地底世界の地上




 パンとゴゴンを交換してもらった俺たち。

 ちゃっかりと、勇人くんの分も交換してもらっちゃった。ジョバルガンも特に文句を言うことなかったし。もちろん、その分だけパンを多めにジョバルガンに渡しておいた。

「なあ、ジョバルガン。最近、何かおかしなことはないか?」

【おかしなこと? それは先程君たちが言っていた、「ガイチュウ」とやらに関することか?】

「ああ。あいつら、どこにでも湧くからさ。もしかすると、もうこの世界にも来ているんじゃないかと思ってね」

【ふむ……最近はグッダングどもも姿を見せぬし、特に変わったことはないと思うがな】

 そうか。あいつら、この世界にはまだ来ていないのかな。でも、ジョバルガンたちが気づいていないだけって可能性もあるから、油断はできない。

【とは言え、我らが思索の及ぶ範囲はテラルルルとその周辺ぐらいだ】

 そりゃそうだよね。いくらジョバルガンたちだって、その目が行き届くのはこの地底都市とその周囲ぐらい。この世界がどれぐらい広いのか全く分からないけど、この世界がテラルルルとその周辺だけってことは絶対にないと思う。

【それ以外の地域……特に地上は全く思索が及ばぬな】

 ん? 地上?

 あ!

 そういや、俺が初めてこの世界を訪れた時、地底じゃなくて地上に転移したっけ。

 で、地下から現れたジョバルガンと出会い、彼に導かれてこの地底都市に来たんだった。

 つまり、この世界にも地上はあるわけだ。

 で、その地上には恐ろしい怪物のような何かがいる……と、ジョバルガンに聞いた気がするぞ。

 まさか、その怪物が「害虫」だったりなんてことは……うん、そんなことはないよね。

 でも、念のためにジョバルガンにその怪物のことを詳しく聞いておこう。

【そういや、シゲキに地上のことは何も説明していなかったな。これは我としたことが思慮が行き届かなくてすまない】

 ジョバルガンの触手がぺたりと地面に垂れた。あれ、以前にも見たことあるけど、確か「ごめんなさい」の意味だったっけ?

【地上には恐ろしい怪物どもが闊歩している。グッタングなど、触手の先にも満たないほど恐ろしい奴らだ】



 ジョバルガンの説明によると、地上にいる怪物とやらは相当大きいらしい。軽自動車ほどあるグルググたちを、丸飲みにするぐらいの大きさだとか。

 聞けば、その姿は俺たちの「小世界」の恐竜に酷似しているらしい。スマホに以前保存しておいたトリケラトプスの写真を見せたら、よく似ているとジョバルガンも言っていたし。

 でも、足は蜘蛛みたいな長い奴が10本もあるんだって。トリケラトプスの体に蜘蛛脚が10本。まさに化け物だな。

 それはそうとして、どうして俺、トリケラの写真なんてスマホに保存しておいたんだろうな? よく覚えていないぞ。

【その怪物……我々はドズドズガと呼んでいるが、そのドズドズガ以外にも地上は怪物で溢れている。そんな危険な地上を捨て、我らが先祖は地下を安住の地と定めたのだ】

「なるほど、グルググにも歴史があるわけだ」

【当然だ。我々は思慮し、記録する存在だからな】

 ジョバルガンの触手がくるくると回る。何となくだけど楽しそうな雰囲気だ。

 しかし、この世界の地上にはグルググさえ一飲みにするぐらい恐ろしい怪物がいるんだな。

 ん?

 あれ?

 今、ちょっと嫌な予感がしたぞ?

 これまで、あの「害虫」が現れる時、それぞれの世界の生物に憑依していた。ということは、もしかして……この世界に「害虫」が現れるとしたら、ドズドズガとかいうその怪物に憑依して現れるんじゃ……?

 それとも、今後は黒い「俺」みたいに人間の姿で現れるのか?

 あの「害虫」どものことだから、この世界にも現れる気がする。あいつら、聖剣の気配に敏感そうだし、無駄にしつこそうだし。

 それとも、もうこの世界に入り込んでいるのかもしれない。

 一度、地上の様子を見に行った方がいいのだろうか? 俺とジョバルガンが初めて出会った時のように、グルググたちも全く地上に無関心というわけじゃないだろう。

 でも、「害虫」がドズドズガに憑依しているとは限らないし……ああ、もう! どうしたらいいんだっ!?

