聖剣ではなく




「ふむ……なるほどねぇ……」

 海洋世界から戻ってきた俺たちは、ミレーニアさんを送りがてら店長の家までやってきていた。そして、本日のできごとを店長に報告する。

 俺の話を聞いた店長は、腕を組んで目を瞑り、そのまま微動だにせずに考え込む。いや、確かにいろいろあったから、店長があれこれ考えるのも当然だろう。

 しばらくそうして身じろぎしない店長を、俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんが心配そうに見つめた。

 そして。

「よし、水野くん、着ているものを全部脱ぎたまえ」

 …………………………………………………………………………………………はい?

 て、店長? い、今、なんて言いました?

「知り合いの魔術師から、ちょっと気になる情報を仕入れてね。丁度いいから、君のことをテッテ的に調べてみようと思うんだ。だから、脱ぎたまえ」

 いや、俺を調べるのはいいとして、脱ぐ必要あります?

「もちろん、あるとも」

 あー、また店長に考えていることを読まれたよ。

「体細胞の採取やら、血液を始めとした各種体液の採取やら、もちろん、魔術的な検査もするためだ。ああ、安心したまえ。『各種体液の採取』には、香住くんにも協力してもらうから。それなら問題ないだろう?」

 いやいやいやいやいや! 問題ありありでしょ!

「マリカ様! ぜひ、わたくしにも協力させてくださいませ!」

 ってそこ! 目をきらきらさせない、お姫様!

「大丈夫ですわ、シゲキ様! シゲキ様だけに恥ずかしい思いはさせません! シゲキ様がお脱ぎになる際は、わたくしも脱ぎますから! もちろん、恥ずかしいですが、これもシゲキ様のため! シゲキ様のためなら、文字通り一肌脱がせていただきます!」

 いや、すげー鼻息荒いからね、今のミレーニアさん。

 純粋培養だったはずの異世界お姫様が、どうしてこうなってしまったのやら。このこと、異世界にいる彼女のお父さんやお兄さんにどう説明したらいいのだろう?

 これは後で香住ちゃんから聞いたのだが、ミレーニアさんがこうなってしまったのは、どうやらクラスメイトたちのせいらしい。

 あまりにも奥手だった彼女──お姫様なんだから当然だけど──に、香住ちゃんの知らないところでクラスメイトたちがあれこれ吹き込んだそうなのだ。

 更にはマンガやら小説やら、そのの資料もあれこれ提供したのだとか。果たして、ミレーニアさんがどんなジャンルのマンガや小説を読んだのか、すげー気になるところだね。まあ、大体想像つくけど。

 とはいえ、ミレーニアさんがこちらの世界で学んでいるのはそっち方面ばかりじゃない。きちんと日本の技術や知識も吸収しているそうだ。

 特に、彼女の興味を引いたのが農業、その中でも品種改良という技術だ。

 ミレーニアさんの故郷であるアルファロ王国には、当然というか品種改良という考え方はまだない。そんなミレーニアさんにとって、品種改良は極めて魅力的なものだったみたいだ。

「品種改良することで、作物の味の向上はもちろん、冷害や病気などにも強い品種を作り出せれば、王国を発展させる礎となるでしょう」

 と、ミレーニアさんは言っていた。

 確かに、農業は国の基本だよね。その農業を発展させれば、国も発展していくだろう。

 まあ、それはともかく、だ。

 故郷のためにいろいろと勉強しているミレーニアさんは素直に凄いと思う。だけど、喜々として俺を脱がそうとするのはいかがなものだろうか。

 もう少し、自分が正真正銘の王女様であることを思い出した方がいいんじゃないかなぁ?



 で、だ。

 結局、俺は脱がされました。ええ、皆の前で全部脱がされましたとも。

 なお、公言通りにミレーニアさんも脱ごうとしたのだが、さすがにそれは止めてもらった。彼女がそんなことをすれば、香住ちゃんまで何するか分からないし。

 え? 残念な気持ちなんて全くありませんよ? ええ、全くありませんとも。

 そして、全裸になった俺の前に立つのは白衣を着た店長である。

 香住ちゃんとミレーニアさんは、顔を真っ赤にして俺たちの様子を窺っています。あ、あの、ミレーニアさん? どこ見てんですかね?

 それはともかく店長? どうして白衣なんて持っているんですか?

「魔術師なんていうものは、ある意味研究職だからね。実験の時などに白衣を着る魔術師は結構多いんだよ」

 そ、そうなんだ。でもなんか、魔術師というモノのイメージが崩壊するなぁ。ほら、魔術師といえばローブってイメージがあるじゃない?

