邂逅




「…………聖剣……?」

 無数のイモムシにたかられている若木。その若木を見た瞬間、俺の口からその言葉が零れ落ちた。

「し、茂樹さん?」

「シゲキ様?」

 思わず立ち尽くす俺を、不安そうであり不思議そうでもある顔で、香住ちゃんとミレーニアさんが見る。

 だけど、今の俺には彼女たちに応えることができない。応える暇さえない。

 理由なんてない。おそらくは推測でさえない。

 ただ直感で、あの若木が俺の聖剣と同一の存在であることを俺は理解した。

 聖剣が──俺の聖剣がイモムシにたかられている。更によく見れば、若木の葉や枝をイモムシどもは齧り取り、それを貪っている。

 それを理解した瞬間、俺の体は無意識のうちに動いていた。

 聖剣を構え、若木にたかるイモムシに突進する。

 いつものように聖剣に操られているわけじゃない。なので、俺自身が出せる速度など、素人同然だ。

 だけど、俺は怒りに任せてイモムシたちに突っ込んだ。

 そう。

 この時、俺は自分で自分が制御できないほど怒っていたんだ。聖剣と思われる若木がイモムシどもにたかられているという事実を前にして、俺はかなり怒っていた。

 その怒りに任せるまま、俺は聖剣を振るう。その剣閃に、いつものような鋭さはない。そりゃそうだ。なんせ、俺自身が聖剣を振るっているのだから。

 それでも、若木にたかることに夢中になり、俺たちを一切無視していたイモムシどもは、俺が振るう剣を回避する素振りもなくそのまま受けた。

 聖剣に操られていない状態で聖剣を振るっても、イモムシには通用しないのではないか? なんて思っていたけど、俺が振るった聖剣はイモムシの体を易々と斬り裂いた。

 もしかすると、操られていない状態でも、聖剣自体は魔力のようなものが宿っているのかも。それとも、無意識のうちに俺自身が自分の魔力を操ったって可能性も……うん、それはないだろうな。

 理由は不明だが、イモムシが倒せるのであればそれで問題ない。

 無抵抗なイモムシどもを、俺は片っ端から斬り捨てる。もちろん、若木には傷をつけないように注意しながらだ。とはいえ、所詮は俺自身のやること。もしも若木に傷がついたら、その時は平謝りしよう。怒りに猛る心のどこかで、そんなことを考えながら。

 もしもイモムシどもが抵抗してきたら、おそらく俺だけの力では倒せなかっただろう。それを考えると、連中が若木に夢中でいてくれて本当に良かった。

 いや、イモムシにたかられている若木にしてみれば、それどころじゃなかっただろうけど。



 聖剣を振り続けることしばらく。途中で怒りも静まり、それでも何とか若木にたかるイモムシを全て倒すことができた。

 時間にして30分はかかっただろうか。これがいつものように聖剣に操られていたなら、おそらく10分もかからなかっただろうな。

 それでも若木にたかるイモムシは全て排除できたのだから、問題なし!

 もちろん、若木以外の場所では相変わらずイモムシがうぞうぞと蠢いているが、それでも一段落には違いない。

「お疲れ様です、茂樹さん」

 香住ちゃんがタオルとペットボトルのお茶を差し出してくれた。

 俺がイモムシを排除している間、香住ちゃんとミレーニアさんは瑞樹とかすみちゃんの警護、そして周囲の警戒をしてくれていたようだ。

 いくらイモムシたちが抵抗してこないとはいえ、いつそれが変化するか分からないから、周囲の警戒と瑞樹とかすみちゃんの警護をしてくれた二人には感謝するばかり。

 特に香住ちゃんは、聖剣に操られていない状態では間違いなく俺たちの中で最強だし。本来なら、彼女にイモムシの排除を任せるべきだったかもしれないね。

 香住ちゃんから受け取ったペットボトルのお茶を飲み、一息つく。

 改めて周囲を見回してみるけど、やっぱりここがどこか分からないな。でも、この若木と草原が広がる光景はどこかで見たような気が……うーん、どこで見たんだっけ?

