森の中で出会うのは……?




 全裸のエルフたちが、枝葉をほとんど揺らすことなく樹々の間を自在に飛び交う。

 時折、手にしている木剣を振るい、舞い落ちる木の葉をすぱりと斬り裂いた。

 そう、斬り裂いたんだ。あの木剣、俺が作ったやつで刃なんてついてないはずなのに、斬り裂いたんだよ。

 数十人のエルフたちが、樹々を自在に渡る姿はそりゃあ圧巻だった。

 まるでサーカスの軽業を見ているようで、俺は呆れると同時に興奮してもいた。

 おそらく、あれが「猿飛の術」なんだな、きっと。

 古くて有名な某忍者漫画では、「猿飛」とは人の名前ではなく術の名前だとされていた。「猿飛の術」を使える者は全て「猿飛」なのだ、と。それが当てはまるのであれば、今現在「猿飛の術」で樹々を飛び回るエルフたちもまた、立派な「猿飛」なんだろうな。

 樹々を飛び交うエルフたちを見ていたら、何となくそんなことを思い出したよ。

 うん、きっとこれもまた、現実逃避なんだろうね。



「実はエルフの皆も、私と同じ鍛錬をしたのでござるよ」

 すたたんと軽い音と共にエルフたちが地上に戻ってくると、彼らの先頭に立ったボンさんがそう説明してくれた。

 最初こそ、忍者じみた鍛錬をしていたのはボンさん一人だけだったのだが、彼が鍛錬する姿を見たエルフたちもそれを真似し始めたのだとか。

 そして、今では立派な全裸忍者集団ができあがったというわけだ。

 でも、何をどうしたら剣道の練習が忍者の修行になっちゃうんだろう?

 その辺りのことをボンさんに聞いてみた。

「ふむ……何となく? 閃いて?」

 そっかぁ。何となく閃いちゃったのかぁ。それじゃあ仕方ないね。

 最初は香住ちゃんの教えを忠実にこなしていたボンさん。だけど、練習を積み重ねるうちに、ここをこうしたらいいんじゃないか。あそこをああした方が効率的じゃないか、と自分なりにアレンジを加えたらしい。その結果、気づいた時には忍者みたいになってしまった、ということらしいんだ、これが。

 しかし、前回俺たちがこの森林世界を訪れてから、一ヶ月も経っていないと思うのだが、ボンさんを筆頭にこの世界のエルフたちは、とんでもない成長を遂げていたものである。その成長の方向は問わないけど。

「む? 前回シゲキ殿とカスミ先生がこの森に来た時から、結構な時間が経過しているでござるよ?」

 え? どゆこと?

 俺たちが以前にこの森を訪れてから、結構な時間が経過しているだって?

 それってもしかして、異世界だから時間の流れが違うってことなのか? それとも、聖剣が時間さえ飛び越えてしまったのか?

 そういや店長が、いずれ俺の聖剣は時間さえ飛び越えることができるようになると言っていたっけ。だとしたら、そちらの方が可能性は高いかもしれないぞ。

 実際、どれぐらいの年月が経過したのか、ボンさんに聞いてみよう。

「ん? ネンゲツとな? それはいかようなものでござるか?」

「え?」

 詳しく話を聞いてみたところ、ボンさんやエルフたちには、月日という概念がないらしい。

 数の概念はあるものの、数日程度なら数えていられるけどそれ以上は気にもしないのだとか。

 この世界の知的種族は総じて長命であり、水と日光と肥沃な土があれば生きていける。そのためか、月日の経過というものをあまり気にしないようなのだ。

 つまり、前に俺たちがこの世界を訪れてから、何日経過したかなんて覚えていないというわけだ。

 よく言えばのんびり。悪く言えばルーズ……とでも言えばいいのかな? とにかく、どんなことが前に起きたのかは覚えていても、それが具体的に何日前なのかは覚えていないらしい。覚えていたとしても、精々10日ほどが限界みたいだね。

 そういや、フィーンさんに初めて出会った時にエルフが種から生まれてくる時、種が土に埋められてから四万日ぐらいかかるって言っていたけど……ひょっとして、変わり者のエルフが律義に日数を数えたのだろうか。それで以後は「種を埋めて四万日」と単純に覚えているだけとか。

 うん、案外ありそうだぞ、それ。きっと、「四万」が具体的にどれぐらいなのか、理解していないに違いない。

 エルフにだって様々な個性があるだろうから、中には細かい数字が気になるエルフがいたのかもしれない。そして、その数字が気になるエルフが、同胞が種を植えてから発芽(?)までの日数を几帳面に数えたに違いない。変わり者ってどこにでもいるんだね。

 まあ、それはともかく、だ。

 今はこの忍者に謎進化したエルフたちのことだよね。



「もう、私に教えることは何もありませんよ……」

 心なしか元気のない香住ちゃんが、肩を落としながらそう言った。

 確かに、この世界のエルフたちが身につけた技は、もう剣道とは呼べるようなものじゃないものなぁ。

 独自の進化を遂げた結果、なぜか剣道から忍術へと変貌してしまったからね。ホント、何がどうなれば剣道が忍術になるんだろう?

 「全裸エルフ」から「猿飛エルフ」へとメガ進化したエルフたちは、一体どこを目指そうとしているのか。

 そんなことは俺も香住ちゃんも分かるわけがなかった。

 なお、樹々の間を自在に飛び回るエルフたちを見て、ミレーニアさんが妙に顔を輝かせていた。ひょっとして、エルフたちみたいに身軽に飛び回りたいという願望でもあるのだろうか? 聞いてみたいけど、聞くのが怖いのでちょっと聞けそうにない今日この頃である。

 さて、既に俺たちの手を離れてしまったエルフたちはもう放っておくしかないけど、そうなるとこれからどうしようか?

