数の暴力
「それで、話というのは何かな、シャーロット?」
「何かな、じゃないでしょ? マリカが私に依頼したんじゃない。『蟲』の動向を探れって」
茉莉花が店長を務めるコンビニからやや離れた、とある喫茶店の片隅で。
日本人離れした容貌を持つ二人の女性が、何やら話し込んでいた。
とはいえ、二人の会話が他の客や店員に聞こえることはない。特別な結界を施されているため、周囲には二人の会話はありふれた世間話にしか聞こえないのだ。
「ほう……ということは、何か掴めたのか?」
「ええ、もちろん。でなければ、仕事中のあなたをわざわざ呼び出したりはしないわよ」
シャーロットと呼ばれた女性……いや、女性魔術師は、手元のバッグから一本のUSBメモリーを取り出すとそれを茉莉花の前に置いた。
「この世界でも、各地で『蟲』の存在が確認されているわ。詳しいデータはそこに纏めてあるから、確認しておいて」
「そうか……やはり、この世界でも連中が動き出したか」
「ええ。おそらくは、あなたの所の『世界の起点』を探しているのでしょうね。あなたが張った結界の効果でまだ誤魔化せているみたい」
「となると……まだ彼の存在は連中に気づかれてはいないものの、時間の問題と考えるべきだね」
「それが妥当でしょうね。あ、そうそう、『世界の起点』と言えば、私もちょっと調べてみたのよ」
そう続けたシャーロットは、先ほどとは別のUSBメモリーを取り出した。
「こちらは別料金となっておりますが……いかがなさいます?」
にやり、と悪戯をたくらむ子供のような笑みを浮かべるシャーロット。そんな彼女に、茉莉花は眉を寄せることで応えとした。
「…………仕方ないね。『世界の起点』に関わることであれば、他人事ではないし」
そう答えつつ、茉莉花は自分のバッグから空の小瓶を三つほど取り出した。
もちろん、その瓶が見たまま空のわけがない。見る者が見れば……いや、「見える」者が見れば、そこに濃厚な魔力が収められていることに容易に気づくだろう。
シャーロットは笑顔でその瓶を受け取る。
「詳しくはその中のレポートを見てもらえば分かるでしょうけど……」
「ん? 何かあったのかい?」
やや歯切れの悪いシャーロットに、茉莉花は訊ねた。
「様々な『小世界』で確認された『世界の起点』だけど……人間を含めた知的生命が『世界の起点』となっているケースはかなり少ないのよ」
「ああ、それは私も知っている。彼はかなり稀有なケースだからね」
それがどうかしたのか? と続けた茉莉花に、シャーロットは真顔で続けた。
「知的生命が『世界の起点』となった場合、その身に宿す膨大な魔力以外は特別な力を持たない場合が多いわ。ただ…………」
「…………ただ?」
「極稀にだけど、特別な力を有した『世界の起点』も存在したようなの。その場合、その特別な力を行使する際に代償を必要としたみたい」
「特別な力に代償……?」
そう呟いた茉莉花の脳裏に、一人の青年の姿が浮かび上がる。
彼女から見て、彼には特殊な能力などない。ないはずだ。だが、シャーロットの言葉を聞いた後では、何かが引っかかった。
ただの気のせいならばいい。しかし。
「ふむ。一度、彼のことを改めて調べてみる必要があるか」
「ええ、その方がいいと思うわ。『世界の起点』が特殊な力を有するのは、本当に極低確率みたいだけど……」
その確率は決してゼロではない。ならば、念には念を入れて調べてみるのがいいだろう。
そう決心した茉莉花は、ゆっくりと席を立ちあがった。
◇ ◆ ◇ ◆
空中に浮かんだ黒い穴から飛び出してきたのは、黒い蛇のようなもの。その「蛇」が全部で五体。巨大な「蛇」が五体もうねうねと蠢く光景は、正直かなり気持ち悪い。
俺、普通の蛇なら平気なんだけど……さすがに、あの「蛇」モドキはちょっと、ね。
それは香住ちゃんとミレーニアさんも同様で、かなり嫌そうな顔をしていた。
「『数は力』。うん、いい言葉だよな。
勝ち誇ったように黒い「俺」が言う。
おそらくだけど、害虫どものなかで「俺」や以前出会った香住ちゃんとミレーニアさんの偽物のような、
そこで、
確かに「俺」が言うように、数ってのは力だ。総合的な力が多少劣っていても、数を揃えることでその点を補うことができる。
なお、以前──ジョバルガンたちの世界で大量に出現したイモムシを一掃したのは、俺じゃなくてフロウちゃんだけど……うん、そこは黙っていようか。
「さて、それじゃあ……」
