっただろう。だけど、それを気にしていられる状況ではない。

「シゲキ、大丈夫?」

 心配そうな顔でカーリオンが俺に駈け寄ってくる。そんな彼に手を挙げて応えると、俺は先ほどまで存在したひびが消えていることを確認した。

「よし、次だ」

「……ごめんね、シゲキ」

 カーリオンは俺の魔力を永久消費することを気にしているようだ。

「気にするなって。魔力を永久消費すると言っても、誤差みたいな少量だしな」

「でも……」

 悲し気な顔をするカーリオン。俺はその頭を、ちょっと乱暴に撫でまわした。

 昔、弟が小さかった頃、よくこんな感じで春樹の頭を撫でたよな。

「さあ、それよりもさっさと『害虫』を駆除しようぜ」

「…………うん! それから、もう少しやつらの数が減ったら、ことができると思うから」

 俺に頭を撫でられたカーリオンが、ちょっとだけ嬉しそうな顔をしながらそう言った。

 ところで、「繋げる」ってどうゆこと?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る