憑依



 俺たちへと近づいてくる九人のグルググたち。俺にはグルググの見分けはイマイチだけど、彼らがグルググ調査隊のメンバーであることは間違いないだろう。

 そして。

 そして、そのグルググ調査隊を率いるかのように、彼らの先頭に立つのは二人の少女。それも、俺がよく知っている少女たちだ。

「はぁい、お久しぶりぃ」

「またお会いしたわねぇ」

 にやにやと、どこか毒を感じさせる笑顔を浮かべている二人の少女。彼女たちは随分と親しそうに俺たち……いや、俺に話しかけてきた。

 しかし、随分と軽い調子だな。「本物」とはえらい違いだ。

【むむ? これはどういうことだ、シゲキ? どうして我らが同胞たちと、君の同胞が一緒に行動しているのだね? そもそも、今回我らの下を訪れたのは、君たち三人だけではなかったのか?】

 縦に波を描くように触手を振るジョバルガン。脳に響く翻訳された「声」に感情的な揺らぎは感じられないが、間違いなく彼も動揺しているのだろう。

 ってか、ジョバルガン? その口調からして、俺たちの識別ができていないの?

 まあ、俺たちがグルググの個体識別が難しいように、グルググにとっては俺たちの識別が難しいのだろう。

「今回は私たちの姿で登場ですか……」

「改めて自分の偽物を目の当たりにすると、少々不愉快ですわ」

 そして、自分たちの姿を盗られた香住ちゃんとミレーニアさんは、はっきりと分かるぐらいに眉を寄せていた。うん、今、暗視ゴーグルは装着していないんだ。

 「害虫」が進化したであろう香住ちゃんとミレーニアさん。香住ちゃんの偽物は「黒い俺」と同様、本物とは白黒が反転したような姿だ。髪が白くて、目の黒い部分と白い部分が逆の色彩になっていたりね。

 一方のミレーニアさんの偽物は黒髪だ。目は香住ちゃんの偽物と同じように、白い部分と黒い部分が逆になっている。

 それ以外、偽物たちは本物そっくりだった。

「思っていたよりも早く再会できたねぇ」

「ホント、意外だわぁ」

 ん? 再会?

 香住ちゃんとミレーニアさんの偽物とは初対面のはずだが……どゆこと?

「もしかして……あの『害虫』たちは意識とか記憶とかを全体で共有しているのではないですか?」

 あ……ああ! そういうことか! おそらく、今、香住ちゃんが言ったことが正解だと思う。

 あの「害虫」どもは、「群れ」で一個の個体なんだ。だから、一体が体験したことや知識として得たことを、「群れ」全体で共有する。それゆえあの偽物たちは、「再会」なんて言ったのだろう。

 「害虫」どもはある意味で、グルググたちのような「群体」に近い生態なのかもしれない。

 ん?

 あれ?

 香住ちゃん、今の「害虫」の声、聞こえていたの? 聞いてみよう。

「はい、聞こえました。前回の……茂樹さんの偽物の声は聞こえなかったはずなのに」

「今回はわたくしにも確かに聞こえましたわ」

 どうやら、「害虫」はまたも進化したってことか。以前までは魔力をどうこうして会話してたみたいだけど、今では普通に声を発して会話できるようになったのだと思われる。実に微妙な進化だけどさ。

「さあ、再会を祝って!」

「早速パーティーを始めましょう!」

 と、俺がそんなことを考えていたら、香住ちゃんたちの偽物たちがにやりと粘ついて笑みを浮かべていた。



「ではー! 本日のパーティーの参加メンバーを紹介しまーっす!」

 くるくるとその場で軽やかに踊りながら、香住ちゃんの偽物──「カスミ」が宣言した。

「この世界の人類たるダンゴムシに、我らが同胞を憑依させましたわぁ! さあ、我らと一緒にパーティーを楽しみましょーね!」

 こちらもまた、たたたんと楽し気にステップを踏む偽物のミレーニアさん──「みれーにあ」。

「ダンスのお相手は誰がいい?」

「ワタクシ? それとも『ワタシ』? もちろん、『ワタシタチ』でもよろしくてよぉ?」

 肘と肘で互いに腕を組んだ二人の偽物が、その場で楽しそうにくるくると回る。

 こんなダンス、どこかで見たっけな。あれ? フォークダンスだったっけ?

