侵略
え?
へ?
ここ、どこ?
周囲を見回せば、そこは草原だった。
あれ? 俺たち、瑞樹の部屋にいたはずだよね?
それなのに、どうして草原にいるんだ?
「こ、ここは……」
「どこなのでしょうか?」
俺と同じように周囲を見回していた香住ちゃんとミレーニアさんが、不安そうに呟く。
そして、ここにいるのは俺たち三人だけじゃなかった。
「ど、どういうこと、これ……?」
「わ、私たち、瑞樹さんの部屋にいたはず……ですよね?」
落ち着きなくきょろきょろとしているのは、もちろん瑞樹とかすみちゃん。
なぜか彼女たちも、俺たちと一緒にここへ来たようだ。
俺たちをこの場に連れて来たのは、間違いなく聖剣だろう。であれば、それなりの理由があって俺たちをここへ呼んだはずだ。
ならば、まずは聖剣の真意を確かめるべきか。
なあ、聖剣。どうして俺たちをここへ連れて来たんだ?
心の中で聖剣に語りかけるも、
ここ最近は数回ではあるものの、俺にも話しかけてくれるようになったのだが、それでもまだまだ普通に会話はしてもらえない。
そのことがちょっと寂しくて、俺は溜め息を吐きながら足元を見た。すると、そこに俺たち全員の靴があった。
どうやら、聖剣が気を利かせてくれたらしい。
俺たちは瑞樹の部屋にいたので、当然靴は脱いでいた。だが、ここは見ての通り屋外。靴なしじゃちょっと辛い。だから、聖剣は靴も一緒に転移させてくれたのだろう。
そして、そこにあったのは靴だけではなく、異世界へ行く時はいつも使用しているリュックもある。この中には非常用の食料や飲用水、そして何よりエリクサーが入っているからね。これも聖剣の気遣いだろう。
さすがは俺の相棒だ。
よし、ここがどこか調べる前に、まずは靴を履くとしようか。
俺たち全員が靴を履き、じゃあこれからここら一帯を調べようかと思った時だった。
「し、茂樹さん! 瑞樹さん! あ、あれ……っ!!」
驚愕を顔中に貼り付けたかすみちゃんが、前方を指差す。
そこには、うぞうぞと蠢く黒くて巨大な塊。
そう。それは紛れもなく「害虫」。最早見慣れてしまったイモムシ形態の「害虫」だ。
「あ、あれが……」
「茂樹さんたちが言っていた『害虫』……?」
イモムシを目にした瑞樹とかすみちゃんが呆然と呟いた。そういやこの二人、影のような状態の「害虫」は見たことがあっても、イモムシを見るのはこれが初めてだっけ。
そして、イモムシは一体や二体ではない。ぱっと見ただけで十体以上のイモムシたちが、草原に生える草を貪っていた。
いや、連中が食っているのは草じゃない。草を含めた空間というか世界そのものというか、それっぽいモノを食っているようだ。
その証拠に、連中が食った後は何も残っていない。ただただ、黒い「ナニカ」が存在するのみ。
初めてこのイモムシを見た時──海洋世界で砂浜の悪鬼とかいう怪物から出てきた時──も同じように砂浜を食い、その後には黒い溝のようなモノが残されていただけだったな。
「ここがどんな世界かは知らないけど、まずはあいつらを片付けた方が良さそうだな」
俺は靴を履く時に鞘に納めた聖剣を再び抜く。そして、イモムシたちへとその切っ先を向けた。
ん?
あれ?
おかしいな、いつもなら聖剣が俺の体を操る場面じゃね?
なのに今、俺は自分の意思で聖剣を抜き、そして身構えた。これ、どういうこと?
思わず、香住ちゃんとミレーニアさんを見る。やはりというか何というか、二人とも剣こそ構えているものの、体が勝手に動き出すようなことはないようだ。
「……体、いつもみたいに勝手に動きませんわね?」
「私たちの剣、茂樹さんと同じ聖剣になっているのに……」
彼女たちも不思議そうに首を傾げている。
もしかして、「害虫」どもはいるけど、危険ではないってことなのか? だから、聖剣も俺たちの体を操ったりしないってこと?
