再び現れ出でる
轟音が辺りに響き渡る。
轟音が発生した原因は、ロクホプの居城が突然吹き飛んだこと。
じゃあ、なぜロクホプの城がいきなり吹き飛んだ? その理由は?
俺はロクホプの城があった場所を凝視する。吹き飛んだ城と入れ替わるように、突然現れた「それ」を。
「な、なんだ……あれは……?」
俺と同じように「それ」を見つめるロクホプが、呆然としたまま呟いた。
「茂樹さん……」
「あれはもしかして……」
香住ちゃんとミレーニアさんも呆然としている。それも仕方ないだろう。
ロクホプの城が存在した場所に現れたのは、「黒い穴」だった。
何もない空中に浮かぶように存在する、「黒い穴」。当然、そんなものが普通なわけがない。
単なる俺の勘だけど、あの「黒い穴」が突然現れたことで、ロクホプの城は吹き飛んでしまったのだろう。空間の重なりがどうとか、時空の歪みがどうとかそういった感じの理由で。
しかも……あの「黒い穴」は害虫に関係しているに違いない。これまた勘でしかないけど、俺はそう感じたんだ。
そして、俺のその勘を肯定するように、「それ」は穴から現れ出でた。
「よう、久しぶりー」
にこやかな笑顔を浮かべながら、親し気にひょいと片手を上げて俺に声をかける「それ」。
白い髪と白と黒が入れ替わった眼球。だけど、見た目は俺にそっくりな「それ」。
うわ、また出たよ、俺の偽物が。
この前は香住ちゃんとミレーニアさんのそっくりさんだったけど、今回は再び俺のそっくりさんが登場だ。
あいつら、外見のバリエーションが三つしかないのか? それとも、単に嫌がらせで俺たちそっくりに化けるのか? 何となくだけど、後者のような気がするな。
「さて、久しぶりの再会を祝いたいところだが、こちらにも都合というものがあってだな?」
黒い「俺」が、腰に佩いていた剣──俺の聖剣そっくりだけど、全体的に黒い剣──を引き抜き、構えながら言葉を続けた。
「そろそろ、おまえ──『セカイノキテン』には舞台から降りて欲しいんだよね。オレたちが本格的に『セカイノタマゴ』を手に入れるためにはさ」
黒い「俺」が一気に間合いを詰めて来た。
速い! だが、見えないほどじゃない!
振り下ろされる黒い聖剣。それを本家聖剣が迎え撃つ。
ぎぃぃぃぃん、という耳障りな金属音が周囲に響く。それも単発ではなく連発で。
「はは! さすがは『セカイノタマゴ』と『セカイノキテン』だな! だけど、まだまだこっちのギアは上がるってもんだぜ!」
黒い「俺」の言葉通り、やつの剣速が更に増す。
だけど、俺を……いや、聖剣を舐めてもらっては困る。ギアを上げられるのはそっちだけじゃない。
俺が聖剣を振るう速度も、黒い「俺」に合わせてどんどん増していく。だが、それと同時に俺の体から何かが抜けていくような感覚。おそらく、聖剣は回転速度を上げるために俺の魔力を消費しているのだろう。
黒い「俺」の剣を捌きながら、ちらりと香住ちゃんたちの様子を確かめてみれば、二人は剣を構えてはいるものの俺たちの間に飛び込めないみたいだ。
いや、それは違うか? 聖剣が二人の助力はいらないと判断したのか。それとも、二人を操る余裕がないのか。
できれば、前者であることを祈る。聖剣先生に余裕がないとか、俺の心の余裕もなくなっちゃうから。
情けないけど、やっぱり聖剣頼りなんだよね、俺って。俺の実力だけでは、こんなに速い剣戟に追いつくことなんてできないし。
それでも、目で追えているだけ大したものだと自分で思う。少なくとも、聖剣と出会う前の俺だったらそれさえも難しかっただろうから。
がきん、と一際大きな金属音と共に、俺たちは鍔迫り合いの体勢に入った。
それまでの速さを競う剣戟から、一転して今度は力を競い合う。
互いに足を止め、全身に力を込めて相手を押す。
「かかか、パワーでも互角か!」
至近距離で、黒い「俺」が楽し気に笑う。
そういや、この黒い「俺」って以前に遭遇した個体とは別個体だよな? 以前の「俺」は勇人くんに倒されたはずだし。
あ、そうそう。その勇人くんだけど、今日は不参加なんだ。
何でも、今日は例のフロウちゃんとデートらしい。
「え? みんなで海に行くの? うーん、俺も行ってみたいけど……いくら茂樹さんでも、フロウの水着姿を俺以外の男に見せるのはちょっと……」
とか言っていたっけ。
いや、俺、小学生の水着姿を見て、どうこう思っちゃう趣味はないからね?
