俺たちなら
──ごめん、シゲキ。ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、きみのチカラを
確かに、そう聞こえた。
いや、脳に直接響いたので、「聞く」という表現は正しくないかもしれない。
だけど、そんなことはどうでもいい。問題はそれが誰の声で、何を意味しているか、だ。
もちろん、「誰」は聖剣で間違いないだろう。
以前にも一度だけ聞いたことのある声だし、今この場で俺のことを「シゲキ」と呼ぶのは聖剣以外に考えられないから。
だから、「声」の主が誰かはそれほど問題じゃないと思う。より問題なのは、その声が伝える内容の方だ。
俺の力を削る? それってどういう意味?
眼前にいる数体の「蛇」──最初の三体に更に三体追加され、全部で六体になった──から視線を逸らすことなく、俺は内心で首を傾げた。
しかし、その答えに思い至るよりも早く、俺の体はいつものように勝手に動き出す。
足元の砂を弾けさせ、一気に「蛇」たちへと迫る。
そして、「蛇」たちを間合いに捉える──その直前、俺の体は大きく空へと跳び上がった。もちろん、いつものように見えない足場を作り出して、だ。
見えない階段を駆け上がり、俺たちが目指すのは……そう、空中に浮かんでいる黒い穴。
「させるかっての!」
俺たちが黒い穴を目指すことを予測していたのか、黒い「俺」から見えない斬撃がいくつも飛んでくる。
その斬撃を全て躱し、弾き、そして電撃を放って迎撃し、俺たちは一気に黒い穴へと迫った。
と、そこでまた脱力感を覚える。聖剣が俺の魔力を吸い上げたからだろう。
同時に、聖剣の刀身が白い輝きに包まれた。お、これってもしかして、必殺の
だけど、俺のその予想は見事に外れることになる。聖剣は輝く刀身から光の刃を放つことなく、光を纏わせたまま空中に浮かぶ黒い穴へと到達したのだ。
そして、大上段に構えた聖剣を、勢いよく真下へと振り下ろす。
直後、じゅわわわわーという熱した金属を水の中に入れた時のような音が盛大に周囲に響き渡った。
砂浜へと着地した俺が頭上を仰ぎ見れば、そこに黒い穴はもう存在していなかった。
どうやら、聖剣があの穴を消してくれたらしい。
黒い穴が消えたことで安堵の溜め息を零す。同時に、俺はその場で思わず跪いた。
あ、あれ? な、なんか凄く力が抜けた感じが……こ、これ、聖剣が俺の魔力を使ったからか?
でも、過去にここまで一気に疲労したことってなかったけど、それだけあの黒い穴を消すのに力を必要としたってことだと思う。
「……まさか、一撃で『門』を破壊されるとはね……どうやら、おまえたちのことをまだまだ過小評価していたらしい」
表情が抜け落ちた感じの「俺」が、ぽつりと零した。
いえいえ、そのまま過小評価しておいてください。その方がこっちとしては助かりますので。
なんてことが通用するわけがないよね。実際、黒い「俺」は眼光鋭く俺を見ているし。
「……だが、今ので『セカイノキテン』は相当力を消耗したようだな? 後続の
そう呟いた「俺」の背後で、六体もの「蛇」が鎌首をもたげた。どうやら、総攻撃をしかけてくるっぽい。
対して、俺の方はようやく立ち上がったばかり。いくら聖剣が俺の体を操ってくれるとはいえ、正直心許ない。
俺が聖剣を正眼に構えると同時に、害虫どもも動き出した。
六体の「蛇」が黒い怒涛のごとく俺へと殺到する。そして、「蛇」の津波に紛れるようにしながら、黒い「俺」も俺へと迫る。
再び、俺の体を襲う強烈な脱力感というか虚脱感。ここ最近、聖剣先生がどんどん遠慮しなくなっている気がするのは俺だけでしょうか?
まあ、今はそんなことを言っていられる状況じゃないけどね。
再び聖剣の刀身が白く輝く。その輝きを宿したまま、俺たちは迫る黒い津波を迎え撃つ。
先頭の「蛇」が、十字に顎を開いて俺たちをかみ砕こうとする。だが、その攻撃を俺たちは紙一重で躱し、交差した瞬間に蛇の顎を斬り裂いた。
ざしゅん、という音と共に、蛇の頭部が半分ほど吹き飛ぶ。
おおおおおっ!? さっきは表面を何とか斬り裂けた程度だったけど、明らかに今度の方が大ダメージを与えているぞ。
だが、「蛇」もまた普通の生物ではない。頭が半分吹き飛んでも、多少動きが鈍くなったぐらいで倒れてはくれない。
しかし、俺から魔力を吸い上げた聖剣は凄かった。
先ほどまでよりも遥かに速い反応で、押し寄せる「蛇」たちの間をすり抜け、逆に攻撃を加えていく。
上から頭を振り下ろしてくる「蛇」を、一歩横へと移動してその攻撃を躱す。同時に、俺はその場でくるりと一回転。遠心力を乗せた輝く刃が、深々と「蛇」の体を斬り裂く。斬り裂かれた「蛇」は、先ほど頭を半分飛ばされた個体であり、今度こそ致命傷だったようでそのまま塵へと還っていく。
しかし、そこで気は抜けない。今度は左右から挟み込むように、二体の「蛇」が迫る。
その挟撃を、俺たちは上空へと駆け上がって回避する。同時に、足元の砂が爆ぜ、そこから「蛇」が姿を見せる。どうやら、砂に潜って奇襲をかけてきたようだ。
それを踏まえて、聖剣は上空へと逃れたんだな。そして、空中で停止して足場を固めた聖剣は、その刀身を一際激しく輝かせた。
足元でのたくる三体の「蛇」。そこへ刀身から放たれた幾条もの雷が降り注ぐ。その雷は、これまでに見たものよりも数段眩しく、ぶっといもので。
轟音が響き、周囲に激しい震動が伝わる。その音と震動が消えた時、地上にいたはずの「蛇」三体は、黒い塵となって消え去る真っ最中。
いや、凄えぜ、聖剣先生! どうしてもっと早くから「これ」をしなかったんだ?
