出でたるは




 でかい。

 今回、黒い熊の内側から現れた「害虫」は、これまで見たものの中でも最大だった。

 前回の近未来世界で遭遇した「害虫」たちも大きかったが、今回はそれ以上だ。具体的に言うと、大型のバスとほぼ同じぐらいの大きさだろうか?

 しかし、今回の黒熊といい、以前海洋世界で遭遇した時の巨大ゴカイや巨大エイといい、この「害虫」どもはその世界の生物の体を通して「小世界」に現われるのか?

 前回の近未来世界で遭遇した時は、いきなり下水道でイモムシ状態だったけど、あれも他の生物を介してから現れたのだとしたら?

 なんせ、あの下水道にはブロブがたくさん生息していたからな。俺たちが知らないところでブロブを介して、あの近未来世界に現れた可能性は高いのではないだろうか?

 「害虫」どもが実体を持って現れるには、その世界の既存生物を利用する必要があるとか? 例えば、既存生物の体を依り代にすることで、その世界に馴染んだ体を作り出すとか、存在するために必要な何らかの情報やエネルギーなどを得ているとか……うん、ありそうだよね、それ。

 単なる俺の思いつきでしかないけど、このことは後で店長にも報告しておこう。

 それよりも、今は目の前にいる巨大イモムシだ。こいつを早くどうにかしないとな。

 手にした聖剣からは、今まで以上に緊張感が伝わってきている……ような気がする。つまり、この巨大イモムシは今まで以上の強敵ということなのではないだろうか?

 うぞうぞと蠢きながら黒熊の体から這い出したイモムシに、聖剣はまだ攻撃をしかけない。相手の出方を伺っているのだろうか。

「し、茂樹さん……」

「シゲキ様……」

 聖剣の緊張が伝わったのか、香住ちゃんもミレーニアさんも今までになく不安そうだ。

「…………シゲキ殿……」

「…………シゲキ……」

 ボンさんとフィーンさんも、あのイモムシから何かを感じ取ったみたいだ。顔色を悪くしながら──ボンさんの顔色はよく分からないけど──、じりじりと俺たちの所まで後退してきた。

「ここから先は俺たちに任せてください。あのイモムシは普通じゃないので」

「そ、そのようでござるな……残念であるが、アレは某の手に余るもののようでござる」

「そうね……私たちじゃ、全く歯が立ちそうもないわね」

 ボンさんとフィーンさんは、イモムシ相手じゃ勝てないと判断したようだ。うん、すごいね、この二人は。自分の実力と相手の実力を正確に見抜けないと、こんな判断はできないわけだし。

 ボンさんとフィーンさんは、相当真剣に訓練したんだろうな。

 俺たちの後方へと下がる二人を背中に感じつつ、俺は彼らを尊敬した。長い年月ずっと愚直なまでに修練してきたからこそ、これだけの実力を身につけることができたのだから。

 さあ、そんな彼らのためにも、あのイモムシを倒そう。あれは放置しておいては絶対にいけないものだから。

 な? そうだろ、あいぼう

 心の中でそう語りかけると、手の中の聖剣がぶるりと震える。

 どうやら、聖剣もやる気のようだな。



 最初の一手は、香住ちゃんとミレーニアさんだった。

 いや、正確に言えば俺が攻撃しようが香住ちゃんが攻撃しようがミレーニアさんが攻撃しようが、それらは全部聖剣がそうさせているんだけどさ。

 それはともかく、香住ちゃんとミレーニアさんが左右に分かれてイモムシを挟撃する。

 踏み込む二人の足取りは非常に軽く、それでいて鋭い。地面に落ちている枯葉がほとんど舞い上がることもなく、イモムシに接敵する。

 そして剣の射程に入った瞬間、それまで以上に鋭い踏み込みで二人が仕掛けた。

 香住ちゃんは袈裟懸けの振り下ろし。そして、ミレーニアさんは踏み込んだ勢いをそのまま乗せた刺突。

 一方、俺は聖剣を正眼に構えたまま動かない。もちろん、それは俺の意思ではなく聖剣がそうさせているからだ。おそらく、聖剣にも何か考えがあるのだろう。

 今は俺よりも香住ちゃんたちだ。

 香住ちゃんの振り下ろしとミレーニアさんの刺突が、巨大なイモムシの体を捉える。

 いや、捉える直前、突然イモムシが背後に向かって跳躍した。

 え? はい? 跳躍? イモムシって、跳躍できたっけ?

 いや、あのイモムシは見た目がイモムシっぽいってだけで、実際のイモムシとはまるで違う生き物なのだろうから、跳躍しても不思議じゃない。

 巨大なイモムシが後方へと飛び下がり、着地の際に地響きを立て────なかった。

 まるで重量などないかのような、軽やかな着地。地面に降り積もった落ち葉が少々揺れ動く程度の影響しか与えない。

 もしかして、あのイモムシも忍者なのか……って、さすがにそんなわけはないよな。

 おそらく、あのイモムシの体は実体ではあっても、決定的に「何か」が俺たちとは違うのだと思う。俺たちとは全くことなったことわりに支配された存在。それがあの「害虫」どもなのだから。

 着地したイモムシが、その巨体をぶるぶると震わせる。あの動きは──そう思った瞬間、俺の体が動き出した。

 大きく横っ飛びする俺。見れば、香住ちゃんもミレーニアさんも回避行動を取ったようだ。

 そして、先ほどまで俺たちがいた場所が突然爆ぜる。やはり例の見えない爆撃か!

