強化素材
うーむ。
店長宅のリビングにあるテーブル、その上に並べられた幾つもの小瓶。
その小瓶の中には、俺から集めた魔力が入っているそうなのだが……ぶっちゃけ、俺には何も見えない。空っぽの小瓶が並んでいるだけだ。
「うーん……どう見ても空の小瓶ですよね?」
「わたくしにも何も見えませんわ」
小瓶の中に入っているという魔力が見えないのは俺だけではなく、香住ちゃんもミレーニアさんも見えていない模様。
だけど、店長と勇人くんには見えているらしいのだ。
「ちょっと茉莉花さん、一体どれだけ魔力を集めているのさ? これだけあったら、一体いくらの儲けになるのやら」
「はははは。はっきり言って、水野くんのおかげで相当稼がせてもらったよ」
呆れた様子の勇人くんと、開き直ったのか実ににこやかな店長。
「ふーん、茂樹さんたちには見えないのか。『世界の基点』とはいえ、基本的には普通の人間なんだね」
勇人くんが俺たちの方を見ながら言う。そりゃ俺も香住ちゃんもミレーニアさんも、ごく普通の人間ですよ? まあ、異世界のプリンセスであるミレーニアさんは、ちょっと普通ではないかもしれないけど、勇人くんや店長が言う「普通」とは、そういう意味ではないだろうし。
「俺の父さんはごく普通の日本人だから当然魔力なんて全く感じられないし、母さんは異世界転移こそできるけど、魔力はそれほどないし……母親側の爺ちゃんと婆ちゃんなら当然、この魔力も見えるだろうね。あとは……
え、えっと……今、勇人くんの台詞に変な単語が出てきた気がするんですけど? 彼のお母さんが異世界転移できるとか言わなかった? それにお母さん方のお爺さんとお婆さん、それに伯父さんも魔力が見える?
一体、彼の家族や親戚って……?
ところで、フロウって誰?
ちらりと横を見れば、香住ちゃんもミレーニアさんも不思議そうな顔をしている。きっと、俺と同じ疑問を覚えたのだろう。
「まあ、彼の家族はちょっと特殊でね。彼のお爺さんは元々日本人なのだが、とある理由で異世界へ行き、そこで伴侶となる女性と出会って結ばれたのさ」
「いやあ、孫のおれが言うのもなんだけど、おれの爺ちゃんと婆ちゃん、国でも有名なほど熱愛だからねー。現在進行形で」
え? なにそれ、そのラノベ展開は?
しかも、お年を召した今でも熱愛真っ最中って、ある意味で凄く羨ましいね。
でも、国家規模で有名なほどの熱愛って……正直、想像できないぞ。
勇人くんのお爺さんとお婆さんって、一体どんな方たちなのだろう?
「なお、爺ちゃんと婆ちゃんの国では、二人を題材にした演劇などがたくさん公開されていて、どれも大人気だったりするよ」
いや、ホントに何者なの、君のお爺さんとお婆さん!
いやはや、何というかもう、いろいろと濃すぎだろ、勇人くん。
彼自身も相当アレだけど、彼の家族もそれに負けず劣らずだし。
「でも、勇人くんが味方として俺たちに同行してくれるのは、やはり心強いですね」
と香住ちゃんが言えば、勇人くんは突然両手をぱん、と合わせて頭を下げた。
「確かにおれは茂樹さんたちの味方をするつもりだけど、常に一緒に行動できるわけじゃないんだ。ごめんね」
まだ小学生でしかない勇人くん。当然ながら、長時間勝手に家を空けるわけにはいかない。どこに行くのか、何時ごろに帰宅するのかをご両親に告げる必要がある。
当然と言えば当然。自分も小学生の頃はそうだったし。
まあ、最近は小学生でもスマホを持ち歩く時代だけど、だからと言って保護者に無断であちこち出歩いていいわけがない。
「だから、俺が茂樹さんたちと一緒に行動できるのは、本当に限定的なんだよね」
それに、と続けた勇人くんは実に嫌そうに顔を顰めた。
「……夏休みの宿題、まだ残っているんだよなー」
ああ、そうか。小学生にはそれもあったな。
ちなみに、俺にだって夏季休暇の課題は出ているけど、もうほとんど終わっている。課題が残っていると、どうしても落ち着かない性質なのだ。
何となく横を盗み見れば、香住ちゃんも勇人くんと同じような顔をしていた。ああ、そうか。マイラバーも勇人くんと同じ人種だったのか。
残りの夏休みはあとちょっと。がんばろうね、二人とも。
ちなみに、大学生である俺の夏季休暇は小学生や高校生よりも長いのだ。
「理科の自由研究、どうしよ? 異世界で適当な昆虫っぽいものを捕まえて、標本でも作ろうか?」
あ、いや、勇人くん。それだけは止めた方がいいと思う。その標本にした生物、どこで捕まえたのか説明できないから。
それぐらいなら、普通に昆虫の標本でも作ればいいんじゃね?
