招待




 砂浜に頭を突っ込んだまま動かなくなったロクホプを何とか救助した俺たちは、その気を失っているペンギン騎士を、ビーチパラソルの下に横たえてやった。

 もちろん、香住ちゃんの水着は回収済みだ。香住ちゃんも海から上がり、取り戻した水着をしっかりと着ている。

 見知らぬ人間の男が頭に巻き付けた水着であれば、気持ち悪くて二度と着られないかもしれないが、そこはペンギンがしでかしたこと。香住ちゃんもそれほど嫌悪感はないみたいだ。

「ペンギンさん、大丈夫でしょうか?」

 気絶したロクホプを心配そうに見つめながら、香住ちゃんが尋ねてくる。

「見たところ怪我などはないようですが、念のために例の『えりくさー』とか言う秘薬を使ってはいかがでしょう?」

 ミレーニアさんもロクホプが心配なのか、エリクサーの使用を薦めてくる。

 確かにエリクサーはどんな怪我でも治療する超回復薬だけど、気絶にまで効果があるか疑問だよな。

 それに、俺的にはロクホプにエリクサーを使うのは、ちょっと勿体ない気もするんだよね。

 そりゃあ目の前で瀕死の重傷を負っているのならエリクサーの使用も躊躇わないけど、ただ単に気絶しているだけならエリクサーを使うまでもないと思うんだ。

 それでも一応、クーラーボックスで冷やしておいたペットボトルで、ロクホプの頭を冷やしてやる。

 とは言っても、ペンギンの頭はペットボトルを載せるにはかなり不向きなので、ロクホプの頭頂部に触れるようにペットボトルを砂浜に敷いたシートの上に置いてあるだけだが。

 そうやってしばらく様子を見ていると、ロクホプが意識を取り戻した。

「うう……こ、ここは……?」

 上体を起こしたペンギン騎士が、きょろきょろと周囲を見回す。そして、俺に気づくとはっとした表情を浮かべた。

 そして。

「ふふふ、今回は惜しかったが、また俺様の勝ちのようだな!」

 と、なぜか自慢をし始めた。どうやら先ほどの一件、こいつの中では自分が勝ったことになっているらしい。

「確かに、貴様はニンゲンにしておくのが惜しいほどに強い。だが、それでも俺様には及ばぬことがよく理解できただろう? さあ、潔く負けを認め、約束通りその剣を俺様に寄こすのだな」

 いや、そんな約束をした覚えは全くないんだけど? それに、先ほどの件は俺の勝ち──というより、単にこいつの自爆だったよね?

「負けたら剣を渡すなんて約束、した覚えはないぞ?」

「ふん、これだから下賎なニンゲンは……自分が交わした約束さえ覚えていないとはな」

 ふ、と煽るような笑みを浮かべるペンギン騎士。いや、してもいないことを約束したつもりになっている自分はどうなんだ?

 思わずじっとりとした目でロクホプを睨みつけてしまった。その視線に怯えたのか、ペンギン騎士はささっと俺から視線を逸らした。

「ま、まあ、今回は特別に許してやろう。俺様の寛大な措置に感謝するがいい」

 はあ。

 もう、こいつに何を言っても無駄なんだろうなぁ。

 思わず大きな溜息を零した俺の背中に、香住ちゃんがそっと触れてくれた。

 その掌の暖かさに、ちょっとだけ気分が上向いた。



「それで、どうして貴様たちがここにいる? ここは我がペンペー家の領地内であり、ニンゲンが足を踏み入れていい場所ではないぞ?」

 そんなことも知らないのか? とロクホプが続けた。

 どうやら、ここはこいつの領地内だったらしい。

 このペンギン騎士、騎士であると同時に領主でもあったのか。つまり、騎士であると同時に貴族でもあるってこと?

 ロクホプが属するペンギンの国……えっと、ペンギーナル帝国だっけ? そこがどんな統治制度を用いているのか不明だから、俺たちの常識が当てはまるかどうか疑問だけどね。

 ともかく、ここがロクホプの領地内なのは間違いないようだ。

「さっさと出ていけ……と言いたいところだが、まあ、貴様はニンゲンにしては見込みがある。どうだ? 俺様に仕える気はないか? 給料は一日三匹のテマスデスぎょでどうだ? ニンゲンに支払う俸給としては破格の好待遇であろう?」

 って、俸給は現物支給なのか。もしかして、ペンギン帝国には貨幣制度がなかったり?

 そもそも、俺にはそのテスマデス魚ってのが、どんな魚でどれほどの価値があるのかも分からないんだが。

「そちらのメスたちも、俺様の侍女にしてやろう。そうだな……メスたちには一日一匹のガゴスうおだ。こちらもかなりの好条件だぞ?」

 いや、もうね。その給料が相場的にいいのか悪いのか、俺たちにはさっぱりなんですけどね。

 香住ちゃんもミレーニアさんも、互いに顔を見合わせて首を傾げている。

「悪いが、俺たちはおまえに仕えるつもりはないよ」

「な、なんだと……? に、ニンゲンが俺様に仕える機会など、もう二度とないぞ? そ、それでもいいのか?」

「ああ、構わない」

「ど、どうしても? な、なんなら、俸給をもっと増やしてもいいんだぞ?」

「そういう問題じゃないんだ」

「そ、そうか……」

 なぜか、ちょっと寂しそうな顔をするロクホプ。もしかして、こいつって友達がいないのか? それで、俺たちに部下になれなんて言っているんじゃ?

 何となくほだされそうな気分だけど、俺たちがこいつに仕えるわけにはいかないんだよね。なんせ、この世界にいられるのは限られているから。

「ところで、俺様の騎獣である飛竜のジャッジメントはどうした?」

「ああ、あの蜘蛛……じゃなくて飛竜なら、あっちの方へと行っちゃったぞ?」

 俺は砂浜の延長先に見える岬っぽい場所を指差す。あの白くて大きな蜘蛛が、あっちの方へと走り去ったのは事実だ。

「むぅ……おそらく、ジャッジメントは我が城に戻ったのだろうな」

 ほう、城なんてあるのか。そりゃロクホプも領主みたいだから、城ぐらいはあっても不思議じゃないけど。

 でも、ペンギンの城ってどんな感じなんだろう? ちょっと興味あるな。

「我が城は、あれに見える岬の向こう側だ。どうだ? 一度我が城へ来てみるか? 我が城にニンゲンを招くなど、かなり特別なことだ。光栄に思うがいいぞ」

 え? どういう風の吹き回し? 今まで散々偉そうな態度をしていたのにさ? いや、光栄に思えって十分偉そうだけど。

 やっぱり、こいつって友達がいなくて、普段から寂しい思いをしているのかな? それで、俺たちと仲良くしたいって思いだしたとか?

 うーん、こいつに限ってそんな殊勝な態度はあり得ないとは思うけど……でも、ペンギンの城ってのも見てみたいよね。

 香住ちゃんとミレーニアさんにも聞いてみよう。

「そうですね、私もペンギンさんのお城って興味あります」

「この世界のお城とはどのようなものなのでしょう? 以前に行った地底世界のお城は、高い塔のような建物でしたけど」

 そうだよね。地底世界──ジョバルガンたちグルググが暮らすあの地底都市にも、城は存在した。それは日本の城や西洋の城とは全く違う、高い塔のような建築物だった。もちろん、その城のあるじはグルググの女王たるズムズムズさんだ。

 となると、ペンギンが暮らす城はどんな建築物だろう? ペンギンというとどうしても南極に棲んでいるイメージが強いから、氷でできた城を連想しがちだけど……ここ、常夏の世界なんだよね。

 それに、地球にだって暖かい気候に棲息するペンギンもいるし、氷の城はあり得ないだろう。

 となると……貝や珊瑚でできたファンシーな城とか? うわ、見てみたいぞ、それ。

「どうする? 折角だから行ってみる?」

「はい! ペンギンさんのお城、行ってみたいです!」

「わたくしも!」

 こうして、満場一致の意見のもと、俺たちはロクホプの招待に応じることにしたのだった。



 俺たちはロクホプが先導するまま、海岸線を歩いていく。やがて、岬のような場所を過ぎると、その先に確かにそれはあった。

 砂を固めたような白い素材でできた、想像していたよりも大きな建築物。それは確かに城と呼ぶに相応しいものだった。

 だけど。

「こ、これは一体……?」

 ロクホプが自らの城を見て目を見開く。

 いや、正確には「城だったもの」か。

 そう。

 ロクホプが自慢していた城は、その大部分が破壊されていたのだ。

「し、茂樹さん……あ、あれって……」

 香住ちゃんが指差すその先に。

 無数の黒くて巨大なイモムシのような「モノ」が、ロクホプの城に取り付き城を食っていた。そう、食っていたんだ。城を。

「が、害虫……」

 城の外壁に取り付き、がつがつと城を食べていた「モノ」。それは間違いなく、俺たちの天敵と言っても過言ではないあの害虫どもだった。









~~ 作者より ~~

 現在仕事が多忙で来週はちょっとお休みさせていただき、次回の更新は3月31日となります。


 そういや今年の8月になると、我が娘が当作のヒロインと同い年になるんだよなー。いやー、驚愕の事実が発覚したものだぜ(笑)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る