地上探索



 さて。

 地上に到着した俺たちは、少し休憩した後で複数のグループに分かれて周囲を探索することにした。

 10人のグルググ調査団は、三人ずつのグループを三つ、そして残った一人がジョバルガンと共に探索する。

 もちろん、俺たちは三人で一グループだ。

 一応、時間を決めてここ──地下へのトンネルの出入り口のある場所──で再集合することになっているが、グルググたちってどうやって時間を計るのかな? 彼らには正確な体内時計でもあるのだろうか?

 俺はそのことに、ジョバルガンたちが探索に出かけてから気づいたんだ。しまった、もっとよく確認すればよかった。

「茂樹さん、どれぐらいの時間でここに戻りますか?」

「そうだなぁ。とりあえず、二時間を目安にしようか。ジョバルガンたちがどれくらい周囲を探索するか分からないけど、それぐらいで一度ここに戻って来よう」

「では、わたくしのスマホでアラームを二時間後にセットしておきますね」

 と、ミレーニアさんがぴぴぴっとスマホを操作する。もうすっかりスマホの操作にも慣れたものだ。

 店長いわく、ミレーニアさんの順応力はかなり高いらしい。今では日本で問題なく日常生活を送れるレベルなのだとか。

 更にはネットを駆使して俺たちの世界の経済や文化、科学技術なども独自に調べているそうだ。どうやらこちらで学んだことを、本気で母国であるアルファロ王国発展に活かすつもりなのだろう。

 もちろん、個人でできることなど知れているだろうが、それでもできることはあるはずだ。

 俺も力になれることは、是非協力しないとね。

 でも、彼女に直接言うのはちょっと憚れるんだよねぇ。何となく、「では、結婚してください!」とか言われそうで。うん、ごめん。ちょっと自惚れ入ってました。

 それはさておき。

「じゃあ、適当に歩いてみようか」

「そうですね……とは言っても、何もありませんけど……」

「見えるのは赤い空と赤茶けた荒野ばかりですわね」

 そうなのだ。

 最初にこの「小世界」に来た時も思ったが、この「小世界」の地上って本当に何もないんだよね。

 赤く染まった空と、赤茶けた大地。

 所々に大小様々な岩があったり、亡霊が立ち竦んでいるかのような枯れ木が点在していたりするぐらい。

 それが、この「小世界」の地上部分なのだ。

 一見すると、SF映画に登場する火星のような印象かな? とはいえ、一応僅かながらも植物が存在しているみたいだし、おそらくはどこかに水もあるのだろう。

「じゃあ、あっちに見える岩山を目印にして歩こうか」

「そうですね……でも、ここに戻って来られますかね?」

 周囲を見回しながら、ちょっと不安そうに香住ちゃんが言う。

 確かに、地下へと続くトンネルの出入り口はあるものの、遠くからだとそれは分かり辛い。何か旗のような目印でもあればいいのだけど、丁度いい物は持ち合わせていないな。

 今度から、コンパクトな釣り竿も異世界への持ち物に加えておこうかな?

「それなら、わたくしたちの足跡を逆に辿ればここに戻って来られるのではありませんか?」

 と、ミレーニアさんが足元を見ながら言う。

 確かに、地面には俺たちの足跡がくっきりと残っていた。風もそれほど強くは吹いていないようだし、しばらくはこの足跡が消えることもないだろう。

 よし、ここはミレーニアさんの意見を採用だ。

 俺たちは互いに顔を見合わせ、一度頷いた後に先ほど決めた岩山を目指して歩き始めた。



 そうやって歩き出した俺たち。

 周囲は極めて見通しがいい。なんせ、ほとんど何もないからね。よって、突然奇襲されるような心配はないと思われる…………のだが。

「いつ例の怪物……ドズドズガが襲ってくるのか分かりませんね」

「ええ、カスミの言う通り、油断できません」

 俺たちは歩きながらも、最大限に警戒する。特に足元に要注意だ。

 なぜなら、ドズドズガという怪物は足元から奇襲してくるらしい。

 ジョバルガンに聞いたところによると、連中は地面の浅いところに隠れて、獲物が近づくのを待ち伏せするそうなんだ。

 ドズドズガには蜘蛛みたいな細長い脚が10本あるそうだけど、その生態も蜘蛛──地蜘蛛に近いものがあるらしい。

 吐き出した糸で巣を編み上げ、その巣は地面の中に巧妙に隠してある。そして、その巣の中で獲物が近づいてくるのを待ち続けるわけだ。

 ドズドズガも地面に潜るらしいのだが、それほど深くまでは潜らない。だからこそ、グルググたちはあんなに深い所に都市を築き上げたんだろうね。いわゆる、棲み分けってやつだ。

 そんなドズドズガの生態を聞いていた俺たちは、周囲の地面を注視しながら歩く。

 その時だ。

 突然、俺は聖剣を引き抜いて構えた。まあ、いきなり俺の体が勝手に動き出すのはいつものことなんだけどね。

 ふと見れば、香住ちゃんとミレーニアさんも聖剣を構えている。

「どうやら、敵のようですわね」

「そうみたいね」

 ミレーニアさんと香住ちゃんが、言葉を交わしつつ周囲に視線を走らせる。もちろん、俺も最大限に周囲を……特に地面を警戒だ。

「ん?」

 地面が僅かに揺れている? こ、これってもしかして?

