ドズドズガ
互いに駈け寄る形で、彼我の距離を食い合う俺とドズドズガ。
気づけば既にドズドズガは目の前。聖剣を振れば、その刃は容易に敵に届くだろう。そんな距離で。
俺は……いや、聖剣はその刀身を薄っすらと発光させた。
そして。
特に力を入れることなく、軽い調子で聖剣を振り抜く。と、同時に、10本あるドズドズガの蜘蛛脚の1本がぽーんと勢いよく宙に舞った。
もちろん、聖剣が蜘蛛脚を斬り飛ばしたのだ。
俺も今まで何度も聖剣と一緒に敵と戦ってきたが、聖剣ってこれほどまでに切れ味良くはなかった。なんせ、聖剣自体には刃はないし。
これこそが、店長が聖剣を調整した結果なのだろう。間違いなく、聖剣の切れ味は向上している。それも格段に、だ。
と、俺がそんなことを考えている間にも、聖剣は次々にドズドズガの蜘蛛脚を斬り飛ばしていく。
蜘蛛脚の切断面からどろりとした赤黒い体液が撒き散らされるが、俺はその体液を浴びないよう、素早く一時後退する。うん、あの体液、ひょっとすると毒かもしれないからね。
「す……すごい……」
「シゲキ様の聖剣、まるで別物のようですわね」
香住ちゃんたちの元まで後退した俺に、彼女たちの熱い視線が注がれる。
はい、ごめんなさい。嘘を吐きました。
香住ちゃんとミレーニアさんが熱い視線を注いでいるのは聖剣先生です。俺じゃありません。
「とりあえず、あのドズドズガとは優位に戦えるみたいだ。あれは俺に任せて、二人は周囲を警戒していて。他にもドズドズガが現れるかもしれないからね」
「わかりました」
「お任せください、シゲキ様」
二人は背中を合わせるようにそれぞれ聖剣──の複製品──を構え、周囲に鋭い視線を飛ばす。
あ、でも、もしも俺がピンチに陥ったら、その時はフォローをよろしく。
心の中で二人に呼びかけ、蜘蛛脚の半分ほどを失って動きが鈍ったドズドズガへと、俺は再び駆けだした。
力強く大地を踏み締めれば、乾いた地面は容易に砂埃を舞い上げる。
アーミーブーツの靴底と赤茶けた大地が熱烈な抱擁を交わすと同時に、俺は薄っすらと刀身が発光する聖剣を軽く振り抜く。
輝く聖剣の刀身は、容易くドズドズガの蜘蛛脚の装甲を斬り裂き、その内側へと侵入する。そして、更に刀身は突き進み、そのまま蜘蛛脚を突き抜けた。
結果、ドズドズガはほとんどの蜘蛛脚を失い、その場に擱座することになる。蜘蛛脚はあと2本残っているが、それだけでは本体の体重を支えることができないようだ。
ごろりと横倒しになり、残された蜘蛛脚をかしゃかしゃと蠢かすドズドズガ。だが、動くことは叶わず、ただその場でもがき続けるだけだ。
きゅるるるるる、とドズドズガが叫ぶ。
しかし、耳障りな咆哮だな。甲高いし、思わず耳を覆いたくなる。だけど、今の俺の体は聖剣が操っているので、耳を覆うこともできない。
ぎょろりとしたドズドズガの目。目だけ見れば、どことなくカエルっぽい。そのカエルっぽい目が、じっとりと俺に向けられた。
同時に。
ドズドズガが体を捻り、その大きな口を俺へと向けて開く。そしてそこから、びしゃっと何か粘液らしきものを吐き出した。
とはいえ、吐き出された粘液の速度はそれほどでもない。余裕で回避した俺──というか聖剣が、だけど──だが、その光景を目の当たりにして思わず顔を引き攣らせた。
なぜなら、先程まで俺が立っていた地面が、どろどろと融けていたからだ。
え? なにあれ、怖い。もしかして、あの粘液は強酸か何かなの?
そ、そういやグルググたちも酸を吐いたよね。この世界の生物は、体内に酸を標準装備しているのだろうか?
そんなことより、俺は次々に吐き出される酸の粘液を回避し続ける。
先述したように粘液の速度自体はそれほどでもないけど、次々に吐き出されるとそれは十分な脅威となる。
点の攻撃が面の攻撃になるってやつだ。いや、ちょっと違うかも?
