また忍者……?



 そういや最近、俺自身もどこかの誰かから《ニンジャ・マスター》って呼ばれたなぁ。

 その前は《サムライ・マスター》って呼ばれていたし。

 で、今度はマンドラゴラのボンさんが、俺が知らないうちに侍から忍者にジョブチェンジをしていたでござる。

 ひょっとして最近、異世界では忍者が流行っているのだろうか?



 なんて、ちょっぴり現実逃避をしていた俺。

 いや、それは俺だけじゃなかったようだ。香住ちゃんもどこか呆然としているし。

 ミレーニアさんはと言えば、よほどボンさんを気に入ったのか、彼を抱きかかえて嬉しそうにしている。

 ボンさんって、俺の腰ぐらいの高さまでしか背丈がないからね。丁度、10歳ぐらいの子供と同じだろうか? あ、でも今どきの10歳はもっと大きいのかな?

 ともかく、ミレーニアさんはボンさんのことが可愛くて仕方がないようで、ボンさんを抱きかかえてにこにこしている。

 で、俺たちが何をしているのかと言えば、ボンさんに案内されてエルフの集落を目指しているんだ。

 ボンさんいわく、エルフの集落は近くのようだ。いや、良かった。集落まで何時間も歩かないといけない場所だったら、それだけでこの世界での滞在時間の大半を消費してしまうところだったからね。

 鬱蒼とした森の中を歩くことしばらく。いやまあ、ボンさんだけはずーっとミレーニアさんに抱きかかえられていたけど。どうでもいいけどミレーニアさん、ボンさんを抱えて歩くなんて結構腕力と体力あるね? それとも、ボンさんってそれほど重くはないのかな?

 これが原因でまた筋肉痛とかにならないといいけど。

 筋肉痛になったらなったで、またエリクサーで治せばいいだけだよな。よし、今回は念のために少し多めにもらっておこう。うん。

「あ……着いたみたいですよ」

 俺の隣を歩いていた香住ちゃんが、前方を指差しながら嬉しそうに言った。

 確かに樹々の隙間から開けた空間が見え、そこにたくさんの人間がいるのが窺える。もちろん、あそこにいるのは人間ではなくこの世界のエルフたちだ。

「…………相変わらず、目のやり場にちょっと困りますけど……」

 ちょっぴり頬を赤らめる香住ちゃん。この世界のエルフたちは安定の全裸生活。確かに彼女の気持ちも理解できる。

 最初の時のように俺一人ならともかく、香住ちゃんと一緒にいる時に全裸エルフのお姉さんを目で追うわけにはいかないから、要注意だ。

 そういや、ミレーニアさんはどうかな? 一応、彼女にはこの世界のエルフのことは前もって説明しておいたけど、実際にエルフたちを目にしてどう思うのだろうか?

 ちょっと興味もあってミレーニアさんへと振り向けば──。

「ど、どうされたのだ、ミレーニア殿っ!? 突然倒れてしまったが、どこか具合でも悪いのかっ!? そ、それはともかく、某を放してくだされっ!! 後生でござる! 後生でござるっ!!」

 いくら前もって説明を受けていても、ミレーニアさんにはこの光景は刺激的過ぎたようだ。まあ、正真正銘のお姫様だし、たくさんの全裸のエルフたちを実際に見るのは衝撃が強すぎたみたいだ。

 気を失って倒れても、胸に抱えたボンさんを放さないのはさすがだと思うな。



 意識を取り戻したミレーニアさんと共に、俺たちはエルフの集落に足を踏み入れた。

 俺たちに気づいたエルフたちが、わらわらと集まってくる。もちろん、その中には彼女の姿もある。

「久しぶりね、シゲキ! カスミ!」

「お元気そうで何よりです、フィーンさん」

 そう。この世界で最も親しい一人である、フィーンさんだ。

 彼女もまた、香住ちゃんに剣道を教わった一人である。そのフィーンさん以外にも、剣道教室に参加した人たちが笑顔で挨拶をしてくれた。

 あ、そうだ! 以前、フィーンさんにこの「小世界」で俺の聖剣にまつわる伝承などがないか、調べてもらっていたっけ。もしかして、何か分かったかな?

「あれから、私や仲間たちがこの森の仲間たちにあれこれ聞いて回ったけど、シゲキの剣に関することは何もなかったの」

 ごめんなさいね、と申し訳なさそうに言うフィーンさんに、俺は気にしないように伝える。

「ただ……剣じゃないけど、この森が始まる切っ掛けとなった『原初の樹』についてなら、トレントの古老の一人が知っていたわ」

 「原初の樹」。それはこの森林世界で最初に発生した一本の樹のことだ、とそのトレントの古老は言ったそうだ。

 つまり、この森林世界の全ての樹木、そしてこの森に生きる全ての知的生物は、その「原初の樹」の子孫ということになるらしい。

 で、その『原初の樹』の名前というのが、「カカカカリン」というらしいのだが……どことなく、「カーリオン」と似ていなくもなくね? と思っちゃうのは俺の気のせいだろうか?

