雷の少女
今にして思えば、連中──香住ちゃんとミレーニアさんの偽物たちは、時間稼ぎが目的だったのではないだろうか。
連中、あれだけの強さがあるというのに、妙にだらだらと会話を続けていたし。
つまり、あいつらはいわゆる先遣隊みたいなもので、その目的は時間を稼ぐことだったとしたら。
そして、あの偽物二人は、自分自身を「触媒」みたいにして、同胞たちをこの「小世界」へと招き入れたのではないだろうか。ひょっとすると、最初あらあの二人は死ぬつもりだったのかもしれない。
自らを犠牲にして、同胞であるイモムシの大量召喚。それこそがあの偽物たちの本当の目的だったのだろう。
「害虫」どもには「害虫」どもなりの制限というか独自のルールのようなものがあるのだと俺は思う。でなければ、最初から大量のイモムシをこの世界に送り込めばいいのだ。それをしなかったってことは、人の姿へと到達した仲間を犠牲にすることで、ようやく連中は他の「小世界」へと大量に雪崩れ込むことができるようになる。そんなルールのようなものがあるのではないだろうか。
まあ、所詮は俺の推測でしかないけどさ。
ともかく、結果としてあいつらは大量のイモムシたちをこの世界へと呼び込むことに成功したのだ。
でも。
でもさ?
あいつらのその時間稼ぎと自己犠牲、まったくの無駄だったね! ざまーみろ!
今、俺の……いや、俺たちの目の前では、ちょっとした地獄が展開されていたりする。
赤い大地を黒く塗り替えんとするほど、大量に湧き出した黒いイモムシども。その「黒」を、天から降り注ぐ雷が一掃していく。
「紫電」という言葉を耳にしたことがあると思うが、まさにその言葉通り、うっすらと紫がかった落雷がどがんどがんと勢いよくイモムシたちへと降り注いでいる。
そして、その光景を俺たちは棒立ちで、唖然としたまま見つめているのだった。
しばらく降り続けた落雷。うん、まさにそれは「雷雨」というものだろう。
「雷を伴った雨」ではなく、「雨のように降り注ぐ雷」。間違っていない。
それぐらい、大量の雷が降り注いだんだ。
「いやー、相変わらず凄いよなぁ。婆ちゃん譲りの〈
突然、背後から聞こえてきた声に、俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんは慌てて振り返った。
そして、そこには。
「は、勇人くん……?」
「やあ、茂樹さんと香住お姉さんとミレーニアお姉さん。ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」
しゅったっと手を挙げつつ、 にぱーっと笑顔を浮かべる勇人くんがいた。
「でもまあ、遅れてきた甲斐はあったんじゃないかな?」
そう言いながら、彼は空を見上げる。
つい俺も彼に釣られて頭上を見上げれば、そこに一人の人物が浮かんでいた。
赤い空を背景に、杖のようなものを振り回しているその人物。
改めて暗視ゴーグルを装着し、望遠機能を使ってよく見てみれば、それは一人の少女だった。
年齢はうちの妹と同じぐらいだろうか。長い黒髪を風になびかせ、少女が手にした杖を振る度に広域にわたって雷が落ちる。
「あいつの最も高い適性は〈海〉だからなー。いわゆる、広域型ってやつ?」
勇人くんが空を見上げながら何か言っているが、俺にはよく分からない。
でも、少なくとも上空に浮かんでいる少女は敵ではないのだろう。もしもあの少女が敵であれば、勇人くんもこれほど落ち着いてはいないだろうし、どうもあの少女とは知り合いっぽいし。
とにかく、激しい雷の雨はしばらく降り続いた。そしてその「雷雨」が止んだ時、イモムシは影も形も見られない。どうやら、雷に打たれて一匹残らず殲滅されたらしい。
大地に「黒」は存在せず、元通りの赤茶けた荒野が広がるばかりだ。
「フロウ、お疲れー」
呆然と荒野を見つめるばかりの俺たちをよそに、勇人くんは空から舞い降りてきた少女に声をかける。
「じゃあ、改めて紹介するね。彼女はフロウ。フロウライラ・ヤマガタといって、俺の従姉弟さ!」
ああ、以前勇人くんが言っていた、将来絶対結婚したい相手の女の子か!
