交渉決裂



「うん、まあ、そう言うだろうとは思ったよ」

 黒い「俺」が、どこか芝居がかった仕草で肩を竦めた。

 でも、奴の全身から敵意というか殺意というか、そういうものがじわじわと滲み出ていることに、俺は気づいていた。

 そんなものを感じ取れるようになるなんて、俺も少しは成長しているのだと思う。

「これが最後だ。本当に我々と組む気はないんだね?」

「くどいな。組まないと言ったら組まないんだよ!」

「そうか……じゃあ、ま、交渉は決裂ってことで」

 にたり、と嫌らしく笑う「俺」。その「俺」が何気なく右手をすっと地面と水平に振った。

 特に力を入れた様子もなく、気合を込めた様子もない。

 だが。

 だが、「俺」が何をしたのかは、すぐに理解できた。

「…………………………ぐぅっ!?」

「…………………………な……んと……っ!?」

 苦し気な声が、俺の背後から二つ聞こえた。

 思わずそちらへと顔を向ければ、体を上下に断たれたフィーンさんとボンさんの姿が見えた。

「……………………え?」

 どさりと音を立てて、体が地面に落ちる。

 腹の辺りで両断されたフィーンさんとボンさん。切断面からとろとろと体液を零しながら、二人はそのまま動かない。

 え?

 あれ?

 これって……?

 ま…………さか……?

「いやあ、思ったよりも脆いね、この世界の住民どもは! はははははははははははははっ!!」

 腹を抱えて爆笑する「俺」。

 香住ちゃんとミレーニアさんが悲鳴を上げる。

 この時になって、俺はようやく「俺」が何をしたのかを理解した。



 気づいた時、俺は「俺」に向かって聖剣を振り下ろしていた。

 上段から力一杯振り下ろした聖剣を、「俺」は両手を交差させて受け止める。

 こ、こいつ、何でも斬り裂く聖剣を、素手で受け止めただとっ!?

 思わず目を見開いて「俺」を見れば、奴はにやりと笑いながら俺を見ていた。

「出力が足りないようだね、『セカイノタマゴ』。力を分散させていては、オレは斬れないぜ?」

 そんなことを言いながら、「俺」は俺の腹に蹴りを入れた。

 踏ん張ることもできなくて、俺は後ろへと飛ばされる。落ち葉の積もった地面をごろごろと数回転がった俺は、地面に片手の爪を立てて転がる勢いを強引に殺して停止させた。

 そして、素早く立ち上がると改めて「俺」を見る。

 よく見てみれば、「俺」の両手にはうっすらと光る膜のようなものが見えた。おそらく、あの膜のようなもので聖剣の斬撃を防いだのだろう。

「大丈夫ですか、茂樹さんっ!?」

「シゲキ様っ!! お怪我はありませんかっ!?」

 腹を蹴られて苦し気に咳をする俺の傍に、心配そうな顔をした香住ちゃんとミレーニアさんが駆け寄って来る。

 二人とも相当顔色が悪い。おそらく、両断されたフィーンさんとボンさんをまともに見てしまったからだと思う。

 それでも、気丈にも俺の心配をしてくれる二人に感謝だ。

「え? あ、あれ?」

「わ、わたくしの剣が……?」

 俺が立ち上がると、二人が戸惑った声を上げた。見れば、彼女たちの剣が元の姿に戻っている。

 おそらくだけど、先ほど「俺」が言ったことは正しかったのだろう。

 聖剣は自身の力を分割して香住ちゃんとミレーニアさんに与えている。当然、二人に与えた分聖剣の力は低下するわけだ。

 分割した状態では、「俺」を倒すことはできない。だから、あいぼうは分割した力を自身へと集め直したのだろう。

 心なしか、聖剣が重くなったような気がする。多分、気がするだけだろうけど。

「さぁて、準備はOKかな? それじゃあ、改めて始めようか!」

 にたにたとした笑みを浮かべながら、「俺」が突っ込んで来る。

 奴は光る膜で覆われた右手を、貫手の形にして俺へと突き出す。

 いや、右手だけじゃなく左手も同様だ。「俺」は左右の貫手を連続で繰り出してくる。

 その高速の連続突きを、俺は……じゃなかった、聖剣はことごとく弾いていく。

 静かな森の中に、連続した甲高い金属音が響き渡る。

「おお、なかなかやるねぇ、『セカイノキテン』! いや、この場合は『セカイノタマゴ』を褒めるべきかな?」

 どこか嬉しそうな様子の「俺」。しかも、しっかりと俺が自分で動いていないことを見抜いているようだ。

「じゃあ……次はこんなのはどうだ?」

 一旦、大きく後方へと飛び下がった「俺」が、そう言いながら開いた掌を俺に向けて突き出した。

 途端、俺の体が大きく横っ飛びで移動する。直後、それまで俺のいた場所が、轟音と共に破裂した。

 あ、あれって、イモムシが使っていた見えない爆撃か! そりゃイモムシに使えたのなら、イモムシが進化したっぽい「俺」だって使えるわけだよな!

