無敵小学生の弱点
つ、強すぎじゃね、勇人くん。
俺と聖剣が必死になっても追い込むことさえできなかった──それなりのダメージを与えることはできたが──「俺」を、一方的にやっつけてしまうなんて。自称「ちょっと強い」どころじゃないと思うのは俺だけじゃないはずだ。うん。
「くくくく…………」
と、勇人くんのあまりの強さに呆然自失していた俺の耳に、すっかり聞き馴染んでしまった声が響く。
見れば、勇人くんの鎖によって縦に分断された「俺」が、こちらを見ながら笑っていた。
「さすがは《大魔導士》の譜系に連なる者だ。だが、これで終わりじゃない。オレたちは既に至っている」
「至る」? 「至る」って……もしかして、この黒い「俺」以外にも、人の姿になった「害虫」がいるということだろうか?
「では、次なる葉の上で会おう『セカイノタマゴ』と『セカイノキテン』……そして、《大魔導士》の譜系に連なる者よ」
そこまで言うと、「俺」は黒い靄へと変わって消えてしまった。
俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんは、しばらく「俺」が消えた地点を黙って見つめていた。
今回、あまりにもいろいろなことがあり過ぎた。中でも一番衝撃が大きかったのは、突然現れた勇人くんという存在……ではなく。
ちらりと、その衝撃の元へとそちらへと眼をやる。
そう。
「俺」によって上下に両断されてしまった、フィーンさんとボンさんの遺体へと。
かなりショッキングな光景だが、目を逸らすわけにもいかない。彼らを巻き込み、そして死なせてしまったのは俺なのだから。
「おお、シゲキ殿。戦いは終わったようでござるな?」
「申し訳ないのだけど、誰かちょっと手を貸してくれるかしら?」
え?
ええ?
えええええええええええええええええええええええええええええっ!?
上半身だけになったフィーンさんとボンさんが、何事もなかったかのように俺たちに声をかけてきましたよっ!?
「へ、へぇ、さすがは異世界の住人。あんな姿になっても生きていられるんだ……」
さすがの勇人くんも、ちょっと引いているっぽかった。
結論から言うと、フィーンさんもボンさんも無事だった。
彼らは植物であり、上下に分断されたぐらいでは死なないのだそうだ。
彼らの主な栄養は光合成と根──足?──で地面から吸収する養分なので、俺たち人間のような消化器官などの内臓は存在しないらしい。
そのためかどうかは分からないが、上半身だけ……いや、最悪首さえ原形を留めていれば死ぬことはないのだそうだ。
ただ、しばらくは切断面を地面に触れさせておく必要があるので、自由に行動はできないそうだけど。そりゃ足がないのだから、少なくとも自律移動はできないよね。
要は接ぎ木や挿し木のようなものなのだろう。あ、接ぎ木はちょっと違うか。
しかし、さすがは植物系種族。生命力がハンパないな。
ともかく、ボンさんとフィーンさんの上半身をエルフたちの集落まで運ぶことに。
香住ちゃんと俺でフィーンさんの上半身を、そしてミレーニアさんがボンさんの上半身を運ぶ。なお、下半身はその場に捨て置いても問題ないとのこと。落ち葉や枯れ枝と同じように、土に還って森の一部になるのだそうだ。
これが日本であれば、フィーンさんの下半身が発見されでもしたら、猟奇殺人事件として大騒ぎになるだろうが、ここではエルフやマンドラゴラの下半身が落ちていても誰も問題にしない。そういう世界なんだね、ここは。
そして、エルフの集落に到着した俺たちは、他のエルフたちに事情を話し、早速ボンさんとフィーンさんの治療用の穴を掘ってもらった。穴と言ってもそれほど深いものではなく、二人の胸ぐらいまで埋まれば十分らしい。
何とか二人の上半身を埋めて、ようやく人心地がつく。
「全く面目ないでござる。きゃつを相手に、某たちでは全く根が伸びなかったでござるよ」
「本当に自分が不甲斐ないわ。体が戻ったら、今まで以上に鍛錬しないといけないわね」
「うむ、某もより一層、精進する所存でござる!」
どうやら、本当に二人は問題ないみたいだ。今から更に修行するとやる気になっている。
しかし、二人が元に戻るまで、どれぐらいの時間が必要なのだろうか?
