ロクホプの行方
──何やらとても柔らかくて温かくて気持ちのいい感触だな。
俺はぼんやりとそんなことを考える。
後頭部にやんわりと温かな感触。何だろ、これ? どこか覚えがあるようなないような、とても心地いい感触だ。
頭を動かし、その柔らかくて温かなモノに思わず頬ずりなんかしたりして。うん、程よい弾力でとてもいい感じである。
「ひゃぁ」
あれ? 何か聞こえたような……? ちょっと気になるけど、それよりももっとこの感触を堪能したいって気持ちの方が強い。
俺はあれこれ考えることをあっさりと放り捨てる。そして、この温かで柔らかな感触をただただ楽しむ。
「──さん! ──げきさん!」
ん? 誰かが俺を呼んでいる? どこかで聞いたような声だけど……誰だっけ?
いかん、頭が上手く動いていない。だって、この柔らかで温かい感触が気持ち良すぎるから。
「茂樹さん! 大丈夫ですか!?」
「シゲキ様! シゲキ様! 返事をしてください!!」
あ、思い出した。この声、香住ちゃんだ。それに、ミレーニアさんの声も聞こえたぞ。
頬に感じる心地良い感触を惜しみつつ、俺はゆっくりと目を開けて視線を動かした。
すると、泣きそうな顔で俺を覗き込む香住ちゃんと、同じく心配そうな表情のミレーニアさんが見えた。
なぜか、二人の後ろには青い空も見える。あれ?
この時になって、ようやく気付いた。どうやら俺は今、香住ちゃんに膝枕をしてもらっているようだ。先ほどから感じていた至福の感触は、香住ちゃんの太ももだったのか。道理で極上に気持ちいいわけだ。
更には、俺を心配そうに覗き込むミレーニアさんの胸元が完璧にノーガード。ただでえ際どい水着を着ているのに、そんなに前屈みになったらもうね。あれだね。これ以上は言わなくても分かるな?
え? どゆこと? どんな状況から、こんな嬉しい体勢になってんの?
「よ、良かったぁ……茂樹さん気がついたぁ……」
「……このままシゲキ様が目を覚まさなかったらどうしようかと……」
はああああっと、大きな息を吐き出す香住ちゃんと、ぺたんとその場に座り込むミレーニアさん。
どうやら、二人には相当心配をかけたみたいだ。
あれ? どうして俺、二人に心配させたんだ?
この時になって、俺はようやく思い出した。
ロクホプの城が突然爆発し、入れ替わるように出現した黒い穴から黒い「俺」が現れたこと。そして、さらにその穴から出て来た数体の黒い「蛇」との激闘。
何とか「蛇」と「俺」を撃退した後、俺の意識が突然途切れてしまったこと。
意識を失う前に覚えた、大きな疲労感や虚脱感。あれは聖剣が俺の魔力を吸い上げたからだろうけど、これまであれほどの疲労感やら虚脱感やらを経験したことはなかった。
ってことは、それだけ大量の魔力を一気に聖剣が消費したってことだろう。そうしなければ黒い「俺」や「蛇」を倒すことはできなかったってことだ。
どうやら、害虫どももどんどん強力になっているってことなのだろうな。
これは一度、店長と相談しないといけないね。元の世界へ帰ったら、早速店長に話してみよう。
と、害虫やら何やらのことを考えつつ、俺は広い海原へと目を向ける。
あ、もちろん、香住ちゃんに膝枕されたままですとも。この至福の時間を少しでも長く堪能していたいからね。それに、俺の体の傷については、気を失っている間に香住ちゃんとミレーニアさんがエリクサーで手当てをしてくれたようで、もうすっかり治っている。
ざざーんという波の音が実に穏やかだ。先ほどまで死闘を繰り広げていたことが嘘みたいだな。
ビーチパラソルが日差しを遮っているおかげで、吹き抜ける風が実に気持ちいい。
あれだけ激しい死闘を繰り広げたのだから、少しぐらいはのんびりしていてもいいよね。
あ、ちなみにだけど、香住ちゃんとミレーニアさんが相手していた「蛇」も、俺が気を失ってすぐに倒したそうだ。
俺が相対していた敵がいなくなったので、聖剣も全力で二人の方へと注力できたのだろう。
「あ、あれ? そういやロクホプは?」
俺は急に自称最強騎士のことを思い出した。
まさかあいつ、本当にあの「蛇」に食われたんじゃ……?