「と、とりあえず、ここでこうしていても始まらない。『害虫』には十分気をつけて、少し周囲を探ってみよう」
俺の言葉に、残る四人は黙って頷くのだった。
そこら中で蠢くイモムシたち。その数は十どころか五十はいるだろう。だが、やつらは俺たちを気にする様子もなく、ひたすらその辺の「モノ」を貪るばかり。
それでも連中から注意を逸らすことなく、俺たちはゆっくりと移動する。
「瑞樹とかすみちゃんは、絶対に俺たちから離れないようにな」
「え、ええ、分かっているわ」
「わ、私たちは茂樹さんのように戦えませんしね」
周囲で蠢くイモムシが気持ち悪いのか、青い顔で瑞樹とかすみちゃんが答えた。
俺、香住ちゃん、ミレーニアさんで三角形を描くように並び、その三角形の中心に瑞樹とかすみちゃんを配置するフォーメーションで、俺たちは草原を歩いていく。
しかし、ここはどこなのだろう? 少なくとも、瑞樹とかすみちゃんたちの小世界ではないのは間違いないと思うけど。
かといって、これまで俺が行ったことのある小世界でもなさそうだ。今まで、こんな草原ばかりが続く小世界には行ったことがないし。
もっとも、ミレーニアさんの出身世界であるアルファロ王国であれば、これだけただっぴろい草原があっても不思議じゃないけど。俺、あの小世界は邪竜王がいた山のてっぺんと、アルファロ王国の王宮しか知らないんだよね。
だけど、ミレーニアさんもこんな草原ばかりの場所は初めてだそうな。ミレーニアさんとて、王国内の全ての土地を知っているわけでもないだろうけど、それでもここがアルファロ王国ではないと何となく感じているらしい。空気が違うとか、そんな感じなのだろうか?
「そ、それで茂樹……、どこか目的地があって移動しているの?」
「いや、特にそういうわけでもないんだけど……こっちに行った方がいい気がするんだよ」
「聖剣に導かれているわけでもないんですか?」
「うん……この草原に来てから、聖剣は特に何の反応もないんだ」
ただ歩いているだけでは不安なのか、先ほどから瑞樹とかすみちゃんがいろいろ質問してくる。その質問に答えつつ、俺は内心で首を傾げていた。
瑞樹にも言ったように、何となくだけど進行方向が分かっていた。特に目印になるようなものは見えないけど、進む方角はこっちで間違いないという変な確信がある。
そして、かすみちゃんには聖剣からの反応はないと言ったが、この変な確信には聖剣が関与していると俺は考えている。何の根拠もない、ただ俺がそう思えるだけなんだけどね。
そしてしばらく歩いた時、再び俺の耳に聞こえてきたのは例の音。
何かがひび割れるような、あの音がまた聞こえたのだ。
「今の音、聞こえた?」
俺が香住ちゃんたちに問えば、彼女たち四人は首を横に振る。
「別に何も聞こえませんでしたよ?」
「わたくしもカスミと同じです」
瑞樹とかすみちゃんも聞こえていないところをみても、やはりあのひび割れるような音は俺にだけ聞こえているっぽい。
そのことに俺は首を傾げながらも、もう一度辺りを見回してみた。
そして、それを見つけた。見つけてしまったのだ。
何もない空中に浮かぶように存在する、黒い「ひび」を。
空中に浮かぶ黒い「ひび」。その「ひび」は見る間に大きくなっていく。そして、その大きくなった「ひび」の向こうから、巨大な黒いイモムシがのそりと這い出してきた。
しかも、這い出すイモムシは一体ではない。「ひび」の向こうから、次々に現われては、俺たちをまるっきり無視して周囲を手当たり次第に貪り始める。
先ほど俺が聞いたひび割れるような音は、あの黒い「ひび」が生じる時のものなのだろう。
香住ちゃんたちには聞こえなかったのは、彼女たちが正式な聖剣の所有者じゃないからか、それとも俺の異能の為せるわざか。ほら、店長が言うには俺って空間系の異能者らしいし? だとしたら、あの音が聞こえたのは俺が異能者だからって可能性もあるよね。
よく見れば、周囲にはいくつもの「ひび」が存在していた。そして、そこから次々に這い出す無数のイモムシたち。
俺たちはイモムシたちを警戒しながら歩き続けた。
その途中、俺が感じていた「進むべき方向」はどんどん強くなっていった。今ではもう、こちらの方角に何かがあることを確信するまでに至っている。
そうやって更に歩いた俺たちの視界に、それは映った。
見えたのは若木だ。俺の身長ほどの、クヌギのような葉と樹皮を持つ若木。だが、見えたのは若木だけではない。その若木に群がる、無数のイモムシもまた、俺たちにははっきりと見えたのだった。
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