囚われのジョバルガン



 ジョバルガンたちと合流する予定の場所で一時間ぐらい待ったのだが、彼らが戻って来る様子は全くない。

 赤茶けた地上は見通しが良く、ジョバルガンたちが近づいてくるようであれば見落とすことはまずないだろう。

 加えて暗視ゴーグルの望遠機能も使っているので、彼らに気づくことができるはずだ。

 この暗視ゴーグル、ただ暗視機能があるだけではなく、望遠などの機能もある優れものなのだ。さすが近未来の装備だね。

「グルググさんたち、どうしちゃったんでしょうか?」

 不安を滲ませた声で、香住ちゃんが尋ねてくる。

「何か不測の事態……敵に襲われたのかもしれませんわね」

 そう言うミレーニアさんも、何とも心配そうだ。

 今回地上に来たグルググたちは、ジョバルガンを筆頭に腕利きばかりが集められている。人間で言えば精鋭部隊ってところだ。

 そんなジョバルガンたちだから、たとえ敵と遭遇したとしてもそう簡単にやられたりはしないと思う。

 だけど、ミレーニアさんが言うように不測の事態は十分考えられる。

「探しに行った方がいいんじゃないですか?」

「そうだね……」

 これが俺たちの「小世界」……現代の日本であれば、俺たちの内の誰か一人をこの場所に残し、残る二人がジョバルガンたちを探しに行くという選択をする手もある。

 もしも行き違いでジョバルガンたちが戻って来たとしても、スマホで簡単に連絡が取れるからね。

 だけど、ここでその選択は悪手だろう。

 この「小世界」ではもちろんスマホは通じない。それに何より、この地上には危険な敵がいる。そんな状況での単独行動は非常に危険だ。

 ジョバルガンたちを探しに行くのなら、三人纏まって行動した方がいい。

 それに……俺たちがこの「小世界」に滞在できる時間も限られている。現在、俺の腕時計は午後一時を過ぎたところだ。本日の帰還時間は午後六時に設定してあるので、残り五時間弱。その間にジョバルガンたちを探し出して合流することができるだろうか?

 行き違いにならないようにこの場から動かない方がいいのか。それとも、何らかの危機に陥っているかもしれないジョバルガンたちを探しに行った方がいいのか。

 俺は悩みに悩んだ結果、一つの決断を下した。



 俺たちは今、ジョバルガンたちが残した足跡を追跡している。

 そう。

 俺が下した判断、それはジョバルガンたちを探しに行くことだった。

 もしかすると、この判断は結果的に間違っているのかもしれない。だけど、俺はじっとしていられなかったんだ。

 香住ちゃんもミレーニアさんも、俺の判断に何も言わずに笑顔で頷いてくれた。

 きっと二人も、ジョバルガンたちのことが心配なのだろう。

「グルググさんたち、大丈夫でしょうか……?」

「きっと大丈夫さ。ジョバルガンたちはかなり強いからね」

 心配そうに呟く香住ちゃんに、俺は笑顔で答えた。まあ、この返答は俺の希望的なものが含まれているわけだが。

「ですが、地上にはグルググさんたちの天敵ともいうべき存在がいます。もしかすると……」

 うん、ミレーニアさんの言いたいことも理解できる。ここには……地上には恐ろしい怪物が生息しているのだから。

 だから俺たちは、十分に警戒しつつジョバルガンたちの足跡を追跡していた。そのため、進む速度はそれほど速くはない。そのことに焦りを感じるのは事実だが、ここで警戒を疎かにするわけにもいかない。

 この世界に留まることができる時間も限られているしね。

 内心焦りでじりじりした思いをしつつ、時折聖剣に頼んで見えない足場を作って上空から周囲を見回したりもして、ジョバルガンたちを探していく。

 そして。

 そして、俺たちは見つけたんだ。

 蜘蛛の巣みたいな粘着質な糸に、がんじがらめにされているジョバルガンたちを。



 俺たちは地に伏せ、暗視ゴーグルの望遠機能を使ってその様子を監視している。

 周囲に隠れることができるような物影はなく、地に伏せて極力見つからないようにするのが精一杯という現状。

 望遠機能を最大にして、その様子を俺たちは見つめる。

 蜘蛛の糸のようなものでがんじがらめにされているグルググの数は二人。ジョバルガンと、彼と一緒に探索に出かけたもう一人のグルググだ。

 それ以外の九人のグルググの姿はない。この場に居合わせていないだけなのか、それとも……いや、変なことは考えない方がいいよね。

 そして、捕らえられたジョバルガンたちの傍には、一体の怪物がいた。

 先ほど遭遇したドズドズガとは別の種類のようだ。

 ぱっと見た目は、グルググに似ているかもしれない。だけど、グルググの体が硬質な甲殻に覆われているのに対し、その怪物はもっと柔らかそうだ。

 ぶっちゃけ、その姿はイモムシっぽい。だけどこれまで何度も遭遇した「害虫」のイモムシではないようだ。だって、ジョバルガンたちの傍にいるイモムシは黒ではなく赤茶色の体色をしているし。で、その赤茶色の体のあちこちに、毒々しい紫の斑点があるんだ。

 明らかに、「害虫」のイモムシとは別種だね、あれは。

 そういや、地下都市から地上へと向かうトンネルの中で、ジョバルガンが言っていたっけな。

 地上にはドズドズガ以外にも恐ろしい怪物たちが生息していて、そんな怪物たちの一種が赤茶色で紫の斑点を持つイモムシの姿をしている。確か名前は──

「あのイモムシ、ギタギタンガとかいう名前でしたっけ?」

「あら、ギルギルンガではなくて?」

 どうにも、グルググたちのネーミングは独特すぎて、俺たちには覚えにくいんだよなぁ。

 で、あのイモムシはギタギタンガでもギルギルンガでもなくてだね?