黒い「俺」がにやりと笑う。同時に、やつの背後に控えていた「蛇」どもが一斉に動き出した。
五体の蛇の内、三体が香住ちゃんとミレーニアさんへ。ちなみに、彼女たちの傍にはロクホプもいるので、見た目には一対一だ。まあ、あくまでも見えるだけだけどさ。
香住ちゃんとミレーニアさんは、聖剣を構えてそれぞれ一体ずつ「蛇」を迎撃する。
そして。
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばっ!!」
残る「蛇」の一体が、必死に逃げ回るロクホプを追いかける。
うん、こうなるだろうと思っていたよ。でも、「蛇」の一体を引き付けてくれていると考えれば、ロクホプにしては上出来だろう。
そのロクホプは必死の形相で砂浜を逃げ回る。おお、さっき俺と戦った時よりも断然速いじゃないか。やはり、自分の命がかかるとペンギンでも火事場の馬鹿力が働くのだろうな。
こっちが片付いたら必ず助けるから、それまでがんばってくれよ、最強騎士様。
そして、残る「蛇」の二体は俺に襲いかかってくる。四方に開く顎を全開にして迫りくる様子は、さすがにキモくて怖いものがある。
とはいえ、聖剣先生はいつも冷静だ。今も「蛇」の同時攻撃を冷静に、そして的確に躱していく。
「おっと、オレを忘れてもらっちゃ困るぜ?」
「蛇」二体と格闘するところに、更に黒い「俺」が参戦する。
「はははははは! いつまで耐えられるよ、『セカイノタマゴ』と『セカイノキテン』?」
二体の蛇が、頭上から巨大なハンマーのような頭を振り下ろしてくる。
それに合わせて、「俺」が手にした剣で俺の胴を薙ごうと目論む。
いやいや、さすがにそれを食らうほど俺……じゃなくて、聖剣は甘くない。
頭上から迫る「蛇」どもに向けて雷を放つ。俺の見た感じそれほど強力な雷ではないようだが、牽制には十分だった。
雷を避ける「蛇」たち。そのため、俺への攻撃はキャンセルせざるを得なくなる。
そして、胴を狙う「俺」の攻撃を、聖剣は難なく弾き返した。
「おいおい、これでも対処できちまうのかよ?」
呆れたような、嬉しいような顔で「俺」が再び迫る。
ふと気づけば、俺に攻撃を加える「蛇」が一体増えていた。どうやら、ロクホプを追い回していたやつがこちらに来たみたいだ。
「蛇」三体に黒い「俺」。合計四体の敵が相手となったわけだ。
香住ちゃんとミレーニアさんは、それぞれ一体ずつ「蛇」を相手している。まあ、実際は聖剣が相手しているわけだし、こちらはそれほど心配しなくてもいいんじゃないかな?
「ちょ、ちょっとっ!! み、ミレーニア、そんなに激しく動き回ったら見えちゃうからっ!! はみ出しちゃうからっ!!」
「そ、そんなこと言われましても、体が勝手に動くのでどうすることもできませんっ!! そ、そういうカスミこそ、動きすぎて水着がずれて今にも見えそうですわよっ!!」
…………別の意味でとても心配になってきちゃったよ。
確かに水着姿で立ち回りをすれば、水着がずれても不思議じゃないよな。特にミレーニアさんは際どすぎる水着を着ているわけだし。
更には、今の二人は聖剣に操られている。そのため、ずれた水着を直すことさえできないようだ。まあ、たとえ操られていなくても、戦闘中にそんな暇はないだろうけどさ。
あられもない姿で大立ち回りを続ける香住ちゃんとミレーニアさんを、俺は極力見ないようにする。うん、俺も自分の相手で手一杯だからね。いくら聖剣に操られているだけだとしても、目の前の敵から注意を逸らすわけにはいかないよね。
見てはいけないものは見ない。それが紳士というものなのだから。
ちょっと前の香住ちゃんのように、見えてしまったものは事故ってことにしてノーカンでひとつ。
ところで、ロクホプはどうしたんだ? 先ほどから姿が見えないが……まさか……?
ちらりと、「蛇」の頭に視線を向ける。四つに割れるあの大きな顎なら、ロクホプを丸飲みにすることだって……うん、嫌なことは考えないほうがいいな。
殺したって死にそうにないロクホプだ。きっとどこかに隠れているのだろう。
「さて、改めて『数の暴力』ってやつを味わってもらおうか!」
「俺」の宣言と共に、三体の「蛇」が同時に襲いかかってくる。
いくら聖剣先生でも、これはちょっと辛いものがあるんじゃね?
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