 周囲で蠢くイモムシたちに十分注意しながら、俺は若木を見た。

 この草原全体が、聖剣本来の世界──いわば、聖剣の内面世界であり、目の前の若木こそが聖剣の本体なのだろう。

 もちろんこれは俺の直感なのだが、間違っていないと思う。

 そして周囲の状況から推測するに、「害虫」どもは何らかの理由でここ──聖剣の内面世界を突き止め、こうしてここまで侵入したのだ。だから、聖剣は助けを求めて俺たちをここに呼び寄せたのだと思う。

 俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんだけではなく、瑞樹とかすみちゃんも一緒なのは、ただ偶然一緒に居合わせたからか、それとも何らかの理由があってのことか。

 若木にたかるイモムシを駆除している間も、空間に発生する黒いひびはどんどん増え続け、そこからイモムシが這い出してくる。

 這い出したイモムシどもは、手当たり次第にそこら中を貪っていく。草原の緑が徐々に消え去り、後に残るのは黒い「ナニカ」。

 これ、放っておくとかなりヤバいんじゃね? でも、今の俺たちじゃどうすることもできない。何と言ってもイモムシども数が多すぎる。それでも、片っ端からイモムシを斬り捨てていくしかないか?

 そう覚悟を決めて、改めて聖剣を握りしめた。

 その時だ。

 俺たちの目の前に、その人物が姿を見せたのは。



 俺たちの前に現われた人物。それは小学校低学年ぐらいの少年だった。

 黒い髪に黒い目。顔立ちや肌の色、そして服装からして、おそらくは日本人かそれに近しい人種だろう。

 あれ? この少年の顔、どこかで見たような……?

 どこで見たのだろうか? でも、絶対にどこかで見たのは間違いない。

 服装は欧文ロゴの入ったTシャツにジーンズ、そしてスニーカーというごくありふれたもの。でも、俺はこの少年を絶対に知っているはずだ。

 俺が記憶を必死にサルベージしていると、なぜか瑞樹が目を見開いてとある言葉を零した。

「は……はる……?」

 春樹? それって、弟の春樹のこと?

 あ!

 瑞樹に言われて俺は思い至った。目の前の少年は、確かに小学生の頃の春樹にそっくりなのだ。

 俺と同一存在である瑞樹にとっても、やっぱり春樹は弟なんだな。

「春樹くんって……茂樹さんの弟さんの、あの春樹くんですか?」

 これまでに数回春樹と会ったことのある香住ちゃんが、やや首を傾げながら問う。

 彼女を俺の家族に初めて紹介した以後も、春樹と香住ちゃんは何回か顔を合わせている。

 その時、以前から香住ちゃんに想いを寄せていた中村くんと一緒だったこともあったのだが……あの時に中村くんのこの世の終わりに遭遇したような顔、今でも忘れられない。

 きっと、香住ちゃんと俺が本当に付き合っていることをその時ようやく理解したんだろうな。

 きっと、俺と香住ちゃんのことは事前に春樹から聞かされていたんだろうな。

 きっと、それでも最後の最後まで信じたくなかったんだろうな。

 ごめんよ、中村くん。でも、こればっかりは仕方ないんだ。うん。

 その中村くんだが、春樹が言うには香住ちゃんのことはすっぱり諦めたそうだ。俺が言うのも何だけど、新しい恋を見つけて青春を謳歌して欲しい。もちろん、恋愛だけが青春じゃないけどね。

 っと、いけない。今は中村くんのことよりも目の前の少年のことだ。

 当然だけど、目の前の少年が弟の春樹本人であるはずがない。現在の春樹は香住ちゃんと同い年の高校生なのだから。

 香住ちゃん、ミレーニアさん、瑞樹、そして、かすみちゃんが見つめる中、俺は改めて少年へと目を向け、そしてゆっくりと彼へと近づいていく。

 彼は……この少年は敵ではない。それを俺はなぜか理解していた。

 「害虫」どもがよく俺たちの姿を写して現れるけど、この少年からはそれとは別の気配を感じる。

 あえて言うなら……そう、親近感、だろうか。

 弟の幼い頃の姿をしているからではなく、もっと以前からこの少年のことを知っているような……そんな気がするのだ。

 そして、少年は近づく俺を見てにっこりと微笑む。

 その笑みを見て、俺は唐突に確信した。目の前の少年が誰なのかを。

「………………………………聖剣…………なんだね?」

「うん、そうだよ、シゲキ。初めまして……と言った方がいいのかな?」

 少年の笑みが深まった。とても嬉しそうに。

 この時。

 俺は俺の相棒たる聖剣と、初めて直接言葉を交わしたのだった。




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