賢者の石



 あ! そうだ! これとよく似たものをどこで見たのか思い出した!

「これ、俺の部屋にあるグルググにもらった鉱石と同じじゃないか?」

「これ……小さくてちょっと分かり辛いですけど……茂樹さんの部屋に飾ってある、黒い石に似ていませんか?」

 俺が思いついたことを、香住ちゃんも思い至ったらしい。

 俺と香住ちゃんは、互いに顔を見合わせる。

「ちょ、ちょっと待ってくれないか? どうして、水野くんの部屋に賢者の石があるんだい?」

 店長が困惑した様子で、何度も俺と香住ちゃんの顔を見比べる。

 勇人くんは我関せずでオレンジジュースを飲んでいるし、ミレーニアさんは、話についていけずにきょとんとした顔しているし。

 とにかく、順を追って話そうか。

 俺が地底世界──グルググたちのいる世界でもらった、彼らが主食としている黒い鉱石のことを。

 だけどその前に、現物を持ってきた方がいいかも。一旦俺の部屋に戻り、あの黒い鉱石を持ってこよう。

「あ、じゃあ、おれも茂樹さんと一緒に行くよ。そうすれば帰りは一瞬だし、茂樹さんの部屋の場所を知っていれば、今後おれもそこへ移動できるしね」

 ああ、そうか。勇人くんは瞬間移動ができるから、彼と一緒に部屋に帰ればここに一瞬で戻って来られるわけだ。

 それに、俺の部屋の場所を知っていれば、勇人くんは店長の家だけではなく俺の部屋へも移動できるようになるらしい。

「じゃあ、ちょっと俺と勇人くんで部屋へ行ってきます」

「分かったよ。それほど離れてはいないとはいえ、道中気をつけるんだよ」

 大丈夫ですよ、店長。俺だってもう子供じゃないんだから。

 俺と勇人くんは、連れ立って店長の家を後にした。目指すはもちろん俺の部屋。そして、グルググたちからもらった黒い鉱石を持ち帰ることだ。

 まあ、まだあの黒い鉱石が賢者の石と決まったわけじゃないけどね。



「君は一体……なんてモノを所持しているんだ…………」

 片手で顔を覆いながら、店長が天井を仰いだ。

 彼女が零した声には、多くの呆れが含まれているよう。ははは、そんなこと俺に言われてもねぇ。

 時間をちょっとばかり戻して。

 一旦自分の部屋へと戻った俺は、目的の鉱石を紙袋に入れると一緒に来ていた勇人くんを見た。

 彼は物珍しそうに俺の部屋の中を眺めているようだ。

「へえ、ここが茂樹さんの暮らしをしている部屋かぁ。もっと、香住お姉さんの痕跡が残されていると思ったんだけど……例えば、お姉さんの着替えとか歯ブラシとかさ。でも、そんなことないね」

 い、いやね、勇人くん? 俺と香住ちゃんは別に同棲しているわけじゃないからね?

 それより、この鉱石を持って早く店長の家に戻ろうよ。大体、何とも小学生らしくない考えだよね?