「そ、それが……私たちも必死だったので、ペンギンさんに注意を払う余裕がなくて……」
「気づいた時には、あの方の姿は見えなくなっていました……」
二人もロクホプがどうなったのか、はっきりとは見ていなかったらしい。それも仕方がない。二人だって必死に戦っていたのだから。
名残惜しい気持ちを押し殺して香住ちゃんの膝から離れると、俺は波打ち際に近寄った。
立ち上がる時にちょっとふらついたが、ミレーニアさんが素早く支えてくれた。
「ありがとう、ミレーニアさん」
「いいえ、当然のことですわ」
と、笑顔で答えるミレーニアさん。俺たちは相変わらず水着しか着ていないので、肌と肌が直接触れ合う。うん、正直に言おう。ちょっとどきどきした。いや、ちょっとどころじゃない。かなりどきどきした。
仕方ないじゃないか。俺だって健全な男の子なんだから。
その時、俺を支えたミレーニアさんが、ちらりと香住ちゃんへと視線を向けたことに俺は気づいた。直後、香住ちゃんの機嫌が急降下していく。見ていてはっきりとそれが分かったんだよね。
一体、ミレーニアさんはどんな表情で香住ちゃんを見たのやら。深く考えると怖いので、これ以上は考えないようにしよう。ほ、ほら、それよりも、ロクホプのことを考えないと! 今はそっちの方が重要だよね!
俺はミレーニアさんから離れて、波打ち際を見る。
きらきらと輝く穏やかな波が、何度も何度も打ち寄せては引いていく。周囲を何度も見回すが、どこにも隠れられそうな場所はない。
ということはロクホプはもう……。
尊大な態度ばかり取るやつだったけど、どこか憎めないやつだったよな。
と、脳裏にペンギン騎士の姿を思い浮かべた時だった。
目の前の海がごぼりと膨れるように盛り上がり、そこから何かが飛び出してきたのは。
「はぁ、はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
うん、まあ、ね? そんな気はしていたよ?
海から突然現れたのは、他ならぬロクホプだったのだ。
そりゃあペンギンだからね。何かあったら海へ逃げ込むのは当然だよね。目の前には海があるわけだしさ。
もしかすると、あの「蛇」は水中では活動できないのかもしれないな。ロクホプのことだから何も考えずに海へ飛び込んだのだろうが、それで正解だったのだろう。
ロクホプはおっかなびっくりといった感じで、きょろきょろと周囲を見回した。
「…………あ、あの砂浜の悪鬼によく似た怪物はどうした?」
「ああ、あいつらならもういないぞ」
俺の答えを聞いた後も数回ほど周囲を見回したロクホプは、おもむろにしゅぴんっと黄色い飾り羽をかき上げた。
「どうやら、俺様に恐れをなして逃げ出したようだな。ふ、まあ、当然と言えば当然か」
…………うん、いつものロクホプで安心したよ。
その後、避難していたロクホプの部下であるペンギーナ族や、城で働いていた──働かされていた?──人間たちが、おっかなびっくりロクホプの許へと集まってくる。
「ロクホプ様、あの怪物は……?」
どうやら、遠目に「蛇」たちのことを見ていたペンギーナ族がいたようだ。そのペンギーナ族は、落ち着かない様子で周囲を何度も見回している。
「安心するがいい。あの怪物どもなら、この俺様が追い払った……いや、俺様が何かするまでもなく、俺様を見た途端に怪物どもの方から逃げていきよったわ!」
腰から剣をすらりと抜き放ち、ロクホプはその剣を天高く掲げた。同時に、集まったペンギーナ族や人間たちから、大きな歓声が湧きあがる。
「さすがはロクホプ様!」
「最強の名は伊達ではありませんな!」
「素敵ですわ、ロクホプ様! こ、今夜そ、その……ろ、ロクホプ様のお部屋を訪ねてもよろしいでしょうか……? わ、私ったら、何て大胆なことを……っ!!」
「ロクホプ様は我らが英雄だ!」
「まさに、まさに!」
「ロクホプ様、万歳!」
「ロークホプ!」
「ロークホプ!」
「ロークホプ!」
「ロークホプ!」
「ロークホプ!」
「ロークホプ!」
「ロークホプ!」
うん、すげー盛り上がっているな。
ところでさ?
ロクホプの城、なくなっちゃったけど、どうするつもりなんだろ? ってか、そのこと覚えているのかな? 鳥だけに三歩歩いたら忘れちゃったりして。って、そりゃペンギンじゃなくてニワトリか。
まあ、いいや。
城については俺たちじゃどうしようもないし、あと少しで帰還時間だし。
俺は香住ちゃんとミレーニアさんと共に、その場から離れることにした。大いに盛り上がっているロクホプたちは、そのことに気づきさえしない。
俺たちはロクホプたちが見えない場所まで移動すると、帰還時間までのんびりと常夏の海を満喫するのでありました。
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