ニセモノタチ
弾むような足取りで、「カスミ」と「みれーにあ」がゆっくりと俺たちへと近づいてくる。
ふと気づけば、先ほどミレーニアさんが切断したはずの偽物たちの腕が再生していた。こいつら、トカゲの尻尾か何かかっての。
と、そのトカゲの尻尾もどきたちの前の空気がゆらりと揺らいだ。そして次の瞬間、俺たち三人の体が突然動き出す。
どうやら、偽物たちはいつもの見えない爆撃を繰り出したようだ。先ほどまで俺たちがいた場所が、轟音と共に大きく爆ぜる。
「まだまだ終わりじゃないよー!」
「最後まで楽しんでくださいなー!」
次に俺たちに襲い掛かったのは見えない斬撃だ。だが、この見えない攻撃を、聖剣は易々と弾いてのけた。
俺たちには見えなくても、聖剣先生には見えているんだよ。多分だけど。
見えない斬撃を弾いた後、香住ちゃんとミレーニアさんが後退する。同時に、俺は前へ前へと突き進む。
俺が構える聖剣の刀身に宿る光が、先ほどよりも強くなる。同時に軽い脱力感が俺を襲う。なるほど、これが俺の力を使われる感覚なのか。
「あらあら、カレシだけが突っ込んできたわよー?」
「えっと、これ、何て言うんですの? 確か……」
「飛んで火に入る夏の虫じゃなーい?」
「そうそう! それですわ!」
とまあ、余裕ぶっこいてくださる偽物さんたち。だけど、すぐに余裕見せていることを後悔させてやるからな! 俺が! …………じゃなくて聖剣が!
今まで以上に強く大地を踏みしめる。足元に大きな土煙を生じさせながら、偽物たちまでの距離を一気に詰める。
「あら?」
「おや?」
至近距離まで近づき、偽物たちの顔が引きつったのがはっきりと見えた。
俺は低い姿勢から伸びあがるように剣を振るう。その軌道上には「カスミ」の姿が。香住ちゃんとそっくりな人物(?)を攻撃するのは、正直ちょっとアレだけど……実際に剣を振るうのは俺じゃなくて聖剣。聖剣先生は敵に容赦なんて一切しませんとも。
「カスミ」の左腰辺りから右肩にかけて、聖剣の輝く刀身が深々と斬り裂いた。
「ぐ……がぁ……っ!!」
香住ちゃんには似つかわしくない、苦痛と憎悪を混ぜ合わせたような表情を浮かべる「カスミ」。どうやら、それなりのダメージを与えることができたようだ。
聖剣を大きく振り上げた俺は、そのまますぐに背後へと下がる。と、数瞬前まで俺がいた場所を、見えない「何か」が通り過ぎたのを確かに感じた。
ちらりと視線を移動させれば、大きく腕を振りぬいた「みれーにあ」の姿。どうやら、あいつが見えない斬撃を放ったのだろう。
体を深々と斬り裂かれた「カスミ」だが、それでも致命傷ではないようだ。憎悪に燃えた双眸が俺へと……いや、俺が持つ聖剣へと向けられている。
「おの……れ……っ!! この姿であれば……攻撃の手も鈍ろうかと思ったが……」
「なかなかに冷徹ね、『セカイノキテン』……いや、この場合は『セカイノタマゴ』を褒めるべきか」
偽物たちの雰囲気ががらりと変わった。今まであいつらのどこかふざけた様子にちょっと違和感を覚えていたのだが、どうやら演技だったからのようだ。
おそらく、今のあいつらこそが地なのだろう。
しかし、わざわざ香住ちゃんとミレーニアさんそっくりの姿で現れたのは、やはり心理的な圧力をかけるためだったか。
でも、そんなこずるい作戦、聖剣には通用しないのさ! 俺には通用するだろうけどね!
前回、俺の偽物には有効打とならなかった聖剣の攻撃。だが、店長によって強化された今の聖剣であれば、十分連中に通用するみたいだ。
なら、ここは一気に畳みかける!