「ほらほら、これだけじゃないぜ!」

 次に「俺」は左右の手を手刀の形で上から振り下ろした。

 彼我の距離は大体5メートルくらいだろうか。当然、奴の手刀は俺に届くはずがないのだが……俺は、いや、聖剣が動いて何かを弾き飛ばす。

 うおっ!? 聖剣を持つ両手にずしりとかなり重い衝撃が来た!

「さすがは『セカイノタマゴ』だ! 今のも防ぐとはな!」

 そうか……! 今のがフィーンさんたちを両断した攻撃か! さしずめ「見えない爆撃」ではなく、「見えない斬撃」と言ったところか。

「ははははは、これで終わりじゃないよぉ!」

 相変わらず笑みを浮かべながら、「俺」は両手を振るい続ける。振るわれた手刀からは見えない斬撃が迸り、俺は聖剣でその斬撃を全て弾いていく。

 だが、「俺」の攻撃はとても速く、俺と聖剣は飛んでくる斬撃を弾くので精一杯だ。

 聖剣がここまで追い込まれたことって、今までなかったはず。やはり、あの黒い「俺」はそれだけ強敵ということなのだろう。

 途切れることのない見えない斬撃。俺もまた、それを途切れることなく防ぎ続ける。いい加減俺の体が悲鳴を上げているが、聖剣は非情にも俺の体を操り続ける。

 もちろん、そうするしかないわけだが、それでも俺が苦しいのも事実だ。

「いやぁ、すごい、すごい。オレの次元断層で斬ることができず、更にここまで防ぐとはね。この『セカイノタマゴ』はかなりの力を秘めているね。うん、これはいい苗床になりそうだ」

 な、苗床? 「害虫」どもは世界を滅ぼし、それを糧にして自分たちの世界を創り出す、と店長が言っていたけど、それは事実だったってことか。いや、店長の言葉を疑っていたわけじゃないけどさ。

「その『セカイノタマゴ』……いや、その剣は『セカイノタマゴ』の本体じゃないから、その剣と繋がっている本体の方がどこにあるのか……それを探し出す必要がありそうだね!」

 そして、その本体を自分たちの苗床にするんだ、と、「俺」は実に嬉しそうにそう言った。

 冗談じゃないぞ! 俺の相棒を……聖剣の本体を奴らの苗床にするだと? そんなこと、させるわけにいくか!

「踏ん張れ、聖剣! 俺にできることならなんだってやってやる! だから、あいつを倒すんだっ!!」

 俺が叫ぶと、聖剣の刀身に光が宿る。

 おお、これって、これまでに何回か使った「すっげぇ光の剣」だ!

 …………いや、「すっげぇ光の剣」って、我ながら酷い呼び方だな。今度、カッコイイ呼び方を考えよう。

「お、何か仕掛けてくるつもりかい? いいよ、いいよ。今度はそちらのターンってわけだな!」

 楽しそうに笑いながら、「俺」は攻撃の手を止めた。ふん、そんななめプしていていいのか? 今度の攻撃は半端じゃないぜ?

「よぉぉぉぉぉぉぉぉしっ!! やってやれ、聖剣っ!!」

 俺の気合と共に、刀身に宿った光がどんどん強くなっていき──その光が臨界を迎えた時、俺は大上段に構えた聖剣を一気に振り下ろした。

 聖剣の刀身から迸った白い光が、振り下ろした剣の軌道を延長するかのように世界を斬り裂いていく。

 かつて、ガムスたちの世界で遭遇した、魔獣王とかいう巨大なキノコ。その巨大キノコを一刀両断にしたのが、この光の刃だ。

 いくら「俺」の見えない障壁が強固であろうとも、こいつを防ぐことはできないだろう。

 聖剣の刀身から迸った白い光が俺の視界を埋め尽くす。やがてその白い光が消え失せ、俺の視界が通常になってくる。

 俺から一直線に破壊の爪痕が伸びていた。

 聖剣が放った光の刃は、効果範囲内の森の樹々をなぎ倒し、斬り裂き、破壊したのだ。まるで、俺から一直線に「道」が伸びているみたいに。

 そして。

 そして、その「道」の真ん中に佇む人影があった。

 両腕を前に突き出し、何かを押し返すような姿勢で身じろぎもしないその人影。

 それまで伏せていた人影の頭がゆっくりと持ち上がると、その顔に嫌らしく粘つくような笑みを浮かべた。

「は、はは、はははははははははははははははははははははっ!! すげえっ!! すげえよ、『セカイノタマゴ』っ!! まさか、これほどの力を有するまでに成長しているとは思ってもいなかったっ!!」

 そうだ。

 顔を上げ、嬉しそうに哄笑するのは黒い「俺」。

 聖剣のあの光の刃を受けて大きなダメージを受けてはいるようだが、倒すには至らなかったらしい。

 おいおい、冗談だろ?

 これ、どうしたらいい? どうしたら「俺」を倒せるんだ?




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