「茂樹さん……? どうかしましたか?」

「先程からシゲキ様、表情がころころと変わっていますわよ?」

 おっと、これは俺としたことが。

 あれこれ考えすぎて、一人で百面相していたようだ。

 ここは一つ、みんなに相談してみよう。うん、そうしよう。



【ふむ……「ガイチュウ」がドズドズガに憑依か。それはそれで興味深いが、一度確かめに行ってみるのもいいかもしれないな】

 ジョバルガンの触手がくいくいと上を向く。これ、人間で言えば指差しているようなものなんだろうな。

【とはいえ、我らだけで行くのもどうかと思慮してな】

「どういうことですの?」

 ミレーニアさんが不思議そうに首を傾げる。もしかして、勝手に地上に出てはいけないという規則でもあるのかな?

 でも、俺と初めて出会った時はジョバルガン一人だったし、そんなこともないと思うけど。

【この際なので、ズムズムズ様に進言し、大々的に地上を調査しようと考えたのだ】

 ふむふむ、地上の調査か。それはそれで大切なことかもしれない。天敵の動向を掴むのは重要だものね。

 その後、再び場所をズムズムズさんのいる宮殿へと移し、俺たちはズムズムズさんに提言する。

【なるほど、さすがは〈甲〉のジョバルガン。実に思慮深きことよ】

 感心した様子のズムズムズさんから正式な許可を得て、ジョバルガンを始めとした10人以上のグルググたち──今後はグルググ調査団と勝手に呼ぶことにする──と一緒に、俺たちも地上へと移動することになった。

 地上への移動は、もちろんグルググ調査団がトンネルを掘っていくわけで、その後を俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんはついていくわけだ。

 以前はかなり苦しい体勢で地上からこの地下へと降りて来たが、今回は俺たちのことを考えてくれて、立って移動できるぐらいのトンネルを掘ってくれるらしい。

 ジョバルガン一人では不可能だけど、複数のグルググが協力すればできなくはないとのこと。

【その代わり、トンネルを掘る速度が犠牲になってしまうが、そこは我慢して欲しい】

「ええ、大丈夫ですよ。私たちのことを気にかけてくださって、ありがとうございます」

 香住ちゃんがトンネル担当のグルググにそう言うと、そのグルググは触手を大きくぐるぐると振り回した。

【おお……聖女様にそのようなお言葉をかけていだだけるとは……全くもって思慮の外れでした!】

 ああ、そう言えば、グルググたちにとって香住ちゃんは特別な存在だったっけ。彼女のことを「聖女様」と呼ぶグルググはかなり多いみたいだ。

 今も香住ちゃんに声をかけられたグルググは、へんにょりと両の触手をぺたりと地面につけている。そして、その触手が小刻みに震えながら左右に移動していた。

 おそらく、人間で言えば平伏している状態じゃないかな、あれ。もしかすると、平伏を通り越して五体投地の域に達しているのかもしれない。

 そんなグルググたちは、張り切ってトンネルを掘り始める。トンネルを大きくする分速度が犠牲になるようなことを言っていたけど、トンネルを掘る速さはかなりのものだった。

【同胞たちは、カスミの役に立てると張り切っているのだ】

 と、ジョバルガンが教えてくれた。ホント、香住ちゃんはどれだけグルググたちに尊敬されているのやら。

 ともかく、張り切ったグルググたちはものすごい速度でトンネルを掘り進めていく。その速度は俺たちが普通に歩けるほどだから、どれぐらい速いか理解してもらえるだろう。

 緩やかな傾斜を描きながら、上へ上へと掘り進むトンネル。

 前回、ジョバルガンの後について地下に潜った時は、テラルルルに到着するまでかなりの時間をかけた気がするが、今回はかなり時間を短縮できそうだ。

 そんなことを考えながら、俺たちはトンネルを進む。

 やがて、俺たちからやや先行する掘削部隊の先から、赤みを帯びた光がトンネルの中に差し込んできた。

 どうやら、地上に着いたようみたいだね。


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