狙うは、斬り裂かれた胸を押さえて苦しそうにしている「カスミ」。先ほどのあいつらじゃないけど、弱った敵を狙うのは王道だからね。
とはいえ、そう簡単に「カスミ」を仕留めさせてはくれないだろう。あちらにはまだ「みれーにあ」がいることだし。
だけど、それを言ったら俺だって同じだ。俺は……いや、俺たちは一人じゃない。
俺が駆け出すと同時に、俺の左右に香住ちゃんとミレーニアさんが並ぶ。もちろん、彼女たちは本物である。
彼女たちと意思を伝え合う必要なない。なんせ、俺たち三人を操っているのは聖剣だ。
敵に向かって駆ける俺たち。そして、香住ちゃんとミレーニアさんが俺から離れ、「みれーにあ」へと進路を変えた。
二人が「みれーにあ」を牽制し、俺が「カスミ」を仕留める。それが聖剣の戦術なのだろう。
「おのれ…………見くびるなっ!!」
「易々とやられるワタシタチではないっ!!」
俺たちの進路上に、いくつもの爆発が生まれる。「カスミ」が見ない爆撃を連続で放ったのだ。
だが、その爆炎を聖剣は容易く斬り裂く。そういえば、俺が最初に異世界へ行った時も、ドラゴンの吐いた炎をこんな感じで切り裂いたっけな。
しかし、炎自体は斬れても、押し寄せる熱と爆風はいかんともしがたい。
そこで聖剣は上空へと跳ぶ。いつもの見えない足場を作り出して、だ。
上空へ跳んだことで僅かながらも熱と爆風を回避。そして、落下速度を味方にして、俺は「カスミ」へと上段に構えた聖剣を振り下ろした。
落下の途中、ちらりと視線を逸らせば、そこでは香住ちゃんとミレーニアさんが「みれーにあ」と戦っていた。どうやら、二人は爆発を迂回することで熱と爆風の被害を最小限に留めたのだ……と、思う。多分。なんせ、直接見てないから分からないんだよ。
とりあえず、あちらは二人に任せよう。そして、俺はしっかりと「カスミ」に止めを刺す。
やっぱり、香住ちゃんそっくりな「カスミ」を相手にするのは心が鈍るが……だけど、敵に対してそんなことは言っていられない。
そもそも、聖剣先生がそんな泣き言を許してくれるとは思えないし。先生、厳しいから。
俺は歯を食いしばり、「カスミ」の脳天目がけて聖剣を振り下ろす。途中、刀身が何かにぶつかる感触があったが、それはすぐに掻き消えた。
おそらく、「カスミ」が見えない障壁を張ったのだろうが、パワーアップした聖剣は障壁を容易く斬り裂いた。
そして。
聖剣の勢いは障壁で僅かに鈍ったものの、そのまま「カスミ」の脳天に到達。そこから、「カスミ」の体を縦にずんばらりんした。
二つに分かれた「カスミ」の顔が、それぞれ驚愕と苦悶が入り混じった表情を浮かべつつ、そのまま赤茶けた地面に倒れ込んだ。
「こ……コ……ま……デ……『セカ……ノタ……ゴ』が……つ……クな……い……ル……とハ……」
不明瞭な声が、二つに断たれた「カスミ」の口から零れ出る。こいつら、二つに断たれてもまだ喋れるんだよね。俺の偽物もそうだったし。
あ。
俺の偽物で思い出した。
そういや勇人くん、まだこっちに来てないな。そろそろ来てもいい時間だと思うんだけど……。
まあ、それは後で考えよう。今は「害虫」の駆除を優先だ。
そう思い、「みれーにあ」と戦っている香住ちゃんとミレーニアさんの方へと振り向けば、向こうも決着がついたところだった。
どうやら聖剣先生、単なる牽制のつもりじゃなかったみたいだね。
ミレーニアさんの聖剣が「みれーにあ」の胴を斬り裂き、香住ちゃんの聖剣がその首を刎ねた。
さすがの「害虫」も、パワーアップした聖剣の敵ではなかったってことか。
ごろりと地面に転がる「みれーにあ」の首。うわ、いくら偽物だと分かっていても、友人そっくりな顔が地面に転がるのは、ちょっとアレだな。
とはいえ、ソレから視線を逸らすわけにはいかない。首を刎ねたからといって、「害虫」が死んだかどうかなんて確信できないからね。こいつら、首だけでも生きていそうだし。
実際、その考えは当たっていた。
体を縦に割られた「カスミ」も、首を飛ばされた「みれーにあ」も、まだ生きていたのだ。
「くくク……こ……れデ……勝……トおモ……ぬ……こト……ダ」
口も半分になったせいか、どうにも聞き取りにくい「カスミ」の言葉。
「ワタシタチは動けなくなったが、まだまだ終わりではないぞ、『世界の卵』!」
地面に転がったまま、「みれーにあ」の首がにやりと粘ついた笑みを浮かべる。
と同時に、倒れた偽物たちの体の下、赤茶けた地面にじわりと黒い染みのようなものが広がった。
染みはどんどんと大きくなっていく。偽物たちから流れ出た血というわけでもないようだが、あれは一体何だ?
あの染みが何か分からないが、とにかくヤバいものなのは間違いないだろう。
「くク……さ……我……眷……クが……や……て来……ゾ」
「大量のワタシタチの眷属に、このセカイごと食われるがいい!」
そう言い残した偽物たちの体が、染みの中に沈んでいった。そして、それと入れ替わるように、残された染みから這い出して来るモノがいた。
「あ、あれは……っ!?」
「以前も見たイモムシ……っ!?」
香住ちゃんとミレーニアさんが引きつったような声を上げる。
そう。
偽物たちが消えた染みからは、例の黒いイモムシたちが這い出して来たのだ。
それも、一体や二体ではない。数えるのも馬鹿らしいほど大量のイモムシが、黒い染みから這い出してきたのだ。
赤茶けた大地が、瞬く間に黒で埋め尽くされていく。
現れたイモムシたちは、手当たり次第に周囲を食らい出す。地面だろうが岩だろうが、まさに手当たり次第に。
ど、どうする? どうしたらいい?
香住ちゃんもミレーニアさんも、おぞましそうに溢れかえるイモムシの大軍を見つめるばかり。
パワーアップした聖剣でも、あれだけのイモムシを倒せるかどうか……。
とにかく、白光刃でぶっ飛ばすか? 聖剣自体がこれだけパワーアップしたのだから、その切り札である白光刃も威力が上がっているはずだ。
よし、行くぞ聖剣! 俺の魔力ならどれだけ使ってもいいから、あの大量のイモムシを何とかしないと! このまま放置しておけば、それこそこの「小世界」そのものがあいつらに食い荒らされるからな!
そう決断した俺が聖剣を持つ腕に更に力を込めた時。
「そうはさせませんっ!!」
と、どこからともなく声が聞こえてきたかと思うと同時に。
ずががががががん、という大音量と共に、幾条もの落雷が上空からイモムシたちへと降り注いだ。
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