連続して襲い来る粘液は、回避するだけで精一杯。だけど、それでいいんだよ。
だって俺は一人じゃないのだから。
「はああああっ!!」
「せぇぇぇいっ!!」
俺がドズドズガに防戦一方に追い込まれたことに気づいた香住ちゃんとミレーニアさんが、応援に来てくれた。
いや、ピンチになったら助けてとか考えていたけど、それがしっかりと伝わったんだね! いやまあね? 俺の意思が伝わったのは彼女たちじゃなくて聖剣なんだろうけどね? それでもね? 気分的にね?
香住ちゃんもミレーニアさんも、構えた聖剣の刀身を輝かせている。店長が施した聖剣の強化は、その分身にも適用されるんだよね。
俺だけに注意を向けていたドズドズガは、二人の接近に全く気づかなかった。その二人の聖剣が、ドズドズガの本体を深々と斬り裂く。
蜘蛛脚をほとんど失って擱座したドズドズガ。今ならその本体に二人の剣が十分届くんだ。
致命傷を負ったドズドズガが、苦し気な声を上げる。それは間違いなく断末魔の叫びなのだろう。ぴくぴくと体を蠢かせていたドズドズガは、やがて動かなくなった。
「…………倒せ……たのかな?」
「どうやら……そのようですわね」
ドズドズガに聖剣を向けていた二人が、動かないことを確認して大きく息を吐き出しながら剣を下ろした。
俺も二人と同じように、構えを解いて脱力する。
なんだかんだ言って、ドズドズガは強敵だったよ。特に連続して吐き出すあの粘液がね。
「とりあえず、少しだけ休憩しよう。ドズドズガは縄張りを持つとジョバルガンは言っていたから、おそらく近くに他の個体はいないだろうからね」
「それでも、最低限の警戒だけはした方がいいですよね」
「カスミの言う通りですわ」
うん、俺もミレーニアさんに同意だ。ドズドズガは近くにいなくても、他の危険な生物はいるかもしれないし。
ドズドズガを倒した場所から少し移動し、俺たちは地面に直接腰を下ろして小休止を取る。
ここは地上なので暗視ゴーグルは必要なく、俺たちは揃ってゴーグルを外している。
水を飲み、簡単な食事を済ませる。そして、改めて立ち上がった俺は、ぐるりと周囲を見回した。
特に何かが見えることもない。岩と枯れ木だけの赤茶けた世界を、時折乾いた風が吹き抜けていくだけだ。
「茂樹さん、どうかしましたか?」
「いや、別に何かあるわけじゃないけど、ここは……地上は寂しい所だよなって思ってね」
グルググたちの地底都市は、独特ではあるが賑やかだ。俺たちとは根本的に文化が違うから、どうしても異質に思えてしまうことはあるがそれでも地底都市には活気というか、人々──見た目は巨大ダンゴムシだけど──の息吹というか、そういうものが確かに感じられるんだ。
でも、それがここにはない。ただ、荒涼とした空間が広がっているだけ。
「ここにも生物はいて、命の営みはあるのだろうけど、どうにも寂しく感じられてね……」
「きっと、この赤い光景が寂しく感じられる原因ではないでしょうか?」
うん、ミレーニアさんの言う通りかもしれない。俺たちの「小世界」やミレーニアさんのアルファロ王国には、こんな赤茶けた寂しい場所はないと思う。
俺の知る砂漠や荒野とはまた違う、異質な赤い世界。それこそ、火星にでも行かない限りこんな光景は見られないのかもしれない。
「でも、こういう光景を見ると、改めてここが異世界だと思えるよな」
こういう普通では見られない光景こそ、異世界へ来た醍醐味だと俺は思う。
「さて、そろそろ移動を再開しようか」
「はい」
「分かりましたわ」
立ち上がった香住ちゃんとミレーニアさんと共に、再び歩き出す。注意すべきは周囲と足元。どちらも警戒を怠ることなく。
そうしていると、ミレーニアさんのスマホがぴりりりとアラームを鳴らした。
「予定していた時間ですね」
「そうだね。当初に決めた通り、一旦戻ろうか」
結局、ここまで遭遇した生物はドズドズガが一体だけだった。
この遭遇数が多い方なのか少ない方なのか、俺たちには判断できない。一度戻ってジョバルガンと合流し、彼に判断してもらうべきだろう。
歩いてきた方を振り返れば、地面にははっきりと俺たちの足跡が刻まれている。時折風が強く吹くが、足跡を消すほどではないようだ。
逆に言うと、足跡が消える前に戻る必要があるってことだけどさ。
こうして、俺たちはもと来た方へと逆戻りをした。足跡は途切れることなく、出発地点である地下へと続くトンネルまで戻ることができた。
だが。
その場でしばらく待ってみたものの、ジョバルガンや他のグルググたちがここに戻って来ることはなかったのだ。
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