お値段は?
無敵小学生勇人くんとの衝撃的な邂逅から三日。
そろそろ八月も終わろうかというとある日。俺は店長に呼び出された。
呼び出された場所は、店長の自宅。もちろん俺だけではなく、香住ちゃんも一緒だ。
店長の家に居候中のミレーニアさんに出迎えられ、リビングに足を踏み入れると……そこに彼はいた。
「あ、茂樹さん、おひさー。この前はごめんね。母親から時間も時間だからすぐに帰って来いって言われちゃってさー」
店長が用意したと思しきオレンジジュースのストローを咥えながら、勇人くんがソファに座ったままにこやかに手を振った。
その勇人くんとはテーブルを挟んだ向かい側で、店長が苦笑を浮かべている。
「やあ、よく来たね、二人とも。まずは座って、座って」
店長にソファを勧められた俺たちは、並んでソファに腰を落ち着ける。その際、香住ちゃんとの距離が若干近く感じられるのは……果たして気のせいなのか、そうじゃないのか。
「さて、改めて紹介しよう。彼……勇人くんは私のご先祖様とはちょっと縁のある子でね。その関係で、私とも以前から面識があるんだ」
「あいつとは、本当に腐れ縁でねー。俺としてはいい加減、あいつとはきれいさっぱり縁を切りたいんだけどさ。向こうがそうさせてくれないんだよねー」
頭の後ろで両手を組んだ勇人くん。彼は心底嫌そうな顔でそんなことを言う。彼が「あいつ」って呼んでいるのが、店長のご先祖様なのだろう。
その呼び方からして、勇人くんはそのご先祖様のことをあまりよく思っていないっぽいな。彼とそのご先祖様との間にどんなことがあったのか……気にならないと言えば嘘になるが、俺たちが口を突っ込むようなことではないよね。
更に話を聞けば、勇人くんが住んでいる場所は、俺たちが住んでいる町からは随分離れていた。どうやら彼、その距離を瞬間移動で行き来しているらしい。
やっぱり、勇人くんはすごい魔術師なんだな。店長とどっちが魔術師として技量的に上なのだろう? ちょっと気になるぞ。
そして、今日は持って来ていないようだが、前に彼と出会った時に腕に装備していた細い金色の鎖がぐるぐるに巻きついた例の手甲。あれこそが店長のご先祖様が愛用した武器であり、その銘を『アマリリス」というらしい。
しかし、なぜに手甲にアマリリスなんて不似合いな銘を付けたのだろうか、そのご先祖様とやらは。
「ああ、それはね、何でも『アマリリス』を完成させた時、庭にたくさんのアマリリスが咲いていたらしくて、そのまま何も考えずに『アマリリス』って銘にしたんだって。あいつって、やっぱり刹那的に生きているよなー」
溜め息を吐きつつ、勇人くんが説明してくれた。
あ、ああー……な、何となくだけど、俺にもそのご先祖様とやらの人となりの一部が理解できたような気がする。
おそらく、あまり深くは考えずに、思いついたことをそのまま実行しちゃうような人なのだろう。勇人くんが言う通り、刹那的な人なんだろうな。
さて、一通り勇人くんのことについて説明してもらった後は、これからどうするかを改めて相談する。
俺たちの敵である「害虫」。その「害虫」が人型へと進化したことで、その恐ろしさも大幅に増したと考えていいだろう。
その「害虫」に対して、俺たちはどう対応するかだが……正直、俺にはどうしたらいのか分かりません。店長、何かいいアイデアはありませんか?
「そうだねぇ……聖剣を調整して、もう少し出力を上げることはできるけど……聖剣の本体である『世界の若木』に負担をかけることになってしまうんだ」
腕を組み、目を閉じて考え込む店長。しばらくそうして考えていた店長が、突然目を開けて背後へと視線を向けた。
そこには。
俺の部屋に置いてきたはずの聖剣が、リビングの壁に立てかけてあった。あ、あれ? 確かに聖剣は俺の部屋に置いて来たよ? だって、今日は店長の家に来るだけだし、町中を聖剣持ったまま歩き回るのはさすがにアレだし。
だけど、聖剣は確かにそこにあった。間違いなく、俺の相棒の聖剣だ。
店長は黙って聖剣を見つめ…………ふと肩を竦めた。
「分かった、分かった。君がそこまでそう言うのであれば、出力を上げるように調整しようじゃないか」
そう言った店長が俺を見て微笑む。
「水野くんは本当にアレに気に入られているね」
感心しているのか呆れているのか、よく分からない表情で店長が再び肩を竦めた。
え、えっと…………店長、聖剣と会話したの? 声を出してはいなかったから、テレパシーみたいなものなのか? そういや以前、一度だけ頭の中に聖剣と思しき「声」が聞こえてきたことがあったっけ。
え? え? おい
心の中で必死に聖剣に語りかけるも、聖剣からの返答はない。う、うーん、ちょっとショックだぞ、これ。
「はははは、そう気を落とさないように水野くん。君の相棒は相当な照れ屋さんでね、君と直接会話するのが恥ずかしいらしいんだ」
は、はい? いや、いやね? 確かに俺は以前から聖剣が何も言わないのは照れ屋さんだからだ、なんて思っていたけどまさかそれが本当だったの?
