閑話 転入生



 夏休みも明けた九月初旬。

教室に集まったクラスメイトたちに、少し懐かしい印象を抱きながら、これから始まる二学期に僅かばかりの憂鬱感を抱いていた私の許に、友人であるなか しおりがやってきた。

「おい、森下、聞いたか? どうやらこのクラスに転入生が来るんだってよ?」

 うん、知っている。というより、「私がいるから」その転入生はこのクラスにくるんだけど。

 改めて教室内の様子を見てみれば、みんなどこか楽しそうだ。特に男子。

 おそらく、噂の転入生が女子だとどこかで聞き込んだのだろう。

 確かに、彼女が転入生としてこのクラスに来れば、男子たちは大喜びだろう。あれだけの美少女なのだから、それも当然というものである。

「んー、何か淡白な反応だな?」

「そう? それより、そろそろ体育館に移動した方がいいんじゃない?」

 じとっとした目で私を見つめる栞。その視線を軽く受け流し、私たちは始業式のために体育館へと移動した。



 いつものように校長先生の長い訓話を聞き流した後、各種の連絡事項を受けた私たちは、各教室へと戻る。

 相変わらず、教室の中は騒々しい。転入生が来るというニュースにみんな興味津々のようだ。

 中には「転入生を見た!」とか「女の子に間違いない!」とかいった話も聞こえてくる。

 まあ、あの子はどうしても目立つし、あの子が校内にいれば転入生だとすぐ分かるだろうし。

 でも、あの子の学校での面倒は主に私がみるんだろうなぁ。あの子、決して悪い子じゃないのだけど、どこか突拍子もないところがあるし。それも異世界出身である以上、仕方のないことなんだろうけど。

「どうした、森下? 憂鬱そうな顔して」

「ううん、別に何でもないけど……確かに、ちょっとだけ憂鬱かも」

 ああ、あの子が変な騒動を起こしませんように。

 だけど、私のこのささやかな願いは、すぐにぶち壊されることになるのだった。



「イギリスより来ました、ミレーニア・タント・アルファロ・ミズノと申します。皆さま、どうかよろしくお願いいたします」

 担任の先生が立つ教檀の横で、優雅に一礼する金髪の美少女。

 ミレーニアのやつ、早速自己紹介の中に爆弾を仕込んできましたよ! 何よ、さりげなく名前の中に「ミズノ」なんて織り込んで!