「はいはい、慌てなくてもすぐに茉莉花さんの部屋に戻るってば。よっと」

 勇人くんが俺の体に触れる。それと同時に、俺の視界が急に変わった。

 思わずきょろきょろと周りを見回せば、そこは確かに店長の部屋で。

「やあ、お帰り、水野くん」

 にこにことした店長。だけど、その笑顔は俺が紙袋から取り出した鉱石を見た途端、引きつったものへと変化した。

「け、賢者の石がこれほどの大きさで……こんな大きな塊、見たことも聞いたこともないのだが……」

 店長の部屋に戻り、店長が黒い鉱石を確認したところ、やっぱりこれが賢者の石だったようだ。

 そして、店長は続けた。

「これまで発見された賢者の石の中でも、一番大きなもので大人の掌ほどのものなのだが……」

 呆れたような感心したような、よく分からない溜め息を吐く店長。

 一般の人間には単なる黒い石でしかないこの鉱石、店長のような魔術師にとっては黄金よりも貴重で価値のあるシロモノのようで。

「この賢者の石をその……異世界のグルググという種族が主食にしていると?」

「ええ、そうらしいです。向こうではゴゴンとか呼ばれていました」

 地底世界のグルググたちは、この黒い鉱石──ゴゴンを主食にしている。実際はこれ、正確には鉱石ではなくアーブランとかいう生物が排出する卵のようなものらしいけどさ。

「…………すると何かね? その地底世界では、この賢者の石……その世界でゴゴンと呼ばれる鉱石を生み出す生物がいるということかい?」

 それが本当であれば、我々魔術師にとっては金の卵を産むニワトリに等しいな、と店長は続けた。

 所変われば品変わる。それが異世界ともなれば、常識がひっくり返っても不思議じゃない。

「しかし、本当に君には驚かされるね。まさか、こちらの世界では極めて貴重な賢者の石を、部屋のインテリアとして堂々と飾っていたとは……」

 仕方ないじゃないっすか、店長。だって俺、この黒い石を単なる鉱石としか思っていなかったんですから。

「……これほどの量の賢者の石、魔術師たちであれば言い値で買うだろうね。ああ、もちろん、私にも少し分けてもらえると嬉しいな。相場の料金を支払うから」

 いや、店長にはいくらでも無料で差し上げますって。何なら、これ全部を店長にあげてもいいし。

 なんてことを彼女に言ったら、その中性的な顔をはっきりと歪めた。

「君……これが我々の間でどれぐらいの値段で取り引きされていると思っているんだい? その値段を聞けば、とてもじゃないが無料で譲るなんて言えないよ」

 店長が口にした、俺が所持する黒い鉱石──賢者の石の値段。それを聞いた時、俺の意識は飛びかけた。

 だって、日本の国家予算並みの額を突きつけられたら、一般的な小市民は誰だって俺と同じようになると思う。

 実際、俺の隣で香住ちゃんも完全に呆けていたし。



 俺の体から漏れ出る魔力。

 そして、グルググたちからもらった賢者の石。

 ぶっちゃけ、これだけで俺は一生働く必要はないみたいです。それも、今の店長並みかそれ以上の生活を送りながら、だ。

 だが店長いわく、一応は将来何らかの職には就いた方がいいとのこと。まあ、世間の目を欺くのが目的なわけだけど。

「それにこう言ってはなんだが……水野くんは働きもせずに毎日毎日遊んで暮らすのは無理なタイプじゃないかな?」

 はい、確かに店長の言う通りです。俺、あくまでも小市民だし。働きもせずに毎日過ごすなんて、逆に不安で落ち着かないと思う。早い話が貧乏性なんだよね、俺。

「今回、聖剣の強化に必要な賢者の石は、経費として遠慮なく使わせてもらうよ。残りに関しては……後日、改めて相談しようか」

 俺に異論はありません。

 でも、これからはあの黒い鉱石……賢者の石の置き場を考えないといけないかも。

 しかし、確かにあの黒い鉱石がレアメタルだったりしたら……なんて考えたこともあったけど、まさかレアメタルを越えたファンタジーメタルだったとは。

 改めて考えてみると、せっかくグルググたちからもらった物を、勝手に使っちゃっても良かったのかな? まあ、グルググたちなら、「じっくり考えた末にそう判断したのなら、何の問題もない」って言ってくれそうだけど。

 次の目的地はグルググたちのいる世界だから、その時に彼らの女王様であるズムズムズさんに一言言っておこう。うん。

「ふーん、これ、そんなに価値のあるものなんだ」

 テーブルの上に置かれた賢者の石を見て、勇人くんが興味深げに呟いた。

「次にその地底世界とやらに行ったら、おれにもこれ、もらえるかな? で、もしももらえたら、『あいつ』に高値で売り付けてやろう」

 うひひ、とちょっと悪い顔で笑う勇人くん。この黒い鉱石、向こうの「小世界」ではパンのようなものだからね。頼めば問題なくもらえると思うけど……勇人くんに渡してもいいものだろうか?

 子供に大金を持たせるようなものだし、ちょっと考えちゃうね。

「では、この賢者の石はしばらく預からせてもらうよ」

 そう言った店長が、賢者の石を抱えてリビングから出て行った。きっと、聖剣の強化に取り掛かるのだろう。

 ってことは、今日は聖剣も店長の家にお泊りってことだね。

「あ、そうそう、茂樹さん。一応、俺のスマホの連絡先、教えておくから何かあったら連絡してね」

 勇人くんはリビングの隅に置いてあったお洒落な棚から勝手にメモ用紙とペンと取り出すと、そこにすらすらと連絡先を書いて渡してくれた。

 あ、あの……勇人くん? そのメモ用紙とペン、勝手に使っちゃっていいの?

 この部屋に置いてあるんだから、それもかなり高価なものだと思うんだけど……?

「別にいいんじゃね? 茉莉花さん、そんな細かいこと言うほど器の小さな人間じゃないよ。それにもしも問題があったとしても、その時は茂樹さんが弁償ヨロシク。今の茂樹さんなら、茉莉花さんたち魔術師が望むものをたくさん持っているしさ」

 と、ぱちりと片目を閉じる勇人くん。

 え、えっと……………………た、確かに勇人くんの言う通りだけど……あ、あれ? なぜに、俺が勇人くんの弁償をしなくちゃならないの?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る