 その「カカカカリン」とやらが、俺の聖剣とどう関係しているのかは全く不明。

 ひょっとすると、全く別の存在なのかもしれないし。

 もしかして、この森林世界や周辺の「小世界」──俺たちが普段暮らしている世界を含む──を内包する「大世界」に関する伝承だったりしてね。



 そんな感じで、ミレーニアさんの紹介を含めた一通りの挨拶を済ませた俺たちは、この「小世界」へ来た目的をまずは果たすことにした。

 そう。

 エリクサーの補充である。

 フィーンさんを始めとした数人のエルフたちが、快く体液を提供してくれたのだ。

 自らの腕や胸にナイフを突き立てるエルフたちを見て、ミレーニアさんがわたわたと驚いていた。エルフたちからしてみれば、痛みもなく怪我もすぐ治るとはいえ、結構刺激的な光景だからね。

 実際、俺も香住ちゃんもまじまじと正視できるものではないんだけどね。

 と、ここで改めて疑問。

 この世界のエルフたちは、頭に咲いている花に受粉することで種を作って子孫を増やす。なのに、エルフの女性は胸が膨らんでいるのはなぜだろう?

 人間を含めた哺乳類の雌の乳房が膨らむのは、生まれた子供に母乳を与えるためなのは誰もが知っていることだろう。

 でも、この世界のエルフは母乳では育たない。土の中で大人と同じ姿まで成長するからだ。

 つまり、エルフの女性の胸が膨らむ理由がないんだよね。もちろん何らかの理由があって胸は膨らんでいるとは思うが、それは母乳を子供に与えるためでなはい。

 きっと、フィーンさんや他のエルフの女性に聞いても、分からないと答えるだろう。そんなことを知らなくても、この世界のエルフは育つし、暮らしていけるのだから。

 ま、そんなことはどうでもいいよね。

 俺にとって、その方が眼福。それだけでいいじゃない。

 もちろん、まじまじとエルフたちの胸を見たりはしない。だって、香住ちゃんが怖い……じゃなくて、あくまでも俺は紳士だからな! 紳士な俺は、エルフ女性たちの胸をまじまじと見たりはしないのだ。

 でも、チラ見ぐらいはいいよね?



 今回はちょっと多めに、500mlのペットボトル10本分のエリクサーを入手した。

 とりあえず三人で二本ずつ所持し、残りは俺の家の冷蔵庫で保管することに。

「あの時の不思議な薬が、まさかエルフの方々から提供されていたものだったとは……」

 筋肉痛をあっという間に沈静化させた不思議な妙薬。それを飲んで効果を実体験していただけに、ミレーニアさんの驚きは大きいようだった。

「このような効果があれば、他の種族などから狙われたりはしないのでしょうか?」

「それが、この世界の知的生物って、全部植物系らしいんだ。だから、エルフを乱獲するような者はいないそうだよ」

「そうなのですか? それなら安心ですね」

 もしもこの森林世界に、人間のような他種族がいたとするなら。間違いなく、エルフたちは乱獲されるだろう。

 この世界のエルフたちは植物なので、乱獲しても「略取・誘拐」にはならない──なんて適当な理由をぶちあげるかもしれない。それぐらいエルフたちの体液はとても魅力的だ。人間のような欲深い種族からしたら、利用しないわけがない。

 王女であるミレーニアさんは、似たような話を故郷で聞いたことがあるのかもね。

 実際に俺たちの世界でも、人間の勝手な欲で乱獲して絶滅してしまった生き物は多いし。

 もっとも、俺だってこの「小世界」については詳しくない。この世界全体が森林であったとしても、どこか遠くに人間のような種族がいるかもしれないけどね。



 さて、エリクサーの補充も終わった。

 帰還時間まではまだまだ余裕がある。ここは緑溢れる中でのんびりと森林浴でもしようか? それとも、例の湖で泳ぐのもいいかも。

 なんて考えていると、香住ちゃんがエルフたちに声をかけていた。

「皆さん、剣道の練習の方はどうですか?」

 ああ、香住ちゃんからすれば、剣道を教えたエルフたちの練習成果が気になるよね。

 もしも何か行き詰っていることがあれば、香住師範としては放っておけないのだろう。うんうん、さすがは香住ちゃんだ。

 ん? よく見ると、香住ちゃんを取り囲むエルフたちの中にボンさんがいるぞ。ボンさんがエルフたちに何かを伝えると、エルフたちがさっと陣形のようなものを組んだ。

 一体、何が始まるんだろう? もしかして、練習の成果を香住ちゃんに見せようっていうのかな?

「いざ! カスミ先生に我らが修練の成果をお見せするのだ!」

 と、ボンさんが号令をかけた瞬間、俺が作った木剣を構えたエルフたちの姿が掻き消えた。

 は、はい?

 思わず目が点になる俺。俺だけじゃなく、香住ちゃんも同様だ。

 この世界に来たのが初めてなミレーニアさんだけは、よく分からずに首を傾げていたけど。

 そんな俺たちの目の前で、エルフたちが樹木を利用して立体的に飛び回っている。そして、エルフたちは手にした木剣で空中にて激しい打ち合いを繰り広げる。

 え、えっと…………?

 え、エルフたちまでが忍者になってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!

 頭上から聞こえるかんかんかんかんという、連続した木剣がぶつかり合う音を聞きつつ、俺はあんぐりと口を開けることしかできなかった。

 一体、何をどうしたらボンさんだけでなく、エルフたちまで忍者になっちゃうの?



 しかし、全裸の忍者って…………ひょっとして最強?



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