ジャッジメント
蜘蛛が空を飛ぶことが決して珍しくはないことは、理解していただけたと思う。
だけど、その体に鞍やら手綱やらを付け、そこに人……じゃなくてペンギンを乗せて空を飛ぶ蜘蛛はかなり珍しいんじゃないかな?
もっとも、その感覚は俺たちだけのもので、ここ海洋世界に住む者たちにとっては珍しいことじゃないのかもしれないけど。
そして、その蜘蛛に乗ったペンギンが俺たちを見下ろしながら何やらまくし立てていた。
「ニンゲンの外見による区別は極めて難しいが、その手にした剣は確かに覚えているぞ!」
ああ、あいつらにとって、見た目で人間を見分けるのは難しいのか。俺たちだって、ぱっと見でペンギンの個体を見分けることはできないもんな。
「だが、いくら貴様たちがニンゲンにしては強かろうが、ニンゲンである以上は空を飛ぶことはできまい! ははははは、地べたを這うしか能のない愚かなニンゲンよ! 上空から一方的に攻撃されて恐れ慄くがいい!」
確かに、地上戦力にとって航空戦力は脅威だ。地上ではほぼ無敵を誇った戦車が、ヘリコプターの登場によってその地位を追われたように。
そういや、あのペンギン騎士……ロクホプの乗っている蜘蛛は、どうやって飛んでいるのだろう?
地球の蜘蛛のようにバルーニングで飛んでいる? いやいや、あの小柄とはいえロクホプを乗せるだけの大きさを持つ蜘蛛が、バルーニングで飛んでいるとは思えない。
となると、異世界ならではの不思議能力で飛んでいると考えるのが妥当じゃないかな。
バルーニングで飛んでいるのなら、お尻から出ている糸を斬るなり聖剣の電撃で焼くなりすれば、あの蜘蛛を地上に墜とすことは簡単だったのに。残念ながら、その手は使えそうもないね。
「さあ、何もできないまま攻撃される恐怖を味わうがいい!」
俺が考えている間に、蜘蛛に乗ったロクホプが攻撃宣言をした。
同時に、奴が乗っている蜘蛛が動き出す。
かなり近づいたから分かるが、蜘蛛の体の大きさは大体普通乗用車ぐらい。とはいえ、そこから八本の脚が突き出ているから実際にはもっと大きく感じるけど。
その巨大な蜘蛛が腹を下方向へとぐぐっと曲げ、お尻の先の出糸管を俺たちへと向けた。
ってことは、蜘蛛糸による搦め捕りが目的か? 糸で動きを止めたところを、他の攻撃でとどめを刺す作戦か?
なんて俺の予想を、空飛ぶ蜘蛛はあっさりと裏切ってくれました。ええ。
なぜなら、俺たちへと向けたお尻の先から火の玉を撃ち出したからだ。
え、ええええええええええええええっ!? そ、そこから火炎弾が出るのっ!?
た、確かにロクホプはあの蜘蛛のことを「飛竜」と呼んでいたし、ある意味で「竜」に「火炎」は付き物だけど、まさかこう来るとは思いもしなかった。
だって、蜘蛛がお尻を向けたら糸を出すと誰だって思うじゃない? そりゃ、地球世界の常識が異世界で通用するわけがないんだけどさ。でも…………ねえ?
と、俺が自分の考えに没頭できるのも、全ては聖剣先生のおかげです。俺の体はいつもように俺の意思とは関係なく動き出し、迫る火炎弾を真っ向から両断してのけた。もちろん、これも俺の聖剣ならではだ。
「な……なんとっ!? 飛竜の火炎を斬り裂いただとっ!?」
蜘蛛の上で、ロクホプが驚愕の表情を浮かべる。ペンギンの驚いた顔なんて想像つかないかもしれないけど、実際にすぐそこにあるんだよ。これもまた、異世界ならではの光景だよね。
「お、おのれっ!! 単発の攻撃が効かないのであれば、連発で攻撃するまでっ!! やれっ!! ジャッジメントっ!! 炎の雨を降らせて奴らを焼き殺すのだっ!!」
…………………………じゃ、じゃっじめんと……? え、えっと……それはその蜘蛛の名前なのかな?