 ドズドズガの襲撃か? と思った瞬間、俺は聖剣を口に咥えて、香住ちゃんとミレーニアさんをそれぞれ両脇に抱えて上空へと跳んでいた。もちろん、いつものように見えない足場を空中に作り出しながら。

 二人を抱えたまま空中で立ち止まる俺の足元……地上では、びきびきと音を立てて地面が割れていく。

 そして、地面を割って現れたのは一体の怪物。

 印象としては、サザエのような巻貝と言えば最も適切だろうか。

 その巻貝の下部から、10本の蜘蛛によく似た長い脚が突き出している。

 サザエで言えば下部の蓋に該当する部分に、恐竜によく似た頭がくっついていた。いや、頭そこなの? そこにあるの?

 頭には角のような突起が三本。確かに、見ようによってはトリケラトプスに見えなくもない。だけど、俺の印象ではあまり……いや、全然似ていないと思う。

 でも、間違いないだろう。こいつがジョバルガンの言っていたドズドズガだ。

「あ、あれが……」

「うん、ドズドズガって怪物だね、きっと」

 思わずといった感じで零れ出た香住ちゃんの呟きに、俺は同意した。

 ドズドズガが現れた地点からやや離れた場所に着地した俺たち三人は、改めて聖剣を構え直す。

 ざっと見た感じ、ドズドズガの大きさは大型のバスよりもはるかに大きい。いや、バスどころか電車数両分ぐらいあるかもしれない。

 それに加えて、細くて長い蜘蛛脚があるものだから、実際の大きさ以上に大きく感じてしまう。

 更には、巻貝のような体の底に存在する頭部はかなりでかかった。一体どれだけの大きさがあるんだ、あの頭は? あれだけの大きさがあれば、確かにグルググたちを一飲みにできそうだ。

 そのドズドズガの体の下に存在する頭部が、ぎょろんと俺たちへと向けられた。そして、ぎょるるるるるるん、って感じの少し甲高い咆哮を上げる。

「思っていたよりも、かなり醜悪な怪物ですわね……」

 眉を寄せながら、ミレーニアさんが思わず一歩後退する。確かに、トリケラトプスを始めとした恐竜のような力強さとカッコよさは皆無であり、醜悪な印象ばかりが強いぞ、こいつは。

 大きく開いた口からだらんと長い舌を垂らしながら、ドズドズガが俺たち目がけて突進してくる。

 巨体の割に速いな。でも、避けられないほどではなさそうだ。

 俺たちは各自、散開してドズドズガの突進を回避する。今、俺のすぐ近くをドズドズガが駆け抜けていったわけだけど、近くで見ると更に醜悪さを感じるな。

 特に、生気を感じさせないぎょろりとした巨大な目が怖い。いや、生気うんぬんというより、異質すぎるのかもしれない。

 グルググたちだって俺たちからすると相当異質だが、彼らはまだ話が通じるからかそれほど異質さを感じない。まあ、ダンゴムシとか気持ち悪いってどうしても思っちゃう人には、グルググも醜悪なだけだろうけど。幸い、俺はそこまでダンゴムシとかダイオウグソクムシとか嫌いじゃないからね。

 だけど、こいつ──ドズドズガは異質としか感じられない。その巨大さも醜悪さも、ちょっと受け入れがたい。

 そんなドズドズガが、突進を回避されてぐるりと旋回し、再び俺たち目がけて突っ込んでくる。

 その巨大な口からは、涎らしき液体がだらだらと流れ落ちているところを見るに、どうやらこいつは俺たちを餌だと認識したらしい。

「茂樹さん、どうしますか? あれだけ大きいと、さすがの聖剣も刃が通りそうもなさそうですけど?」

「蜘蛛みたいな脚は一見細く見えますが、それはあの巨体に比べての話です。実際は、わたくしたちの腰回りぐらいの太さがありそうですわね」

 うん、確かに二人の言う通りだ。普通であれば、あんな巨体や太い脚に剣の刃が通るわけがない。

 だけどさ。

 俺が所持しているのは、普通の剣じゃないんだよね。

 きっとあいぼうなら、あの怪物をずんばらりんしてくれると思うんだ。

 そうだろ、聖剣?

 俺が心の中で問いかければ、それに応えるかのようにぶるりと震える聖剣。

 しかも、今の聖剣は店長が調整を加えて以前よりもパワーアップしているはずだ。

 ここはひとつ、聖剣の新しい力を見せてもらおうじゃないか。

 俺のそんな思いに応えてくれたのか、俺の体がドズドズガ目指して走り出す。

 さあ、行こうぜ、聖剣! おまえがどれだけ強くなったのか見せてくれ!


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