崩壊
ロクホプの城に取り付き、その城を食べている害虫。
その様は、まるで角砂糖に群がる蟻のようだ。
そして、その城の中から飛び出してくるのは、数多くのペンギン……じゃなくてペンギーナ族の人たち。
城から飛び出して右往左往している群衆の中には、ちらほらと人間の姿もある。おそらくは、ロクホプの城で働いていた人たちだろう。
確か、ペンギーナ族は物を作るのが不得手なので、それらの仕事は人間の奴隷にさせる、なんて話を以前に聞いたような気がする。
なので、あの人間たちはロクホプの奴隷ってことだと思う。
そう考えると、人間である俺たちにちゃんと給料を支払おうとしたってことは、それだけ俺たちを認めているってことなのだろうか。それともロクホプのことだから、何か裏があるのかもしれないけど。
まあ、それは置いておこう。
「な、何なのだ、あの見たこともない怪物どもは……」
自らの居城が食われる姿を目の当たりにしたロクホプは、力なく呟くばかり。うん、無理もないね。
あれ? ロクホプって以前にあのイモムシは見ているよね? 前回この海洋世界に来た時に、浜辺の悪魔とか浅瀬の悪鬼とかいう怪物の中から出てこなかったっけ?
ああ、そうか。多分忘れているんだろうな、ロクホプのことだから。
そんなことより、あの害虫どもを何とかするのが先決だ。
「ロクホプ! おまえは自分の仲間たちの避難誘導をしろ! あのイモムシどもは俺が何とかする!」
「う……? お……? お、おお、こ、心得た!」
俺に指示を出され、ようやくロクホプが走り出す。だけど、こいつだけに任せておくのもちょっと心許ないのも事実だよな。特に人間をしっかりと避難させるとは思えない。だから、ここは香住ちゃんたちにも動いてもらおう。
「香住ちゃんとミレーニアさんも、ロクホプと一緒に避難誘導をお願い!」
「心得ましたわ!」
「茂樹さん、無茶だけはしないでくださいね!」
二人がロクホプの後を追って駆け出す。
さあ、俺は俺で仕事をしないとな。
聖剣をすらりと抜き放ち、俺は半壊した城へと向かって走り出した。
イモムシが城の一部を齧り取り、もしゃもしゃと咀嚼する。
残された城……というか、城があった場所には、黒い穴がぽっかりと開く。相変わらず、こいつらはただ城を食べているだけじゃないようだ。
さあ、
見たところ、城に取り付いているのはイモムシ型だけ。人型の害虫は見当たらない。
とはいえ油断は禁物。あいつらはどこから現れるか分からないからね。
それでも、まずは目に見える敵を排除していこうか。
そんな俺の意思を汲み取ったのか、聖剣の刀身がばちばちと帯電する。そして、俺は帯電する聖剣を大きく振りかぶった。
ぶん、という空気を切り裂く鋭い音と共に、振り切った聖剣の刀身から電光が迸る。
奔った電光が、イモムシの一匹を見事に射貫く。射貫かれたイモムシは一瞬硬直したかのように体をびくりと震わせると、そのまま塵のようになって崩れ去った。
おお? 聖剣の威力が明らかに上がっているぞ。以前は一撃で塵になったりはしなかったのに。
同時に、俺は僅かな疲労感のようなものを覚えていた。おそらくだけど、聖剣が俺の魔力を吸い上げているからだろう。
とはいえ、それはごく僅かなもの。感覚的には、ちょっとの距離を全力で走ったぐらいの疲労感でしかない。これなら早々に俺の魔力が底を突くこともないだろう。
店長いわく、俺の魔力は相当な量らしいからね。俺自身では全く自覚できないんだけどさ。
俺がそんなことを考えている間も、聖剣先生はイモムシに攻撃を続けていた。
雷撃を放ち、一体ずつイモムシを塵に変えていく。
もしかすると城内には逃げ遅れた人たちがまだいるかもしれないし、その判断は間違いじゃないと俺も思う。
それから数回、聖剣から電撃が迸り、全てのイモムシを塵へと変えた。
連中、城を食うことに夢中だったのか、俺の方へは一切攻撃してこなかったな。おかげで思ったよりも早くイモムシどもを駆除できたけれど。
「おお、さすがは我が友! 得体の知れぬ怪物をこうも簡単に駆逐するとは! もちろん、俺様の手にかかれば、より速く退治できていただろうがな! はははははははは!」
しゃらん、と黄色い飾り羽を跳ね上げつつ、ロクホプが言う。いやまあ、もう突っ込むまい。いろいろと言いたいことはあるけど、今更感がハンパないし。ロクホプのやることだし。
「なあ、ロクホプ。怪我人とかはいないのか? もしもいたら、俺たちで手当てするけど?」
俺たちにはエルフ印のエリクサーがあるからね。
「うむ、今、部下たちに状況を調べさせている。どうやら、それほど酷い怪我を負った者はいないようだが……」
「ロクホプ様!」
そこへ、ロクホプの部下らしきペンギーナ族が駆けつけてきた。そのペンギーナ族は俺たちに気づくと、じろりと睨みつける。
「貴様たち! ニンゲンの分際でロクホプ様の御前で立ったままとは何ごとか! すぐさまその場に跪け!」
うーん、ペンギーナ族の人間に対する態度は、みんなこんな感じなのか。ロクホプだけが特別というわけじゃないんだ。
「よい、気にするな。それに、ニンゲンといえども使える者を適切に使うのもまた、将としての器量というものだろう?」
「な、なるほど! さすがはロクホプ様! 器も大きければ、心も広いですな!」
ふふん、と飾り羽をかき上げるロクホプと、そのロクホプに尊敬の眼差しを送る部下。
それよりも、何かロクホプに報告があるんじゃないのかな?