「もしかして、白衣の下は裸の方が良かったかい? 君が望むのであれば今からでもそうしようか?」

「い、いえ! 今のままで結構です!」

 て、店長、変なことは言わないでつかーさい。香住ちゃんが睨んでいるじゃないですか。

「では、検査を始めようか」

 と、注射器片手に店長が宣言した。白衣を着ていることもあって、今の店長はぱっと見には医者に見えなくもない。

 その後はあれこれ検査されましたともさ。

 パソコンに繋いだ水晶玉という、ハイテクなのかローテクなのかよく分からん器具などを使って体中を調べられたさ。そもそも、どうやって水晶玉とパソコンを繋いでいるのかさえ俺には不思議なのだが。

 その他、血液を採取されたり、口中粘膜から細胞を採取されたり、髪の毛を数本採取されたり、「各種体液」をも採取されたり。

 なお、「各種体液」の採取は、浴室で香住ちゃんと二人きりで行った。

 どんな方法で採取されたのかは──想像にお任せする。ただ、「各種体液」採取の際には、香住ちゃんの「各種データ」が混じらないように注意した、とだけ言っておこう。

 これは検査のために必要なのであって、決してやましい行為ではない。ないったらないのだ。

 そうやって、俺の各種サンプルを集めた店長は、様々な機器を操作して俺のデータを分析している。

 分析を行っているのは、店長の工房と呼ばれる部屋。

 魔術師の工房というから、ファンタジックな部屋を想像していたのだが、実際はまるで製薬会社の実験室のような感じだった。

 試験管がいくつも並んでいたり、何に使われるのかよく分からない各種の機器が何台も設置されていたり、大型のパソコンが何台もあったりと、おおよそ魔術師というイメージからはほど遠い部屋だ。

 先ほども店長が言っていたけど、魔術師ってのは研究職なんだと改めて実感した。

 そして、それらのよく分からん機器を使って分析やら解析やらをしたところ、俺の検査結果が出た。パソコンのモニター上に表示されたその結果を見て、店長は極めて難しい顔をしている。

 ちなみに、モニターに表示された数値類を見ても、俺には何が何だかさっぱり理解できなかった。香住ちゃんとミレーニアさんも同様みたい。いやー、理解できないのが俺だけじゃなくてちょっと安心したな。

 そして、しばらくモニターを見つめていた店長が、ぽつりと小さな声で零すのだった。

「……これがシャーロットの言っていた代償なのか?」



 えっと……何か今、怖いことが聞こえたような……? 小さな声だったけど、俺には確かに聞こえた。

 代償とか聞こえたけど……やっぱり、今日の聖剣が一段と凄かったのは俺の何かを代償にしていたからっぽい。黒い「俺」もそんなことを言っていたし。

 問題は、俺の何が代償とされたのか、だ。

 いやね? 黒い「俺」に聖剣に奪われるばかりだとか言われた時には、その場の勢いもあってあれこれ言い返しちゃったけど、店長から実際に代償がどうとか言われるとこう……ね? やっぱりほらさ? 分かるよね?

「え、えっと、店長? 今、代償とか聞こえたんですけど、どういうことですか?」

 恐る恐る訊ねた俺の質問に、店長は答えることもなく黙ってモニターを見つめるばかり。そのまましばらく何も言わなかった店長が、相変わらずモニターを見つめながら逆に訊ねてきた。

「今日の異世界行で、聖剣が障壁のようなものを使ったと言ったよね? 他に何か変わったことはなかったかい?」

「他にと言われても……電撃を放ったり、見えない足場を作り出して空中を駆け回ったりするのはいつものことだし……香住ちゃん、ミレーニアさん、何か他に気づいたことあった?」

「私は特に気づいたことはないですよ」

「わたくしもありません。シゲキ様はいつも通りだったと思います」

 だよねぇ。今までと変わった点といえば、やっぱりあのバリアみたいなものぐらいだよね。

 あ、今日は久しぶりに聖剣の声が聞こえたけど、あれは特に関係なさそうだし。

 と、俺たちで話していると、なぜか店長が唖然とした表情で俺を見ていた。あれ? どうしたンすか?

「み、見えない足場を作り出して、空中を駆け回る……?」

「ええ、聖剣と異世界へ行くと、割とよくやりますよ」

 そういや、初めて異世界へ行った時──邪竜王と戦った時にも、見えない足場を作り出したっけな。まだ数か月前のことのはずだけど、もう何年も前のような気がするね。具体的には三年ぐらい。

「初期の頃から発現していた聖剣の能力ですけど、いろいろと有効ですよね、あれ」

 立体機動って、実戦では本当に有効だからなー。これまで何度もこの聖剣の能力で、難局を切り抜けてきたもんな。

 って、あれ? 店長が目を見開いて俺を見ているよ? 本当にどうしたんだろう?

「ま、待ちたまえ、水野くんっ!! 聖剣にそんな能力はないぞっ!?」

 ………………………………………………………………………………………………は?

 聖剣に見えない足場を作り出す能力はない? じゃ、じゃあ、あれは一体……?

「付け加えるなら、聖剣に障壁やらバリアやらを作り出す能力もないんだ。だが、実際に君はそれを体験している。それはつまり────」

 店長が俺をじっと見つめる。そして、たっぷり数十秒ほど経った時、はっきりととある事実を口にした。



「障壁や見えない足場を作り出す力……それは聖剣ではなく、君自身の力ではないかな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る