「おいおい、正気か、『セカイノタマゴ』? その力、明らかにお前だけのものじゃないだろう? このままそれだけの力を振るい続ければ、『セカイノキテン』は……」
え、えーっと……いま、黒い「俺」が凄く気になることを言ったよね? そもそも、最初に聖剣もはっきり言ったはずだ。俺の力を「削る」って。
それがどういう意味かよく分からんが、おそらく何らかの代償が俺に降りかかってくるのだろう。確かに、一連の今の攻撃は今までのものとはまるで違っていた。特に威力が。
おそらく、その代償とやらは俺の魔力を一時的に使うだけじゃないのだろう。きっと、それ以外のモノを必要としていると思う。
だけど、今の俺には聖剣を信じるしかない。えーい、やっておしまい、
俺の魔力を吸い上げて、急激に……というか破格なまでにパワーアップした聖剣の威力は凄まじいの一言。
残る敵は、「蛇」二体と黒い「俺」。
ちらりと香住ちゃんたちの方を見てみれば、どうにか彼女たちの方が押しているようだ。二人で連携して既に一体の「蛇」を倒し、残る一体も相当ぼろぼろだ。
なお、二人の水着は今のところ無事です。念のため。
このまま、あっちは聖剣が操る香住ちゃんたちに任せておいていいだろう。俺は残る敵へと注意を向ける。
正面には黒い「俺」。こいつも聖剣の攻撃を何度か受けて、見るからにぼろぼろ。だが、それでも致命傷を受けていないのはさすがと言うしかない。
「…………まさか、『セカイノタマゴ』が『セカイノキテン』をすり潰すような行動にでるとは、予想していなかったぞ」
苦し気に顔を顰めているのは、本当に苦しいからか、それとも演技か。そもそも、害虫どもに「苦しい」という感情があるのかさえ不明だよね。
「おい、『セカイノキテン』」
黒い「俺」が俺に問う。
「おまえはいいのか? このまま『セカイノタマゴ』に力を吸われ、奪われ続けても。今ならまだ間に合う。『セカイノタマゴ』を捨ててオレたちにつけ。そうすれば、それ以上おまえ自身の力を失わずに済むぞ?」
そういや、以前も手を組もうみたいなことを害虫に言われたな。
だけど、俺の答えは変わらない。たとえ、聖剣の急速なパワーアップの代償として、俺にどれだけの負担がかかろうとも、だ。
聖剣と害虫、どっちを信じられるかと問われれば、迷うことなく前者だと答えるね、俺は。
「聖剣……やってしまえ! 遠慮なんかする必要はない!」
俺は黒い「俺」に答えることなく、手にした聖剣に告げた。
途端、聖剣の刀身が今まで以上に激しく光り輝く。
うわ、遠慮するなとは言ったけど、このがんがんと力が抜けていく感触はちょっとアレだ。結構アレだ。
だけど、聖剣先生は相変わらずです。俺が遠慮するなと言ったからか、どこか嬉しそうに「蛇」へと突進する。
その速度は相当なもので、彼我の距離が一瞬でなくなったほど。間合いに「蛇」を捉えた途端、何度も聖剣が翻って「蛇」を斬り刻む。
もともと深手を負っていたこともあり、二体の「蛇」あっという間に塵へと還った。
よし、これで残るは「俺」だけだな。
まあ、香住ちゃんとミレーニアさんが相手している「蛇」が一体残っているけど、それも間もなく倒されるだろう。
「『セカイノキテン』! 本当にそれでいいのかっ!? おまえは一方的に『セカイノタマゴ』に力を奪われているのだぞっ!? おまえはいいように利用されているだけなのが理解できないのかっ!?」
苦し気な表情を浮かべつつ、黒い「俺」が叫ぶ。
俺が一方的に奪われている? いいように利用されているだけ?
は? 何言ってんの、こいつ?
「理解していないのはおまえの方だろう? 俺は今までに、たくさんのものを聖剣からもらってきた」
異世界へ行くという他では絶対に無理であろう体験。そして、そこで出会った人々との交流。地球ではあり得ない光景だってたくさん見てきたんだ。
一方的に奪われている? 利用されているだけ?
「俺は聖剣に……おまえたちが言う『世界の卵』に感謝こそすれ、恨むようなことは何ひとつない! もう一度言うぞ? 理解できていないのはおまえの方だ!」
俺がはっきりと断言すると、「俺」は忌々しそうに顔を歪めた。
そして。
「後悔するぞ、『セカイノキテン』! いつか絶対、おまえは後悔する時が来る! それを忘れるな!」
あーもー、うるさいよ、こいつ。
確かに、
聖剣だけでは害虫に勝てないだろう。俺だけでも当然勝てるわけがない。
だけど。
だけど、
黒い剣を振り上げ、「俺」が迫る。その速度はかなりのものだが、今の俺たちには及ばない。俺には「俺」の動きがはっきりと見えている。おそらく、聖剣が俺の知覚までをも高めてくれているのだろう。
ざん、という音を立てながら、俺と「俺」が交差する。
次の瞬間、黒い「俺」の体が上下に分かれ、そのまま塵へと変わっていく。
それを見届けた時、今までにない脱力感と疲労感が俺を襲い、それに抗うことのできなかった俺は──そこで意識を手放した。
~~~ 作者より ~~~
来週はG.W.休み!
次回の更新は5月12日です。
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