 帰還する時間はまだまだ余裕がある。香住ちゃんとミレーニアさん、そして俺の三人で森の中を散策でもするかな?

 それとも、当初考えていたように湖で泳ぐとか? もちろんそれが最善だが、何となく言い出し難いんだよね。下心があると思われたらどうしよう……って考えちゃうと、これがなかなか言い出せないのだ。

 ええ、当然下心はありますですよ? 俺、男の子だからね! でも、それを悟らせないのが紳士ってものなのだ。

 実際に泳ぎに行くかどうかはともかく、まずはこれから何をするか香住ちゃんとミレーニアさんに相談してみるか。

「そうですねぇ……私はこの前来た時、あまりこの周辺を見ていませんから、周囲を散策してみたいかな?」

「私もカスミと同じ意見です。このように深い森の中に入ったのは、生まれて初めてなのですから、もっといろいろなものが見てみたいです」

 なるほど、香住ちゃんもミレーニアさんも、散策してみたい、と。

 それなら俺が反対するわけにはいかない。そういうことで、俺たちはこの周囲をちょっと歩いてみることに。

「ならば、某が案内してしんぜよう」

「私も一緒に行くわ。この前みたいに、シゲキが襲われるかもしれないものね」

 と、ボンさんとフィーンさんが案内役を買って出てくれた。もちろん、俺たちが反対するはずもなく、彼らにも同行してもらうことに。

 ちなみに、フィーンさんもまた以前に香住ちゃんの剣道教室に参加した一人であり、今では立派な忍者エルフの一人で、しかもボンさんに次ぐ実力者なのだとか。

 …………俺の中のエルフ像が音を立てて崩れていっている気がするよ。



「なんとっ!? シゲキ殿たちにはそのような宿敵がっ!?」

 森の中を歩きながら、俺はボンさんとフィーンさんに例の「害虫」について話しておいた。

「そうなんですよ。もしかすると、この森林世界にもあいつらが入り込んでいるかもしれません。気をつけてください」

「ええ、分かったわ。でも、そんな恐ろしい存在がいたなんてね……」

 フィーンさんが周囲を見回しながら、僅かに身を震わせた。

 大丈夫ですよ、フィーンさん。近くに「害虫」どもはいないと思います。だって、聖剣が何の反応も示していないのだから。

「しかし……そういうことならば、某たちもより一層鍛錬に励まねばならんでござるな。万が一の時には、某たちもシゲキ殿らに加勢せねばならぬゆえ」

「そうね……でも問題は、どうやってシゲキやカスミ先生たちの下へ行けばいいのか、分からないことかしら?」

 それなんだよなぁ。

 これまで、ビアンテやブレビスさんなど、異世界で出会った知り合いたちは、いざという時に俺に協力してくれると快く言ってくれた。

 だけど問題は今フィーンさんが言ったように、どうやって彼らが俺の下へやってくるか、なんだよね。

 俺たちであれば、聖剣の力でそれぞれの「小世界」へと行ける。だけど、ビアンテたちは俺たちのいる「小世界」へはやって来られないんだ。

 その辺りのこと、一度店長に相談しないといけないね。

 何か最近、困ったことがあると店長に相談してばかりだね。それだけあの人が頼りになるってことだけどさ。

 うん、今度何か料理でも作って、店長の家に持って行ってあげよう。せめて、お礼にそれぐらいはしないとな。

 なんてことを考えながら、俺たち五人は森の中をゆっくりと歩いていった。

 目にするもの全てが珍しいものばかりで、俺と香住ちゃんも楽しめる。そして、異世界どころか森の中に入ることさえ初めてのミレーニアさんは、俺たち以上にすっごく楽しそうだ。

「ミレーニア、本当に楽しそうですよね」

「まあ、本物のお姫様だからね、彼女は。これまで、森に入るなんて経験はしたことなかったんじゃないかな?」

 もしかすると、ミレーニアさんだって森に入ったことはあるかもしれない。だけどそれは、もっと開けていて明るい森……日本で言えば里山のような場所だったのだと思う。

 こんな鬱蒼とした深い森は、初めてなのだろう。

「む? 何かが近づいて来るようでござるぞ」

 突然、ボンさんの注意を促す声がした。思わず足を止めて、耳を澄ませてみる俺たち。

 葉擦れの音のみ──気づけば、鳥の囀りさえ聞こえていない──が僅かに聞こえる中、確かに何かの物音が聞こえてくる。そして、その物音はどんどんこちらに近づいてきているようだ。

 同時に、俺たちの体が勝手に動き出し、腰から剣を引き抜いて構えた。もちろん、香住ちゃんもミレーニアさんも、その手にしている剣は聖剣と同じ姿になっている。

 これ、かなりヤバイ事態じゃね? 聖剣先生が完全に戦闘態勢に入っていらっしゃいますよ?

 そして。

 そして、樹々の向こうから姿を見せたのは、一頭の巨大な真っ黒い熊だった。

 あれ?

 以前、この世界には熊なんていないって言ってなかったっけ? だったら、どうしてこの世界に熊がいるの?












~~~ 作者より ~~~

 来週はちょっと諸事情からお休みします。

 次回は7月1日に更新です。


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