「こら、ミレーニア! 誰も分からないからって、自己紹介に嘘を紛れ込ませるんじゃないっ!!」

「あら、カスミ。決して嘘ではありませんわ。近い将来、わたくしの名前に『ミズノ』が加わるのは間違いないのですから」

 思わず立ち上がり、教壇横のミレーニアを責めるが、彼女は涼しい顔で私の攻撃を受け流した。

 おのれ、さすが本物の王族。その面の皮の厚さは庶民では考えられないほどだ。

 突然そんな会話をし始めた私たちに、クラスメイトの視線が突き刺さる。そのことに気づいて、私は周囲を見回し、愛想笑いを振りまきながら腰を下ろした。

「おい、森下。あの転入生と知り合いなのか?」

「うん、ちょっとね」

「ほほう、どういった知り合いなんだ?」

 席が近い栞が、小声で尋ねてくる。その彼女の目が異様な光を放っていることに、私はもちろん気づいていた。

「そういや、おまえの彼氏の名前、確か水野さんだったよな? もしかしてあの金髪の転入生って……」

 う、早速気づいたか。栞ってこの辺りの洞察力、すごく高いんだよね。

「そうかそうか、そういうことか。いや、おまえもなかなか大変だなー」

 だから栞、その目は止めなさい。どう見てもにたにたと笑っているとしか思えないその目は。

「あの子、バイト先の店長の遠縁なのよ。それで、年齢も近いってことで夏休み中に友達になったの」

 もちろん、店長……茉莉花さんの遠縁なんて嘘っぱちである。だけど、茉莉花さんの遠縁でイギリスからの留学生、という「設定」でミレーニアの戸籍を用意したらしい。

 どんな方法で茉莉花さんがミレーニアの戸籍を用意したのか、それは私も知らない。茉莉花さん曰く、「グレーな方法だから、知らない方がいいよ」とのこと。

 ちなみに、この学校にミレーニアを編入させたのも、裏で茉莉花さんが手を回したかららしい。

「ほほう、バイト先で知り合ったというわけか……となると、例の水野さんもあの金髪美少女と知り合いってことになるな?」

 う、相変わらずこういうことに気が回るわね、栞は。

 正確に言えば、茂樹さんとミレーニアは私たちが正式に付き合い始める前に出会ったらしい。それも、竜に攫われたお姫様を助けるというかなり衝撃的な方法で。

「しかし、出会ってすぐの金髪美少女がそこまで気に入る要素があの人にあるかな? 確かに、すごく人の良さそうな人物ではあったが……」

 この前偶然出会った、社会人のお兄さんたちの方が余程……と、ちょっと……いや、かなり失礼なことを呟く栞。

 確かに、見た目だけなら社会人のお兄さんたち……福太郎さんとそのお友達の玄吾さんの方が、よほど良いのは間違いない。

 それに、悪い竜から助けられたことが切っ掛けで惹かれました、とか言っても普通は信じてもらえないだろう。

「ふむ、これからいろいろとおもしろくなりそうだな」

 と、栞の目がきらりと光る。

 やれやれ、やっぱり面倒なことになりそうだ、と私は内心で大きな溜め息を吐いた。



 転入生の周囲に人が集まるのは常識、とばかりに、ミレーニアの周囲には人が多く集まっている。中には、他のクラスの生徒もいるようだ。

 そんな光景が、休み時間の度に繰り返されているが、まだまだしばらくこの光景は見られることだろう。

 確かに、ミレーニアには人を惹きつける何かがあると思う。

 見た目は非の打ち所のない美少女。綺麗な金髪も、宝石のような緑の瞳も、日本人には持ち得ないものであり、それだけでも十分目立つ。

 更には、正真正銘の王女様なだけはあり、その立ち居振る舞いは実に優雅。もちろん、彼女が異世界の王女様であることは明かしてはいないが、それでもミレーニアの所作のひとつひとつが洗練されていることは私にも分かる。

 それでいて、高飛車なところはまるでないので、彼女の周囲に人が集まるのは無理もないことだろう。

「さて、森下。今日は部活もないし、帰りにどこかに寄らないか? もちろん、金髪美少女の転入生も誘ってな」

 早速、栞が情報収集に動き出した。

 今日は始業式だけで部活はない。帰りにどこかに寄るという彼女のアイデアには頷くところだが、その魂胆が分かっているだけに素直に頷けない。

「おーい、ミレーニアさん! 帰りにどこかでお茶でも飲まないか? もちろん、森下も一緒だ」

「あら、カスミも一緒ですの? それならわたくしもご一緒させていただきますわ。えっと……?」

「ああ、私は田中栞という。栞と呼んでくれ」

「では、わたくしのこともミレーニアとお呼びくださいね」

 と、早速打ち解けている栞とミレーニア。二人とも妙にコミュニケーション能力が高いから、こういうことは実に素早い。

 ミレーニアを誘おうとしていた生徒は他にもいたが、私と一緒ということですぐに諦めたようだ。

 初っ端の「アレ」で私とミレーニアが親しいことは説明するまでもなく。その私が一緒ということで、みんな遠慮してくれたのだろう。

「じゃあ、行くぞ。ほら、森下も早く準備しろ」

 はあ。私の意見などまるで無視で物事は進んでいく。相変わらず、栞は強引だ。



 私とミレーニア、そして栞の三人が立ち寄ったのは、いつも部活帰りに立ち寄るファミレスである。そう、以前に福太郎さんたちと邂逅したあのお店である。

 夏休みの間に私や茂樹さんとファミレスに立ち寄ったミレーニアも、すっかりそのシステムに慣れていた。

「ほうほう。すると、ミレーニアはあの水野さんを狙っていると?」

「ええ、シゲキ様との間に子供を成し、故郷に戻るつもりですわ」

「ほうほう。すると、将来はシングルマザーとなる覚悟なのかな?」

「わたくしがシゲキ様の子を宿せば、父や兄も絶対に喜んでくださいますから。それに、わたくしが一人で子を育てるわけではありませんし」

 確かに、アルファロ王国の王様やミレーニアのお兄さんは、妙に茂樹さんのことを気に入っているっぽい。王女であるミレーニアを単身で茂樹さんや私と同行させるほどに。

「ほうほう。つまりミレーニアは、法的な水野さんの伴侶になるつもりはないわけか?」

「正室の座は、仕方ないのでカスミに譲りましょう。ですが、わたくしはシゲキ様の側室として、あの方のお傍から離れるつもりはありません」

 う、またミレーニアが危ういことを言い出した。

「正室とか側室とかって……もしかして、ミレーニアの故郷では重婚が認められていたりするのか? あれ? イギリスって重婚認められていたっけ?」

「ほ、ほら、イギリスって連合王国だから! 一口にイギリスと言っても、それぞれの地方や国でいろいろと違うんじゃない?」

 我ながら実に苦しい言い訳。だけど、このままミレーニアに話をさせていたら、もっと危ないことを口走りかねない。

 栞は不思議そうに首を傾げている。あまり納得していないのだろう。だけど、次の瞬間には、彼女はにんまりとした笑みを浮かべた。

「しかし、とんでもない強敵が現れたものだな。ま、がんばれよ、森下」

 他人のコイバナは蜜の味、とでも言いたげな栞の視線。

「しかし、あの水野さんのどこがそんなにいいのか……」

 と栞が小さく呟く。

 私たちがバイトするコンビニで、茂樹さんをちらっと見かけただけの栞に彼のことはよく分かるまい。

「シゲキ様は素晴らしい方ですわ! シオリにもあの方の良さを説明してさしあげましょう!」

 喜々として、茂樹さんのことを語り出したミレーニア。その話を聞き、最初こそ楽しそうだった栞だけど、段々とその顔がげんなりとしたものへと変わっていった。

 そんな友人の様子を見つめながら、私はミレーニアが余計なことを口走らないように注意する。

 もうしばらく、こんな日常が繰り返されるのだろう。そう思うと、つい私の表情も栞のようにげんなりとしたものへと変わってしまうが、それは仕方のないことだと私は思う。






 ~~~ 作者より ~~~

 第7章はこれにて終了。

 第8章に突入する前に、数話ほど番外編を挟む予定です。

 今度は4~5話ほどで番外編は終わると思う! きっと!(笑)

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