そういや以前出会った時に乗っていたヤドカリ、「ペガサス」って名前だったっけ。だとすると、「ジャッジメント」は蜘蛛の名前なんだろうな。
うん、まあ、いいや。趣味は人それぞれだし。あいつ、人じゃなくてペンギンだけど。
主に命じられたジャッジメントは、上空から次々に火炎弾を撃ち下ろす。
面の攻撃というものは、やはり脅威だ。なんせ、逃げ場がなくなるのだから。
多少逃げたぐらいでは、辺り一面を爆撃する火炎弾から逃れることはできない。それこそ、勇人くんみたいに転移能力でもなければ、ジャッジメントの絨毯爆撃から逃げることはできないだろう。
だけどさ。
俺の聖剣にだって、転移能力はある。そもそも、異世界への転移能力がある聖剣が、同じ「小世界」内で転移できないはずがない。
一瞬だけ感じる浮遊感。直後、俺たち──この世界へ持ってきた荷物も含めて──は移動していた。
移動した距離は10メートルぐらいだろうか。この距離が聖剣の瞬間移動の限界なのか、そうじゃないのかは俺にも分からない。聖剣だけならもっと遠くまで転移できるはずだけど、俺たちが一緒だと移動距離が下がるのかもしれないからね。
「はーはははははははははっ!! どうだ、ニンゲンっ!! いくら貴様が強かろうが、飛竜の炎の前には無力だったようだなっ!!」
蜘蛛に乗ったロクホプが勝ち誇っている。どうやらあいつ、攻撃に夢中で俺たちが転移したことに気づいていないらしい。
「シゲキ様、どうしますか?」
ミレーニアさんが勝ち誇るロクホプを指差しながら聞いてきた。
うーん、どうしようか?
このまま無視しても全く問題ないんだよね。あいつって、どこか憎めないところがあるからか、戦うとか倒すとかいう気になれないんだ。やはり、見た目がファンシーなイワトビペンギンだからだろうか。
このままあいつを無視して、離れた所で海水浴を再開すればいい。だけど、向こうは空を飛ぶわけで、空から俺たちをもう一度発見するかもしれない。
折角この「小世界」へ来たのだから、もう少し香住ちゃんとミレーニアさんの水着姿を堪能……じゃない、海水浴を満喫したいし、このまま帰るという選択はなしだろう。
そもそも、設定した帰還時間まで帰りたくても帰れないんだけど。
「さて、これだけ攻撃すればニンゲンどもは消し炭になっただろう。あとはあいつらの剣を回収して……おっと、これは俺様としたことが。ジャッジメントの業火で、あの剣も壊れたやもしれんな! わはははははははは!」
いやー、どうかなぁ? 俺たちがあの火炎弾の絨毯爆撃をまともに食らえば、確かに無事では済まないだろう。だけど、この聖剣はあの爆撃でも壊れたりはしないじゃなかろうか。多分。
俺たちが見つめる中、空飛ぶ白い蜘蛛がゆっくりと降りて来る。相変わらず、ロクホプは俺たちに気づいていない。10メートルぐらいしか離れていなくて、障害物など何もないというのに全く俺たちに気づく様子もないなんて……鳥類って確か視界が広いはずなんだけど……まあ、ロクホプだしな。あいつは特別に視界が狭いのだろう。
「さて、ニンゲンどもの死を確認……うおっ!?」
ようやく、ロクホプが俺たちに気づいた。目を丸くして──目を丸くしたペンギンなんて初めて見たぞ──俺たちを見た。
「ど、どうやってジャッジメントの攻撃を躱したというのだっ!? 愚鈍なニンゲンがジャッジメントの撃ち出す火炎を躱せるはずがないっ!!」
ふるふると頭を左右に振りながら、ロクホプが俺たちを指(?)差す。どうやら、よほど俺たちが蜘蛛の攻撃を回避したのが信じられないようだ。
「い、一体どんなトリックを使ってジャッジメントの攻撃を避けたっ!?」
いやあ、まあ、確かにトリックと言えばトリックだよな。聖剣の特殊な能力を使って蜘蛛の火炎弾を回避したわけだし。
「ええええいっ!! こ、今度こそ貴様らを纏めて葬り去ってやるっ!!」
ロクホプは騎乗している蜘蛛の頭をこちらへと向け、俺たちの方へと接近してくる。
だけど……ずいぶんと遅いな、蜘蛛のスピード。人間がちょっと速めに歩くぐらいのスピードしか出ていないんじゃね?
そういや、上空にいた時からゆっくりと移動していたよな。あれ、あえてゆっくり移動していたわけじゃなかったんだ。
蜘蛛の速度が遅いおかげで、俺たちは十分迎撃態勢を取ることができた。
俺を中心にして、左右やや後方に香住ちゃんとミレーニアさんが聖剣を構えて展開する。俺を先頭にした三角形のフォーメーションだ。
そして、蜘蛛が再びお尻の先端を俺たちへと向けた時。
俺はいつものように、見えない足場を駆け上がって蜘蛛へと一気に接近した。
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