「ジョバルガンが言うには、あのイモムシはギルギタンガだったはずだよ」

 俺がそう言えば、二人は「あー、そうだった、そうだった」って感じで何度も頷いていた。

 で、ジョバルガンたちはそのギルギタンガとかいうイモムシに捕らえられてしまったわけだ。

 改めてそのギルギタンガを観察すれば、姿形はイモムシに酷似している。だけど、その大きさはグルググたちよりも三倍ほど大きい。そして、しっぽの先は鋭そうな針状になっていて、あの針から溶解液を獲物の体内に流し込み、溶けた獲物の肉を啜るのだとか。まるでタガメみたいだね。

 しかも、口からは丈夫で粘質な糸を吐き出し、その糸で獲物を捕らえるそうだが……うん、ジョバルガンたちは見事に捕らえられちゃった感じだな。

 糸でがんじがらめにされたジョバルガンたちは、全く身動きできないようだ。当然、彼らを助けるとなると俺たちが行動するしかないわけで。

 まあ、実際に動くのは俺たちじゃなくて聖剣先生だけどね。

 そんなわけです。先生、やっちゃってください!



「大丈夫か、ジョバルガン?」

【おお、シゲキたちか……危ないところを助けてもらった。礼を言わせてくれ】

 聖剣では細かい作業がしづらいということで、俺は自作のマイナイフでジョバルガンを縛る糸を切り裂いていく。

 え? ギルギタンガ? そんなヤツは聖剣先生のすっげえ光の刃改め、白光刃びゃっこうじんの前に一瞬で蒸発したよ?

 いやぁ聖剣先生、相変わらずマジ容赦ない。

【カスミ、ミレーニア、二人とも助けてくれてありがとう】

「いえ、私たちは何もしていませんから……ね?」

「ええ、カスミの言う通りですわ」

 香住ちゃんとミレーニアさんが、互いに顔を見合わせながら肩を竦めた。確かに、活躍したのは聖剣だけだしね。つまり、俺も何もしていないわけだ。

「それで、一体なにがどうなって捕まったんだ?」

【うむ……実に思慮が足りなくて恥ずかしい限りだが……】

 ジョバルガンが言うには、もう一人の同胞と共にこの辺りを探索していると、突然頭上から網が投げかけられたそうだ。

 そして、その網に捕らえられたジョバルガンたちの前に、ギルギタンガがまるで滲み出るようにして姿を見せた。おそらく体を透明にしていたか、もしくは擬態していたのだろう。

 ちなみに、ジョバルガンたちはこのように透明だか擬態だかをするギルギタンガを知らないそうだ。

 ジョバルガンたちグルググだって、地上を含めたこの世界のことを全て知っているわけじゃないからね。それに、もしかすると俺たちが倒したギルギタンガは、新種か奇種だったのかもしれないし。

 それはともかく、奇襲を受けたジョバルガンたちは、見事にギルギタンガに捕まってしまった、というわけらしい。

【ギルギタンガの糸は、我らが分泌する酸に耐性があるようでな……】

 逃げることさえできなかった、と触角を力なくゆらゆらとさせるジョバルガン。

【して、シゲキの話によれば、他の同胞たちも戻ってきていないそうだな?】

「そうなんだよ。ジョバルガンたちはこうして見つけることができたけど、他のヒトたちはまだ……」

 他のグルググ調査団のヒトたちも、やはり何らかの外敵に襲われているのだろうか。なら、彼らも探して助け出さないといけない。

 そう思い、何気なく赤茶けた大地の先へと視線を向けた時。

「あ、あれ……? 向こうからこっちにやって来るのって……」

【ああ、我らが同胞のようだ。どうやら無事だったようだな】

 ジョバルガンの言う通り、こちらへと近づいてくるのは残るグルググ調査団の九人。どうやら、外敵に襲われたわけじゃなさそうだな。

 だけど。

「……………………え?」

「どういう……………………ことですの…………?」

 行方不明だったグルググ調査団が近づくにつれ、香住ちゃんとミレーニアさんが驚愕の表情を顔中に張り付けた。

 なぜなら、こちらへと近づいてくるグルググたちを先導するかのように歩いているのは、香住ちゃんとミレーニアさんにそっくりの「ナニカ」だったからだ。



 どうやら、この世界にも既に「あいつら」が入り込んでいたようだな。


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