 まあ、何でもいい。俺が変なことを考えている間に、聖剣はいつものように戦闘態勢に移行している。

「はぁい、そこのカレシ。ダンスの際は注意してねー?」

「『ワタシタチ』──このダンゴムシたちには、我らが同胞を憑依させていると言いましたでショ? でも、肉体と意思は元のダンゴムシのままなのよねぇ」

「それがどういう意味か……」

「……分からないお馬鹿さんじゃありませんでショ?」

 ああ、やっぱりそういうことか。薄々俺だって気づいていたさ。

 あいつらは同胞をグルググたちに憑依させたとはっきり言った。俺も今まで出会った「害虫」たちの様子から、おそらく憑依とかそれに似たことをしているのだろうとは思っていたけど、それがはっきりとしたわけだ。

 だけど、それならそれで問題が生じる。

 先ほど、あいつらはグルググの体と意思は元のままだと言った。つまり、グルググを倒すということは……そういうことになるわけだ。

「茂樹さん……どうしますか?」

「このままだと……」

 香住ちゃんとミレーニアさんも、そのことに気づいたようだ。

 グルググたちを倒すことは難しくはないだろう。聖剣であれば、グルググの体を倒すと同時に憑依した「害虫」も倒すことができるに違いない。これまでそうしてきたように。

 だけど。

 だけど、目の前のグルググたちを倒すことは俺にはできないよ。

 これまであいつらが憑依してきたのは、馬鹿でかい熊とかスライムとかいったいわゆる野生動物たちだった。野生動物なら殺してもいいのかって問題もあるだろうけど、さすがにこの「小世界」の人類であるグルググを、「害虫」と倒すためとはいえ一緒に殺害することとは大きな違いってものだろう。少なくとも、俺にはグルググたちを傷つけるのは無理だぞ。

 そして、おそらく香住ちゃんやミレーニアさんにもできないと思う。

 何とか、「害虫」どもをグルググの体から引き離すことを考えないと。

 頼むぞ、あいぼう。いつものようにずんばらりんと行かないでくれよ?

 聖剣先生、これで意外と情け容赦ないところがあるからなー。あらかじめ注意しておかないと。



「じゃあ、最初のダンスにいってみよー!」

 と、高らかに宣言したのは「カスミ」。彼女(?)の宣言と同時に、その背後にいた九人のグルググたちが動き出した。

「頼むぞ、聖剣! グルググたちを傷つけないように非殺傷モードだ!」

 以前はパソコンの設定画面を通して確定していた非殺傷モードのオン・オフ。だけど、最近ではこのように音声入力でできるようになった。

 店長いわく、俺と聖剣の絆が強くなったからだとか。

 でも、あの店長の言うことだからなー。もしかすると、最初からパソコンで設定する必要なんてなかったのかもしれないぞ。単に、聖剣のことをあれこれと秘密にするためにパソコンを通すようにしていたのかも。

 それはさておき、俺の声に合わせて聖剣の刀身がばちりと音を立てて帯電する。非殺傷モードがオンになった証拠である。

 ちらりと左右を見れば、香住ちゃんとミレーニアさんが構える聖剣も、俺と同じように刀身が帯電していた。

 グルググたちから「害虫」をひっぺがす方法は分からないが、とりあえず彼らを行動不能に追い込もう。

「ジョバルガン! 仲間たちを止めるため、多少手荒なことになるが許してくれよ!」

【うむ、心得ている。仲間たちを助けてやってくれ。おそらく、それができるのはシゲキたちだけだろう】

 どうやら、ジョバルガンも状況は理解しているようだ。もちろん、具体的にどうなっているのかまでは分かっていないだろう──「声」を用いる俺たちの会話を、ジョバルガンは「聞き取れない」──が、流れ的に彼の仲間たちが「害虫」に操られていることは分かってくれたようだ。

 さすがはグルググ、思索を尊ぶ種族だけはあるな。

 九人ものグルググたちが、怒涛のごとく押し寄せる。それは文字通り、赤茶けた地面の上を猛進する津波のようだ。

「頼むぞ、聖剣! 香住ちゃんとミレーニアさんも、十分気をつけて!」

「はい!」

「承知しております!」

 その声と同時に、俺たちは動き出した。もちろん、俺たちを操っているのは聖剣である。いつものように。

 押し寄せる生きた津波を、俺は真正面から迎え撃つ。同時に、香住ちゃんとミレーニアさんは左右へと分かれた。

 さあ、聖剣先生、出番だぜ?

 心の中の俺の声に応え、聖剣の帯電する刀身がぼんやりと輝く。そして、俺の足が一際強く大地を踏みしめる。

 空気を斬り裂く音と同時に、俺は聖剣を目で追えぬほどの速度で何度も振り抜く。

 聖剣の刀身がグルググの体に触れる度、ばちりと激しい音と同時に電撃が炸裂し、グルググの体を駆け抜ける。

 だが、グルググはかなりタフだ。人間であれば一撃で行動不能に追い込む聖剣の電撃を、彼らは数回耐えることができるようだ。

 とはいえ、正面からは俺が、そして左右からは香住ちゃんとミレーニアさんが、素早く聖剣を振るって操られているグルググを行動不能にしていく。

 そして、俺が何度目かに聖剣を振り抜いた時。

 九人のグルググたちは、全員が感電して動けなくなっていた。

 彼らから「害虫」を引き剥がすのは後でいいだろう。

 俺は視線を一点へと向ける。

 いまだにくるくると踊り続ける、香住ちゃんとミレーニアさんの偽物たちへと。



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