思わずまじまじと聖剣を見てしまうが、聖剣は特にリアクションをしてくれません。
「まあ、戦力的なことなら、おれが手を貸すんだから大丈夫じゃない?」
ずずずっとオレンジジュースを吸い上げた勇人くんが、自信満々にそう言った。確かに彼が味方になってくれれば、戦力的には大幅な増強と言えるだろう。
「ってことは、これからは勇人くんも一緒に異世界へ転移すればいいんですか?」
俺と同じ疑問を感じたらしい香住ちゃんが、店長に問う。
「ああ、香住お姉さん、それなら気にしなくてもいいよ。おれはおれで勝手に転移するから。茂樹さんって、『世界の基点』だけあって相当量の魔力がだだ漏れだからさ。どこの異世界にいても、おれにはすぐに分かるよ」
と、何でもないことのように勇人君が言う。
え? なになに? 俺って魔力をだだ漏れにさせてんの?
思わず店長と勇人くんの顔を交互に見比べれば、二人は苦笑を浮かべていた。
「いや、茂樹さんは本当にえげつないぐらいの魔力を溢れさせているんだよ。だから、『遠く』からでも茂樹さんのいる『場所』はすぐに分かるよ」
と、そこまで言った勇人くんが、にやりと意味ありげな笑みを浮かべると店長を見た。
「茉莉花さん……相当儲けてるでしょ?」
「う、うん、まあ、そこそこ……かな?」
バツが悪そうに視線を逸らす店長。儲けているってどゆこと?
「茉莉花さんのことだから、抜け目なく茂樹さんが漏らす魔力をこっそりと集めて、それを自分で利用するか仲間の魔術師に売り払っているんじゃない?」
うけけ、とばかりに笑う勇人くん。対して、店長はと言うと思いっきり渋い顔をしていた。
「あ、あの……店長? どういうことです?」
「ま、まあ、その……黙っていたのは悪かった。だけど、初対面の時の君に魔力うんぬんと言っても信じてもらえなかっただろうし、それなら放っておいても霧散するだけなのだから、私が有効活用しようかと……」
どうやら店長、俺が彼女の店でバイトを始めた時から、俺から漏れる魔力をこっそりと集めていたんだそうな。
この世界……俺たちが暮らす「小世界」では、魔力はとても貴重らしい。
歴史の裏側に魔術師なんて連中は確かに存在するが、皆魔力を集めるのに苦労しているそうなのだ。
魔術師という連中は、真理と神秘の追及者でもある。そんな彼らは日々様々な研究や実験などを重ねている。だけど、魔術師個人が抱える魔力なんて、日々の研究や実験に使えばあっという間に尽きてしまう。
そこで、魔術師たちは様々な方法で、研究や実験に使うために必要な魔力を集める。
西洋の魔女のイメージで、大釜で何かを煮ているシーンがよくあると思うが、あれは万物に宿る魔力を抽出している場面なのだとか。
とはいえ、この世界自体に魔力が希薄なので、抽出される魔力も本当に微々たるものでしかない。
そんな中、俺はその貴重な魔力を日常的にだだ漏れにさせている。店長を始めとした魔術師にとって、それがどれだけ垂涎の的なのか考えるまでもないというわけで。
店長は俺から漏れる魔力を、バイト開始時から集めていたそうだ。そして、時にその集めた魔力を知り合いの魔術師に売り、多額の儲けを叩き出していたらしい。
「店長……」
「こ、これからは君にも儲けの一部を還元しなくてはね。はははは……」
俺がジト目で店長を見つめれば、彼女は困ったように呟いた。一体、これまでに店長はいくらぐらい俺の魔力で儲けたのやら。
「そうだね、今後は売り払った魔力の一割を君に還元しよう。それでどうかな?」
え、えっと……俺は魔力がいくらぐらいで取引されているのか全く知らないが、仮に100万円で売れたら10万円が俺の懐に入るってことだよね?
うん、俺に文句はありません。何もしなくても10万円もの大金が入ってくるなんて、文句があるわけがないじゃないですか!
「じゃあ、それでいいです」
「おお、そうかそうか。一応言っておくが、魔力の取引で得た収入に税金はかからないからね。そもそも、魔力なんて不可視で一般的に理解できないものに税金をかけられるわけがないんだ」
た、確かにそうだ。聞けば、魔術師という連中は社会の裏側で国家を越えて活動するものであり、時代時代の為政者たちにもあれこれと顔が利くものらしい。為政者たちにとっても魔術師の協力は個人的にも国の運営にも重要なので、特別な便宜を図らうってのが通例なのだそうだ。
だから、魔術師が魔法的なことで得た収入に税金はかけられないってわけだ。そもそも、どうやってその収入を得たのか説明できないし。
そう説明してくれた店長が、掌サイズの小瓶をテーブルの上に置いた。
「うわぁ……これが茂樹さんから集めた魔力なの? どんだけ濃密な魔力なんだよ、これ」
俺が見た限りでは空の瓶にしか見えないが、そこには俺から集めた魔力が入っているらしい。
おそらく、香住ちゃんもミレーニアさんも見えていないだろう。それが見えているのは、店長と勇人くんだけのようだ。
「さすがは『世界の基点』。ホントにえげつないね」
と、勇人くんがしみじみといった感じで呟いた。
なお、後で店長からその小瓶一つ分の魔力の取引額を聞き、俺と香住ちゃんはそろって大きな口を開けて間抜けな顔を晒すことになった。
そんな俺たちをミレーニアさんが不思議そうに見ていたが、彼女にはまだこっちの金銭感覚がよく分かっていないからだと思う。
~~~ 作者より ~~~
今更ではありますが、作中に登場した無敵小学生の詳細がどうしても知りたいという方がおみえでしたら、他サイトでは恐縮ではりますが、「小説家になろう」様にて公開されている拙作、『俺のペットは聖女さま』を参照してください。
ただし、件の小学生はエピローグにしか登場しないけどな!(笑)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます