地底への帰還



 「害虫」に憑依されていたグルググ調査団たちから、黒い靄のようなものが立ち昇り、フロウちゃんの魔法の光の中で溶けるように消えていった。

 今消えていった黒い靄こそが、「害虫」だったに違いない。これでもう、グルググ調査団のみんなは大丈夫だろう。

 そういや、「害虫」って靄からイモムシ、イモムシからヒトガタへと進化していたけど、一度進化したら逆行ってできるのかな?

 俺の直感だけど、何となく逆行はできない気がする。もしもその直感が当たっているとすれば、先ほど見えた靄のようなものはまだ進化する前の初期状態の「害虫」ってことになる。

 靄の状態で標的に取り憑き、その標的の内部でイモムシへと進化、そして更に、イモムシの内部でヒトガタへと進化するとしたら……。

 うん、早い段階でグルググたちから「害虫」を引っぺがせて良かったな。

 ま、これも全て俺の推測であり、それを裏付ける証拠は何もないんだけどさ。一応、店長には俺の考えを話しておこうかな。

 なんてことを考えていたら、だよ?

 勇人くんとフロウちゃんが、びっくりした顔で俺を見ていた。

「フロウが唱えた《魔祓い》の光の中で、あの黒い影のようなものが見えていた……?」

「もしかして、シゲキ様にはハヤトと同じ〈冥〉の素質が……?」

 えっと……またよく分からない言葉が出て来たぞ?

 さっきも勇人くん、〈海〉とか言っていたよね? で、今度はフロウちゃんが〈冥〉って言葉を使ったし。

 これは後で勇人くんから聞いたのだが、彼のお爺さんやお婆さんが暮らしている「小世界」で使われている魔法には、それぞれ系統と呼ばれるものがあるのだとか。

 〈火〉〈水〉〈土〉〈風〉〈光〉〈闇〉など、ファンタジー系の漫画や小説でよく登場するアレだ。

 で、系統の適性や才能を有していると、その系統の魔法を使う際に有利になるのだそうだ。例えば、消費する魔力が減少したり、持続時間が伸びたり、威力が上がったりといった具合に。逆に適性がなくても魔法は使えるのだが、その効果は著しく低下するらしい。

 彼らの言う〈海〉とは〈水〉の上位派生系統であり、広域に効果を及ぼすことを得意とする。フロウちゃんはその〈海〉の適性がかなり高いので、先ほどのような広範囲に雷を降らすなんてことも可能なのだとか。

 なお、〈雷〉は〈風〉の上位派生系統だってさ。

 で、その系統の中にはちょっと特殊なものがある。

 それが勇人くんやフロウちゃんたちの家族だけが使う〈天〉という系統。この系統、転移や加速といった時空系の系統で、彼らの家族以外には現れないらしい。

 この前ちょっと勇人くんと話したのだが、彼らが使う〈天〉の魔法は、異世界へ転移することで覚醒する魔法じゃないかって考えられている。

 よって、彼の家族のように異世界へ行く機会がなければ、覚醒することもないってわけだ。それが〈天〉を使えるのが彼らの家族だけという理由なんだって。

 そして、もう一つ特殊なのが〈冥〉。これは特殊な怪物を使役する系統で、まともに使いこなせるのはフロウちゃんたちの「小世界」でも一人ぐらいしかいないそうなんだ。

「まあ、その一人ってのが、おれなわけなんだけどさ」

 しれっとそんなことを言ったのは、もちろん勇人くんだ。え? じゃあなに? 勇人くんて、いわゆる「テイマー」ってやつなの? ちょっとカッコよくね?

「〈冥〉の系統を持つ人自体は、稀だけどいることはいるよ。でも、そんな連中は精々『ヤツら』の姿を見たり、声を聞いたりするぐらいだけどね」

 ふーむ、俺にはよく分からんけど、勇人くんが浮かべている表情からして、この件についてはあまり触れて欲しくなさそうっぽいね。なら、触れないであげるのが気配りというものだろう。うん。

 あと、フロウちゃんもその素質を持っているのかな? 話を聞くに、何となく弱いながらも持っていそうな感じだけど……どうだろ?

「それで話を戻すけど、さっきの《魔祓い》の時に、ダンゴムシさんたちから離れる黒い影が茂樹さんにも見えたってことは……」

「……シゲキ様にも〈冥〉の素質があるのではと私たちは思ったのです」

 ああ、なるほど。そういうことか。

 でも、彼らの予想はちょっと違うんじゃないかな?

「あ、あの、私にもグルググさんたちから離れる影みたいなもの、見えましたよ?」

「わたくしも見ましたわ」

 ほら、やっぱり香住ちゃんとミレーニアさんにも見えていたようだ。

 以前、もう一つの日本で影に襲われたことがあったけど、その時は向こうの瑞樹やかすみちゃんにもあの影──「害虫」どものこと──は見えていたからね。

 きっと、勇人くんたちが言う怪物と、「害虫」は別の存在なのだと思うな。



「そっかぁ。おれ、てっきり『害虫』は俺たちの知っている『魔』と同じか類似したヤツらだと思っていたけど、全く別モノなんだなぁ」

 ああ、勇人くんはそんなこと考えていたのか。今、勇人くんが言った「魔」とやらが、その特殊な怪物なのだろうね。

「異世界には、本当にいろいろなことがあるのね」

 と、勇人くんとフロウちゃんは、互いに見つめ合って柔らかく笑い合う。

 うーん、何とも微笑ましい二人だね。ちらりと見れば、香住ちゃんもミレーニアさんもにこにこしながら勇人くんたちを見ていた。

 そうやって俺たちで話していると、電気ショックで動けなくなっていたグルググ調査団の面々が回復し始めたみたい。

「ジョバルガン、彼らの様子はどうだ?」

【ああ、特に問題ないようだ】

「それは良かったな」

 人間がスタンガンで麻痺させられると、回復に数時間以上かかるって以前何かで見た気がするけど、グルググたちはもっと短時間で回復するんだね。

 もしかすると、聖剣先生が電撃の威力を調節してくれたのかな? 俺の相棒は敵には容赦ないけど、気遣いはできる人(?)だからね!

【今回はシゲキたちに迷惑をかけてしまったな】

「気にしないでください。今回の件は私たちにも無関係じゃありませんから。ね、茂樹さん?」

 香住ちゃんの言葉に、俺は黙って頷いた。

 あいつら……「害虫」がこの世界に入り込んでいたのは、俺たちが原因……ってことはないだろうけど、全く無関係ってこともないだろうしね。

【結局、地上の調査は中途半端なものになってしまったな。はてさて、今回の件をどう〈頭〉に報告したものか……思慮すべきことが多すぎるな】

 と、呟いたジョバルガンの触角はしなしなっと項垂れていた。

 まあ、ジョバルガンの気持ちも分かる。ぶっちゃけ、今回の地上調査は失敗だよね。ジョバルガンにしろ、他の調査団のメンバーにしろ、結果的にみんな捕まっていただけだしさ。

 地上には恐るべき外敵の存在が証明された──という意味では、成功と言えるかもしれないけど。

 どちらにしろ、調査団の体調もイマイチ──俺たちが感電させちゃったからね──だし、今回はもう地底都市に戻るとジョバルガンは決断した。

 当然、俺たちも彼らと一緒に地底に戻るつもりだ。

 だけど。

「あ、ごめん、茂樹さん。俺たち、ちょっと用事があってすぐに戻らないといけないんだ」

 と、勇人くんとフロウちゃんは同道しないとのこと。

「それがさぁ……『あちら』の世界の神殿で、大きな祈祷会があるんだよね。で、その祈祷会を取り仕切るのが最高司祭である婆ちゃんだから、身内の俺たちもその祈祷会に出席しないといけないわけ」

 祈祷会とかかったるいよなー、と零す勇人くん。どうやら、見習い神官の立場にいるとはいえ、彼は日本人らしくあまり信仰篤いというわけではないらしい。いやいや、もちろん日本人の中にだって、一生懸命にそれぞれが信じる神様を熱心に信仰されている方たちはいらっしゃいますとも。

「駄目じゃない、ハヤト。私たちも見習いとはいえ神官なのよ? だったら、それをちゃんと自覚しないと」

「うん、そうだね、フロウ。フロウの言う通りだよね!」

 う、うわー。勇人くん、もうフロウちゃんに主導権握られているのか……これも、惚れた弱みってことだろうけど。

 思わず、ちらっと香住ちゃんを見てしまう俺。うん、別に俺は香住ちゃんに主導権を握られたりはしていませんよ? ええ、いませんとも。

 何にせよ、忙しい中を彼らがこうして駆けつけてくれたからこそ、大量のイモムシたちを撃退できたわけだ。勇人くんとフロウちゃんには感謝するしかない。

 あ、そうだ。忘れるところだった。

 俺は勇人くんに黒い鉱石の塊を渡す。もちろん、こちらの世界で手に入れたゴゴン──店長たちが言うところの「賢者の石」である。

「本当におれの分までもらってくれたんだ。よーし、よし、これを『あいつ』に高値で売り付けてやろう。茂樹さん、ありがとうね!」

「はぁ……ハヤトってば…………」

 と、ちょっと黒い笑みを浮かべる勇人くんと、そんな彼に呆れたような溜め息を零すフロウちゃん。

 その後、彼ら二人は帰っていった。先ほども言っていたように、フロウちゃんが所属する「小世界」での祈祷会に参加するのだろう。

「勇人くんが言っていた祈祷会って、どのようなものなんでしょうかね?」

「異世界の宗教ですか。ちょっと興味が湧きますわ」

 確かに、二人の言う通りかも。

 おそらく俺たちの世界で言えば、ローマ教皇が取り仕切る大規模なミサのようなものじゃないかな?

 勇人くんに以前ちょこっと聞いたけど、あちらの「小世界」では宗教団体が結構大きな力を持っているらしいから、その大規模な祈祷会ともなれば、数千人以上の信者が集まる大集会なのだろう。

 そんな大規模な宗教団体の現在のトップが、勇人くんたちのお婆さんらしいんだ。要するに、彼らのお婆さんはローマ・カトリック教会で言うところのローマ教皇──「ローマ法王」とも呼ばれる場合があるが、正式名称は「ローマ教皇」らしい。放送などのメディアでは、一般的に親しみのある「ローマ法王」を使う時もあるとの説もあり──に該当する人物なわけで。

 もしかして……いや、もしかしなくても、勇人くんとフロウちゃんのお婆さんって、ものすごく偉い人なんじゃね?

 な、なんか、どんな祈祷会を行うのか、凄く見てみたくなってきちゃったよ。

 今度、勇人くんにその祈祷会の様子を録画してくれるように頼んでみようかな。



 そしてその後、特に問題もなく俺たちとグルググ調査団は、無事に地底都市へと帰還するのだった。



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