でも、こう言ったら何だけど、今日は勇人くん来なくて正解だったかも、
約一名、小学生にはとてもじゃないけど見せられない水着を着ている人がいるから。
つまり、本日は勇人くんの助勢は望めないわけで、俺たちだけで何としてもこの黒い「俺」を倒さないといけないのだ。
それはさておき、ぎりぎりと耳障りな音を立てながら二本の剣がしのぎを削り合う。
と、突然、黒い「俺」が押し合う剣から力を抜いた。
拮抗していた力のバランスが突然崩れたことで、俺の体が僅かながらも前方へと泳ぐ。
そして、そんな明らかな隙を「俺」が見逃すはずがなく。
「俺」は至近距離から見えない爆撃を炸裂させた。
近すぎる距離から爆撃を受けて、さすがの聖剣も回避しきれなかったらしく、俺の体が勢いよく後方へと吹き飛んだ。
「し、茂樹さんっ!?」
「シゲキ様っ!!」
香住ちゃんとミレーニアさんの切羽詰まった声が聞こえる。大丈夫……と言いたいところだけど、すげー痛い。でら痛い。めっさ痛い。
右のこめかみからぬらりとしたものが流れ落ちる感触がする。同時に、口の中にも鉄の味が広がった。
砂浜を転がったことで擦り傷ができたのだろう。体のあちこちがひりひりする。今の俺、水着の上からパーカーを羽織っているだけなので、肌の露出が多いのだ。
これがいつもの《銀の弾丸》の戦闘用ツナギであれば、ここまで擦り傷だらけにはならなかったのに。
だけど、この程度で済んだってことは、聖剣が何らかの防御を施してくれたに違いない。でなければ、あの見えない爆撃を受けて五体満足なはずがないからね。
その証拠……かどうかは分からないけど、何となく僅かながらも疲労した気がする。これ、聖剣が俺の魔力を使ったからじゃね?
もしかして、いつも使っている見えない足場を防御フィールドみたいに使ったのかな? うーん、何となくだけど違う気がするなあ。
俺の勘でしかないのだが、あの見えない足場はそういう使い方はできないんじゃないかな? もしもあの足場を防御に使えるのなら、聖剣はもっとそういう使い方をしているはずだ。
これまであの足場を防御に使ったことがない以上、あれはそういう使い方はできないと考えるべきだろう。
となると、咄嗟に転移して衝撃から逃れたとか? だけど、それならもっと安全な場所まで転移するだろうし。
と、俺がそんなことを考えている間に、体の方は勢いよく立ち上がった。体中から発せられる痛みの信号を全て無視して。
もちろん、聖剣先生の仕業です。
確かに、痛いからといって寝ている状況じゃない。それは分かるんだけど、もう少し俺を労わってもよくない? 今ので痛みが更に増したんだけど?
俺、心の中で聖剣に猛抗議。そんな俺の心の声が届いたのか、手の中の聖剣がぶるぶると震えた。
何となく、「そんなことを言っている場合じゃないだろう」と聖剣が応えたような気がする。はい、その通りですね、先生。
「ははは、あれを食らっても立ち上がるか」
呆れたような声を上げるのは、もちろん黒い「俺」である。
「さすがだよ、『セカイノタマゴ』に『セカイノキテン』。おまえたちが揃うと、そうそう簡単には勝たせてはもらえないな」
俺の聖剣そっくりな黒い剣を担ぎながら、黒い「俺」が肩を竦めた。
「てな訳で、ここはちょっと攻め方を変えてみまーす」
にたり、と粘ついた笑みを浮かべる「俺」。同時に、空中に今も存在している黒い穴から、うねうねとうねるナニかが飛び出した。
「へ、蛇……? い、いえ、ミミズ……?」
「な、何とも気持ち悪いですわね……」
「…………す、砂浜の悪鬼……?」
黒い穴から飛び出したのは、蛇というかミミズというか、黒くて長い「ナニか」だ。ロクホプが言うのように、巨大なゴカイ……この小世界に棲息する「砂浜の悪鬼」と呼ばれる怪物にも確かに似ているな。
とりあえず、ここは便宜上あれを「蛇」と呼ぶことにしよう。
胴体の直径が50センチぐらい、全長は5メートルぐらいだろうか。そんな巨大な「蛇」が、全部で五体も穴から溢れ出したのだ。
「はははははははははははは! 『数は力』という言葉が真実なのを証明してやろうじゃないか!」
黒い「俺」が宣言すると同時に、「蛇」が俺たちへと襲い掛かる。
ぐぱっと蛇の頭が四つに割れる。どうやら、どこぞのエイリアンか地球外生物のように、四方に顎が展開するようだ。
開いた顎の中には、細かくて鋭い牙が無数に見えた。うわぁ、あれに咬みつかれたら最後だろうな。
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