ってか、土の中で二人の体が再生するわけだけど……冷静にその様子を想像するとちょっと怖いかも。だから、その辺りのことは深く考えないようにしよう。
さて、フィーンさんとボンさんのことは、一応これでいいとして……俺は勇人くんの方へと振り向いた。
彼は全裸エルフたちに囲まれていても、特に慌てたり照れたりする様子もなく、ただ物珍しそうにエルフの集落を見回している。
男性諸氏なら理解できると思うが、彼ぐらいの歳になれば、もう女性の裸に興味があって当然だろうに……少なくとも、俺はそうだった。もちろん、香住ちゃんには内緒だ。
やはり、彼はどこか変わっていると思う。
「さて、茂樹さんたち。そろそろ元の世界へ戻る時間じゃない?」
その勇人くんに言われて、俺は腕時計で時間を確認する。確かに、あと少しで設定した帰還時間──午後六時──だ。
「おれのこと、いろいろ聞きたいだろうけど、それは茉莉花さんの家で説明するよ。じゃあ、おれは一足先に帰っているねー」
にぱーっと笑いながら、手を振る勇人くん。その姿が突然掻き消えた。
「え? え? え?」
「き、消えましたよっ!? ま、まるで、シゲキ様たちみたいです!」
突然消えた勇人くんに、香住ちゃんとミレーニアさんが目を丸くする。もっとも、俺も二人と同じ心境なんだけどさ。
でも、彼も言っていたじゃないか。茉莉花さん……つまり、店長の家で待つと。なら、日本に戻った後、店長の家に行けばきっとまた勇人くんに会えるに違いない。
帰ったら、真っ先に店長の家に行かないとな。まあ、ミレーニアさんを送っていくつもりだったので、もともと店長の家にはいく予定だったわけだけどさ。
そんなわけで、俺たちは日本へ戻って来た。
フィーンさんとボンさんのことは、エルフたちに任せてきた。俺たちにできることなんてないしね。
「じゃあ、ちょっとだけ休んだら店長の家に行こうか」
「そうですね。勇人くん、店長の家にいるんでしょうか?」
うん、彼も店長の家で待っているって言ってたし、きっといると思う。
「一体、あの少年は何者なのでしょう?」
首を傾げながら、ミレーニアさんが問う。
彼に関して分かっているのは、彼が店長と同じ魔術師であるだろうこと。そして、店長のご先祖様と何らかの関係がありそうだということ。それぐらいだ。
そう言えば、黒い「俺」はそのご先祖様らしい人物のことを《大魔導士》とか呼んでいたっけ。店長のご先祖様、そんなに凄い魔術師だったんだな。
「それより、そろそろ店長の家に行きませんか?」
香住ちゃんが台所で用意してくれた冷たいお茶を飲み終えた俺たちは、改めて店長の家に向かう。
そしてやって来ました店長の家。相変わらずとってもゴージャスなお部屋です。
「やあ、お帰り。向こうで何があったのか、大体勇人くんから聞いたけど改めて話してくれるかな?」
にこやかに出迎えてくれた店長。その店長越しにリビングを覗き込んでみたが、そこに勇人くんの姿はない。
「あ、あの店長……その勇人くんは……?」
俺が感じた疑問を、香住ちゃんが尋ねる。俺たち三人、誰もが勇人くんのことが気になっているからね。
そして、そんな俺たちに向けて店長はなぜか苦笑する。
「ああ、彼なら…………自分の家に帰っちゃったよ」
え?
はい?
はいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?
どゆこと? どゆこと?
思わずぽかんとする俺たちに、店長は苦笑のまま言葉を続けた。
「だってほら、もうすぐ七時になろうかって時間だよ? 小学生なら家に帰っている時間じゃないか」
た、確かにそうだ。
小学生が午後七時近くまで外でふらふらしているわけにはいかない。
中には部活や塾などでもっと遅い時間に帰宅する子もいるだろうけど、勇人くんの場合はそうじゃないから家に帰ってしかるべきだ。
もしも、妹の環樹が七時近くまで家に帰らなかったら、俺は近所中を走り回って探すことだろう。間違いない。
「彼のことは、後日改めて彼本人を交えて説明するとして……君たちが今日経験したことを話してくれるかな?」
それまでの苦笑を引っ込め、真剣な表情で店長が言う。
確かに、今日のできごとは店長に説明しないとな。それぐらい、「害虫」が人型に進化したことは重要なことだろうから。
俺は今日のできごとを可能な限り詳しく店長に説明した。店長は黙って俺の話を聞いていたが、その綺麗な眉が徐々に寄っていくことに俺は気づいていた。
「なるほど……連中がそこまで至っていたとはね。こちらも何か手を打つ必要がありそうだ」
と、極めて真剣な表情で店長が呟いた。正直、その辺りのことは店長に任せるしかないんだよね。俺なんて、ただ聖剣を持っているだけのごく普通の大学生でしかないから。
その後すぐに店長の家を辞し、香住ちゃんを家まで送っていくことに。
まだまだ暑さの残る日暮れの町中を、香住ちゃんと二人で歩いていく。
「…………今日はいろいろと大変でしたね」
「ホント、今日はあれこれあってびっくりしてばっかりだったよ」
俺は今日のできごとを頭の中で振り返ってみる。
ボンさんと森林世界のエルフたちが、なぜか忍者……いや、ニンジャに謎進化していたかと思えば、「害虫」までもが人型に進化したし。そして極めつけは、謎の無敵小学生、勇人くんの登場だ。
まあ、勇人くんに関しては敵ではなさそうなので、それほど悩むことはないだろう。だけど、「害虫」のことはやはり気になってしまう。
あれやこれやと考えながら歩いていると、突然香住ちゃんが俺のTシャツの裾を引っ張った。
どうしたのかと思って彼女へと振り向けば、香住ちゃんは顔を伏せつつ小さな声で何かを呟く。
「あ、あの……そ、その……ですね? 茂樹さん…………まだ時間大丈夫……ですか?」
「え、ええっと……お、俺は大丈夫だけど……香住ちゃんは門限が……」
香住ちゃんの家には門限がある。俺としてはそれを破らせるわけにはいかない。
「そ、その……茂樹さんと一緒だと家に連絡すれば……た、多分……少しぐらいは遅くなっても何も言われないんじゃないかと……」
相変わらず、香住ちゃんは顔を伏せたままだ。だけど、今の香住ちゃんの顔が真っ赤であろうことは俺にでも容易に想像できた。
「こういうこと言うの、本当はミレーニアに悪いんだけど……偶には……二人っきりの時間があっても…………いいですよ……ね?」
もちろん、俺に異論はありません。
だけど……香住ちゃんにここまで言わせてしまった自分がちょっと情けない。こういうことは、俺の方で気を回さないといけないだろうに。
ごめんよ、香住ちゃん。今度からは気をつける。
その後。
俺たちはもう一度俺の部屋に戻り、いつもよりちょっとだけ密接な時間を過ごすのだった。
~~~ 作者より ~~~
来週は一週遅れのお盆休み!
次回の更新は8月26日(水)の予定です。
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