力を合わせて



 九人のグルググたちを感電させて動きを止めた俺は、改めて香住ちゃんとミレーニアさんの偽物へと視線を向ける。

 グルググたちのことは心配だが、今は彼らから「害虫」を引き剥がす方法がない。

 とはいえ、その方法に心当たりがないわけでもない。以前俺の家族に「害虫」どもが憑依した時、店長が何とかって魔法で「害虫」を引き剥がしたことがあった。

 つまり、店長をこの世界に連れてくれば、グルググたちを助けることはできるだろう。

 問題は俺が店長を連れてこの世界へ来ることができるのは、早くても明日以降。当然、それまでには取り憑かれたグルググたちも回復するだろうから、彼らをどこかに拘束しておく必要があるこということだろうか。

 まあ、それは後で考えよう。

 今は香住ちゃんたちの偽物……「カスミ」と「みれーにあ」を何とかする方が先決だ。

「あらあら、まあまあ。思ったよりもあっさりと無力化されちゃったわね」

「おやおや、まあまあ。役立たずもいいトコの情けない連中ですこと」

 二人……いや、二匹が浮かべる嘲笑が更に黒さを増す。

「仕っ方ないわねー。こうなったらワタシたちが直接手を下しますかー」

「ええ、それしかないようですわねー」

 と二匹が言い終えた時、その姿が不意にかき消えた。

 同時に。

 俺の左右から、「カスミ」と「みれーにあ」が挟撃を仕掛けてくる。

 目にも留まらぬ速度で接敵し、目にも留まらぬ速度で攻撃を繰り出す。いや、本当に完全に見えなかったぞ。

 だけど。

 俺は見えていなくても、聖剣には見えているんだな、これが。

 左右から迫り、見えない斬撃を繰り出す二匹。だが、聖剣はその斬撃を難なく迎撃。見事に敵の攻撃を弾いてのけた。

 同時に、攻撃を仕掛けた二匹に、本物の香住ちゃんとミレーニアさんが強襲する。

 俺に攻撃を繰り出したため、がら空きになっている背後から二人が斬り掛かる。

 もちろん、彼女たちを操っているのは聖剣。その速度は偽物に劣ることはない。

 香住ちゃんが「カスミ」に。ミレーニアさんが「みれーにあ」に。それぞれ稲妻のような斬撃を浴びせた。

 だけど、「害虫」もこの攻撃を黙って受けるだけってことはなかった。

 偽物たちは見えない障壁を張り、二人の攻撃を受け止めたのだ。

「さすがは『セカイノタマゴ』。なかなかやるじゃなーい?」

「正当な所有者以外もここまで操るとは……前回見た時より速いですわね」

 と、「害虫」どもは余裕がありそうだ。

 そして、攻撃を防がれた香住ちゃんとミレーニアさんは、大きく飛び置いて偽物たちから距離を取る。もちろん、俺も「害虫」の隙をついて離脱していた。

 一方の偽物たちは、俺たち三人を順に見ていく。今、俺たちは正三角形を描くように立ち、その三角形の中心に偽物二人がいる形だ。

「三対二……数的にはワタシタチが不利だねー」

「ならば……まずは対等にすべきですわね」

 どこまで行っても余裕そうな偽物たち。だが、その目に嗜虐的な光が確かに浮かんでいる。

 その粘ついた眼光が、一人へと注がれた。

「……………………!」

 途端、三角形の中心にいた偽物たちの姿が消える。そしてほぼ同時に、やつらは再び姿を見せる。

 ──ミレーニアさんのすぐ傍に。



「弱いところから攻めるのは──」

「──戦いの常道ってものですわ!」

 連中が狙いを定めたのはミレーニアさん。おそらく、彼女が俺たち三人の中で一番倒しやすいと判断したのだろう。

 確かに剣道有段者の香住ちゃんや、これまで異世界を巡って数々の戦いを経験した俺よりも、ミレーニアさんはいろいろな意味で一番弱いだろう。

 たとえ、聖剣が彼女を操っていたとしても、だ。

 俺たちを操って戦っているのは聖剣だ。それゆえ、俺たち三人の戦闘力にほとんど差はない。

 そう、「ほとんど」なのだ。いくら聖剣が操っているとしても、持ち主の身体能力は僅かながら影響する。

 つまり、俺たちの中で最も身体能力が劣るのがミレーニアさんなのだ。

 それは仕方がないことだろう。なんせ彼女は本物のプリンセス。プリンセスに身体能力なんてそれほど必要じゃないからね。

 実際はダンスなどをする関係上、最低限の体力は必要なのだとミレーニアさんは以前言っていたけど、さすがに実戦とダンスとじゃ違いがありすぎる。

 それでもミレーニアさんは……いや、聖剣は偽物たちの猛攻を何とか凌いでいく。

 今の聖剣は俺たち三人を操っているため、ミレーニアさんにかかる聖剣の補助も事実上三分の一。そのためだろうか、ミレーニアさんは偽物たちに徐々に追い込まれていく。

「茂樹さんっ!! ミレーニアがっ!!」

 悲鳴のような声を上げる香住ちゃん。うん、俺だって分かっているさ。そして、分かっているのは俺だけじゃない。

 そうだろ、あいぼう

「やれ、聖剣! 好きなだけ俺の力を使え!」

 俺のその声に応えるかのように、聖剣の刀身に宿るぼんやりとした光がどんどん輝きを増していく。

 その輝きは俺だけじゃない。香住ちゃんとミレーニアさんが持つ聖剣の分身もまた、同じように刀身を輝かせる。

 そして一際聖剣の刀身が大きく輝いた時。

 今度は、ミレーニアさんの姿がかき消える番だった。



「あれ?」

「おや?」

 突然動きを止める偽物たち。

 その偽物たちは、まじまじと自分の腕を見る。

 肘の少し先辺りで、綺麗に切断された自分の腕を。

「あら? いつの間に斬られたのかしら?」

「まったく見えませんでしたわ」

 痛みとか苦しみといった感情を見せることなく、興味深そうに切断された腕を見つめる「カスミ」と「みれーにあ」。

 そもそも、あいつらに痛覚とかあるのだろうか? 案外その辺りの感覚はなかったりして。

 そして奴らの腕を切断した張本人であるミレーニアさんは、俺のすぐ傍で聖剣を構えている。だけど、その表情はきょとんとしたものだ。自分が何をしたのか、イマイチ分かっていないっぽい。

 彼女がやったことは、偽物たち以上の速度でその猛攻から離脱し、その置き土産とばかりに連中の腕を切断したのだ。

「おかしいね? ワタシタチだって、防壁を展開しているのに」

「防壁ごとワタシタチを斬った?」

 偽物たちの目に剣呑な光が浮かぶ。

 前回、俺の偽物と戦った時、聖剣は奴らが張る障壁を破ることができなかった。

 だけど、今回は違う。これこそが店長が聖剣に施した調整と強化の結果だ。

「その光輝く刀身……」

「……そう。そういうことなのね」

 あれ? あいつら、聖剣の強化の秘密に気づいちゃったっぽいぞ。

 できれば、もうちょっと謎めかせておきたかったけど、そうもいかないか。敵もさるもの引っ掻くもの、ってやつかな。

 偽物たちの視線が、ミレーニアさんから離れて俺へと向けられた。

「なるほどねー」

「『セカイノキテン』から力を吸い上げているのね」

 そう。

 店長が聖剣に施した調整と強化。それは一言で説明するなら聖剣の出力を上げることだ。

 聖剣の本体である、「世界の卵」。それは一つの「大世界」であり、内包する力──店長たちは魔力と呼ぶけど、その他にもプラーナだとか神力だとか霊力だとかいろいろな呼び名があるらしい──は膨大だ。

 だけど、前々から言っているように、聖剣は人間で言えばまだ幼い子供。子供に無理なことをさせたら、絶対にどこかに不調が現れる。

 それを懸念した店長は聖剣の出力を上げるために、その本体に負担をかけないようにちょっとした細工を施したらしい。

 それが、俺の力を利用することだ。

 俺も「世界の基点」として、聖剣には及ばないものの相当な力を有しているらしい。だけど、俺本人にはその力を活用することができない。

 そこで、そのあり余っている俺の力を、聖剣に使わせるわけだ。

 聖剣は普段、充電という形で力を補っている。俺たちの世界で、もっとも身近で入手しやすいエネルギーは電気だろう。その電気を聖剣の力として変換──効率的には相当悪いらしい──できるようにしたのも、やっぱり店長だった。

 店長いわく、「本体である『世界の卵』の力を使いすぎると、おそらく聖剣が壊れる」とのこと。

 聖剣はあくまでも本体の端末にすぎない。その制作には店長たち魔術師の謎技術を用いているが、それでも「世界の卵」本体から過剰な力を流し込めば、「聖剣」という端末などあっという間に壊れてしまう。

 それぐらい、本体である「世界の卵」の力は大きなものらしいんだな、これが。

 本体の力は大きすぎて迂闊には使えない。充電で得られる力は効率が悪すぎる。そこで、俺の出番というわけだ。

 俺が有する力だって相当なものらしいけど、それでも「世界の卵」本体に比べると微々たるものだと店長は言う。「世界そのもの」と「世界を固定するための基点」とでは、比べる次元が違うのだろう。

 俺の力なら、聖剣にもそれほど負担にはならない。だけど、今度は俺の方に負担がくるらしい。そりゃそうだよね。俺の力を利用するのだから。

 実際にどれぐらい俺の力を使うのかは、聖剣の判断に任せている。うん、俺、聖剣を信じているからね。

 だけど、少しぐらいは無茶な使い方をしたっていいんだぜ? ほら、俺たちは相棒だろ?

 なら、無茶をする時も一緒ってものだよな?

 さあ、聖剣!

 俺とおまえ、二人の力を合わせる時が来たようだぜ!

 俺は聖剣を正眼に構えながら、じっと「カスミ」と「みれーにあ」の動きに注視した。



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