俺は改めてフロウさん……いや、年齢的にはフロウちゃんかな? フロウちゃんを見てみる。
年齢はやはり勇人くんや妹と同世代のようだ。つまり、小学校の高学年。黒くて長い髪と黒い瞳は日本人を連想させるが、顔の作り自体は西洋人っぽい。
なお、今の時点でも相当な美少女である。これは勇人くんが自慢するのも理解できるね。
「初めまして、皆さま。わたし、ハヤトの従姉弟でフロウライラと申します。皆さまのことは、ハヤトより聞いています」
そう言って、フロウちゃんはどこか優雅さを感じさせる仕草でゆっくりと頭を下げた。
身に纏っているのは、神官服っぽいもの。聞けば、彼女は実際に異世界の神官見習いらしい。
ちなみに、その世界における勇人くんの身分もまた、フロウちゃんと同じく神官見習いなのだとか。
まあ勇人くんの場合、本来所属する世界は現代日本らしいけどね。週末や長期休暇などになると、お爺さんたちやフロウちゃんがいる異世界へ出かけているそうだ。
「それで、茂樹さん。もうあいつらは片付いたのかな?」
周囲を見回しながら、そう質問するのはもちろん勇人くん。
その質問に答える前に、俺も周囲を見回してみる。暗視ゴーグルの望遠機能も使い、周囲に黒いイモムシたちがいないことを確認した。
「どうやらそのようだね」
「ところで……あちらの小さな鎧竜のようなモノたちは……?」
あ!
そうだよ、忘れていたよ!
グルググたちに憑依した「害虫」どもがまだいたんだった!
俺は取り急ぎ、グルググたちのことや彼らが憑依されていることを勇人くんとフロウちゃんに説明した。
「そんなわけで、店長を呼んで来れば『害虫』の憑依を剥がすことができると思うんだ」
以前、俺の家族に憑いた「害虫」を店長が祓ってくれたことも、併せて勇人くんたちに説明する。
するとだね。
「それなら、マリカ様をお呼びするまでもありません」
と、にっこりと微笑むフロウちゃん。彼女も店長のことは知っているのか。そりゃ勇人くんが店長を知っているのなら、従姉弟のフロウちゃんも知っていても不思議じゃないよね。
「わたしも〈魔祓い〉の魔法は使えます。若輩の身ではありますが、わたしが皆様に憑いた『ガイチュウ』とやらを祓ってみましょう」
おお、フロウちゃんも店長と同じ魔法が使えるんだ! それはありがたい。
俺は早速ジョバルガンにそのことを説明する。
どうやらジョバルガン、俺たちが戦っていたことは分かっても、詳しい経緯などは一切分からなかったみたいなんだ。
なんせ、俺たちは「声」で会話していたからね。「光」で会話するジョバルガンたちには、俺と「害虫」たちが何を話していたのか分からなくても無理はない。
【なるほど。つまり、そこの小さなシゲキの同胞が、我らが同胞を救ってくれるというわけだな?】
えーっと……フロウちゃんを「同胞」と呼んでいいのかはともかく、まあ、ジョバルガンのその理解でも概ね間違っていないよね。
【では、是非お願いしたい。新しき小さな友よ。我らが同胞を救ってくれまいか】
俺がジョバルガンの言葉を通訳すると、フロウちゃんは力強く頷いた。
「お任せください。お婆様直伝の〈魔祓い〉で、必ずやグルググの皆様をお救いいたしましょう」
と、フロウちゃんはすぐにその〈魔祓い〉とかいう魔法の準備に取り掛かる。
聖剣の非殺傷モードで動けなくなっているグルググたちは、いまだに回復しておらず、一か所にまとめて放置されている。
九人ものグルググを拘束する手段なんて用意していなかったから、放置しておくしかなかったんだよね。
でも、聖剣による電気ショックは、グルググにも有効だったらしい。いやー、もしも聖剣の非殺傷モードがなかったらと思うと…………うん、これ以上は考えないようにしよう。
さて、そうこうしているうちに、フロウちゃんの準備──なにやら、呪文の詠唱らしきことを彼女はしていた──も終わったようだ。
フロウちゃんが手にしていた杖を振り上げる。それと同時に、彼女と憑依されたグルググたちの周囲から銀色の光が立ち上る。
「ふわぁ……」
「なんて……綺麗な光……」
その光景に、香住ちゃんとミレーニアさんがどこか恍惚とした表情を浮かべている。うん、よく分かるよ、二人の気持ち。それぐらい、目の前で展開されている光景は神秘的なものだったから。
そして、フロウちゃんの詠唱が最終節を迎える。同時に、銀色の光が一際強く輝くと、赤い世界を銀に染めていた光が一斉に消失した。
後に残されたのは、元通りの赤い世界と俺たち、そして、憑依されているグルググたち。
【む……何とも思慮の外に存在する光景であったことか……】
ジョバルガンの触手が、ぴかぴかと激しく明滅しながら何度も上に向かって突き出されている。あれ、感動を表す仕草じゃないだろうか。
【それで、我らが同胞はもう大丈夫なのか?】
「うん、グルググのみんなはもう大丈夫だよ」
そう。もう大丈夫だよ。だって俺、確かに見たもの。
フロウちゃんが巻き起こした銀色の光が乱舞する中、グルググの体からどす黒い「ナニカ」が乖離するように現れては、銀の光の中に消えていくのを。
「え? 茂樹さん、ひょっとしてあれが見えていたの?」
「シゲキさま……シゲキさまはもしかして……」
ん? 勇人くんとフロウちゃんの様子が何かおかしいぞ?
もしかして俺、また何か変なことを言っちゃった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます