デ・トマソ・バレテーラ
テーブルの上にどん、と置かれた黒い鉱石の塊。
しかも、その数は三つ。
それを目にした店長は、呆れまくったような顔で深々と溜め息を吐いた。
「これだけの量の『賢者の石』……もう、魔術師たちの間での『賢者の石』の価値がひっくり返るのは間違いないね……」
確かに、今までは需要に供給が追い付かなかったから、店長の言う「賢者の石」はとてつもない価値があった。だけど、これだけの量の賢者の石が一気に市場に出回れば、その価値は暴落するだろう。
まあ、そこは店長に任せる。だって俺ただの大学生だし、魔術師たちのマーケットをどうこうなんてできないし、店長なら上手く価値の調整とかできそうだし。
そんなわけで、後のことは店長、よろしく!
ジョバルガンたちの世界の地上で、「害虫」どもを撃退した俺たちは再び地底都市テラルルルへと戻り、そこで地上でのことをズムズムズさんに報告した。
【なるほど、地上にはまだまだ脅威がひしめいているということだな。ジョバルガンを始めとした地上を調査した同胞たちよ、実にご苦労であった。十分な休息を取るようにせよ。そして、我らに協力してくれた友たちにも感謝を】
ズムズムズさんの触角が複雑な動きを見せる。きっと、あれが感謝を表す仕草なのだろう。
その後、ズムズムズさんやジョバルガンと一緒にしばらく話しをしたところで、帰還時間を知らせるスマホのアラームが鳴った。
【この音は……?】
スマホのアラームを聞いたことがないズムズムズさんが、きょろきょろと周囲を見回す。もちろん、アラームを知らない他のグルググたちも一緒だ。
ジョバルガンだけは、以前にアラームを聞いたことがあったっけか? ちょっとうろ覚えだな。
「そろそろ、俺たちは自分の世界に戻らないといけないみたいです」
【そうか、もう戻ってしまうのか】
どこか寂しそうな様子のジョバルガン。触角もしんなりしている。
「また遊びに来るよ」
【ああ、君たちがいつ来ても、歓迎することを約束しよう】
というズムズムズさんのありがたいお言葉を受けた俺たち三人は、地底世界を後にするのだった。
「…………てなことがありまして」
地底世界から戻った俺たちは、ミレーニアさんを送りがてら店長のマンションへ。そこで今日のできごとを店長に報告したわけです。
もちろん、手に入れたゴゴン……『賢者の石』も店長に見せた。そしたら、冒頭のようなお言葉をいただいたのです。はい。
「とにかく、これは私が預かってもいいかな? 一応貴重なものである以上、そこらに置いておくわけにもいかないしね。まあ、我々魔術師以外にしてみれば、ただの黒い石でしかないが」
と、俺たちが持ち帰った「賢者の石」は、全て店長に預けることに。ちなみに、以前にもらった「賢者の石」も、現在は店長に預けてある。
それに一応はこの鉱石、地球上には存在しない物質だし、あまり人目につく場所に置いておかない方がいいだろう。とはいえ、地質学者などの専門家が分析でもしないかぎり、見ただけでそれが分かるとは思えないけど。
「しかし、いよいよ連中が大量に現れるようになったか……」
それまでの呆れ顔から一転、店長は至極真面目な表情になる。
やっぱり、アレは結構大きな案件みたいだ。実際今だから言えるけど、膨大な数のイモムシが現れた時、俺も世界の終わりを実感したからね。
「こちらとしても、打てる手は打っておかなければね。後でシャーロットにも話をしておくか」
ん? シャーロットって誰だろう? 今の言い方からして、おそらくは店長の知り合いの魔術師っぽいけど。
まあ、そっち方面のことは店長に任せるしかないわけで。
しかし、こっちの世界にも既に「害虫」は現れているから油断できないよね。店長が張った結界やらペンダントやらもあるけど、それだって絶対じゃないそうだから警戒は必要だろう。
「ああ、それから水野くん」
と、店長が何かを思い出したかのように俺に声をかけた。何っすか、店長?
「きみ、自覚はないかもしれないけど、相当疲れていると思うから、今日はゆっくりと休息を取るようにね」
店長いわく、今日の俺は相当な量の魔力を聖剣に使わせたらしい。俺自身には全く自覚がないけど、店長から見ると普段より三割ほど魔力が減っているそうだ。
とはいえ、これはあくまで店長の体感による減少量らしい。俺が内包する魔力の総量は店長でも測りきれないほどらしいからだ。だけど、明らかに俺の魔力が減っているとのこと。
「香住くんもいいね? 彼の部屋に寄って無理をさせたら駄目だよ?」
店長は俺から香住ちゃんへと視線を移した。
え? あ、あれ?
最近、ミレーニアさんを店長の家まで送ってきた後、香住ちゃんが「俺の部屋に寄っていく」ことを、どうして店長が知っているのかな? そして、そこでナニしているのかも…………って、おーいっ!! 店長っ!?
「そりゃ分かるよ。最近君たち二人の親密度がかなり上がったからね。私だけじゃなく、パートのおばさんたちも気づいているって」
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! デ・トマソ・バレテーラっ!?
ミレーニアさんだけは理解していないらしく、あたふたする俺や顔を真っ赤にしている香住ちゃんを、きょとんとした顔で見ているけど。
「まあ、若いから無理もないけど、避妊はしっかりとするんだよ? 君たちが親になるにはまだちょっと早いだろう?」
どことなく、意地悪そうな笑みを浮かべている店長。「親」というキーワードが店長の口から出たことで、ようやくミレーニアさんも理解に及んだみたいだ。
「し、シゲキ様…………」
香住ちゃんに負けず劣らずな真っ赤な顔で、ミレーニアさんが呆然と呟く。
「ひ、酷いですっ!! カスミだけ贔屓しないでくださいっ!!」
い、いや、贔屓って言われてもさ? 俺の恋人は香住ちゃんなわけで、当然そういうことをする相手も香住ちゃんなわけですよ?
そんな説明をミレーニアさんにする。その間、香住ちゃんは今まで以上に真っ赤になってただただ俯いていた。
「むぅ……」
俺の説明を聞き、その頬を子供のように膨らませるミレーニアさん。いや、そんな態度を取られてもね? 俺、間違ったこと言ってないよね?
ちらりと店長を見てみれば、実に楽しそうにいつの間にか用意したお酒なんぞを飲んでいらっしゃいます。完全に俺たちを肴にしているよね。
「分かりました。シゲキ様とカスミがそのような行為をすることは認めます!」
いや、認めるとか認めないとか、そういう問題じゃなくね?
「ですから、次からはわたくしも交ぜてください!」
いや、全然分かっていないでしょっ!?
どこの世界に他人のいちゃらぶ行為に交ぜてくれと言い出すお姫様がいるというのか。
アルファロ王国にいるミレーニアさんのお父さんとお兄さん。あなたたちは一体どのようにしてミレーニアさんを育てたのでしょうか。
次にアルファロ王国へ行ったら、絶対にあの二人に文句を言ってやる。
その後、何とかミレーニアさんを納得させることに成功した。
いや、あれは納得というか、ただひたすらミレーニアさんとそういう関係になるつもりはないと、繰り返し主張しただけだけど。
そりゃあね? ミレーニアさんのような美人とそういう行為に及ぶのは男の夢だけどね? だからといって、はいそうですかというわけにはいきませんですよ。
もしも、俺が香住ちゃんと正式に付き合っていなければ、ふらふらと流されたかも……いや、そんなことはない! 俺は紳士を目指すと誓ったのだから!
「……何か、異世界に行ったことより、帰ってきてからの方が疲れましたね……」
まったくだ。店長といいミレーニアさんといい、絶対俺たちで遊んでいたよね。まあ、ミレーニアさんに限っては本気っぽかったけどさ。
俺と香住ちゃんは、並んで薄暗くなった町中を歩く。向かうは香住ちゃんの家。彼女を送っていくのは俺の役目だからね!
今、彼女の腕がしっかりと俺の腕に絡みついているが、最近はこれが普通になりつつあるので、それほど意識もしなくなった。
「あ、あの……茂樹さん……? 今日はそ、その……店長にも言われましたし……」
香住ちゃんが顔を伏せながらそう言ってくる。周囲が薄暗くなっているのでよく分からないが、きっと彼女の顔は今赤くなっていることだろう。
だけど、きっと俺の顔も彼女に負けないくらい赤くなっていると思う。
「あ、あー……そ、そうだね。今日はちょっと……だね」
少し……いや、かなり残念だけど、今日は店長が言うように無理しないほうがいいだろう。
実は先ほどから、妙に足に力が入らないんだよね。歩くには歩けるけど、膝から力が抜けそうで……おそらく、これが魔力を使った代償なのだと思う。
店長いわく、段々と慣れてくるそうだけど、最初はそれなりに脱力感を覚えるそうなんだ。
今後は体力だけではなく、こういった魔力を使った後のことも考えないといけないかも。
そんなことを考えながら、俺と香住ちゃんはゆっくりと暗くなった夜の町を歩いて行った。
なお、香住ちゃんの家の近くまで行ったところでとうとう力尽きて歩けなくなり、彼女の家族に大変ご心配とご迷惑をかけてしまったが……それはここだけの秘密である。
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