通りすがりの小学生(自称)



 頭の後ろで両腕を組み、くつろぎながらソファに座っているかのような姿勢で、その少年は宙に浮いていた。

 見た目は10歳ぐらいか。小学六年生の俺の妹の環樹と同じか、少し年下ってところだろう。

 上は大リーグの某チームのロゴが入ったTシャツ、下はジーンズ、足元はスポーティーなスニーカーといったいで立ちであり、どこにでもいる小学生って感じ。

 だが、白金色の髪と真紅の瞳、そして日本人離れした容貌は、普通の小学生とは思えない何かがある。

 しかもこの少年、かなりの美少年だ。ひょっとして、どこかのタレント事務所に所属している子役さんとかかも?

 いやいや、分かっているって。ただの子役さんがこんな所……異世界にいるわけがないってことはさ。

 それにまあ、宙に浮いている時点で普通じゃないわけだし。

「えっと……そっちのお兄さんが茂樹さんで、さっき俺が転移させたお姉さんたちが香住さんとミレーニアさんだよね?」

 宙に浮いていた少年が、地面に降り立ちながら問う。

 ところで、どうして俺たちの名前を知ってんの?

「ああ、茂樹さんたちのことは茉莉花さんから聞いているんだ」

 にぱーっと実にいい笑顔を浮かべる白金色の髪の少年。うん、間違いなくこの子はクラスの女子たちから大人気だろう。

 いや、そんなことはともかく、今、この少年は「茉莉花さん」って間違いなく言ったよね? ってことは、この子は店長の関係者ってこと?

「ああ、このままじゃちょっと話しづらいね。お姉さんたちにもこっちに来てもらおう」

 と、俺の困惑を余所に、少年が少し離れた場所にいるもう一人の黒い「俺」に手を向ける。

 次の瞬間、「俺」に聖剣を突き立てていた香住ちゃんとミレーニアさんの姿が消え、俺たちの傍へと突然現れた。

 は、はい? どゆこと?

 そ、そう言えば、先程この少年は転移がどうとか言っていなかったか? 転移って前に店長が使った魔法だよね? ってことは、この少年も店長と同じ魔法使いってこと?

「オレの名前は勇人。さわむらはやって言うんだ。某小学校に通う五年生だよ。よろしくね!」



「な……何者だ……? き、さま……何者なんだ……?」

 背中から二振りの聖剣に貫かれ、先程までの余裕が嘘のように苦し気な様子の黒い「俺」が問う。

 聖剣が貫いた二つの穴からは、血が出ることはなく黒い霧のようなモノがゆらゆらと立ち昇っている。

 さっき、香住ちゃんとミレーニアさんがまだイモムシだったあいつを斬り裂いた時にはあんなモヤは見えなかったから、今回は相当なダメージを「俺」に与えたのだろう。実際、凄く苦しそうだし。

「あ? おれ? 今言っただろ? 聞いてなかったの?」

 俺たちに対する時とは違って、明らかに苛立たしそうな表情で勇人くんが「俺」に言う。

「おれは単なる、通りすがりの小学生さ」

 親指で自分を指しながら、ちょっと得意そうに勇人くんが言う。うわー、こういう仕草が妙にサマになるな、この子。

 でも、通りすがりってことはないよね? しっかりと狙ってここに来たよね?

 って…………あれ?

 隼人くん、普通に「俺」と会話してね?

 香住ちゃんやミレーニアさんは、「俺」の声が聞こえていないのに、どうして彼には「俺」の声が聞こえるんだ?

「ああ、ホントに茉莉花さんが言う通り、茂樹さんはすぐに考えていることが顔に出るんだねぇ」

 ちょっと呆れたように言う勇人くん。俺、そんなに分かりやすい?

「あいつら……茉莉花さんたちが言う『害虫』どもの声は、基本的には茂樹さんのような特殊な人にしか聞こえないけど、一定数以上の魔力さえあれば会話もできるんだよ」

 そ、そうだったのか。そういや、「俺」も特殊な才能があれば声が聞こえると言っていたような気がする。その「特殊な才能」って奴の一つが魔力なのだろう。

 …………って、ちょっと待て!

 さらっと勇人くんは何でもないことのように言ったけど、勇人くんも魔力を持っているってこと? そ、そりゃあ、彼が普通の小学生のわけがないけど……魔力があるってことは、やはり勇人くんも店長と同じような魔術師ってことなのだろうか? もしかして、見かけと実年齢が離れているというよくあるパターン?