俺の心の声を聞いたのかどうかは分からないけど、部下は報告を始めた。
「城内にいた者たちは、ニンゲンの奴隷も含めて全員城外へと避難したのを確認いたしました。その際、数名のニンゲンが怪我をした模様ですが……まあ、ニンゲンなど放っておいても問題ありますまい」
ちらり、と含みのある視線を俺たちの方へ向けながら、ロクホプの部下がそう告げた。
俺はロクホプと部下から視線を逸らし、香住ちゃんとミレーニアさんを見る。彼女たちは俺の言いたいことを理解してくれたようで、何も言わずに頷くとその場を離れていった。
もちろん、二人が向かうのは怪我をしたという人間のところだ。エリクサーを使って、その怪我人を治療するために。
「一通り怪我人の様子を見てきましたけど、それほど酷い怪我をしている人はいませんでした」
「ペンギンさんも人間も、どちらも怪我をしている人たちにはエリクサーで治療を施しておきましたわ」
戻って来た香住ちゃんとミレーニアさんが、怪我人の様子を伝えてくれた。
あのイモムシに直接襲われた者はおらず、怪我は城が崩れた際に負ったものや、逃げている途中で転んだものばかりだったそうだ。
確かに、害虫どもは城を食うことに夢中だった様子。どうして城を食べていたのかは、もちろん俺には分からない。そもそも、あいつらの考えは俺たちとは根本的に異なっているから、理解することはまずできないと店長が言っていたっけ。
ともかく、今回は割と簡単に片付いたな。それだけ、聖剣がパワーアップしているってことだと思う。
そして。
「わ、我が城が……」
半壊した城を呆然と見つめるペンギンが一羽……もとい、ペンギーナ族が一人。
そりゃ自分の城が突然こんなことになれば、誰だって呆然とするだろう。うん。
俺たちが駆けつけた時、ロクホプの城はほぼ半壊状態だった。そのため、元々この城がどんな姿だったのかは分からないが、残されている部分から推測するに、相当立派な城だったのだろう。きっと、ロクホプにとっても自慢の城だったに違いない。
その城が僅かな時間で半壊したとなれば、信じられない思いなのも無理はないよね。
「おい、ニンゲン!」
そのロクホプが突然俺たちへと振り向き声を上げた。
「貴様たちなら、壊れた城を元に戻せるのではないか? いや、戻せるに違いない。ただちに我が城を元通りの姿にしろ!」
おいおい、無茶言うな。俺たちを何だと思っているんだよ。そもそも、どうしたら俺たちが城を直せるなんて思ったんだ?
「無理だよ。俺たちに城を直すことなんてできないぞ」
「ほ、本当か? 本当に直せないのか? もしも我が城を直せるというのであれば、好待遇で部下として召し抱えてやるぞ?」
いや、だからね?
さっきも部下にはならないと言ったし、城を直すこともできないんだってば。
「い、いや、貴様たちなら我が城を────」
無理だって言っているのに、ロクホプは全然聞き入れようとはせずに城を直せと詰め寄ってきたのだが、その言葉は突然途絶えることになった。
なぜなら。
半壊したロクホプの城、その残されていた部分が突然轟音と共に爆発四散したからだ。
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