異界の聖女
というわけで、俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんは、地底世界にやって来た。
現在はグルググの都が見える場所にいる。当然周囲は真っ暗なので、暗視ゴーグルは装着済みだ。
別に暗視ゴーグルがなくても、様々な色彩の光を放つグルググの都テラルルルは問題なく見えただろうけど。
まさに、地上に落ちた星と言っていいほど、テラルルルは輝いて見えていた。
「あれが、シゲキ様とカスミが言う地底世界の都なのですね」
うっとりとした顔──暗視ゴーグルで目元は見えないが──で、輝くテラルルルを見つめるのはミレーニアさん。
彼女も俺たちの世界で相当なカルチャーショックを経験したようだが、この世界でもまた別の衝撃を受けたようである。
確かに、光り輝く地底都市は幻想的だ。このままいつまでも眺めていたい気持ちになる。
だけど、そういうわけにもいかないんだよね。
俺は香住ちゃんとミレーニアさんに一度視線を向けてから、テラルルルに向かって歩き出す。
さて、ジョバルガンは元気だろうか? 前回この「小世界」を訪れた時は、ガスガガトンという難病に罹っていたのだ。
その難病は偶然香住ちゃんが持ち合わせていた、マンドラゴラのボンさんからもらった石……この世界ではバルババンと呼ばれている鉱物のおかげで、ジョバルガンを始めとしたガスガガトンに罹患していた多くのグルググたちが救われたのだが……一応、今回は俺もボンさんにもらった石を持ってきてあるんだ。もしもまたこちらでガスガガトンが流行っていた時のために。
ポケットの中に入っているボンさんの石──バルババンを手で弄りながら、俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんはテラルルルに向けて歩いていった。
え、えっと……これ、ナニ?
俺は呆然としたまま目の前に聳え立つソレを見上げた。いや、俺だけじゃない。香住ちゃんもミレーニアさんも、ぽかんとした表情でソレを見上げている。
ただ、香住ちゃんは顔を真っ赤にしているけど。まあ、それも無理はない。
なぜなら、俺たちが見上げているのは巨大な香住ちゃんの石像なのだから。
【前回、ガスガガトンをもたらしたことで、数多くの同胞を救ってくれたカスミの功績を称えると同時に感謝を込めて、こうしてカスミの像を作り上げたのだ】
俺の隣にいるジョバルガンが、そのぴかぴかと光る触手をぐるぐると振り回しながらそう「言った」。
ジョバルガンたちグルググは、触手を明滅させることで「会話」をする。当然ながらそんな「会話」は俺たちには理解できないが、そこは聖剣先生が通訳をしてくれている。そのため、ジョバルガンの「言葉」はテレパシーのように俺の頭に響いてくるのだ。
もちろん俺たちの会話も、聖剣の柄頭にある宝珠が明滅することで、ジョバルガンへと「通訳」されている。そのためだろう、既に香住ちゃんとミレーニアさんの剣は、聖剣と同じ姿になっていた。
「あ、あの……どうして私の像が……?」
【以前君たちが来訪してから、君たち……特にカスミの評判はどんどんと上がっていってな。同胞たちからカスミの功績を後世に残したいという意見が数多く寄せられたのだ】
な、なるほど。それで香住ちゃんの巨大な石像を造ろうってことになったわけだ。
まあ、日本だってその土地にまつわる偉人の銅像や石像を建てることはよくあるし、その辺りはこの「小世界」でも同じようなものなのだろう。
だけどさ?
どうして、石像の香住ちゃんの下半身が、グルググみたいなダンゴムシ状態なわけ?
アラクネという人間の女性の上半身と蜘蛛の下半身を持った怪物は有名だろうけど、その蜘蛛の部分がダンゴムシになったものを想像してもらえれば、俺の目の前に聳える香住ちゃんの巨大石像の姿を理解できると思う。
更には、ジョバルガンから聞いたこの巨大石像のタイトルが「異界の聖女」というらしい。確かに異世界からやって来た女性が、病に苦しむ多くのグルググたちを救ったのだから「聖女」と呼ばれても不思議じゃないけど……どうしてあんな下半身になったんだろう? グルググたちの美的感覚かつ芸術的感覚なアレの結果だろうか?