「そうそう、オレもいわゆる魔術師ってことさ。茉莉花さんたちとは、ちょっと毛色が違うけどね。外見と実際の年齢に関しては……うん、今はまだ秘密ってことで」

 と、勇人くんがにっこり笑う。やっぱり、見た目通りの年齢ではないみたいだ。

 そして、そんな彼を「俺」が忌々しそうに見つめている。

「貴様のその腕にあるモノ……もしや、貴様は《大魔導士》に縁の者かっ!?」

「お? これが分かるんだ? 確かにこいつは、正真正銘本物だよ。爺ちゃんに黙って持ち出し……じゃなくて、爺ちゃんから借りてきたんだからさ」

 「俺」が見ていたのは、どうやら勇人くんではなく彼の腕にある物のようだ。

 ん? あ、あれ? その腕にある物って……以前、似たような奴を店長が使っていなかったっけ?

 彼が腕に取り着けているのは、腕を守る防具でいわゆる手甲というものだろうか。

 右手の手の甲から肘の付近を守るような造りで、ぱっと見た目ではどんな素材でできているのか分からない。

 そもそも、その手甲には細い鎖が幾重にも巻き付いているので、手甲全体がよく見えないのだ。

 店長が以前使っていたのは、手甲というよりリストバンドのような物だったはず。だが、鎖が巻き付いている点は同じである。

 店長は「ご先祖様が作った武器のレプリカ」とか言っていたけど……もしかして、勇人くんの手甲がそのオリジナルってこと?

 じゃあ、勇人くんが店長のご先祖様もしくはその子孫? ん? 子孫なら店長と一緒だし?

 あと、最後の勇人くんのちょっと問題ありそうな台詞は、聞かなかった方向でひとつ。

 と、俺がそんなことを考えている間にも、勇人くんと「俺」は会話を続けていた。

「そうだねぇ。確かにおれと《大魔導士》には縁があるよ。でも、おれとしては、黒歴史……いや、黒前世と深く関わりがあることだから、できれば《大魔導士》との縁は切ってしまいたいところなんだけどね」

 そこまで口にした勇人くんが、突然右手を振り上げた。

 同時に、「俺」と勇人くんの中間地点で何かが衝突するような音が響く。

「おいおい、人が話をしている途中で攻撃してくるなよ。誰かが話をしている間は黙って聞いているというお約束、知らないのか?」

 しゃらららん、と心地よい軽やかな金属音が響き、彼の手甲に細い鎖が巻き付く。どうやら、あの鎖を使って勇人くんは「俺」の見えない攻撃を撃墜したらしい。

 にやり、と相手を馬鹿にするかのような表情を浮かべる勇人くん。いや、馬鹿にしているわけじゃなく、明らかに「俺」を挑発しているよね、これ。

 そして、そんな勇人くんを、「俺」はますます忌々しそうに見つめた。



 ここまでのやり取りで、分かったことがある。

 まず、勇人くんは店長のご先祖様その人ではないこと。彼と「俺」との会話に出て来た《大魔導士》とやらが、おそらく店長のご先祖様なのだろう。

 そして、勇人くんが右腕に装着している手甲らしきものが、以前店長が言っていた「ご先祖様の遺産」そのもので間違いないだろうこと。

 でも勇人くん、その遺産をお爺さんから黙って持ち出したとか言っていたよね? ってことは、彼のお爺さんが「遺産」の今の持ち主ということになるのか? それとも、そのお爺さんが店長のご先祖様本人なのかもしれないぞ。

「俺のことは日本に戻ってから詳しく話すよ。でもその前に……」

 勇人くんがちらりと「俺」を見て、再び右手を振り上げた。

 あ、今度は見えた! 振り上げた彼の右手から、手甲に巻き付いていた金色の細い鎖が飛び出していくのが。

 放たれた金色の鎖は、「俺」目がけて真っすぐに進む。当然、「俺」もそれに気づき、両手を前に突き出して身構えた。

 おそらく、いつものように見えない障壁を展開したのだろう。

 聖剣の白刃光にさえ耐えきる「俺」の障壁を、あんな細い鎖でどうこうできるはずが………………あれ?

 勇人くんが放った金色の鎖は、実に呆気なく障壁を貫いた。そして、障壁を貫いた鎖は、そのまま「俺」の右腕の付け根辺りをも貫いたのだ。

 そして、勇人くんの攻撃はそれだけじゃなかった。

 特に勇人くんは全く動かないが、金の鎖はまるで意思があるかのように不規則に動き回り、「俺」に触れる度にヤツの体を斬り刻んでいく。

 気づけば、「俺」は両手足を失ったダルマ状態で地面に転がっていた。

「き……さま…………貴様の顔、覚えたぞ! たとえこのオレが滅びようが、同胞たちが必ず貴様を殺すことだろう…………っ!!」

「できるものならやってみなよ。分かっているだろうけど、おれ、ちょっと強いよ?」

 勇人くんのその台詞と同時に、「俺」の体は金の鎖で縦に真っ二つに両断されてしまった。

 い、いや、そ、その…………は、勇人くん、きみ、「ちょっと強い」どころじゃないよね?

 俺と同じ心境なのか、香住ちゃんもミレーニアさんも、ぽかんとした表情で勇人くんのことを見ていた。



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