俺、昆虫の標本作ったことあるから、アドバイスできるよ? 俺も小学生の頃、夏休みの自由研究として作ったからさ。
ともかく、今後は勇人くんと協力態勢を組むことで、更に手強くなった「害虫」に挑むことに。
突然店長の家にやって来た聖剣は、現在店長が別室にて調整中。
リビングに残された俺たちは、これからどうするかを話し合う。
「今週末、また異世界へ行こうと思うんだけど……大丈夫かな?」
次の週末ともなると、もう八月最後の週末だ。当然、あれこれと予定があっても不思議じゃない。
「う……な、何とかそれまでに宿題をやっつけてしまわないと……」
ちょっと視線を逸らし、小さな声でそんなことを言うのは香住ちゃんだ。
「わたくしは特に問題ありません」
日本でどこかの高校に編入予定らしいミレーニアさん。でも、まだ正式に編入していない彼女は、特に予定もないようだ。そもそも、現時点では彼女の知り合いって俺たちだけだしね。
「おれも何とか午前中で宿題を片付けて……午後からなら、茂樹さんたちと合流できるかな?」
自力で異世界転移できる勇人くんは、後から合流か。
「それで、次はどんな世界へ行くのですか?」
わくわくした様子のミレーニアさん。彼女にとって、どこの異世界も初めての体験だからね。楽しみなのも無理はない。
「そうだねぇ……」
俺はちょっと考える。店長に異世界の知り合いと絆を深めろと言われ、その後、いくつかの異世界を回ってきた。
ミレーニアさんがいたアルファロ王国、セレナさんたちの近未来世界、そして、先日訪れたエルフたちの森林世界。
となると、まだ行っていない異世界は……〈鬼〉が存在するもう一つの日本、グルググたちが暮らす地底世界、そして、ペンギン騎士のいる海洋世界となる。
そういや聖剣の設定画面で、相変わらずガムスたちのいた世界だけは現れないんだよね。どうしてだろう?
もし可能なら、もう一度あの世界へも行ってみたいのに。
「そうだなぁ……次は地底世界へでも行ってみようか」
「わあ、グルググさんたちのいる世界ですね! グルググさんたち、元気でしょうか?」
以前に一度あの世界へ行ったことのある香住ちゃんは、ちょっと懐かしそうな様子。
まだ地底世界へ行ったことのないミレーニアさんも、未知の世界への好奇心が疼くのか、とってもわくわくしたご様子です。
「そこは一体どのような世界なのでしょう? 『地底世界』という名前からして、地面の下に広がる世界のようですが」
「へえ、そんな世界があるんだね。うん、おれもちょっと興味湧いてきた」
いくら勇人くんが自力で異世界転移ができるとはいえ、そうそうあちこちの世界へ行っているわけではなようだ。
「じゃあ、ミレーニアさんと勇人くんも期待しているようだし、次の行先は地底世界に決まりだな」
その後は、次に行くことになった地底世界についてミレーニアさんと勇人くんに説明したり、勇人くんの普段の生活の様子を聞いてみたり。
俺の「勇人くんって、クラスの女の子にモテるでしょ?」という質問に、彼は実に嫌そうな顔をした。
「悪いけど、おれ、クラスの女子には興味ないんだ。ほら、おれってフロウ一筋だし」
と、何でもないことのようにさらっと答えてくれた。
いや、そんな台詞、普通の小学生には絶対言えないよ?
ところでまた話に出てきたけど、フロウって誰? 流れ的に彼のガールフレンドっぽいけど? ちょっと気になるな。
そのフロウさんについて、どうやら俺同様に、いや、俺以上に気になったらしい香住ちゃんとミレーニアさんが、その子について更に突っ込んだ質問を浴びせる。
こういう時、女性ってすごいよね。男じゃ聞けないようなことをずばっと聞いちゃうから。
で、当の勇人くんは、特に嫌がることもなく……それどころか、すごく自慢げにそのフロウさんについて語ってくれた。
「フロウは、おれの従姉弟に当たる女の子で、すっげぇ可愛いんだ! おれ、将来はフロウと絶対結婚するんだ。そして、爺ちゃんと婆ちゃんみたいにいつも一緒にいられるように──」
と、最後の方はちょっと遠くを見つめるみたいな表情になる勇人くん。その歳で結婚するって決めていることも凄いけど、そのどこか寂しそうな表情の方が俺には気になったな。
そんな俺をよそに「結婚」という単語が出たせいか、更にきゃいきゃいと盛り上がる女性陣。彼女たちが更に質問を重ねようとした時。
ふらりと店長がリビングに戻ってきた。
「あ、店長。聖剣の調整、もう終わったんですか?」
俺の質問に、店長が渋い表情を浮かべた。あれ? もしかして、何か問題が?
「それが……聖剣を強化するために必要な素材がどうしてもちょっと足りなくてね……果たして、どうしたものか……」
腕を組み、目を閉じて考え込む店長。それってどんな素材なんです?
「それが……もともとは我々が暮らすこの『小世界』には存在しないものなんだ。ご先祖様ならどの『小世界』へ行けばその素材が存在するかご存知なのだろうが、残念ながら私にはその知識がない。至急、仲間の魔術師たちに在庫がないか問い合わせてはみるが……」
この世界には本来存在しない素材? そんなものをどうして魔術師たちは所持しているのか……って、店長のご先祖様とか勇人くんとか、異世界へ自力で行ける人が過去に持ち帰って来たんだろうな。
で、それを店長も所持はしていたけど、店長の手元にある量だけでは聖剣の強化に足りないってわけだ。
そして、店長の言い方からして、仲間の魔術師たちもそれほど多くは所持していないものなのだろう。
「それって、具体的にはどんなものなんですか?」
「我々魔術師の間では、俗に『賢者の石』と呼ばれているものでね。もちろん、錬金術の伝承に登場する『賢者の石』とは別物だがね」
俺だって「賢者の石」ぐらいは聞いたことがある。卑金属を貴金属へと変えたり、人間を不老不死にしたりっていうあれだ。
様々な小説や映画などにも登場する、かなりメジャーなブツである。
だけど、店長たち魔術師が言う「賢者の石」とは、魔術的な触媒に使うものなのだそうな。詳しい説明を聞いたのだが、俺にはよく理解できなかったよ。うん。
で、店長にその「賢者の石」の小さな欠片を見せてもらったのだが……あれ? 俺、この黒い石みたいなもの、見たことがある気がするぞ?
一体、どこで見たんだっけか?
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