「わ、私……聖女なんて呼ばれるようなことはしていないんですけど……」
赤くなった両の頬に手を当てつつ、香住ちゃんがそんなことを呟く。
「わたくしは詳しい事情は知りませんが……この世界の方々がこれだけのものを造ったのですから、カスミはそのことを誇ってもいいのだと思いますわ」
「だから、私はそんな大層なことはしていないんだってば!」
うんうん、ミレーニアさんの言う通りだと思うよ、香住ちゃん。確かに香住ちゃんがバルババンを持ち合わせていたのは偶然だけど、それが多くのグルググたちを救ったのは間違いのない事実だからね。
俺は改めて巨大な香住ちゃんの石像を見上げる。
グルググたちはその見かけからあまり想像できないけど、かなり高度な技術を持っている。巨大な香住ちゃんの石像は、実に彼女そっくりなのだ。
残念なのは、彼女の顔が暗視ゴーグルに覆われて見えないことか。そりゃこの世界にいる間、俺たちはずっと暗視ゴーグルを装着していたから仕方のないことだろうけど。
そして、更に残念なのは……香住ちゃんの隣に俺の石像がないことだ。
別に俺のことを石像にして後世に語り継いでもらおうとは思わないけど、やっぱり香住ちゃんの隣に俺の姿があれば嬉しいじゃない?
香住ちゃんの像の隣に俺の像も造ってもらえないか、この街の支配者であるズムズムズさんに後でこっそりと相談してみようかな?
【よく来てくれた、シゲキ、カスミ。そして、もう一人の異界の友人よ】
機嫌良さそうに明滅する触手を上下に揺らすのは、グルググたちの母にして支配者であるズムズムズさんだ。
今、俺たちがいるのは彼女の居城であり、いわゆる謁見の間である。
その謁見の間の最奥、少し高くなった場所にズムズムズさんはいた。左右に一際大きな体を持つグルググを従えながら。
【して、もう一人の異界の友人よ。よければ、我に名を教えてくれまいか?】
「はい、グルググの女王様。わたくしの名はミレーニア・タント・アルファロと申します。今後ともよしなに」
と、実に優雅な仕草で挨拶をするミレーニアさん。その際、片足をやや後ろの内側に引き、もう片方の足の膝をやや曲げる。背筋は伸ばしたまま──いわゆるカーテシーという奴だ。
うんうん、さすがはリアル・プリンセス。王族との対面はお手物のって感じだね。ちなみに、ズムズムズさんがグルググたちの女王様であることは、事前にミレーニアさんに説明してある。だから、ミレーニアさんもズムズムズさんを前にしてこのような畏まった態度を取っているのだろう。
【ふむ、ミレーニアと申すか。なかなか興味深い響きの名前よな。興味深いと言えば、その方が今した挨拶の仕方もまた実に興味深い。我はこのテラルルルの〈頭〉たる、ズムズムズだ。今後はシゲキとカスミ同様、我とは友として接してくれると嬉しい】
と、ズムズムズさんがその触角をゆらゆらと揺らした。
その揺れ方はまるで海中にたゆたうワカメのようだけど……きっと、あれがグルググたちの敬意の表し方なのだろう。
もしかして、あの動きはグルググ流の「カーテシー」だったりして。いや、十分ありえるよね。
「まあ、もったいないお言葉ですわ」
と、にっこりと微笑むミレーニアさん。
なるほど、これが王侯貴族の会話とか付き合い方とかいうんだろうな。ちょっと違うか?
【して、今回はどのような用件で君たちはここを訪れたのかね? もちろん、特に用件などなく遊びに来てくれただけでも大歓迎だがね】
ぴかぴかと明滅しながら左右に揺れるズムズムズさんの触手。どことなく、機嫌の良さを感じさせる動きだね。
でも、俺たちがこの「小世界」を訪れた理由は、正直に話しておいた方がいいだろう。あと、後から合流するであろう勇人くんのことも話しておくべきだ。
謁見の間の最奥にいるズムズムズさんと俺の隣のジョバルガンに、この世界を訪れた理由を話していく。
もちろん、あの恐ろしい「害虫」のことを。そして、その「害虫」が俺たちと同じような姿をしているかもしれないことを。
俺が説明していく内容を、ズムズムズさんとジョバルガンは真剣な様子で聞いてくれた。
あ、「真剣な様子」というのは、あくまでも俺の主観だ。だって、グルググたちの表情って全く読めないからね。
でも、ズムズムズさんとジョバルガンは、間違いなく俺の話を真剣に受け止めてくれたに違いない。
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