 しかも、俺たちがいた場所……つまり三か所が同時に爆ぜたんだ。おそらく、これもまた店長がいう「進化」の影響なのだろう。

 攻撃が躱されたからか、一旦俺のいる所へ香住ちゃんとミレーニアさんが戻ってくる。

「茂樹さん、今のは……」

「うん、この『害虫』どもはまた手強くなったみたいだね」

 遭遇する度にどんどん強くなっていく「害虫」。一体、こいつらはどこまで強くなるのだろう。

 今回現れたのは一体のみだが、それでも今まで遭遇した「害虫」の中で一番の強敵なのは間違いなかった。



 俺の体が数歩前へと進み出る。

 大きく構えた聖剣の刀身には、既にばちばちと雷が爆ぜている。どうやら、聖剣先生はかなり本気のようです。

 構えた聖剣を思いっきり振り下ろす。同時に、刀身に宿っていた雷がイモムシ目がけて解き放たれた。

 薄暗い森の中を紫電がはしる!

 イモムシ目がけて迸る雷撃が、その漆黒の巨体を捉える──その直前。

 電撃は何かに遮られるかのようにして、その軌跡を曲げられてしまう。

 いや、実際に遮られたんだ。あいつらが使う見えない障壁に。

 相変わらず、あの障壁は厄介だな。聖剣の電撃を遮るほどの強度があるのだから。

 だが、一撃で駄目なら連撃ならどうだ?

 俺のそのアイデアを採用してくれたのか、あいぼうがその刀身から続けざまに雷を撃ち放っていく。

 おおおおおおおおおお! こ、これ、すっげえ反動がくるぞ!

 近未来世界で拳銃を撃った時の比ではない反動が、俺の体を揺さぶり続ける。

 こ、これ、俺本来の体力じゃ絶対に聖剣を維持できないだろうな。聖剣が力を貸してくれているから、こうして聖剣を保持し続けていられるのだと思う。

 それより、イモムシはどうなった? さすがの障壁も、これだけ電撃を食らい続ければ────え?

 何十発もの電撃が止んだ時。閃光と轟音が消えた時。

 巨大な黒いイモムシは、いまだそこにしっかりと存在していた。



 あ、あれだけの電撃を食らいながら、全くの無傷だと?

 ヤ、ヤツの障壁はどれだけ硬いんだっ!?

 ────なんてさ。

 一応、驚いた表情を浮かべて心の中で叫んでみたりしたけど……うん、分かっている。俺に役者の才能なんてないことは。自分では驚いた表情のつもりだけど、他者から見たらきっとただの変顔じゃないだろうか?

 だけど、それも作戦の内だと思うんだ。

 だってさ。

 俺が電撃というを放っている間に、それはイモムシの背後へと回り込んでいたのだから。

「はああああああああああっ!!」

「ひぃやややああああああっ!?」

 気合の入った声と、困惑を含んだ声が上がる。

 イモムシの背後に回り込んだのは、もちろん香住ちゃんとミレーニアさんだ。

 そして、どちらの声がどちらのものなのか、説明するまでもないだろう。

 聖剣に操られつつも、それでも自らの意思で剣を振る香住ちゃん。

 まだまだ操られる感覚に慣れていなくて、戸惑いを見せるミレーニアさん。

 二人はイモムシの背後で交差するように動き、手にした聖剣──のレプリカ──で巨大イモムシの体を見事に斬り裂いたのだった。



□     □     □     □     □



「やあ、茉莉花さん」

 突然自宅の中に響いた声に、・T・ザハウィー・たてやまは驚きの表情を浮かべて声の方へと振り返った。

「…………君か」

「うん、俺さ。久しぶり、茉莉花さん」

 そこにいたのは、一人の少年。年齢は10歳ほどだろうか。

 顔立ちや肌の色は日本人のそれだが、 プラチナの髪と真紅の瞳が、この少年が純粋な日本人ではないことを無言で物語っていた。

「君がここに来たということは……?」

「そう、茉莉花さんが想像している通りさ」

 突然自宅の中に現われた少年は、悪びれた様子もなく勝手にソファに腰を下ろす。

「例の……『世界の卵』と『世界の基点』にこれまでにない危機が及ぼうとしているらしいから、俺に援軍に行けって『あいつ』が言うんだよ」

 頭の後ろで腕を組みながら、慣れた様子でソファに身を預ける少年。その顔には歳相応のあどけなさと、同時に狡猾な何かが含まれていることを茉莉花は確かに感じ取った。

「まあ、さすがに今回は丸腰じゃ心許なくてさ。爺ちゃんに頼み込んでを借りてきたんだぜ?」

「頼み込んで? 勝手に持ち出したの間違いじゃないのかね?」

「えへへへ。そうとも言うかな?」

 どこか楽しそうにそう言う少年が差し出した右手には、細い朱金の鎖が幾重にも巻き付いた篭手のようなものが装着されていた。



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