取引
予測通りというか、ズムズムズさんは俺の話を真剣に聞いてくれた。
【なるほど、「ガイチュウ」か……それはそれで興味深い話だな】
さすが思考を尊ぶグルググ。恐ろしい「害虫」であっても、「興味深い」対象には違いないわけだ。
【他ならぬシゲキたちの頼みとあれば、我々に断る理由はない。我が力になれることがあれば、遠慮なく何でも言ってくれ】
ズムズムズさんがそう言ってくれたと同時に、謁見の間に居合わせたグルググ全員が一斉にざわざわと足を蠢かせた。
がちゃがちゃ、だんだん、ざわざわと、謁見の間が騒がしくなる。同時に、触角をぴかぴかと光らせるので、まるでお祭りのような雰囲気だ。
どうやらグルググたちは皆、俺たちに協力してくれるみたいだね。いや、非常に嬉しいよ。
見れば、香住ちゃんとミレーニアさんも笑顔だ。
「何か、いいですよね、こういう雰囲気」
「姿はわたくしたちと違っても、皆様いい人たちばかりなのですね」
うんうん、ミレーニアさんの言う通りだよね。
とにかく、これでグルググたちも俺たちに協力してくれる約束は取り付けられた。この世界へ来た最大の目的は達成されたわけだ。
「……改めて見ると……本当にデカいなぁ」
「……シゲキ様のおっしゃる通りですね……」
「うう……恥ずかしすぎて直視できない……」
俺たちは今、例の巨大聖女像の近くにいる。
先程は少し離れた所から見たわけだが、こうして近くで見るとその大きさがより理解できるというものだね。
近くでよく見ると、巨大聖女像──もちろん香住ちゃんの像だ──は、未完成みたいだ。現在も多数のグルググたちが、聖女像の表面に張り付いて作業をしている。
ダンゴムシに酷似した彼らは、特に命綱などもなく壁面を自由に移動できるみたいだ。
こうして見ると、グルググってやっぱりすげーな。重機などを用いることなく、これだけ巨大な建造物を作り上げるのだから。
まあ、それを言ったら我々人間だって、過去にほぼ人力だけで巨大建築物を世界のあちこちに作り上げたわけだけどさ。
【つまりだね、聖女様の下半身を我々と同じ姿にしたのは、聖女様と我々が深く結びついていることを表現しているわけなのだよ】
と得意げ(?)にそう説明してくれたのは、この巨大聖女像を作り上げるプロジェクトの総責任者の立場にあるヒトだった。
どうやらこのヒト、俺たちの世界でいうところの建築家兼芸術家のような立場らしい。
【聖女様の異質な佇まいと我々グルググが融合したこの姿こそ、究極の芸術であり究極の美だと私は考えるね。ああ、我々と深く結びついた聖女様のお姿……なんとお美しいことか】
芸術家さんは、その触角を聖女様……いや、香住ちゃんに向けてくるくると回している。どうやらこのヒト、かなり香住ちゃんに心酔しているっぽい。
でも、グルググたちにとって、俺たちの姿はやっぱり異質なのか。まあ、仕方ないけど。
【彼もまた、カスミがもたらした秘薬の原料のおかげで病気を克服した一人だからな。カスミのことを心から尊敬しているのだろう】
と、俺たちと同行してくれたジョバルガンは説明してくれた。
つまり、この芸術家さんにとって香住ちゃんは命の恩人ってわけだ。そりゃあ尊敬だってするわけだね。
【見ていてくだされ、聖女様。必ずや、あなた様が成し遂げた偉業に相応しい聖女像を作り上げてごらんにいれましょう】
「うううう……早く家に帰りたいよぉ……」
あまりに持ち上げられるせいか、顔を真っ赤にして泣き言を言い出す香住ちゃん。うん、その気持ちは分かるよ。
もしもあの像が自分だったら、きっと俺も家に帰りたくなるから。
あ、ついでだからこの巨大聖女像の写真を撮っておこうかな。この地底世界は基本真っ暗だから、いくらスマホのナイトモードでもどこまで鮮明に撮れるか分からないけど。
「わわわわわ! や、止めてくださいよ、茂樹さん! こんな写真を撮らないでぇぇぇぇぇぇっ!!」
俺からスマホを奪い取ろうとする香住ちゃん。だけど、俺の方が身長高いから、スマホを高く掲げれば彼女の手は届かない。
と、俺と香住ちゃんがじゃれている間に、しっかりとミレーニアさんが写真を撮っていた。最近の彼女、すっかり日本の文化に馴染んで各種電化製品も自在に操るようになったからね。
「あら、思ったよりも綺麗に撮れましたわ。この写真、帰ったらマリカ様にもお見せしましょう」
ミレーニアさんは自分で撮った写真を、暗視ゴーグルを外して肉眼で確かめる。どうやら、鮮明とまではいかないまでも、何が写っているか程度には写真に撮れたようだ。
「や、止めてー! それだけは絶対に止めてー! こんな写真、店長には見せないでー!」
と、今度は香住ちゃんとミレーニアさんがじゃれ始める。うんうん、最近の彼女たちは本当に仲がいいね。
【むむ……何だね、この異質ながらも興味深いモノは……?】
【世界を写し取る異界の技術か……?】
【な、なんと! 異界にはこのような技術があるのか……実に興味深いぞ!】
一方、ジョバルガンを始めとした近くにいたグルググたちは、スマホで撮った写真に興味津々だった。彼らには写真のような技術はないようだ。
いやだからね? 俺に写真技術に関して聞かれても困るって。本格的なカメラの構造なんて俺は知りません。そもそもスマホのカメラって、構造なんて知らなくても使えるものだし。
カメラで俺に分かるのは、ピンホールカメラぐらいかなぁ? とはいえピンホールカメラだってそれほど詳しいわけじゃなく、以前テレビで紹介されていた作り方を見たぐらいなんだけどさ。
でも、この地底世界でピンホールカメラってまず無理じゃね? あれって適度な明るさがないと無理らしいってテレビで説明していたから。
でもこれがきっかけで、グルググたちの間に写真技術が発達するようになるかも。彼らなら本当に、独自の技術でカメラかそれに類するものを創り出しそうだ。
場所をジョバルガンの家に移した俺たちは、目の前に置かれたモノを見て苦笑を浮かべた。いや、浮かべるしかなかったと言うべきだろうか?
今、俺たちの目の前に置かれたモノ。それは黒い鉱石のようなモノ……つまり、グルググたちの主食であるゴゴン。店長たち魔術師は、この鉱石を「賢者の石」と呼んでいる。
「…………私たち、あっという間に億万長者になりましたねー……」
どこか虚ろな目でそんなことを言うのは香住ちゃんだ。この黒い鉱石は、グルググたちのいるこの「小世界」ではありふれた食糧なのだが、他の「小世界」では極めて貴重な鉱石らしいのだ。
店長いわく、俺たちの目の前に置かれた鉱石の大きさは、日本の国家予算に匹敵するぐらいの額で取り引きされるそうだ。
日本の国家予算並みの値段の鉱石が、俺たちの目の前にそれぞれ一つずつある。つまり、日本の三年分の予算が目の前にあるわけだ。
もちろん、目の前にあるこの鉱石全てを魔術師たちに流せば、あっという間に値崩れを起こすだろう。そうならないように、慎重に取り扱う必要があると店長は言っていたな。
需要に供給が追い付いていないからこそ、この賢者の石は高額で取り引きされているのだから。
「でも、これだけあれば、間違いなく一生遊んで暮らせるんだよなぁ」
「駄目ですよ、そんなことは。店長だって言っていたじゃないですか」
確かに店長も言っていたように、定職にもついていないのに金回りが良かったら、世間から奇異な目で見られるだろう。
たとえ定職についていなくても、今のご時世は稼ぐ方法はいくらでもあるだろうけど、それでも周囲から変な目で見られるのは避けたい。
となると、やはり近い将来就職活動はしなくちゃいけないな。
【どうしたのだ、三人とも? 遠慮なくゴゴンを食べてくれ……おお、そう言えば君たちはゴゴンを食べないのだったな。これは我としたことが思慮不足であったようだ】
と、謝るジョバルガンの触手が左右にひょこひょこと揺れる。
「確かに俺たちはこのゴゴンは食べられないけど、折角だからこの前みたいにもらって帰るよ」
【ああ、是非そうしてくれたまえ。その代わりと言っては何なのだが、また君たちの食料を分けてもらえないだろうか? 以前もらったパンとやらは君が言った通りカビに覆われてな。いやはや、あれはあれで実に興味深い現象であった】
グルググたちにとって、食料がカビに覆われるというのは極めて珍しいことなのだろう。そりゃそうだ。鉱石にカビはまず生えないだろうし。
で、ジョバルガンや知り合いのグルググ、更にはズムズムズさんまでもがパンに生えたカビをじっくりと観察したらしい。
そして、その時のカビを観察できなかったグルググたちが、次にカビを観察できる機会を虎視眈々と狙っているそうなのだ。
【そのような同胞たちに、カビを観察する機会を与えてやってくれないだろうか?】
もちろん、俺に拒否する理由はない。喜んで非常食として持ち込んでおいたパンをいくつかジョバルガンに渡した。
俺たちからすると、かなりレートの偏った取引に思えるのだが、ジョバルガンたちにとっても決して損な取引ではないのだろう。
価値観なんてものは、決して不動ではないのだからね。
グルググたちにとっては、ありふれたゴゴンよりもパンの方が価値が高いのは間違いないのだから。
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